脇役令嬢だって、色々あるのよ。友情と恋のスタンシア。
スタンシア・マーシュリー伯爵令嬢は、熱烈なイレーヌ・マルグリブルク公爵令嬢の信奉者だった。
イレーヌは銀の髪のそれはもう美しき令嬢で、それでいて、努力家で、公爵令嬢なのに、控えめな態度。そして下々の令嬢にとても優しい。
王立学園でこの国のレオル王太子殿下の婚約者となったイレーヌ。そのイレーヌを信奉者として守りたい。
常々そう思っていた。
スタンシアは21歳。隣国からの留学生である。髪は金髪で短くきりりとした美人だ。
学園を卒業している年齢だが、隣国の事を勉強したいと留学してきたのだ。
もっともっと…勉強したい。いずれは外交官になりたい。
それはスタンシアの願いだった。
だから、この国の王立学園に留学して学んでいる最中で。
そこで、知ったのが、イレーヌ・マルグリブルク公爵令嬢。
彼女とは親切にしてもらった事はあるが、私的な話をした事もない。伯爵令嬢である自分から話しかけるなんてとんでもない。
だが、守ってあげたい。
そう強く思えたのだ。
それにしても、気になるのは、マリーナ・ハレルトス男爵令嬢。
ピンクの髪の男爵令嬢で、何だかレオル王太子殿下を見る目が怪しかった。
金髪碧眼のレオル王太子はとても女性にモテるのだ。
イレーヌと言う婚約者がいるにも関わらずである。
ただ、レオル王太子は節度を持った付き合いをきちっと女性達としていて、
イレーヌをとても大切にしているようだった。
だから、スタンシアは思った。
ふたりの恋を応援してあげたい。
とある日、マリーナの様子を見れば、学園の庭でレオル王太子の姿を隠れて見ているようで、
スタンシアはそっと、マリーナの背後に回る。
何をしでかす気なのかしら。
マリーナはレオル王太子の目の前に飛び出ようとした。
これはっ。わざと王太子殿下の前で転んで、出会いを演出しようとしているのね。
そうはさせないわ。
スタンシアは飛び出たマリーナを思いっきり前へ突き飛ばした物だから、
勢い余って、二人揃って、噴水にドボンと落っこちたのであった。
驚くレオル王太子と同行していた男子生徒達。
レオル王太子は慌てて、二人に近づき、
「大丈夫か?」
マリーナは泣きながら、
「後ろからつき飛ばされたんですう。この女に。」
スタンシアはきっちりと報告をする。
「王太子殿下の行く先を邪魔するようでしたので、排除させて頂きました。」
レオル王太子は驚いたように、
「そうか。有難う。ともかく二人とも風邪を引かないように。」
側近の一人が噴水に落ちた二人に手を差し伸べる。彼は宰相の息子であるバルト・カレントス公爵令息だ。
スタンシアはマリーナと共に噴水から引き上げて貰った。
礼を言い、そそくさとマリーナを引っ張って、その場を後にするのであった。
翌日、マリーナが校門の所で小さな箱を持って待っている姿をスタンシアは見つけた。
「マリーナ。この箱は何?」
思いっきり問い詰める。
マリーナはにっこり笑って、
「昨日のお礼に王太子殿下にプレゼントを差し上げようと。私が焼いたクッキーですわ。」
「えええっ。アンタ、馬鹿じゃないの?怪しげな男爵令嬢の焼いたクッキーなんて食べるはずないじゃない。」
「あ、怪しげとは何よっーーー。私は王子様と結婚するのっ。」
「身分違いの恋は不幸になるわ。ちょっとこっちに来なさい。」
スタンシアは校門の横で男爵令嬢マリーナにいかに身分違いの恋が大変か言って聞かせた。
「いい?貴方なんて、例え王太子殿下に認められたって、せいぜい側室止まりよ。王妃になんてなれないわ。だってそうでしょう?王妃になるには、優秀でないと国の恥になるわ。貴方、成績は下の方よね?」
マリーナは頷く。
「だってぇ。勉強苦手ですもん。うちは貧乏男爵家なの。私は小さな頃からお金持ちに憧れていたわ。王妃様になれば贅沢三昧出来ると思って、親に無理を言って、この王立学園に入ったの。」
「王太子殿下には婚約者もいるの。あのイレーヌ様。あの方はとても皆に親切にしてくださるし、成績もよくて、将来の王妃様にふさわしい方でしょう?その方と王太子殿下の恋を応援しなくてどうするの?」
「私は自分が幸せならいいの。だって応援したっていい事なんてちっともないでしょ。」
「それはそうかもしれないけど。私は応援したい。ねぇ、私達友達にならない?私は留学したばかりで友達はいない。お友達になりましょう。」
「えええっ?お友達?私は馬鹿にされていてお友達はいないの。たかが男爵令嬢だからって。お友達になってくれるの?」
スタンシアは頷いて、
「勿論。そしてイレーヌ様を二人で守りましょう。あの素晴らしき方が無事に王妃様になれるように、二人の恋を応援するの。解った?」
「ええ、解ったわ。」
こうして、何故か、スタンシアはマリーナと共に、イレーヌとレオル王太子殿下が上手くいきますように。応援する事になった。
勿論、イレーヌとは親しい訳でもない。
イレーヌは皆に親切なのだ。
困っている人がいたら、話しかけて助けてくれる優しい公爵令嬢なのだ。
彼女とは皆、王太子殿下の婚約者で公爵令嬢であるから、一定の距離を持って接している。
それはスタンシアもマリーナも同様で、でも、イレーヌがレオル王太子殿下と仲良く、お昼を食堂で食べている時は、こっそりとその様子を見守り、何とか自分達も力になれないかと相談したり…
そんな事をしていたら、ふとある日声をかけられた。
「君達はいつも、王太子殿下とイレーヌ様を見ているようだが…」
バルト・カレントス公爵令息、宰相の息子である。
もう一人の男性も呆れたように、
「困ったものだな。どういう魂胆がある?」
ヘリオス・ロイド公爵令息、こちらは騎士団長の息子である。
どちらも黒髪碧眼の美男で、王太子殿下の美男すぎる両翼として知られていた。
王太子殿下が将来国王になったら、優秀過ぎてそのまま側近として両翼になるのではないかと囁かれているのだ。
スタンシアは驚いた。
「いえ、何でもありませんわっ。」
マリーナがにっこり笑って、
「私達、応援しているんですっ。王太子殿下とイレーヌ様の恋。だから、こうして見守っているのですわっ。」
バルトが二人に釘を刺してくる。
「見守るのは構わないが、節度ある行動をな。」
スタンシアが頷いて、
「勿論、解っておりますわっ。」
そそくさとマリーナを連れて、その場を後にする。
側近二人に睨まれたらおしまいだ。
それからは距離を持って、二人を見守る事にしたのだが。
とある日、スタンシアは一人で図書館で調べ物をしていた。
真剣な顔で本をめくっていると、声をかけられる。
「この間の令嬢ではないか。」
「貴方は確か、バルト様。」
この間、注意された宰相息子のバルトだった。
スタンシアは慌てて立ち上がり、
「何の用でしょうか?」
「たまたま見かけたから、声をかけたまでた。」
「それならば、私はこれでっ。」
「図書館での用は終わっていないのであろう?」
「そうですけど。貴方には関係ありませんわ。」
「私が声をかけて用事が中途半端に終わったのなら、関係あると思うが。」
「それはそうですわね。」
バルトは不機嫌そうに、
「普通、私が声をかけたら皆、真っ赤になって、喜ぶと思うが。君はそうではないのか?」
「別に…整った顔だとは思いますけれども、私が興味があるのは、イレーヌ様の幸せと勉学だけです。」
「ほほう。そういう令嬢を振り向かせるのは面白い。」
「ばっかじゃないですか。振り向かせてポイ捨てしているのでは?私は留学生ですから、多少の無礼な物言いをさせていただきます。女性は物ではありません。心があるんです。ポイ捨てはいけない事だと思いますわ。」
頭にきた。
女性は物ではないのだ。
なんて酷い男なのだろう。バルトという男は。
スタンシアはその場を後にしたのであった。
その後、バルトとの接触はなく、イレーヌもレオル王太子と順調に仲を深めていっている事を安心し、勉学に励みながら半年が過ぎて、早い物で王立学園卒業式が来た。
スタンシアにとっての半年の留学期間が終わったのだ。
レオル王太子殿下と、イレーヌは卒業後に結婚すると誰もがそう思っていた。
しかし、事件が起きた。
イレーヌが行方不明になってしまったのだ。
卒業パーティの後に忽然と姿を消したのである。
騎士団総動員で探したが見つからなかった。
レオル王太子の悲しみは酷い物で、王宮に籠ってしまったらしい。
スタンシアは帰国する予定だったが、マリーナと共にイレーヌを必死に探した。
毎日毎日、あちらこちらに出かけて、イレーヌを探したのだ。
その時、共に探したのが、バルトやヘリオス、そして学園の皆だった。
皆、イレーヌを慕っていた。
だから見つかって欲しいと強く思っていた。
あの図書館事件から別に何の進展の無く、疎遠になっていたバルト。
バルトはスタンシアに向かって、
「君は隣国へ帰ってしまうのか?イレーヌ様はこれだけ探しても見つからない。
もう、潮時だろう?」
とある日、探し疲れて学園の同じクラスだった皆と入った食事処でバルトに声をかけられたスタンシア。
「そうね…もう三か月にもなるわ。もっと探したいけど…私もいつまでもこうしてはいられない。」
男爵令嬢のマリーナも、
「私も同じく。両親が煩いわ。どこかへメイドになって働きにいけって。うちは貧乏男爵家だから。」
騎士団長子息ヘリオスがマリーナに、
「それならうちに働きに来ないか?丁度、メイドを募集しようと思っていた所だ。」
「わぁ、ヘリオス様。有難うございます。」
バルトはスタンシアに、
「もう少し、この国にいてくれないか?」
「え?」
「私は君の事を知りたい。君は語学を最高の成績で卒業した。外交官になりたいからこの国に来たのだろう?」
「外交官になりたいですけれど、それ誰から聞いたんですか?先生からですね?」
「そうだ。私は将来、政権の中枢に、宰相になりたい。先々、隣国との太いパイプが欲しい。
君の妹はアシュッツベルク公爵家に嫁ぐ予定だとか。」
「アシュッツベルク公爵家を紹介して欲しいのですか?」
「まぁそんな所だ。そして、先々、外交官になる君とも太いパイプをね。出来れば、我が国の外交官になって欲しいものだが。」
「公爵令息なら婚約者はいるでしょう?」
「利用価値のない婚約者なら捨てたが。問題はない。利用価値があるなら、私は君と婚約を結びたい。」
「お断りします。私は一人で生きていけますわ。」
スタンシアは立ち上がった。
そして、皆に宣言する。
「私は国に帰ります。もっとイレーヌ様を探したかった。でも、いつまでも探してはいられない。」
マリーナがため息をついて。
「そうね…三か月も探したんですもの…イレーヌ様…」
他の皆も涙を流し、
「生きていらっしゃるといいんですけど。」
「イレーヌ様。おいたわしい。」
イレーヌをもっと探したい。しかし、いつまでもこうしてもいられない。
スタンシアは後ろ髪が引かれる思いがしたけれども、この国を出る事にした。
そして…今…スタンシアはどうしているかと言うと。
まだ、帰国出来ずにいる。
王宮の特別図書館への出入りが許可されたと言われ、滞在を伸ばす事になり、
何故か、王宮図書館へ行くと、バルトにばったり会ったりする。
「何故?貴方がいるのかしら???」
「私も王宮図書館に勉強に来ているのだ。来て悪いか?」
「悪くはないですけれども。」
そして、何故か帰りにカフェでお茶をと誘われる。
そして、話す事はと言えば、
「私は必ず宰相になる。私は優秀だからな。
私と結婚した女は幸せだ。こんな顔も良く、出来る男と結婚したのだ。
それはもう、幸せでたまらないだろうな。」
スタンシアは、ハイハイと話を聞いてやっているのだが…
どうしてこうなった。
そして、いつの間にか騎士団長子息の家にメイドに行ったマリーナが、ヘリオスと婚約していたり…
「騎士団長のお宅って凄いお金持ちなのー。私嬉しくって。」
スタンシアは心配する。
「大丈夫なのかしら?公爵夫人に貴方なれる?」
「大丈夫よぉ。何とかなるわーー。」
凄く心配だが、ヘリオスがマリーナを選んだのだ。とやかく言えない。
なんやかんや時が過ぎて、卒業パーティから一年経った頃、
イレーヌが見つかった。
どこへ行っていたかは発表されなかったが、レオル王太子殿下は王太子の位を降りて、地方の領主になりイレーヌと結婚して暮らすとの事。
地方に行く前に、イレーヌを知っている王立学園生たちが皆で二人に会いに行った。
王宮の庭で、大勢に囲まれながらも、レオルとイレーヌは幸せそうだった。
スタンシアはマリーナと共に涙した。
見つかってよかった。二人が幸せそうでよかった。
遠巻きに眺めていると、バルトが近寄ってきて、
「スタンシア。その…いつまでこの国にいてくれる?」
「もう少ししたら、帰国しようと…」
「残念だな。私と結婚した女は幸せだろうに…君はその機会を逃したのだから。」
その時、レオルがイレーヌと共に近づいてきて、
「素直じゃないな。バルトは。スタンシア嬢に言ったらどうだ?傍に居て欲しいって。素直に…」
イレーヌも微笑んで、
「バルト様は悪い人じゃないのですわ。スタンシア。」
イ、イレーヌ様がスタンシアとっ。お名前を呼んで下さったわ。
「イレーヌ様。私の事をっ。知っているのですか?」
イレーヌは頷いて、
「わたくしは同じクラスだった人だけですが、全員、ちゃんと覚えておりますわ。
貴方はとても努力家で、快活で明るい方。よく覚えておりますわ。」
マリーナが目をキラキラさせて、
「イレーヌ様、私は私は?」
「ええええっと…どなただったかしら…確か、マリーナ…マリーナ様…」
「あああああんっ。私って影が薄いっ??」
スタンシアはバルトを見上げて、
「もう少し、この国にいてもいいですわ。貴方が素直になって下されば。」
バルトはスタンシアを抱き締めて、
「君の事をいつも見ていた。噴水に落ちた君を引き上げていた時から…
在学中にもっと親しくなりたかった。私はプライドが邪魔して、声をかけられなくて…
君が好きだ。頼むから帰国しないでくれ。政略なんてどうでもいい。君が好きなんだ。」
スタンシアはドキドキする。
こんな熱い告白をっ…
「有難うございます。バルト様。もう少し、この国におりますわ。
そして、貴方様ともっと知り合いたい。そう思います。」
周りにいた皆が拍手してくれた。
イレーヌも見つかって、レオルと幸せで…
スタンシアはバルトを見つめ、そして思った。
これからこの人とどんな恋が待っているのかしら。
何だかドキドキするわ…
バルトが手を握って来た。スタンシアは手を握り返して、バルトをにっこりと見つめた後、空を見上げる。
スタンシアの心を表すかのように空は爽やかに晴れ渡っていた。