燈し火はろうそくを知らない
汗が土に染み込む、というような事だったと思う。
全身が緩やかに崩れていく。夜の帳が下りる頃合い、胸を張って燭台に立っていたのが幻だったかのように、融けた蝋があちこちで歪に固まって醜悪な身体つきになっていた。白く流れ出た物が、今となっては別人であった。それを己より愛していくのも当然で、己のため切り捨てるのも当然で、複雑に絡み合って共生した先で取り返しが付かないほどねじ曲がっていた。
来た所と帰る場所は選べない、というような事だったと思う。
悪意など無いままに私を踏みつけ、我が物顔で炎は煌々と輝くのだ。風が強く当たれば彼は揺らぎ、それは同時に炎を頼りに歩を進める人々をも揺さぶる。そのような日々の連続が私を鬱屈させた。奴らには私が如何様になろうと無関心なのだろう、炎を存在させるのは確かに私であるのに。しかし明りを僅かでも灯すこと無い私は間違いなく意義など有せず、それすらいつしか天命なのだと割り切っていた。ある意味では、最も尊い自己犠牲だったのかもしれない(決して美麗ではなかったけれど)。こうした夢のない眠りにも似た放棄は、いとも容易く私を下賎な隠者にした。
生前への郷愁、というような事だったと思う。
姿を知らない虫の唄に、小さく空気が爆ぜた。ろうそくで、いや、ろうそくの火で瞑想をしていた家人がぼんやり眼を開く。笑いや怒りは見えず、ただ物悲しく膝の軋む音がした。私の額も縮みながら冷えたままだった。そんな事はお構いなしに、高速道路を駆ける車の轟音が通り過ぎていった。
偶然が割れてしまう、というような事だったと思う。
突然の山の咆哮が耳を震わせた。劈く多様な叫びに揉まれて、私は唸りをレゲエミュージックみたいに感じていた。空っぽの人形は少しだけ動いて、水を一杯飲み干し布団に入った。私は山に灯る途方もなく巨大な明りを目の端に捉えた。
もう一度大きく地面が揺れた時、私は転倒してしまった。半端な炎を道連れにして。
汗が土に染み込む、というような事だったと思う。