9 狸VSライオン
「いや、これはまた……」
ポンタは目の前に現れたライオンを見て唖然とする。
その生き物はさっきのワニと同様、姿こそライオンに似ているが、明らかに別の生き物だった。
まず目に付くのは、ライオンのシンボルというべき鬣だ。
とてもフサフサで、立派な鬣が生えている。
本来なら生えていないはずなのに。
「がおー!」
「子ライオンじゃん……」
現れたのは可愛らしい子供のライオンだった。
しかしライオンの鬣は、雄の成体にのみ生えるものだ。
それはまるで成体の雄ライオンを、そのまま小さくしたような姿である。
先程のワニのように殺意溢れた見た目ではないが、異常である事に変わりはない。
(姿はちと妙じゃが、子供じゃよなぁ。あんまり子供とは戦いたくないのう……)
子供好きのポンタにとって、このライオンは先程のワニよりも闘い辛い相手であった。
しかし子供とはいえ、今のポンタと比べれば体も大きい。
おそらくフィジカルも軒並みポンタより上だろう。
油断できる相手ではないが、ポンタはどうにも気が緩んでしまう。
「がうっ! がうっ!」
(たぶん目的はワシの下にあるワニじゃろ。ワシをひ弱な子狸だと思って、獲物を奪いに来たんじゃな。事実じゃけど。まあ別に譲ってもいいけど。お腹いっぱいだし)
ここで余裕を持って譲れば、敗北にはカウントされない。
小さきものに施す大人の余裕で、むしろ勝利と言っていいだろう。
しかしポンタは、この状況をチャンスと考えた。
目の前のライオンは油断できる相手ではないが、ワニと比べれば脅威ではない。
やり辛くはあるが、戦えば十中八九勝てるであろう相手だ。
そんな相手が単身で、向こうからやって来るなど、そうそうある事ではないだろう。
上手くやれば、情報収集が出来るかもしれない。
「がうー!」
(威嚇してるのは分かるが、具体的に何を言ってるかまでは分からん。この世界の言葉知らんし。ならば!)
ポンタはライオンに、目を輝かせながら、にこやかな笑みを向ける。
そしてワニの上から降りると、両手でどうぞとジェスチャーをした。
世界共通語とまではいかないが、ボディランゲージは多くの国で共通の意味を持っている事が多い。
ポンタはライオンに、自分が友好的な存在であるとアピールしているのだ。
「がぅ……ぎゃうっ! ぎゃうっ!」
(おんや? なんだか警戒心が強まっとるぞ?)
ポンタの笑顔があまりにもあからさまだったせいか。
それとも逃げる訳でもなく、獲物を提供しようとする姿勢を怪しんだのか。
もしくは自分に一切恐怖していない事に対して、逆に恐怖を覚えたのか。
何にしてもポンタの行動は、友好的には伝わらなかった様だ。
「怖くないぞー。ほら、お食べ」
「ぐるるるるっ……」
ポンタはライオンへ向ける視線を一切逸らさずに、少しずつ後退りして、ワニから離れていく。
ライオンはかなり警戒しているが、ポンタが十分に離れると、ゆっくりとワニの方へと向かった。
そしてワニの肉にかぶり付き、引き千切ろうと首を伸ばす。
「ぐぃー!」
(全然千切れんし。あのワニ肉、筋張って固かったからのう)
ポンタはワニの鱗で切込みを入れて、柔らかくしてから食べていたが、普通の動物にそんな知恵はない。
ライオンはワニ肉を持ち帰りたかったが、仕方なくその場で食べる事にした。
それから10分ほど経つと、腹が膨れたのか、ライオンはその場から立ち去った。
するとポンタはすかさずワニ肉を解体し、崖から飛び降りる際に使用した大きな葉っぱに包むと、ライオンの後を追いかける。
ライオンはすぐにそれに気が付き、逃げようと走り出すが、ポンタはその後をピッタリとつけて行く。
ライオンより体は小さく、荷物を肩に背負い、二足歩行だというのに、その距離は一向に広がらない。
そしてその間も、ポンタはずっと友好的な笑顔を絶やしていないのだ。
ポンタの意図に反して、ライオンは得体のしれない恐怖を感じていた。
「ほっほっほっ。元忍者は伊達じゃないぞ。体が幼くなっても、素早く疲れにくい走り方を、技術として習得しているのじゃ」
「ぎゃうっ! ぎゃうっ!」
(むぅ、どうしてそんなに怖がるんじゃ。こんなにキュートな子狸が、笑顔で追っかけてきたら、むしろウェルカムじゃろうに)
長年最強の化け狸として君臨し、人間に化けて生活してきたポンタは、か弱い野生動物の気持ちなど理解できるはずがなかった。
やがてライオンは体力を使い果たし、減速する。
するとポンタは逆に加速し、ライオンを追い抜くと、前方に回り込み立ち塞がった。
もはやライオンに逃げる術はない。
殺される。
ライオンは己が死を悟った顔をしている。
「がぅ……」
「そんな顔するな。まるでワシが悪者みたいじゃろうが。ほれ、本当は持ち帰りたかったんじゃろ?」
そう言うとポンタは、背負っていた肉の詰まった葉っぱを差し出す。
それは自分が友好的な存在であるとアピールする為のプレゼントであった。
そしてライオンは、ようやくポンタの意図を少しだけ理解できた。
本当に少しだけであるが。
だいぶ意味不明ではあるが。
それでも敵対する意思がない事だけは伝わった
「ワシと仲よくしよう。色々教えて欲しい事があるんじゃ」
「がぅ……」
「ワシはポンタじゃ。ポ・ン・タ」
「?」
「ポ・ン・タ。ポ・ン・タ」
ポンタは自分の胸を叩き、何度も名前を名乗る。
言葉が通じなくとも、これで名前だけは伝える事が出来ると。
「……ポンタ?」
「そうじゃ、ポンタ! アイアムポンタ!」
「フレッド……」
「フラッド! オー、フラッド! ユーネームフラッド!」
「がぅ……」
ポンタは笑いながら、ライオン改めフラッドの肩を叩く。
フラッドはかなり困惑しているが、とりあえず異文化交流の第1歩を歩む事に成功した。