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本当に赤の他人なんです!

作者: 里和ささみ

久しぶりに短編書きました

ヒロインは名無しです

よろしくお願いします


 華やかな王宮の舞踏会。疲れた私はバルコニーでひとり風に当たっていた。


 外交官の父の赴任が終わり、十年ぶりに母国へ戻ってきた。知人らしい知人もいないこの国は、確かに故郷ではあるけれど、完全にアウェイ。正直、気乗りもしなかったが、いざ入場すると衆目を集めた。驚いた顔をして来場客たちが固まった。それから常に感じる視線。ずっと聞こえるヒソヒソ話。ますます帰りたくなった。


 国王陛下の挨拶が終わると、最初は遠巻きに見ていた男たちからやたらとダンスに誘われた。皆、浮き足だっているように見えた。


 仲間うちでなにやらコソコソ話し合っている人たちがいたが、その中の一人が私のところへやってきた。一人目のダンスのお誘いだ。ありがたいが顔がガチすぎてちょっと怖い。緊張なのか、迫真が過ぎる。紳士らしからぬスマートさに欠ける顔だ。そんなに声をかけにくい女に見えたのだろうか。


 自己紹介で分かった。ファーストペンギンはなんと宰相の息子だった。食い入るように私の顔を見て来るからちょっと引く。


 横で見ていた両親にも知り合いか尋ねられ、首を横に振った。怪訝な顔をされたが、私だって意味が分からない。


 ずっと国外にいたせいで婚活に出遅れたこともあるし、「せっかくだからいってらっしゃい」と母に言われてしまっては仕方ない。


 立て続けに高位貴族の息子たちとダンスをした。宰相の息子の次は公爵家の嫡男、財務卿の息子、騎士団長の息子などなど。


 相手が替わるたびに毎回聞かれる「今日はこのような趣向なのですか?」って、どういう意味?適当に笑って誤魔化した。


 立て続けに六人くらいと踊ったらさすがに足が痛くなった。いつの間にか私と踊りたいという男たちが列を成していた。ポッと出の女が、婚約者だってとっくにいそうな優良物件の男たちと踊りまくるのはいかがなものか。ただでさえ新参者なのに、女たちから爪弾きされたらたまったものじゃない。女の社会はそういうものなのだ。


 だから、もう目立ちたくなくてバルコニーに避難したのに。


 カッカッカッカッカッ


 ひと息つく暇もなく、神経質そうな足音が近付いてきた。


 と思ったら、見るからに神経質そうな顔の男に肩を強く掴まれた。


「お前!とうとうトチ狂ったのか!?」

「はあ?」


 これがいずれ夫となるジェームズとの出会いである。



 ♡



「やあ、お嬢さん。人違いでとんだ災難だったね」


 爽やかな笑顔でそう宣うのは、この国の第二王子ヘンリー殿下だ。プラチナブロンドに南の島の海のような色の目。御年十八歳なはずだが、幼い顔立ちをしていて、十四、五の少年と言われても納得してしまう。


 彼と対峙したことでようやく理解した。


 私は彼の女装した姿だと思われていたらしい。


 私の髪は紅茶色なので、全く違う髪の色なはずだが、青みがかった翠の目は確かに近い色合いをしている。


 それ以上に、似ている。顔が。すごく。第二王子殿下は女顔だった。


 私は女にしては背が高く、声も低めだ。第二王子殿下は私より背があるが細身で、なるほど、骨格などよく観察せず顔だけ見れば私とこの方を勘違いすることもあるだろう。


 あの舞踏会が実質的なデビュタントだった私(集団で行われる年に一度のデビュタントボールには父の仕事の都合で間に合わなかった)。


 純白のドレスを着て、楚々とした風情で(単に知り合いがいないから大人しくしていただけである)、私にダンスを申し込んだ男たちは彼の同級生もしくは年代の近い者たちで、顔が似ているからというだけで畏れ多くも名を呼ぶことを許されたヘンリー殿下曰く、〝初恋を拗らせた哀れな男たち〟らしい。


 男子校の姫とでも言えばお分かりだろうか。女の子みたいに可愛い顔をした学生を女の子扱いしてチヤホヤするアレである。

 いや、初恋を拗らせたのだからそれ以上に根深い。幼少期にヘンリー殿下の側近となるべく集められた七歳だか八歳の少年たちは、殿下のあまりの可愛さにノックアウトされ、恋に落ちた。あ、コレ、ヘンリー殿下がご自分でおっしゃってたことだから。


 ご本人もチヤホヤされるのがお好きな方で、王子というご身分を合わせてヒエラルキーの頂点に君臨し、我が兄も通った伝統ある寄宿舎の女王として、その他男子学生を惑わし、利用し、からかいまくってきた。それでもよく言えば天真爛漫な理想的すぎる姫(王子)にガチ恋する男子もいたそうで。


 最初にやってきたやたらと身分の高い男たちは、殿下と幼少期からともに切磋琢磨して過ごしてきたガチ恋勢。いや、おかしいでしょ。むしろ近すぎて恋とかならなくない?どっかで現実に目覚めなかったの?


「兄上の側近たちの方が重症なんだ」


 あ、そうですか。なるほど、彼らのほとんどはヘンリー殿下の二つ歳の離れた第一王子殿下の側近たちである。近すぎず遠すぎずで夢から目覚めるタイミングを逃したようだ。


 なら、私もそんなに可愛いのかというとそうでもない。夜会用に化粧で盛りに盛った顔でようやく殿下のすっぴんと並ぶのだ。元の造形は圧倒的に殿下の勝ち。多分、化粧落としたら全然違うと思う。マスカラとアイラインの目力アップとシェーディングとハイライトの小顔効果すご。


「一応、私だけでなく兄上からもそれとなく忠告しておくけど、彼らが迷惑をかけたら言ってくれ。こちらで対処するから」


 はて。迷惑とは?


「彼ら、私のことが好きすぎて、今の今になっても婚約者を決めてないんだ。もしかしたら、見合いの話がいくかもしれないから」


 あ、なるほどー。すっごい迷惑。たかだか一官僚の法服貴族でしかない我が家が強引に婚約を迫られたら断りきれない可能性があるわけだ。


 ウブな男子をからかい続けてきた殿下に責任を取ってもらおう。まあ、私は私であって殿下じゃないんだから、短絡的に見合いを申し込むだなんてことする人、そういないと思うけど。



 ♡



 と思ったら、いた。結論として、宰相の息子、公爵家の嫡男、財務卿の息子、騎士団長の息子が婚約申し入れをしてきた。ウソだろおい。そしてめちゃくちゃ強引に話を進められた。お見合い自体は断れなかった。そして全員と会う羽目になった。


「申し訳ない、人違いだったようだ。今回の話はなかったことに」

「あー、うん。いつもあの夜みたいな化粧してくれてれば、まあなんとか」

「大変失礼した。こちらの勘違いだ。この件に関しては追って詫びをする」

「……全然違う。別人じゃないか」


 ねえ、失礼じゃない?なに?身分が高けりゃ何言ってもいいと思ってんの?そもそも殿下の下位互換である私にそっちから見合いを申し込んでおいて、人違いだの化粧してればなんとかだの勘違いだの全然違うだの、どうして何もしてない私が傷付けられなくちゃいけないの!?


「だっはっはっは!」

「笑いごとじゃないんですよ、ヘンリー様!」


 ヘンリー殿下にどうにかしてくださいとお手紙で連絡したものの、政務でお忙しい殿下からお返事が来る前に見合いを強行されてしまい、それを知った殿下に呼び出されて事の顛末を話すことになった。

 まなじりに涙まで浮かべて大笑いする殿下に、こちらはこめかみをピキピキさせている。ヘンリー様のせいでしょ!私は関係ない、赤の他人なのに!


「いやあ、ここは責任を取って君を妃にと言いたいところだけど、あいにく私には婚約者がいてね」

「存じております!先日お茶会でお会いしてお声がけいただきました!」

「彼女、すっごく君のこと気に入ってたよ。あんまり似てるとは思わなかったけど、私と並んでるところが見てみたいってさ。君と双子コーデでおんなじ顔して踊るってのはやってみたいから、次の兄上主催の夜会にも来るといいよ。次代を担う若者の集まりだから、婚活?もしやすいんじゃないか?」

「いやです!エスコートしてくれる方がおりませんもの!」


 兄は十も年が離れている既婚者なので、きっと一緒には行ってくれないだろう。それに若者だけの集まりとかむしろ不安しかないのですが?


「なら、ジェームズを貸してあげよう」

「なっ、勝手にお決めにならないでください!ジェームズ様だって迷惑でしょう!?」

「いいだろう?ジェームズ」

「私はかまいませんが」


 ジェームズ様は侯爵家の次男で、ヘンリー殿下の側近だ。ご本人は法服貴族であるけれど、いずれは侯爵閣下が予備爵としてお持ちの子爵位をいただく予定のお方だ。第二王子の側近で、失礼男たちには及ばなくともまあまあ優良物件なのに、この方も売れ残っているそう。


 理由はというと。


「ジェームズは私にはなびかず厳しいのに、小さい頃から常に私といて審美眼だけは鍛えられてしまったから、どんなご令嬢と会っても美しいと思えなくなってしまった可哀想なヤツなんだ」

「別に私は見た目でお相手を選んでおりません。失礼な」

「だから私に似た君と、私に最も近しい彼がともに夜会に現れたら、ちょっとおもしろいことになりそうじゃないか?」

「お前!そっちが目的だな!?」

「そうだ!私が女装して君のフリをして、君が男装して私のフリをするっていうのはどうかな?それでアイツらのうち何人が騙されるかな?三人で賭けでもしようじゃないか」

「するかバカ王子!」

「サイテー!ヘンリー様サイテー!」

「ぶわははははは!」


 でも結局、ジェームズ様は私のエスコートを買って出てくれたので、ありがたくお願いすることにした。だって、婚活はしなくちゃいけないものだから。まずは出会わないと!なんだか申し訳なくて心苦しいけど、男装よりマシ!



 ♡



 そして、王太子殿下主催の夜会当日。ドレスは間に合わないからと、ジェームズ様がパリュールだけを贈ってくださった。既製品で済まないと言われたけど、むしろちょっとエスコートしてもらうだけの関係でやりすぎだと思いますが!?


 しかもジェームズ様はセオリー通りに花束持ってお迎えに来てくださった。それ、婚約者に対してのセオリーなんですが。私たち、ちょっと袖擦り合うだけの赤の他人ですよ?

 王子の側近なんだからお仕事はできるんだろうけど、ちょっと抜けてるところがあるなあ。初対面で勘違いとはいえいきなり肩つかまれて、あんまり笑わないしちょっと怖い人かと思ってたけど、不憫な私(自分で言う)を気遣ってエスコートしてくれるような優しくていい人だし、赤の他人に対してやりすぎちゃうような抜けてるところも親近感がわいた。


「あの、パリュールを贈ってくださってありがとうございました。花束まで用意してくださって、重ねてお礼申し上げます」

「……夜会で、力任せに肩をつかんでしまって、申し訳なかった。痣になったと聞いた」

「痣というか、爪が食い込んだところが内出血しただけですし、もう治りました。あ、もしかして、贈り物はそのお詫びだったんですか?」

「それもある。いや、まずは謝罪すべきだった。あのときは大変申し訳なかった。今日はご不在だったが、貴女のお父上にも後日謝罪に伺おうと思う」

「真面目!!!」


 確かに相手になんかしたら本人と家長に謝りに行くのはセオリーだけど、財務卿の息子と違って後ろ姿だけ見ての本当の勘違いだったんだから、そこまで気にしなくてもいいのに、ジェームズ様はあのときのことを思い出したのか、かなり落ち込んだ様子。

 はあ?ってキレ気味に振り向いたら、すぐにヘンリー殿下とは赤の他人だって気付いたみたいで、すごく慌てて、すごく謝られた。それでおしまいでよかったのに。


「なら、こちらは返却しなくていいですね」

「元から君に贈ったものだ」


 こういうときは、謙遜したり遠慮したりすると余計に気を病むだろうから、既製品とはいえ一流宝飾店で買ってくださったお値段も一流のパリュールは、ありがたくいただくことにする。


「ありがとうございます、ジェームズ様。私では手に入れられないような素敵なもので、すごく気に入りました」

「いや、そんなものしか用意出来ず本当に申し訳なく……でも、その、似合っている」

「ふふ!うれしいです。今日のドレスともよく合いますし」

「事前にドレスの色を聞いた方がいいと殿下にアドバイスしていただいた。どういったデザインが流行してるとか、そういったこともお詳しいので相談に乗ってくださった」

「そうだったんですね。ヘンリー様が部下思いだなんていがーい!」

「いつもそうならいいんだが、九割九分の確率で何かしら企んでいる」

「腹黒そうですもんね、ヘンリー様」

「腹だけじゃない。全身真っ黒だ」

「あはは!確かに!」


 ジェームズ様も冗談なんか言うんだって意外で、そのあとは馬車の中で殿下のやらかしを教えてもらって、会話も弾んで、緊張もほぐれたし、結構楽しかった。


 だけど、あの言葉は冗談なんかじゃなくて、事実だったことを夜会の会場に着いて思い知った。


 双子コーデされてる。


 救いはご婚約者様ともリンクコーデされてたことだろう。こちらに気付いてお二人でニコニコしてたから、あれは絶対に共犯だ。

 私はたまたま。私はたまたま。前回の夜会で目立ってしまったからか、今日もやたらと注目を浴びてるけど、私はたまたま。私はたまたまだからっ!たまたま被っただけだからっ!むしろ私が元っ!


「本当に、なんとお詫びしたらいいか……」


 ハメられたことにやっと気がついたジェームズ様が、行きの馬車の比じゃないくらい落ち込んでしまった。自分のせいで私が好奇の目にさらされたことを申し訳なく思ってくれたらしい。


「いいんですよっ!あれは殿下が悪いんです!」


 一応、人前だから殿下呼び。だって、双子コーデでお名前呼びしたら、色々勘違いされそうじゃない!


 せっかくだから一曲、と二人でくるくる回ってダンスしている。殿下にご挨拶行ったらあとで私とも踊れとか言われたけど断固拒否!ご婚約者様が私とも踊ってもらおうかしら?とか言ってからかわれた。いいオモチャにされているな、私。


「そんなに似てますかね?」

「似ていると言えば似ている。よく似た兄と妹くらいの違いだが」

「ですよね!?間違えるほど同じ顔してませんよね!?」

「ああ、君の方が何倍も可愛い」

「えっ」

「あっ、づぁ……ッ!!」

「あっ、ごっ、ごめんなさいジェームズ様!」


 ジェームズ様の足、思いっきり踏んじゃった!だってだってだって!私の方が殿下より何倍も可愛いとか言うんだもの!


 うえーん!絶対すっごくすっごく痛いだろうに、声もなんとかこらえてくれて、しかもちゃんと最後まで踊り切ってくれた。曲の途中で抜け出したらただでさえ目立ってるのが悪目立ちするもの。


 最初のダンスはエスコートのお相手とという不文律は済んだので、あとは婚活!というわけにもいかない。ジェームズ様の足を診てもらわなくちゃ!と思ったのに、ひとりで行くから目的を果たしなさいって付き添いはお断りされてしまった。や、優しすぎる!足の骨、ひび入ってないといいけど……。


 か、可愛いって言われたけど、あれはあれよね?殿下がアレな感じだから、腹黒さがない分、可愛げがある的な感じの意味だよね?殿下の全身真っ黒さと比べたら白いよね、みたいなことよね!?


 はあ〜、やらかした。帰りも送ってくれるって言ってたけどお断りして、なんとか自力で帰ろう。殿下のところで待っててくれって言われたけど、診断結果だけ聞いたら帰ろう。報告は来るだろうし。


 少し脚を引きずり気味のジェームズ様を見送って、殿下に馬車を借りれないか聞こうと会場に戻ろうとしたら。


「やあ、レディ。いい夜だね」


 化粧すればなんとかと言った公爵家の嫡男様に壁ドンされてます。


「だが、どうやらお疲れのようだ。顔色がよくない。そこの休憩室で休んでいかないか?私も少しめまいがしてしまってね。今宵も月明かりに照らされて美しい花が咲き乱れているが、ああも色んな花が咲いていると香りが混ざってしまって頭が痛くなるよ」

「ご令息様、私ヘンリー殿下のところへ向かうつもりでしたので、通していただけませんか?」


 この方、チャラそうに見えて拗らせ度NO.1だというお話だから、超要注意人物なのだ。ヘンリー殿下以外女にあらずと言いながら、殿下に似た目の色の女をつまみ食いして「やっぱり違う。殿下の方が美しい」とか言ってポイ捨てするようなヤツだ。殿下は男だよ!


「殿下……ヘンリー殿下、ね。やはりそうしていると……うん。君は美しいね?」


 元々濁って見えるご令息の瞳が、さらに粘度を増してどろりとした欲望が垣間見えた。いや、こわい。これは貞操の危機なんでは!?


「私の体調を気遣ってくださって感謝いたしますが、本当に問題ございませんので!休憩室で!おひとりで!ごゆっくりなさいませ!ちょ、何するのよ!?」

「はっ!たかが外交官の娘ごときがなんという口の利き方か。いいから来い。大人しくしていれば素晴らしい夜にしてやるから」

「はあ!?あっ、やだ!痛い!離して!」

「うるさい!付いてくるんだ!」


 手首をつかまれて、思い切り引っ張られて靴が脱げた拍子に転んでしまった。引きずるように、いや、引きずられてる!子どもじゃないんだから手首か肩が外れる!せめて抱き上げろ!いやイヤだけど!待ってホントに痛いからぁ!


 助けてお父様!お母様!誰か!ジェームズ様ぁ!!!


「貴様ッ!?何をしている!?」


 ジェームズ様ぁ!診察終わったの早っ!


「この廊下、やけに人払いされていると思ったら、何を企んでいる!?」


 あっ、確かに!普通はこういうのって巡回の騎士とかいるもんだよね!?


「ハッ!邪魔をしないでくれるか?やっと想いが通じ合って、これから彼女と愛を確かめ合うところなんだ」

「貴様、彼女との見合いは貴様の方から断ったはずだろう!」

「断りは入れてないよ。保留にしてもらってるだけさ。ちゃんと確認した方がいいよ。君がそんなんじゃ、ヘンリー殿下がお可哀想だ。こんな役に立たない側近しかつけてもらえなくて」

「下心なしでお仕えできるのが私しかいなかっただけだ!彼女を離せ!」


 ごめんなさい、私も断られたモンだと思ってました。だってお父様があきらめなさいって言うから。別に期待してないのに!なんで私が可哀想な子みたいな扱いされなくちゃいけないの!?あと、下心なしでお仕えできるのがジェームズ様だけしかいなかったって、ヘンリー殿下マジで何したの!?


「どうして?君はただ殿下に頼まれて彼女のエスコート役をしていただけだろう。まさか!君も本当は殿下に恋慕の情を抱いていたのか?ハッ!散々人を馬鹿にしておいて!」

「違う!殿下のような性悪、女だったとしても願い下げだ!彼女は、彼女はっ!私と婚約する予定だ!」

「えっ」


 何それ。そんなお話、聞いてませんけど?初耳ですが!?


「彼女は知らないようだけど?」

「それは!まずは家長にお伺いを立ててからと思って!怪我をさせたことも正式に謝罪してないし!それに書面ではもうお送りしてある!彼女の父が出張で不在だからまだご回答いただけていないだけだ!」

「だからそういうところだよ、君」

「だけど私は貴様らと違ってちゃんと彼女自身が好きなんだ!顔を見ても気付かなかったような貴様らは!殿下のことも!彼女のことも!何もわかっちゃいない!彼女はとても優しく、寛大で、心の美しい素晴らしい人だ!殿下と違って!!!」


 最後のいらんかったんや!!!!!


 もしかしてジェームズ様って真面目カタブツな故に考えすぎてタイミング逃したり間が悪かったりする感じの人?なんとなーく薄々、察してはいたけど。


「あの」

「なんだい?」

「そろそろ立ってもいいですか」

「あ、ああ。失礼した。君にまた出会えたことでつい気が急いてしまって。お手をどうぞ、レディ」

「いえ、結構です。あ、明日さっそく婦女暴行未遂で訴えますので。次は法廷でお会いしましょう」

「そっ……れは……!」

「ジェームズ様」

「は、はい」

「靴が脱げたときに捻挫したみたいで歩けません。支えてくださいますか?」

「よ、よろこんで!」


 ジェームズ様は「失礼」と一言つぶやいて未だつかまれたままだった公爵家ご令息の、つかんでる方と差し出された方の手をどちらも手刀で叩き落とし、私を抱き起こすのではなく抱き上げてくれた。

 立ち上がるときに「ゔっ」と小さく唸ったけど、それは彼の足を踏んづけてしまった私が悪いので聞かなかったことにした。男の人のプライドもあるだろうし。


 立ち上がったあとに抱え直されて、体が跳ねると目が合った。顔が近い。このままちょっとでも近付いたらキスできちゃいそう。


 あ!露骨に背けたな〜!もう、照れ屋さん!


「痛みますか?」

「私もそうですけど、ジェームズ様もですよね?医務室に行きましょう。診断書出してもらわないと」

「そうですね。……申し訳ありません。お側を離れて危険な目に遭わせてしまいました」

「痛いですけど、ジェームズ様のせいだとは思っておりません。どちらかというと、全部ヘンリー殿下のせいだと思うので」


 あの小悪魔王子が彼や彼らの心を惑わしてきたせいで私がとばっちりを受けたのだ。殿下にも慰謝料請求してやろうかな。


 ジェームズ様はひたすら前を見て、ゆっくりだけど廊下を進んで行ってくれている。だけど、全く目が合わない。ちょっと気まずい。ちょっと傷付く。


 だって。


「はあ……私、きっとこれから社交界でいい笑い者になりますね」

「そんなことは……」

「でも、あの方を訴えるとなるときっと余計な詮索をする方々が私のことを傷物だと噂するはずです」

「そんな口さがない者たちの言葉を貴女が気にする必要はない」

「気にします!どうしよ〜、お嫁に行けなくなっちゃう〜!」

「だからそれは!あ……」

「それは?」


 気付いてますよ?目が合ったあと、殿下と間違われないように私のなけなしのお肉を寄せて寄せて寄せてむりやり上げたデコルテを間近で見て、お顔が赤くなったの。


「責任、取ってくれないんですか?」

「ま、まずは家長にお伺いを立てないと」

「ジェームズ様っていつ私のことを好きになったんです?」

「すっ!きになったのは、初めて会ったときです……」

「殿下に似ている私に一目惚れ?」

「違います!いや、あ、一目惚れですが、その、勘違いであんな乱暴なことをしたのに、気にするなと許してくださって……優しい、女神のような人だな、と」


 すんごい過大評価な上、チョロすぎる。チョロすぎて今後他の女に優しくされて浮気されたらたまらない。


「浮気はしないでくださいね?」

「なぜ求婚の前から浮気の心配を……」

「だって!私以外の人に優しくされても絆されそうじゃないですか」

「さすがにそんなことはない。君だからすっすっすっ」

「すっすっす?」

「好きになったんだ!」


 やっと言ってくれた!うれしくなって、首に回していた腕に力を込めたら、ジェームズ様めっちゃあわてだした。真面目がすぎる!


「おほほほほ!ごめんあそばせ!つい父の赴任先にいたときのくせで」

「そうか……君はつい先日まで南の方にいたんだったな」

「南は情熱的な方が多くて、老若男女ボディタッチが多めですね。あと、女の人がしっかりしてて強いです」

「そのようだな。今後が心配だ」

「どういう意味ですか?」

「なんでもない」


 後日。ジェームズ様は彼の信念通り、家長にお伺いを立ててから改めて求婚に来てくれた。出張中のお父様は家から見合いの申し込みが来たと連絡を受けてたけど、どうせまた冷やかしだと思って家令には当たり障りなくお断りするよう伝えてたらしい。

 冷やかしじゃなくて本気だったと知ると大慌てだったけど、公爵家のご嫡男を訴えたと聞いたお父様は失神してしまった。だけどヘンリー殿下が全面的に責任を持って後押ししてくれたから!大丈夫よ!って言ったら、頭から髪の毛がハラハラと散っていった。もらった慰謝料で育毛剤でも買ってあげようかしら?


 そしてめでたく!私は婚活に成功し、婚約期間一年の後にジェームズと結婚しました!


 そして、数年後……


 ヘンリー殿下の離宮で、子どもたちを会わせて一緒に遊ばせましょうと第二王子妃様からお呼び出しを受けた、ある春の日。


「殿下……?殿下、なのか……?」

「あの頃の殿下そっくりだ……!」

「て、天使は存在した……!」

「殿下が幼女に生まれ変わった……!?」


 彼らは王太子殿下の側近を外された。公爵家ご嫡男はご嫡男ではなくなり、彼は自活していくために法服貴族となってヘンリー殿下の側近となった。


 殿下もまた、これまでの悪行の責任を取ってまだ独身を貫いている失礼男たちを引き取るという罰を国王陛下から下されたのに、この方は本当に相変わらずだ。むしろ夫婦でやらかしている。今回のコレも多分、このお二人の計画的犯行なのだろう。


「「「「お嬢さん!私と結婚してください!」」」」


「貴様らぁ!ウチの子を、まだ五歳の娘をそんな邪な目で見るな!!!」

「ブフォ!だははははははははは!!!!!お前たち本当に懲りないな!」


 その子はヘンリー殿下じゃなくてウチの娘です!


 歴とした、赤の他人ですから!!!!!

※追記2025.4.27

誤字ではない誤字報告(ファーストペンギン→ファーストダンス)が多かったので、分かりやすいように最初の方に文章足しました

最初に声をかけてきた勇気ある者というのと、黒の燕尾服と白いシャツの服装がなんかペンギンに見えるなというのとかけてたんです

分かりづらくてすみません

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― 新着の感想 ―
面白かったです!王子様と双子コーデ!なかなか良いですね。 そんな美形の王子様。見てみたいです。
除籍にならなかったクソ公爵嫡男と元凶の殿下は、もげて苦しむ天罰が降ればいいのに。
悪ノリでBLハーレム(放置)作る殿下さぁ… ジェームズさん、くそ真面目すぎてめちゃくちゃ遊ばれてそう。がんばれ。
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