3 ビャッコと四天王
ビャッコからのメールが届いてから1週間後。
ポンタはタマと共に、とある都会の一角へやって来ていた。
ここにある料亭が、今回の集まりの会場である。
「都会のキラキラは嫌いじゃないんじゃが、如何せん空気が悪いのがのう。優れた嗅覚は、こういう時不便じゃわい」
「ワタシは逆にキラキラが苦手です。視覚センサーに負荷がかかりますので。ポンタさん、この先です」
2匹が辿り着いた場所には、見るからに高級そうな料亭があった。
間違いなく一食で万単位の料金がかかる店であり、ポンタはしり込みしてしまう。
大金を稼いでいるが、その金銭感覚は庶民的なのである。
もっとも今日の会費は、全てビャッコ持ちの為、気にする必要はないのだが。
「あっ、ポニキにタマ!」
「ポンちゃんにタマちゃん……」
2匹が店に入り口に向かうと、同じく店にやって来た2人の――否、2匹の男女と遭遇した。
ポンタ達と同じく、ビャッコに招待された旧友達だ。
「ネオ、ソラちゃん。2人とも相変わらず元気そうじゃな」
「御二人共、こんばんは」
「ポニキもお変わりないようで! タマは……少し表情が豊かになったな。悪くねぇな」
「お気付きになられましたか。その通りです。表情プログラムをアップデートしました」
(気付かんかった! タマちゃんってクール系じゃし!)
男の名は岩波 子王。
金髪のオールバックで、高身長のチョイ悪系イケメンだ。
クラブでホストとして働いており、その見た目に反した細やかな心遣いが、多くの女性を魅了している。
その正体は1000年以上の時を生きる化け鼠。
燃えない毛皮を持つという鼠の妖怪、火鼠だ。
竹取物語に出てくる、火鼠の衣とは彼の皮で作られたものである。
最も皮を剥がれた事がない為、実在はしないのだが。
ポンタの事をポンタのアニキ、略してポニキと呼び慕っている。
「本来ならオレがポニキを迎えに行くべきなのに、申し訳ない」
「別に構わんよ。ネオが忙しいのは知ってるし、タマちゃんが送ってくれたからのう。そっちも2人で来たのか?」
「いえ、ソラとは途中でバッタリ会って」
「ソラさん、ご無沙汰しております」
「えぇ、そりゃご無沙汰でしょうね! 碌に連絡もしないで、世界中飛び回ってる薄情者なんだから! 今日だって忙しい中、わざわざ時間を作って会いに来てあげたんだからね! 感謝しなさい!」
挨拶するタマに対して、ソラと呼ばれた女性は、は少々棘のある言い方で返す。
女の名は大聖 晴天。
緋色のセミロングの髪の、年若い見た目の女性だ。
目が据わっており、周囲に威圧的なオーラを放っている。
プロ探検家であり、未知の領域を調査する為に、1年中世界を飛び回るという、多忙な生活を送っていた。
その正体は1000年以上の時を生きる化け猿。
西遊記に出てくる三蔵法師の弟子の1人である、斉天大聖の子孫だ。
「はい、ワタシも嬉しく思っています」
「……」
タマの内容の噛み合わない返答に、ソラはばつが悪そうに視線を逸らす。
しかし周りからは内容が噛み合っていないように見えるが、2人の仲ではちゃんと意味が通じ合っていた。
先程の言葉は、このような気持ちが込められている。
「えぇ、そりゃご無沙汰でしょうね! 碌に連絡もしないで、世界中飛び回ってる薄情者なんだから!(連絡したら会いたくなっちゃうから……ごめんね) 今日だって忙しい中、わざわざ時間を作って会いに来てあげたんだからね!(残りの仕事を速攻で片付けて来たわ!) 感謝しなさい!(今年も皆で集まれて嬉しいわ)」
()の中身は口に出していないが、皆長い付き合いな為、大体理解している。
しかし大半の者には理解できない為、人間関係の構築が絶望的に下手であった。
友達と呼べるのは、この場にいる3匹だけなのだ。
「ソラちゃんは相変わらずじゃなあ」
「ポンちゃんも相変わらず不健康そうな顔してるわね(カッコいいと思うわ、その目のクマ)」
「まあワシ程クマの似合うイケ狸は、他におらんからのう。さて、こんな場所で立ち話も何じゃし、続きは中に入ってからにしよう」
「はい、ビャッコ様もお待ちでしょうし」
「おい、ソラ。今年こそはやらかすなよ」
「聞けない相談ね。アタシはアタシのやりたいようにさせてもらうわ(なんで普通に話せないか、アタシにも分からないんだもん……)」
ソラが開口一番にビャッコに辛辣な言葉を浴びせ、場の空気を冷やすのが毎年の通例だ。
やれ前置きが長い(堅苦しい話は置いておいて、早く皆でおしゃべりがしたい)だの。
やれ会場の場所が分かり辛い(久しぶりの帰国で、ガチ迷子になったが故の弱音)だの。
やれ不健康そうな顔(ポンタにも言ったが、ソラ的には誉め言葉)だの。
そしてそれで1番ダメージを受けているのは、やらかしたという自覚があるソラ本人であった。
何とかしたいとは思っているが、どうにも上手くいかないのである。
(今年こそは何とか……そうだ、いっそのこと黙ってれば!)
(あの顔……今年もダメそうじゃな)
4匹は店に入ると、店員が奥の部屋へと案内する。
見た目は普通の人間であるが、気配は明らかに別物だ。
その店員以外の従業員も同様である。
「よくぞワラワの呼びかけに応えてくれた! 我が愛する四天王よ!」
ポンタ達が部屋に到着すると、小学生くらいの少女が、元気よく出迎える。
髪も肌も雪のように真っ白で、少々人間離れした美しさだ。
実際人間ではない。
その正体は齢999歳の化け狐。
かつてビャッコ四天王を率いた妖怪姫。
葛ノ葉 白狐である。
「シロちゃん、おひさ」
「うむ、相も変わらず息災の様で何よりだ、ラクウン!」
「ご無沙汰しております、ビャッコ様。こちら、つまらないものですが」
「毎度律儀だな、カラクリ!」
「相変わらずチンチクリンだな、シロ!」
「こら! ワラワの頭をポンポン叩くな、イワナミ!」
「……(あぁ! ネオちゃんったら、シロちゃんの頭をあんなに! アタシもやりたいけど、どう考えても不敬だよね! それに今年は黙ってるって決めたし!)」
(ダイショウが無言で睨みつけてくる! いつもは皮肉の1つや2つを言うのに、今年は無言! これは本気で怒っているのでは!?)
ビャッコは少々鈍いところがあり、ソラの真意を汲み取る事が下手であった。
辛辣な言葉を向けられるのは、自分に非があると思っているのだ。
心底嫌われてはいないと思っているが、それでも敵意を向けられていると思ったビャッコは、涙目になってしまうのである。
実際は好意の塊であるのだが。
これは流石にマズいと思ったネオは、ソラにだけ聞こえるよう耳打ちをする。
「よせ、ソラ。それは逆効果だ」
「え? えーと……いい歳して何泣いてるのよ!(アタシはシロちゃんが泣いている所なんて見たくないわ!) 仮にもアタシ達のリーダーなのだから、もっとちゃんとしてほしいものね!(アタシ達のリーダーは、シロちゃん以外ありえないわ!) 全く恥ずかしい!(こんな風にしか話せないアタシがね!)」
「はい……ごめんなさい」
(はい、やらかした! もう死ね、アタシ!)
ビャッコは今にも泣きだしそうだが、ソラの言葉を真摯に受け止め、それに応えようと何とか堪えている。
一方ソラは、泣きたいのに泣けない状況な為、今にも倒れてしまいそうだ。
完全にソラの自業自得なのだが、このまま見過ごして、せっかくの集まりを台無しにする訳にもいかないと、ポンタは強引に話題を変える。
「あー、喉が渇いたし、お腹もすいたのう! シロちゃん! もう我慢の限界じゃ! とりあえず始めよう!」
「う、うむ! 今日はワラワの呼びかけに応えてくれて感謝する! こうして全員が揃うのは1年ぶりで……ええい、とりあえず飲むぞ! ここの従業員も客も、全員妖怪だ! 遠慮なく羽を伸ばせ!」
「「いえーい!」」
「いえーい」
(お気遣い感謝します……。さあ、ここからは切り替えてかないと!)
ポンタ、ビャッコ、ネオ、ソラは、ドロンと煙を上げ、それぞれ動物の姿に戻る。
年老いた狸、白銀の子狐、赤い巨大鼠、人と変わらぬ大きさの猿。
タマもアンドロイドの体を壁際に腰掛けさせ、サイボーグの本体で動き出す。
そしてそれぞれ飲み物を手に取ると、グラスを突き合わせた。
「「「「「かんぱーい!」」」」」