うたた寝ムーンライト
新作です。やる気だけはあります。
書かせて、ください。
此処において地の文は少ない方がいいらしい。
ならば結構、さっさと状況を説明しよう。
俺の名前は龍角汐恩。よく龍角さんと呼ばれる。それは間違いなく、かの有名な喉にいいあれのせいではないだろうかと邪推している。
ともかく、俺は呆れているんだ。
問題は目の前にいる少女。背丈は170cmの俺よりも、さらにさらーに小さいくらいだ。とはいえ、流石に140cmくらいはありそうだが。
全ては数分前に遡る。家の近くのやや広めの公園。その池の前にある東屋に腰掛けた途端、目の前にこいつが走ってきたのだ。誰もいないからこんな時間を選び来ている俺としては不服である。もう今は1時だと言うのに、なぜこんな仄暗い池の周りを子供が……と、俺は不審に思って彼女に声をかけた。それが間違いだった。
「なぁ、こんな時間に何をしてるんだ。この池にはカエル1匹居ないぞ。」
彼女はその声に振り返り、なぜだかバッグをがさごそやったのち、ナイフを取りだした。
「なんでお前はナイフなんか持って──!!」
命の危険を感じた俺は即座に身構えた。
俺の大声が深夜の静寂を刹那破る。
彼女はその白く綺麗な長髪を靡かせながら、
「地球を救うんだ」と、意味不明なことを。
「はぁぁ?」思わず口をつく。
「だから、地球を救うんだ。」
「地球を救う……ったって、そんなナイフ一本でお前はどうするつもりなんだ」
「分からないのも仕方ないよね。このナイフを地面にこう、突き刺すと……」
彼女はニヤリと笑い、地面に突き刺す。
何が起こるってんだ……!?
防御の姿勢をとると、硬いはずの地面はモリモリと捲れ上がり、轟音を立てて……
そこからは綺麗な向日葵が咲いた。
「これは全てを端折って簡潔に言うと、綺麗な向日葵を咲かせる魔法だ。こんな深夜でも、太陽の方向を追っているに違いない」
「……それが、どう役に……いや、まず何を聞こうか。それは、なんだ。」
「それっていうのは、どれ?」
「どれから、なんだろうな……」
俺は辟易した。なんだこいつは。俺が夢を見ていないのだとしたら、目の前にいるのは精神異常者。いや、俺が精神異常者なのか?とにかく、俺にはここ数分でまともなことがあったように感じない。辟易と言ったが、前言を撤回しよう。これはもはや、辟易すら出来ない境地である。俺には何が何だか分からず、ただ呆然と彼女のその赤い目を見つめていた。そうして今に至る。
彼女は、ゆっくりと首を傾げた。
……しかしこいつ、やけに可愛いな。そう思ったのは、少し頭が冷静になってきたからか、こんな異常事態に慣れてきてしまったからなのか。
「さっきから何を見ているんだ貴様」
「お前は喋り方が一定じゃないのか」
「んいや一定だよ。これが私そのもの。そんでこの右手に持っているのは魔法のナイフ。正式な名前はリュービックと呼ばれているけれど、そんなことはどうだっていいだろう。私はあの北極星の彼方遠方の星からやってきた異星人だ。好きな食べ物は寿司」
口が軽い。こいつはこうやってこんなペチャクチャ個人情報を明かして平気なのだろうか。
まして宇宙人?有り得ない。
「異星人……ってことはどうやってここまで?遥か遠方ったって、君の見た目はどう見たって14そこらだろう。光速以下の速度で、どうやってそんな年齢で来れたんだ。君らは成長が遅いのか?人型であるのに成長が遅いメリットは?」
そう問い詰めると、「ぎくっ」と、お手本のような焦りを見せた。目は泳いでいる。犬掻きレベルで。
「……お前、もしや日本人じゃないのか?」
「ちがわい!そんな下等種族と一緒に───」
「こちとら寿司の産み手だぞ?」
「ぐっ、それを言われたらそこまでだが、私は日本人じゃない。侘び寂びを理解し、酷く勤勉で謙虚で内省的、協調性に優れ礼儀作法に詳しいが断じて日本人ではない。」
「謙虚なやつの口ぶりではないな。もしや、ただの厨二病って線か?14そこらってのもあながち間違ってなかったのかもな。」
「貴様このナイフで刺し殺すぞ」
「はいはい、すんません」
なんだかんだ、ただ公園で座っているよりは心地の良い時間が数十分と流れていた。そうして、やけに風が冷えてきて、頭が少し冴えてきた頃、俺は核心に迫ろうと、大事な質問を幾つかすることを決めた。
「んでさぁ」
「はい?」
「お前さっき世界を救うとか言ってたけど、あれもギャグの一環か?自己紹介としては、キャッチーで悪くはないと思うけどな。」
「奇特な自己紹介じゃないわい。ただ私は──」
少しシリアスな空気になり掛けたことを察知し、俺は少し唾を飲む。さぁ、何が来るんだ。
「ただ私は世界の平均気温の上昇を抑えなければならないんだ。」
と、彼女は真面目な顔でそう言った。
……世界の平均気温の上昇?
「個人間でパリ協定もどきでも結んだのか?」
「いや違う。私は確かに厨二病で魔法少女見習いでアイドル並みに可愛いだけの中学生だけれど、ある能力だけは確かに持ってるんだ。それは、ここら一帯の気温を下げる能力。」
「は、はぁ。つまりお前は、自称魔法少女で、正体は気温を下げる中学生能力者?というか、中学生がこんな時間に出てくるんじゃねぇよ」
「私には身内が居ないので……」
「そうか、それは悪かった。忘れてくれ。」
「そうします」
彼女は少しぎこちなく微笑んだ。
庇護欲が湧く顔をしている。犯罪だろうか。
「まぁ、そうだな。とりあえずお前は日本人で、厨二病で、魔法少女に憧れてて、なぜか気温を下げれると。さっきの向日葵はなんだったんだ?」
彼女は一呼吸おいてこう言った。
「それに関しては少し訂正をしたい。私はそもそも日本人ではないんだ。この見た目で数年前この街に突然現れてしまった。それ以前の記憶が無いからどうしようもないが、とりあえず日本人っぽいものだと思っていて欲しい。中学生というのも、色々あってなんとか最近中学校に入学するに漕ぎ着けただけだよ。書類とか色々大変だったけど、周りの人が手伝ってくれたりしたんだ。」
「なるほどな……そっちの方がその姿とさっきの魔法を見る限りは納得のいく話だ。」
彼女は続けて、
「そして、私は気温を下げる能力がある。それを魔法と分かりやすく呼んでいるけれど、そんな大層なものでもないんだ。副作用と言っていいのかは分からないけれど、気温を下げると花が咲く。さっきは現在気温から-0.5℃に設定したら向日葵が咲いた。-0.1℃くらいならパンジーが関の山だろうね。」と。
「パンジーが関の山なんて言葉は人生で初めて聞いた気がするなぁ。んでさ、お前はこれからこうやって気温を下げるだけでいいのか?」
「……それに関しては難しいところだね」
と彼女は俯き肩を落とす。
「こんな産まれ方をしたんだ。まるで人のようで人ならざるもの。魔法とは言っても、かの魔法少女のように炎を出したり氷の矢を放ったり、そんなことは到底出来やしない。ただ気温を下げるだけ。久しぶりに人と話す機会があって嬉しくってさっきはあんな向日葵の大サービスをしたけど、こんな能力捨てたって構わないのにね。」
あれは大サービスだったらしい。その尺度が分からない。俺にとってはパンジーと同等に思えるのに。
「じゃあ本当にしたいことってなんだ?」
俺は彼女に問いかける。
彼女は少し息を吸ってから答えた。
「……普通の暮らしがしたい。恋と呼ばれるものをしたい。私の魔法で悪魔だって倒したい。したいことなんて沢山あるんだよ。私はただ絶世の美女ってだけの普通の中学生だからね。」
「自己肯定感からして普通じゃないんだ、まずはそこを直そうか。そうしたら、誰かしらはお前に惚れて、幸せな生活に漕ぎつけるだろう。」
「君はその誰かしらに含まれないの?」
「……さぁな。」
まぁ確かに、こんな可愛い少女に惚れられたならそれは据え膳問題だが、俺から惚れるならそれは男の恥どころか犯罪であろう。
「なら俺は、倒される悪魔側でいい。」
「……なんで?意味わかんないよ」
「分かんなくてもいいさ。俺なんて君の名前だって知らないんだから、今んとこ少し事情に詳しいだけの赤の他人だしな。」
「んぇー、自己肯定感が低いね。そんなんだから独りなんじゃない?」
「……独りでも、俺は幸せなんだ」
「私が隣にいたら?」
「むさ苦しいだろうな」
「なんだって!?」
そんなこんなで、彼女を揶揄うのも慣れてきた頃、もう時計の針は2時を指していた。
「じゃあ俺は……明日学校だし帰るわ。」
「え!?君はさっきからの口ぶりとその老けた見た目からして社会人じゃないの!?」
「失礼だなぁ。」
「どう考えてもさっきからの君の方が失礼極まりなかったけどねっ」
彼女は顔をふいっと横に振る。
「そんな拗ねるなよ。まぁ仮にお前が見かけによらずのババアで通報されたりとかしたらめんどいしな。深夜徘徊は若者の嗜みだろ?」
「んなっ……君ってやつは!」
「お前の言葉を一部拝借すると、これが俺そのものだ。」彼女はむすっとする。
「……気が変わった。お前の名前はなんて言うんだ?俺は毎日1時〜2時くらいまではここの公園で星を見たり軽い運動をしたりする。そのため雨天決行とはいかないがね。よかったら声をかけてくれ。」
彼女の顔が少し明るくなったように見えた。
「我の名前は転音月光!なんか必殺技みたいじゃない?うたた寝ムーンライトって覚えてね!」
「やばすぎだろ!!?いくら自由につけれるとは言えよくそれで書類通ったな!?」
「ま、まぁ何となく。色々、ね」
彼女はまた目を泳がせる。
「なんて呼べばいいんだ……」
「うたたんでいいよ!」
「わかった、じゃあライトで」
「フル無視!?」
───とにもかくにも、俺らの奇妙な物語は今日この瞬間に始まった……いや、始まってしまったのかもしれない。俺は帰路に着こうとした。
そうやって立ち上がった瞬間、彼女は心配そうに俺の腕に手を置いて、
「どうしたの?ちょっと顔が暗くない?」と言う。
「……気のせいだ。」
「心做しか顔が引き攣ってるような」
「気のせいだって、ただ人と話すのが苦手なだけだ、放っておいてくれよ」
「さっきまであんなに饒舌だった人の発言とは思えないね。気が変わったことに関係がありそう」
「ないない。睡眠不足を懸念してるだけだ」
「変なやつ、さっきから言ってることが二転三転四転五転、これじゃあ転音よりも転がってるよ。もしや君は……」
何かを察されたと思って、その言葉を遮る。
「お前がやかましいのが悪いんだ」
「なんだと!!毎日この公園に通っては貴様の素性を暴いたるわ!!」
「口調また変わってるぞ。」
「失敬」
「ほら、また」
「ぐぬぅ」
こうやって人と楽しく……?会話するのは何年ぶりであろうか。俺は彼女に嘘をついた。俺は学校になど通っていない。いわゆる不登校である。誰のことも信用出来ない俺は、未だに社会の誰もを信頼していない。そうだな、言わば……
「────俺も"人"じゃないんだよなぁ」
「なんだって?」
「なんでもない。また遊ぼうぜ」
「やっぱり変なやつ……またね。」
「あぁ、また。」
俺だって求めているのは普通の生活だ。
手を振って、振り返されて。
日が昇ったら、家に帰って久しぶりに母親にだけは顔を合わせようか。そう思った。
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