5 伝説の終わり
「……え? ここ……何処じゃ?」
ポンタが目を覚ますと、そこは皆と集まっていた料亭ではなかった。
駄菓子屋タヌキ屋でも、他の誰かの家でもない。
そもそも周囲に建物が一切ない。
そこは草木生い茂る、大自然のド真ん中であった。
「え? 寝てる間に誘拐された? ってか、ワシいつ寝た? 酔い潰れるまで飲んでないと思うんじゃけど……」
ビャッコと四天王は最強無敵の存在である。
およそ1000年の間、無敗を貫いてきた生きる伝説。
その実力は長い時間をかけて磨かれた肉体と技能の結晶であり、もはやどうすれば勝てるのか分からないレベルである。
そして鍛えた肉体というのは、筋量といった単純なパワーだけの話ではなく、内臓も含まれている。
その為、ビャッコとタマ以外の3匹が飲んだ酒は、量にして樽10個分を越えていたが、それでも酔い潰れるには程遠い量である。
もちろんそんな状態で誘拐される事もあり得ない。
しかし今の自分の状況を説明するには、他に理由が思いつかないのである。
「ええーい! ボケるにはまだ早いぞ、ワシ! 思い出せ! ワシはシロちゃんに招待されて、タマちゃんと一緒に、妖怪が経営している高級料亭にやって来た! ネオとソラちゃんも来て、全員集合した! それから! それから!」
ポンタは自分の記憶を、順々に思い返していく。
「そうじゃ! 確かシロちゃんに、良い人が見つかるまで現役宣言したんじゃ!」
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「しかし良い人か……カラクリ、イワナミ、ダイショウ。其方等も浮いた話の1つや2つないのか?」
(こっちに飛び火した!)
(そうだ! ここは最年長のポンちゃんに投げ――)
「年功序列――とは言わんが。ワラワが良い人を見つけるより先に、其方等が見つけるべきではないか?」
((先回りされた!))
ビャッコはいつまでも伴侶を作らない皆の事を心配していた。
1000歳を越えては今更感が強いが、揃いも揃って結婚経験0は、流石にどうかと思っているのだ。
この中では1番若いが、皆の主として親心の様なものを抱いているのだ。
そしてビャッコの問いに対して、ネオとソラはあからさまに目を逸らす。
どう見ても良い人がいるようには見えなかった。
「何ならワラワの伝手で、見合いでもセッティングしようか? どんな相手が良いか言ってくれ」
「よ、余計なお世話よ! アタシは仕事が恋人なの!(アタシの冒険に付き合える相手なんている訳ないし。そもそもアタシ口の悪さを受け入れられる相手がいる訳ないもの……)」
「オレは仕事柄、特定の異性と付き合ったりするのは……な? そもそも、そういった欲求がある歳でもない」
「まあ無理強いはせぬが……カラクリはどうだ? 昨今は異類婚も珍しくない。機械だからと自身を縛る必要はないぞ?」
「いえ、結婚には興味がありません」
「そうか……」
「ですが子供には興味があります」
「子供?」
それは後継機という意味ではない。
生き物として新たに生み出された赤子に興味があるのだ。
そしてそういった事に興味のあるタマに対して、皆は興味津々であった。
「子供かぁ。いいよな、可愛いよな」
「はい、機械の私には子供を作る事が出来ません。ですが子供の子守をしてみたいのです。猫型ロボットが子守をするのは、少し前から流行っているので」
「……はっ!」
タマの顔は相変わらず無表情であるが、心なしかドヤ顔をしているように見る。
それがタマの渾身のボケであると他の4匹が気付いた時には、既に笑うタイミングを逃してしまっていた。
「……滑ってしまいました」
「すまん! 歳のせいか、気付くのが遅れてしまったわい!」
「これは……あれだ! 時間差でくる奴だ! 数分後に思い出して爆笑するぞ!」
「ぶふっ! ……はっ、来たぞ! 今笑いの波が来た!」
「……」
「ごめんタマちゃん! そうだこれ貰って!(この前の冒険で手に入れた――っ!)」
ソラは鞄から荷物を取り出そうとするが、何かを感じ取り手を止める。
他の4匹も同様だ。
そして一斉に同じ方向に振り向いた。
「何か近付いてくる……妖怪か?」
「センサーに反応あり。ですが有機物です。時速100キロオーバー」
「車……居眠り運転か何かか? 迷惑な話だな」
「人が楽しんでいる時に……消し飛ばしてやろうかしら(ぶつかったら建物が壊れちゃうし)」
「ならワシが対処しよう」
この間の会話で、1秒も経過していない。
高速で迫る脅威を前に、5匹は冷静に状況を把握し、対策を立てていた。
少々酔ってはいるが、それで揺らぐ最強ではないのだ。
ポンタは皆を代表して、何かが迫ってくる方の壁際にある小窓に昇り、外の様子を窺う。
すると眼前約3メートルの距離に、1台の大型トラックが迫っていた。
タマの見立て通り、かなりの速度が出ている。
ぶつかれば5匹のいる部屋だけでなく、建物が半壊してしまうだろう。
「問題ない、余裕じゃわい。じゃが建物は――」
「多少の破損は気にするな。ワラワが責任を取る」
「なら遠慮なく」
ポンタは小窓から飛び降りると、右腕――もとい右前足を振りかぶる。
狸の姿であっても、ポンタのポンポコ獣王拳は健在だ。
トラックを止める事など容易である。
あえて心配するとすれば、トラックを過度に破壊して、運転手に怪我をさせないかどうかだけだ。
もっともそうなった場合は、運転手の自業自得である、怪我を負わせないに越した事はない。
(……ん? そう言えば運転席に誰も乗って無かったような……いや、それであんなスピードは出んじゃろ。気のせいじゃな)
ポンタは一瞬抱いた疑問を無視し、壁をなるべく壊さない様に、右前足を振り抜く。
「ぽんぽこ獣王拳! 殴矛!」
ポンタが壁に狸の足裏程度の大きさの穴を空け、その足先から閃光が放たれると、向かってくるトラックと激突して、その勢いを相殺する。
何も問題ない。
他の皆は、そしてポンタ自身も、心配など一切していない。
だがポンタの記憶は、そこで途切れていた。