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十話


 クライヴのとんでもない提案に、ティアーリアと伯爵は考え直した方がいい、と慌てて口を開こうとするが二人が口を開く前に止められることを察したクライヴが二人より早く唇を開いた。


「ティアーリア嬢、……伯爵へと話す内容に理解をして欲しい、と言いましたよね?」

「ですが……っ! その条件ではあまりにもクライヴ様に負担がかかりますっ! もしクライヴ様が今後婚約を白紙に戻したい、と考えてもご自分からは白紙に戻せなくなってしまいます!」


 ティアーリアの悲痛な叫びにクライヴはきょとん、と目を瞬かせるとまるでティアーリアがおかしな事を言っているように不思議な顔をしている。


「──? 私からは絶対に白紙になんてしませんし、もし破談になったとしても私はもうティアーリア嬢以上に愛せる女性が出来ませんので……私は一刻も早く貴女を我が邸宅にお迎えしたいだけなのです」

「で、ですが──っ」

「……ティアーリア、クライヴ卿がこう仰っているんだ……恐らく私達が何を言ってもお考えを覆しはしないだろう」


 困ったように視線をクライヴに向けて伯爵がそう伝えると、伯爵からの視線を受けたクライヴは当然、と言うようにしっかりと伯爵に視線を返してはっきりと頷いた。


「ええ、クランディア伯爵の仰る通り私はこの考えを変えるつもりはありません。──ティアーリア嬢、私の邸宅に来て頂けますか」


 言葉の後半は、ティアーリアへと視線を向けしっかりと自分の気持ちを伝える。

 自分には貴女しかいないのだと、真剣に想いを込めて伝えるとそのクライヴの視線を受けたティアーリアは無意識の内にこくり、と頷いてしまった。


 ティアーリアがはっとして自分の口元に両手をあてるが時すでに遅く、クライヴはしっかりとティアーリアのその承諾の瞬間を目にした後、瞳を輝かせると父親である伯爵の目の前にも関わらず、嬉しさのあまりティアーリアを抱き締めてしまった。







 先程、父親である伯爵へ報告が済むと、事の次第を妹であるラティリナにもティアーリアは伝えに行きたい、と言うとクライヴは「勿論です」とにこやかに笑顔で承諾してくれる。


 先日まではクライヴとラティリナが顔を合わせる、と言う事にとても胸を痛ませていたが、今はお互い誤解も解けたお陰で晴れやかな気持ちで妹に会いに行ける自分に何だか呆れてしまうわね、とティアーリアは苦笑した。

 こんな気持ちになれたのも、クライヴが自分への気持ちを溢れる程伝えてくれたお陰だ。

 自分もクライヴに沢山の愛情を返していければいい、とティアーリアはクライヴと共にラティリナのいる自室へと向かっていた。


 程なくしてラティリナの自室へと辿り着くと、ティアーリアは軽く扉をノックしてラティリナへと声を掛ける。


「ラティリナ? 具合はどう? もし平気だったら少しいいかしら?」


 ティアーリアが優しく扉の向こうに声を掛けると、扉の向こうで人の気配がして内側からカチャリ、と扉が開かれた。


「お姉様……! 今日は調子がいいんです。どうぞお入りになって!」


 嬉しそうに表情を綻ばすラティリナが、ティアーリアの隣にいるクライヴに気付くと「あら」と声を上げて慌ててクライヴにも挨拶をする。


「お恥ずかしい所を……、アウサンドラ公大変失礼致しました」

「いえ、お体の調子がいいとの事、安心致しました。姉君であるティアーリア嬢も、こちらに来るまでずっと妹君を心配されてましたよ」


 和やかに二人が会話をしながら微笑みあっている。

 ティアーリアは二人の姿を見て以前のようなもやもやとした気持ちにはならないが、やはり自然と「お似合いだ」と考えてしまう。

 それ程にこの二人が並んでいるだけで絵になるのだ。


「お姉様、アウサンドラ公、お入りください」


 ラティリナが室内へと促してくれる。

 ティアーリアは自分も室内へと足を踏み入れようとした所で、隣にいるクライヴからぐっ、と腰を抱かれて引き寄せられた。


「──!?」


 ティアーリアは驚きに目を見開き、クライヴへ視線を向ける。

 ラティリナが背中を向けているとはいえ、家族の前で過度な接触は恥ずかしい。

 やんわりとやめてくれ、と伝えるつもりでクライヴを見上げたのだが。


「どうしました?」


 綺麗な笑顔で微笑むクライヴに、ティアーリアは何故だかバツが悪そうにさっと視線を逸らした。

 無意識に二人の姿をお似合いだ、と考えた事を知っているようなクライヴの迫力のある笑顔にティアーリアは背中にひやりとした感覚が広がる。

 クライヴは瞳を細めて微笑むと、ゆったりとティアーリアの腰を自分の指先で撫でてから「入りましょうか」と室内へと足を向けた。

 まるで、ティアーリアがクライヴの隣に自分以外の人間の姿を想像した事を咎めるような雰囲気に、改めてクライヴの深い愛情を感じてティアーリアはもう二度とそのような事を考えないようにしよう、と強く心に誓った。



 ラティリナに室内へと案内されて、ティアーリアとクライヴが隣同士に、ラティリナが二人の向かいのソファに腰掛けるとメイドがお茶を用意して下がっていく。

 メイドが部屋の扉から退出したのを見届けると、ラティリナが唇を開いた。


「お姉様と、アウサンドラ公お二人の表情で粗方察しは付いております。お二人はこのまま婚約されるのですよね?」


 本当に嬉しそうに表情をほ綻ばせるラティリナに、初めは心配していたティアーリアもほっと息を付く。

 ラティリナもクライヴを想っていたのでは、と考えていたが目の前のラティリナからはまったくそのような気配を感じられず純粋に自分とクライヴの婚約を喜んでくれているようで嬉しそうに笑っている。


「ええ、クライヴ様とこのまま婚約、そして……」

「婚約期間の一年間を過ぎたらそのまま婚姻式を行います」


 ティアーリアの言葉に続けるようにしてクライヴがラティリナに微笑みながらそう伝える。

 ラティリナはティアーリアとクライヴの顔を交互に見ながら「まあまあまあ!」と嬉しそうに笑っている。

 気恥しい気持ちにティアーリアはクライヴを見やると、クライヴもティアーリアを優しく見つめていて、室内はふんわりとした和やかな雰囲気に包まれている。


「それで、」


 クライヴが先程、自分の父親である伯爵へ報告した事をラティリナへも伝えようと唇を開いた。


「ティアーリア嬢には、婚約が正式に取り交わされる前に我が邸宅に移り住んで頂く事となりましたので、妹君にもご報告に」


 クライヴの言葉を聞いたラティリナは、自分の口元に持ってきていたカップをぴたり、と止めた。

 その瞬間、室内の温度が一気に下がったような感覚がする。


 ラティリナ・クランディアは姉であるティアーリア・クランディアが大好きで大好きで仕方のないシスコンである。


 クライヴは、初めから妹であるラティリナへ報告する時の方が荒れるだろう、と理解していた。

 父親である伯爵よりも、妹を説得する方が骨が折れるという事を先日の庭園での散策の際に痛い程分かっていたのだ。


「正式な婚約が取り交わされる前に、お姉様が、出ていかれる、と?」


 一言一句、はっきりと聞き逃さないように言葉を紡ぎ、にっこりと笑顔を見せているラティリナにティアーリアは戸惑う。


「ラティリナ……? どうしたの? この間応援してくれたじゃない?」

「ええ、お姉様。確かに応援致しましたわ、けれど──」


 そこまでラティリナが言葉を紡ぐと、我慢出来ない、とでも言うようにクライヴをキッと睨んだ。


「こんなに早くお姉様を連れ去ろうとするなんて……っ!」


 酷いです! とわっと泣き出すラティリナに、ティアーリアはおろおろとして妹を慰めなければ、と腰を浮かそうとした。

 だがその気配を目敏く察知したクライヴは素早くティアーリアの腰に自分の腕を回すとその場に留まるように力を篭める。


「え、えっ」

「──申し訳ない、ティアーリア嬢を一刻も早く我が邸宅に迎え入れたいという私の我儘なのです」

「……婚約が成立する前にお相手の邸宅に移り住むというのは男性側にリスクが発生すると聞いております。アウサンドラ公もそのようなリスクは回避した方が宜しいのではないでしょうか?」

「ご心配には及びません、私からお断りするつもりは一切ございませんし、私の妻となる方はティアーリア嬢しか考えられませんから」


 ははは、ふふふ、とにこやかに笑いながら会話を続けるクライヴとラティリナに冷り、とした底知れない雰囲気を感じ取りティアーリアはきゅっと唇を結んだ。

 自分が言葉を挟んではいけない気がして、ティアーリアはただ二人の会話を静かに聞いた。


「あら、ですがお姉様が万が一……という可能性もございますし、やっぱり通常の形式通りが宜しいのではないでしょうか?」

「そうですね、そうなってしまった場合は悲しいですが私はそれでも構いません、私には生涯ティアーリア嬢以上に愛せる女性は現れませんので」


 クライヴの言葉にラティリナは悔しそうに唇を噛み締めると説得は無理なのだろうと理解する。

 クライヴの態度にも恐怖を覚える事なく逆に見惚れるように頬を染めてクライヴを見つめるティアーリアの姿に、この二人に万が一の事など起きようがない。


 ラティリナは悲しそうに目を伏せると、唇を開いた。


「──いつ、お姉様は出て行ってしまうのですか……」

「ラティリナ……」


 クライヴはティアーリアの腰の拘束を解くと、ティアーリアが伺うように見上げてくる。

 その視線にクライヴは頷くと、クライヴを見つめていたティアーリアはソファからそっと腰を上げてラティリナの隣に腰を下ろして大切そうに妹の手を握る。


「四日後に、クランディア伯爵家からクライヴ様の邸宅に向かう予定なの」


 ティアーリアの言葉にラティリナはくしゃり、と表情を歪ませるとティアーリアの胸に泣き付いた。


「お姉様っ、私はとても寂しいですっ」

「ええ、急な話になってごめんね」


 自分の胸で嗚咽を上げるラティリナをしっかりと抱き締め頭を撫でてやる。

 体が弱い妹を、自分は大層可愛がっていた。

 病を克服した自分は妹が寝込むとその辛さを誰よりも理解出来る自分は姉としていつも傍にいたし、夜に熱が上がり魘される妹を慰める為に一緒のベッドで眠る事もあった。

 両親には少し過保護すぎないか? と笑われる事もあったが、たった一人の自分の大好きな妹だ。

 何れはどちらかがこの伯爵家から嫁に行く事は理解していたが、別れが突然過ぎた。

 今生の別れではないが、クライヴの公爵家に妻として嫁ぐという事は他の貴族家に嫁ぐというのとは訳が違う。

 邸宅に迎え入れて貰って、婚姻式を迎えるまでは恐らく多忙に極めそう簡単に会う時間を作る事は出来ないだろう。


 暫くの間、会う事が出来なくなるという事を察し、ラティリナは悲しんでいる。

 体の弱いラティリナをクライヴの邸宅に度々招く事は出来ないのだ。


 二人の悲しむ姿を見て、クライヴは口を開いた。


「これは考えていたのですが、もしティアーリア嬢が宜しければ月に一度妹君に会いに行かれる時間を作るのは如何ですか?」

「──えっ、」

「宜しいのですか……」


 クライヴの言葉に反応したラティリナとティアーリアが縋るような視線をクライヴに向ける。


「私の我儘でご迷惑お掛けするのです……、月に一度程しか時間は作れないとは思いますが、息抜きにご実家に戻る時間を設けては如何でしょう?」

「クライヴ様──っ宜しいのですか!?」

「ええ、勿論です」


 クライヴの言葉にティアーリアは表情を綻ばせ、ラティリナはぼろぼろと涙を零す。


 クライヴは、ラティリナが姉であるティアーリアをとても慕っている事は知っている。

 月に一度程度で申し訳ないが、それくらいの時間も設けられず自分の我儘を押し通すつもりは最初からなかったのだ。

 ティアーリアが大切に思う家族も、とっくにクライヴにとっても大切な家族だ。

 大切な家族を悲しませるつもりは無い。


「ラティリナ嬢……貴女の大切な姉君は必ず私が幸せにします。なので……、どうか私を許して下さい」

「──はい、大好きなお姉様を宜しくお願いします」



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