第1章 不思議な「力」
時刻は22時を過ぎ、、、正義は疲労困憊の体を引きずるように塾からの帰路を歩いた。
しかし、、、疲れた。
それは体のことではない。
何故にこまで勉強に注力せねばならないものか、、、
高校2年生にもなれば無論、その事情は承知している。
今の世は、相応の学歴なくして必要な収入は得られない。
さもなくば「特殊技術」。しかし、そちらの習得のほうがより困難であろう。
(別に今日、ここで死んだって、、、さしたる未練もねぇな・・・)
無気力を絵に描いたような若者たる正義に、己の運命・人生を変えてしまうほどの「出会い」が、、、すぐそこに迫る。
「ふぎゃぁァァァ!!」
(な、なんだっ!?)
正義が振り返ると、「火の玉」が目の前を横切る。
その火の玉は、道沿いの公園内へと突入し、大木に衝突する。
正義は、何の気も無しにではあるが、その火の玉へと迫る、、、どうやらその正体は「猫」だ。
その猫は、炎に包まれもがき苦しんでいる。
(こ、これじゃ、死んじまう!)
持っていったペットボトルの残りで消火を試みる。が、足りない。
急いで公園に備え付けの水道で補水し、ようやく火を消し止めた。
「はははっ!!なんだよっ?せっかく俺らが燃やしてやったのによ」
声のほうを見るとコンビニエンスの駐車場で、中学生とおぼしき子供が数名、、、
(あいつらか・・・)
猫の様子をうかがうと、息も絶え絶えであった。
(ごめんな、、、助からないな、これじゃあ・・・)
それにしても酷い所業だ。
これは立派な「犯罪行為」である。
しかしながら、仮にあいつらを警察に突き出しても、頭を下げるのはその保護者で、、、それにまだ「頭を下げる」ならいい。
或いは居直って、「子供のしたことだから」と法を逆手に取った言い逃れをし、当事者に罰を与えることも反省を促すことすらしない。
(可哀そうだけど、、、生まれてきた「時代」が悪かったな。徳川綱吉の時代なら、厳罰なんだろうが)
最近、日本史の講義で履修した内容に絡めて、命を落とした猫を哀れんだ。
(せめて埋めてやろう)
黒焦げの猫の躯を抱えた正義は、公園の繁み奥へとそれを運び、疲れた体で墓穴を掘る。
完全に埋めてしまうには、それなりの深さも必要で、、、気が付けば1時間近く経っていた。
(ふぅ、、、やれやれ。すまないけどしてやれるのはこれくらいだ。成仏してくれ)
《いやいや十分だ、、、感謝するよ、少年》
(へっ?)
確かに、、、誰かの声がした。感謝?少年?・・・・
それって俺のことで、、、つまり猫か?
《あ、いや、、、正確には「猫」たるお前たちの世界の生物ではない。これは仮の姿だ》
(なんだ、、、、俺は夢でも見てるのか?)
疲れてるんだな、よほど・・・正義は猫の埋葬を終え再び帰路に着こうとするも、
《まぁ待て、、、そうだな、歩きながら話そう》
まだ幻聴が止まない。
《礼が未だだったな。このような時世で有難い親切、、、深く礼を述べよう、マサヨシ》
(ま、まさよし!?今、俺の名前を、、、)
《まぁ、心を落ち着けて聞け。ようやく本題だ》
振り返っても誰もいない。辺りを見回しても、さっきの悪ガキどもと数人の通行人だけだ。
《我が名はランド》
(ランド、、、大地?)
《お前たちの世界の言語ではそうだな。しかしそれはこの際よい。この度の「礼」がしたい》
礼、、、随分と律儀な猫だ。
《だから言ったろう、、、それは仮の姿だ》
(ええっ、、、聞こえてる?・・・声に出してないの)
《追ってわかることの説明は省きたい。話を続けさせてもらう》
猫は、、、ランドは続けた。
《マサヨシに「7つの贈り物」をしよう》
それはまた、、、気前のいい猫だな。
《猫ではないと言っただろ、、、まあ、それもいい。説明を続けよう》
はいはい、、、どうせ消せない幻聴なら、帰り道の時間潰しにくらいはなるだろう。
《ふふふっ、、、もう少しはマサヨシの役に立つ「能力」だと思うぞ》
ランドの説明では、、、7つのうちまず「3つの能力」が即時、正義に備わった。
ひとつは「テレポート」。
《先に申し述べておく。第一の能力はお前たちの世界の「言語」で最も近いもので説明したときに「テレポート」と言う》
テレポートか、、、日本語なら「瞬間移動」、ってとこか。
《茶化すでない。そうだな、、、まずは信憑性を持たせよう。第一の能力の用法を説明しよう》
(はいはい、どうぞ)
《目的地をイメージしろ》
(、、、それだけ?)
《それだけだ》
んなもん、、、正義は半信半疑どころかまったくランドの言葉を信じていない。
(家まで、、、まだ遠いなぁ)
そう思った瞬間であった。
(あれ、、、家の前??)
《どうだ?これで信用してもらえそうかな》
(ううむ、、、どうやらよほど疲れてんだな、俺は)
さっきのコンビニから家までは、まだ15分の距離はあったはずだ。
(気のせいだったか、、、けっこう近くまで帰ってきてたんだな)
「ただいま」
「おかえり、、、遅かったのね」
キッチンの向こうから、暖簾越しに母の声が聞こえてくる。
「お風呂?それともご飯?」
疲れて食欲も湧かない。たいていは入浴を先に済ませる。
「ふうっ、、、今日は疲れた」
湯舟に浸かる頃には既にランドのことなど忘れていたが、
《ご苦労、、、では説明の続きといこうか》
あれ、、、まだ聞こえてくる。
よほど疲れが溜まってるんだな、、、
《第二の能力は「透視」》
勝手に説明を継続するランドの言葉を、、、正義は既に聞いていなかった。
《目に力を入れてみたまえ》
聞いてはいなくとも、無意識にランドの言に従ってしまう、、、すると、
(ん?、、、母さん?)
正義には、台所で彼の食事の準備をする母の姿が見える。
(今日の晩メシは麻婆豆腐か、、、じゃねぇし!!?)
正義は深さのない浴槽で溺れそうになる。
《気をつけろ、、、まだ潜水能力は備わっておらんぞ)
「て、ていうかっ、、、おまえ、何なんだっ!?」
《自己紹介はしたはず、、、私はランド》
「そうじゃねぇよっ!!なんなんだよ、これっ!?」
《少し落ち着け、、、気に入らぬか・・・贈った能力》
そうだ、落ち着け・・・
コンビニの前からずっとこの声は聞こえ続けている。
風呂場から台所も見えた。
、、、つまり・・・夢じゃないってことか?
浴室から出た正義は、体を拭き服を着ると、
「なら、、、試してみるか・・・俺の部屋、、、」
次の瞬間、目を開くと正義は自室にいた。
「、、、もしかしたら、夢でないのかも」
ようやくこの段階で「半信半疑」と言えた。いまどき、こんなおとぎ話をすぐに信じる者も少ない。
「正義、ごはん出来たわよ」
「ああ、、、麻婆豆腐ね」
「えっ、、、なんでわかったの?」
「あ、、、に、匂いで」
《そういうのは注意しろ。能力が表面化すると行動が制限される》
どうやらあの猫は、常時俺に張り付いていると考えてよさそうだな。これじゃまるで悪魔に妙なノートを渡された奴と同じだな。
《私は悪魔ではない》
(聞いてたのか、、、それより、貰える能力は3つだったよな?)
《ようやく信じる気になったか、、、第3の能力は「サイコキネシス」。ただしこの使用には細心の注意を払え》
「、、、というと?」
《殺傷能力がある》
「物騒だな、、、」
《スペックを理解しておかねば使いこなせぬ。威力のコントロールには少し訓練も必要であろう。少し練習するか》
「えっ、今から?もう夜だし・・・」
《ものの10分ほどだ。外へ行こう》
「こんな時間から外出なんて出来ないって。高校生だぜ?」
《テレポートできるだろう》
「、、、そっか」
正義は、先ほどの公園にテレポートした。
「で、、、どうやるんだ?」
《まずあれにある空き缶を見よ》
「ああ、、、で?」
《次に標的を強く見ろ。そしてダメージを与えることを意識するのだ》
「言うは易し、だな、、、」
《難しく考えなくてもよい。使い方そのものが難しいわけではない。大事なのは加減だ》
「、、、ほんじゃまぁ・・・」
カンッ!!
まるで石でも投げつけたかのように、空き缶は吹っ飛んだ。
「、、、へぇ・・・なるほどな」
《かなり制御したな。それでいい。事実制御のほうが重要だ。今度は念を強くしてみよ》
正義が再び同じ方向を見ると、空き缶が元通りに立っていた。
「よ、よしっ、、、」
カァンッ!!
今度は空き缶が飛散した。
「や、やべぇな、、、アルミ缶とはいえ吹っ飛んだぞ」
《今ので概ね2割ほどのパワーだな》
あれで2割とは、、、、正義は驚いた。
《つまり、フル・パワーだとどの程度の威力か、、、推して知るべきだ。レクチャーは一応以上だ》
「でさ、、、肝心の質問だけど・・・」
正義は、姿のないランドに向かい改めて質問した。
「これを、、、どうしろって言うんだ?、、、ええと・・・」
《ランドだ》
「あ、ああ、、、なぁランド・・・俺にどうしろと?」
《心に従え》
曖昧な回答に聞こえた。察したかのようにランドも言葉を続けた。
《マサヨシも知っての通り、私が「宿借り」していた生物も、残忍な「人」の手によって命を奪われた。しかし、だ》
ランドはさらに言葉を続けた。
《私が見てきた数百年というわずかな期間でも、「人」の所業は目に余る》
「数百年、、、?ランド、今、いくつなの?》
《それは今問題ではない。言いたいのは「人」の所業の悪辣だ》
「、、、それを正せ、と?」
ランドは無言で正義の言葉を肯定した。
「けど、これだけじゃあ、、、出来ることも限界があるんじゃあ・・・」
《いきなり多くを望むな。まずは手近なところからだ。それに・・・》
ランドが言うに、この度、正義に授けた力は三つ。あと未だ四つの力がある。
「なんでまどろっこしいことしないでさ、今、7つともくれりゃいいのに・・・」
《出来るならそうしている。残りの4つの習得には「経験値」が要るのだ》
ランドの言う「経験値」とは、能力を使っていくなかで体内に蓄積される経験のことであるという。
《マサヨシの体が能力になじんでいけば、順次残りの能力を体得できる》
(、、、まぁ、今日のところは寝るとするか)
正義は覚えたての技で、公園から自室に戻った。