6 付喪神
「そうか! あれはただのトラックじゃない! 運転手がいないのは気のせいじゃない!あれは……トラック付喪神じゃ!」
ポンタは何故自分がこのような見知らぬ場所にいるのか、その理由に思い至った。
そして数ヶ月前に、タマから聞いた話を思い出した。
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「トラック付喪神のう……そんなにヤバい奴なのか?」
「はい、まだ詳細は掴めていないというのに、既にSSS級と認定されています」
タマはポンタにトラック付喪神の情報を伝える為に、タヌキ屋にやって来ていた。
その表情は相変わらずの無表情であるが、何処か神妙な雰囲気を醸し出していた。
付喪神、もしくは九十九神。
ざっくり言えば物が妖怪に変質した存在である。
長い年月や、強い想いが、新しい妖怪を作り出すのだ。
もっともそれ自体はさほど珍しい事ではなく、年に数件、時には10件以上観測される事例だ。
本来ならわざわざタマが知らせに来るような話ではない。
しかしトラック付喪神は特別だった。
「なんでも一部界隈では、トラックに轢かれて死ぬと、異なる世界に送られてしまうという話がよくあるらしいのです」
「あー、子供達がそんな話をしてた気がするのう」
「もちろんそれは、何の根拠もない噂話です。しかし多くの者が信じれば、それは時に妖怪を生み出します。そして思いが強い程に、その力も比例して増していきます」
「つまりトラック付喪神は、本当に異なる世界に送るトラックと言う事じゃな?」
「異なる世界かどうかは分かりません。しかしトラックに撥ねられた被害者が、忽然と姿を消すというのは事実の様ですね」
「おっかないのう。近所の子達にも、それとなく注意しておこう」
「いずれポンタさんの力を借りる事になると思いますが、普段からもお気をつけて」
「ワシは大丈夫じゃよ。最強じゃし」
最強であるポンタは、トラックに撥ねられようが、新幹線に跳ねられようが、スペースシャトルに跳ねられようが、掠り傷1つ負う事はない。
たとえそれが爆睡中でも、ベロンベロンに酔い潰れていようとも、患った事はないが病に侵された状態であろうともだ。
死んで別世界へ、と言う事は絶対にありえないだろう。
しかしもしそのトラック付喪神が、肉体を別の場所へ運ぶ転送装置の類であるのならば、万が一の場合がある。
実際は億が一、兆が一以下の可能性であるが、決して0ではないのだ。
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「……やっぱり納得がいかないのう。確かにワシ1人なら、天文学的確率で、トラック付喪神の術に嵌められる可能性もある。じゃがあの場にはシロちゃんと、四天王の皆もいたんじゃ。5人揃って不覚を取るなんて考えられんわい」
特に生真面目なタマは、常時周囲の警戒を怠らず、油断も慢心も一切していない。
ポンタがヘマをしたとしても、確実にフォローをしたはずだ。
「これはトラック付喪神以外にも、何かあったとみて間違いないじゃろうな。何かが……」
しかしそれが具体的に何であるかは、全く見当が付かなかった。
判断するには、もっと情報を収集する必要がある。
「まずはここが本当に別世界なのか、ただ遠くに転送されたのかを見極めんとな。シロちゃん達も……大丈夫じゃとは思うけど、早めに安否を確かめたいのう」
ビャッコと他の四天王が不覚を取るところなど想像もできないが、その筆頭である自分がこの様なのだ。
もはや何があってもおかしくはない。
ポンタは一抹の不安を抱えながらも、周囲の探索を始める。
すると10歩も歩かない内に、ポンタは自分の体に違和感を覚えた。
(何じゃろ……体がクッソ重たい。それにポンエネも殆ど空っぽじゃ……)
ポンポコエネルギー、略してポンエネ。
ポンタが変化を行う際に使用するエネルギーで、主に食事をする事で蓄える事が出来る。
しかし先程までの飲み会で、かなり暴食したはずなのに、今はそのエネルギーが僅かしか残っていなかった。
(こりゃ人に化けるどころか、生き物に化けるのも無理じゃな。うむぅ……人と遭遇しても、これじゃあ道も聞けんぞ)
狸の姿でも人の言葉は話せるが、狸が喋る事自体が大問題だ。
珍獣として捕獲されそうになれば、周囲に血の雨を降らせる事になりかねない。
(喉が渇いてきたのう……。まずは水場を最優先で探さんといかんな。水の音は……)
ポンタは耳を澄ませると、近くに水の音が聞こえないかを探る。
すると近くで、水が跳ねる音が聞こえた。
最強であるポンタは、聴覚も常軌を逸しており、10キロメートル先の水溜りに落ちる水滴の音も聞き取る事が出来るのだ。
(これは池……いや、湖じゃな。距離にして500メートルってとこかのう。体怠いし、近くて良かったわい)
ポンタは周囲を見回しながら、水の音がする方へ向かう。
しかしポンタの体は予想以上に調子が悪く、たった500メートルの距離を歩いただけで、息を切らしてしまう程だ。
進むにつれて背の高い草木が増えていき、いっそう体力を削られていく。
それでも何とかその場所に辿り着くと、そこには予想通り湖があった。
ポンタは湖の中に顔を突っ込み、勢いよく水を飲む。
「ごくっ、ごくっ……ぷはぁ。水質気にせんで飲んだけど、なかなか上手い水じゃな」
ポンタは改めて池を眺めると、そこが美しい自然に囲まれた、とても綺麗な湖である事に気付いた。
湖を覗き込めば、水面に狸の顔が映り込む。
生まれて間もないであろう子狸の顔だ。
「おー、何とめんこい子狸じゃ。まるでワシの若い頃を見ているようじゃよ。将来イケメンに育つぞ。……んん?」
ポンタは振り返って、自分の尻尾を見る。
最強であるポンタは、毛並みも最上級で、艶々のモッフモフだ。
その模様は力強くも、何処か愛らしい、ポンタの見慣れたものである。
そのサイズは、ポンタの記憶より二回りほど小さいが。
その後再び湖に映る子狸の顔を見る。
その子狸はポンタの表情を寸分たがわず真似していた。
もはや疑う余地はないだろう。
「何で若返っとるんじゃ!」
ポンタは大口を開けながら、両前足で頭を抱えて仰け反る。
そこに映っているのは紛れもなくポンタ自身。
幼少の頃のポンタそのものだった。
「そりゃ体重いじゃろうな! こんな幼体で普段通り動けるはずがないわい! ってか、ありえんじゃろ! 100歩譲って、他所や異世界に転送されたのは良しとしよう! けど若返りは無理じゃ! これじゃまるで……1度死んでから生まれ変わったみたいじゃろ!」
何度も言うが、ポンタは最強の存在だ。
そんなポンタを殺す事など、まず不可能なのである。
しかしこれが生まれ変わったのでないなら、後は夢か幻くらいしか、可能性はないだろう。
「……ワシが幻術に嵌められるのもありえんし、そうなると夢なのか? それならそれで構わんけど……解像度高い夢じゃな!」
目に映る光景も、喉を潤す水も、吹き抜ける風の音も、生い茂る自然の匂いも、体を撫でる草の感触も、その全てがあまりにもリアルだ。
ポンタも心の中では分かっていた。
これが夢ではなく現実である事を。
「……はぁ。とりあえず情報収集せんとな……ん?」
ポンタが肩を落としながら、湖から離れようとする。
すると湖から何かが跳び出すような音が聞こえ、振り返るとそこには、大口を開けたワニの様な生き物が這い出ていた。