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1.


 ――俺は親から叱られたことがない。



 俺は暴力に取り憑かれていた。目の前で意識を失いかけている男を殴るたびに、手の甲の骨が(きし)む。殴られる方も痛いが、殴る方も痛い。衝撃的な痛みではなく、じわじわと蝕まれるような痛み。だが俺にとっては、それが快感だった。


「お……おい、名瀬(なぜ)。それぐらいに」

「そうだよ、名瀬くん」

 着崩した学生服の男二人が俺を止める。茶色や金色にまばらに染まった髪。二人とも、いわゆる腰パンで、ワイシャツはズボンから出している。一目で分かる典型的な不良生徒だ。その二人の顔は青ざめて、俺を見つめていた。


「お前らのためだろ」

 俺は殴る手を止めない。人間を殴るのは面白い。どんなに細い人間でも、殴られれば赤く膨らむ。暴力は体積を増やせるのだ。これは何かに利用できないか――俺はそう考える。仮に食用の人間が生まれたとして、生きている間に殴りつければ膨らむ。つまり、量を増やせる。天才的な発想だ。


「やめろって! 死んじまうよ!」

「死なない。俺にその気があれば、とっくに死んでる」

 そうだ、俺は加減している。殺せば不良同士の喧嘩では済まなくなる。それくらいは理解している。だから時折、握り拳を緩め、腰を入れずに手打ちで殴る。俺は上手いのだ。


「まだ意識あるだろ。金出せよ、金」

 俺は一度殴る手を止め、こいつへ吐き捨てるように言った。良心は痛まない。俺に殴られている人間は総じてクズなのだから。

 観念したようで、殴られていたこいつは震える手でブレザーの内ポケットを探る。分厚い茶封筒がゆっくりと顔を覗かせる。「おお、ビンゴ」と俺は内心でそう思い、口をすぼめてヒューと鳴らした。


「すげえじゃん、いくら入ってんだよ。特殊詐欺って儲かるんだな」

 こいつが特殊詐欺で最近羽振りが良いという噂を聞きつけた。殴れる相手を見つけたと、俺の後ろに立つ二人を利用してこいつを呼び出した。後ろめたい行いを重ねているこいつは、暴力を受けても警察や教師、親を頼ることはできない。


「原田、伊藤。ほら、お小遣いだ」

 青ざめた顔で怯えながら暴力現場を見つめていた二人に、茶封筒を渡した。

「おおお!」

「えっ、俺たち、こんなにいいの!?」

 馬鹿二人の青ざめた顔は一瞬で高揚の赤へと変わる。現金な奴ら。臆病で弱く愚かなくせに、そういう奴に限って欲求が強い。物欲、性欲、食欲――本当に馬鹿で愚図。


「ラッキーだったな、お前ら」

「でも名瀬くんの分は?」

「ああ、俺らなんもしてねえし。なんか申し訳ねえよ」

 こういう建前だけの言葉は気持ち悪い。ニヤケ面を隠しきれていない馬鹿二人が、分かっているくせに俺に問いかけてくる。ぶん殴ってやりたいが、我慢する。こいつらは殴れる相手ではない。俺は相手の環境を見極めてから、殴れるかどうかを判断している。


「俺はいらない。なあ、伊藤、原田ぁ」

「な、なに」

「ロビンフッドって知ってるか? まさに今の俺じゃないか」

「ロビンフッド?」

 馬鹿二人がきょとんとした顔で口を揃えて言った。


「義賊だよ。そいつは悪い人間から金品を奪って弱者に分け与えるのさ」

「へえ、そうなんだ」

「初めて知ったわ」

 ニヤケ面とアホ面の二人。目の前のはした金に夢中で、俺の話など既にどうでもいいらしい。適当な相槌だけを打ち返してくる。野良犬と話している方が、まだ有意義な時間になるだろう。


「じゃあ俺は帰る。またな、馬鹿共」


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