小人さんの正装
小人さんは鏡の前で、とんがり帽子を被りました。円錐形で(円錐形って確か小学校で習いましたよね? 下がまあるいーー頭が入る部分ですよ!ーー立体感ある三角形のことです)高さは小人の顔よりは高く、身長よりは低い帽子です。
この高さの塩梅が微妙なんです。低すぎては華やかさに欠けてしまうし、高すぎては見栄っ張りと思われてしまうので、大変気を使う所なんです。小人族の小人たる所以と言っても良い位大事な帽子は遠くからでも目立つので、被り手のセンスが問われる部分です。
洋服は、子供はAラインのワンピースにタイツかスパッツ。女性はAラインのワンピースかスモックに、タイツかスパッツ。男性はAラインのスモックにズボン。(AラインというのはアルファベットのAの形の事です。分かりやすく言えば三角形。肩のあたりはピッタリで、裾に行く程段々と広がっていく三角の形したワンピースやスモックになります。この服を着た小人族はとんがり帽子を被っているので、遠くから見ると小さな△と小さな○と一番上より少し大きめの△が、△○△と縦に並んでいるように見えます)
ですが一番大事なのは帽子。小人族の正装は、とんがり帽子が無くては始まりません。早い話、洋服が仕来り通りではなくても、とんがり帽子さえ被っていれば、礼儀知らずと言われる事はありません。
ですから小人さんは数日前から鏡の前で何度も色々なとんがり帽子を試していました。帽子は小人族なら必ず何個か持っていて、TPO(時と場合に合わせたお洒落ってやつです)に合わせて被ります。今日は村のお祝いに行く為、それもいつもお世話になっている八百屋の息子さんの結婚式なのでとびきり上品で華やかな帽子を選ぶつもりです。ですが小人さんは、当日になってもまだ決められていませんでした。
白は花嫁さんの色だからいけません。集まりによっては着て行く服に決まった色が指定されている場合もあります。今回は八百屋の息子さんの結婚式なので、『お店で売っている野菜や果物の色で来て下さい』と招待状に書いてありました。
「野菜の色となると、この空色の帽子はダメだよね」
よく晴れた雲ひとつない空の色したとんがり帽子は小人さんの大のお気に入りです。ガーデンパーティ(お家やレストランなどの室内でなく、綺麗な庭や広い公園なんかのお外でやるパーティです)の時に被ると青い空に溶け込んだような気持ちになれるとっても素敵な帽子です。
「白もダメ。黒は……、黒い野菜とか果物って何かあったかな? うーん、お葬式っぽいし今回はやめとこう」
他の帽子を並べます。蜜柑やオレンジの橙色、林檎や苺の赤、キウイや胡瓜の緑、ごぼうの茶色、茄子の紫にレモンの黄色。
小人族のとんがり帽子は柄が入っている物もありますが、小人さんはあんまり柄物は好きではありません。例外はシマシマなのですが、いくら縞々模様が大好きでも野菜や果物にシマシマはないので、今回は除外です。
「茶色は……、ちょっと地味かなあ」
小人さんは茶色のとんがり帽子を、今回は使わない、白と黒の帽子の上に重ねました。
「紫って結婚式にどうなんだろう? うーん。どうせなら、その季節にあった野菜か果物の色にしたいな」
結婚式は六月。野菜ではトマト、きゅうり、ナス、ピーマン、ズッキーニ、ゴーヤ、枝豆などが旬です。果物では、さくらんぼ、メロン、スイカ、ブルーベリーなどが旬を迎えます。茶色以外ならどの色でもいけそうです。
「でも、おんなじような事考える人他にも居そうだな」
出来れば他の人と被らない色がいいです。この村に小人族は小人さんしか居ませんが、もしも招待客に小人族が居て、おんなじ色のとんがり帽子を被ってきたら微妙な気分です。
小人族だらけの中に何人か同じ色の帽子が居るんなら全然平気です。でも小人族が自分ともう一人しか小人族が居ない場所で、初めて会うその小人と小人さんがばったり同じ色の帽子を被っていたら……、小人さんとしてはかなり気まずいです。もう目なんか合わせられないですから、挨拶も出来ません。
「自分が好きな野菜か果物にするとか」
それならまあ、貴方も桃が好きなんですか?とか聞いたりして仲良くなれそうです。
「でも確か、桃って夏の果物だよね。夏のあっつい時から秋の始めくらいに八百屋さんで見かけたような?」
まあ、先取りした事にするとか、野菜や果物の季節の指定は無かったので、単に桃が好きだから選んだって言い張るとか。
「いや、その前にピンク色の帽子は持ってなかった」
小人さんはピンク色はあんまり好きじゃないのです。なんか女の子っぽ過ぎて自分には似合わない気がして。
うーん。と小人さんはまた考え出しました。
並べた帽子の前で悩んでいると、玄関のベルが鳴りました。
「はーい」
誰でしょう? 鍵は勝手に開きませんから妹ではありません。
ドアを開けると、クマ君が立っていました。
「あれ? 待ち合わせってここじゃ無かったよね?」
「うん。あのね、お願いがあって」
「何?」
「ブラシを持って来たんで、背中の毛を梳かして欲しいんです」
結婚式の為にお洒落して赤い蝶ネクタイをして来たクマ君は申し訳なさそうに小人さんにブラシを差し出しました。
「前は自分で出来たんだけど、背中迄は手が届かなくて」
「いいよ!」
小人さんが家の中に招き入れると、クマ君はちょっと背を屈めながら入って来ました。小人さんの家は、小人サイズ。それでも玄関のドアは他の種族の友達が入って来れるように大きめに作ってありますが、クマ君にはちょっと小さめです。
「ありがとうね。昨日ちゃんとお風呂に入ったから臭くないはず」
恥ずかしそうに言いましたが、クマ君が臭かった事なんて一度もありません。お料理が好きなクマ君からは、いつも食べ物のいい匂いがします。
家の中に入ってしまうと、天井は高めに作ってあるので、クマ君でも背を伸ばしたままで平気です。
「大丈夫だよ。どこでやろっか」
とりあえず居間迄案内したのですが、鏡がある部屋がいいのか悩みます。寝室に鏡台が置いてあってさっきまでその前でとんがり帽子を選んでいました。鏡台の鏡は全身が映る大きさなのですが、なにぶん小人さんサイズなので、大きなクマ君の全身は無理そうです。
「どこでもいいよ。あ、わたしは座った方がいいかな?」
「そうだね」
クマ君に椅子に座って貰って、小人さんは更にその後ろに台を置いてその上に立たないと背中の上の方迄は届かないかも。
「背中だけでいいんだよね?」
「うん」
小人さんはクマ君にソファを勧めました。いつも小人さんが寝転がっている小人族なら三人並んで座れるソファですが、クマ君なら一人用です。
「台持ってくるね」
「うん」
小人は高い物を取る時の踏み台を持って来ると、クマ君が座っているソファの上に置いてその上に乗りました。手は届きましたが、ソファの後ろからだと見えるのは、クマ君の背中の上の方だけ。下の方はソファの背もたれで隠れて見えません。
「うーん、背中全体は無理そう」
「え? あ、そうか背もたれでが隠れちゃう部分がある?」
「うん」
「お行儀良くないけど、下に座ろうか? 絨毯の上に座ったら、背中が全部見えるでしょ」
(小人さんの家は、家の中でも靴を履くタイプの家です。クマ君も靴を履いていないので外から歩いてきたそのままの足で家の中に入って来ています。皆さんの家のように、玄関で靴を脱がないので、絨毯の上にそのまま座るのはお行儀が良くないことなのです。)
「そうだね。そうしよう」
小人さんはソファの上からクッションを一個床の上に置きました。
「どうぞ」
クマ君はそれを見下ろしてちょっと困った顔です。
「うーん。嬉しいけど、わたしがのったらぺちゃんこにしちゃいそうだから……」
「大丈夫だよ? 潰れても外に干して、パンパンパンって叩いて形を整えたら、また膨らむよ」
クマ君は自分の体重で小人さんのクッションが潰れてしまう事を心配したみたいです。
「うーん。実のところ、わたしのお尻が全部は乗らなそう」
とっても気まずそうにクマ君に言われて、小人さんはハッと気が付きました。
「あ。ごめん!(確かにその通りだった) えっとどうしよう。お布団持って来ようか? それならのれるよね」
小人さんは慌ててしまい、ウロウロと右に左に回りながら頭に手を当てます。
「ううん。お布団は床に敷いたら汚れちゃうから。小人さんがいいなら、わたしは直接床に座って大丈夫です」
「え、でもせっかくお洒落して来たのに。あっそうだ! ちょっと待って」
小人さんは廊下にある納戸をガサゴソと漁っていい物を見つけました。
「これ、どうかなあ?」
ピクニックの時の敷物です。前回使った後、外で洗って干してあるので裏に泥もついていません。クマ君と一緒に座れるように少し大きめのサイズを買ったし、少しふんわりした厚めの生地なのでクッションほどではないですが、床にそのまま座るよりはいいでしょう。
畳んだ状態の赤いチェックの敷物を見せるとクマ君は嬉しそうに頷きました。
「お、いいかも?」
敷物が敷けるようにソファをちょっと移動させて、(小人も手伝いましたが、殆どクマ君一人の力で運んで貰いました)開いた場所に敷物を敷くとクマ君が言いました。
「なんかお家の中でピクニックみたい。いいね!」
「ほんとだ。お茶とお菓子持って来ようか?」
「うーん。お茶とお菓子も楽しみたいけど、この後結婚式に行くんだよ。そこでご馳走が出ると思う」
「あ、そうだね」
「今度ちゃんと外でピクニックしよう!」
「うん」
嬉しい次の約束です。小人さんはクマ君のことが大好きなのでまた二人で遊べるとワクワクしました。
「小人さんの準備は出来てるの?」
「うん、と言いたいとこだけど帽子で迷っている〜。帽子が決まればそれに合わせて服を選ぶだけなんで、すぐ決まるんだけど」
「良ければ、わたし選ぼうか?」
「あ、そうして〜。持って来る!」
「うん」
小人さんは大急ぎで寝室に戻ると、とんがり帽子を重ねて運びました。
「うわ、すごいいっぱい。山になってる。倒さない? 大丈夫?」
小人さんがえっちらほっちら、落とさないようにとんがり帽子の山を運んで来るとクマ君は慌てました。手助けしたいけど、小さな小人族の帽子です。大きなクマ君が下手に触って潰したらどうしようと手が出せません。
「大丈夫! ここに並べるから選んで欲しい」
小人さんはどけたソファの前にあったテーブルの上に帽子を並べました。
「うわー。いっぱい。可愛い」
「ありがとう。野菜と果物の色の帽子をとりあえず全部出してみたんだけど、どれが良いか迷っちゃって……」
「うーん。悩むよね」
「因みにクマ君はどうやって選んだの?」
小人さんはクマ君の後ろに回ってブラシで背中の毛を梳かし始めました。
「力の強さってこれ位で良い?」
「うん。あー、もうちょっと強く出来る?」
「これ位?」
「あ、ちょうど良い。ありがとう!」
片手でブラシを持って梳かすのでは力が弱かったようなので、小人さんは両手で持ってぐっと力を込めながらゆっくりと梳かすようにしました。
「わたしはね、りんごが好きだから赤にしたんだ。迷わなかった。すぐ決まったよ」
「あー、それなら良いよね。私は桃が好きなんだけど、ピンクの帽子は持ってないからな」
「それなら次に好きなのにするのは?」
「次か」
小人さんはクマ君の背中をせっせと梳かしながらうーんと考えました。
「次に好きなのは、枇杷かな」
「枇杷。じゃあ橙色だね!」
「橙色か。下の服あったかな?」
小人さんは台の上に乗りクマ君の背中の上の方を梳かしながら自分のタンスの中を思い出します。
「……あったかも!」
「じゃあそれで決まりだね!」
「うん。良かった。クマ君のお陰で決められたよ。一人じゃずーっと迷ってた」
「お役に立てて良かったよ」
「うん。それに枇杷って五月と六月の果物だよね! 季節の野菜か果物にしたいと思ってたからぴったりだよ! さすがクマ君」
「褒められて嬉しい。けど、季節に合わせるなんて小人さんお洒落だね。そんなこと思いも付かなかったよ」
「うーん。でも季節の野菜か果物にするか、自分の好きな野菜か果物にしようって思ってたから、クマ君のりんごもとても良いと思うよ! それに迷ってたから良いアドバイス貰えて助かった。背中の毛を梳かしてあげるお礼に十分になったよ」
「あらそう? 後でお礼に何かあげようと思ってたけど、なくてもいいの?」
「うん。全然だよ!」
お互いの助けになったので、二人は大満足。クマ君の背中を小人さんがしっかり梳かし終えた後、小人さんは二番目に好きな枇杷の橙色のとんがり帽子とAラインのワンピースに、今日はちょっと暑くなりそうなのでタイツではなく橙色の靴下と靴を合わせて、真っ赤な蝶ネクタイをつけたクマ君と仲良く、八百屋の息子さんの結婚式に出掛けたのでした。