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異世界狸転生ぽんぽこ  作者: 白玖
第一章 狸生
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2 最強の化け狸

 皆が寝静まった深夜。

 月明かりしか光源のない草原に、一匹の狼がいた。

 しかしただの狼ではない。

 その体は2階建ての民家より大きく、その瞳は不気味に輝き、その体毛は激しくそそり立っている。


「がふっ! がふっ! ぐるるるるるっ!」


 異形の狼は口から血を滴らせながら、何かを食べている。

 何らかの四足動物だ。

 その巨体故に、食べているものも相応に大きい。

 そしてその動物を食い尽くすと、異形の狼は夜空に吠えた。


「くっくっくっ、力が漲る! いいぞ、もっと……もっとだ! もっと喰らい、我は高みに立つ!」


 異形の狼は、人の言葉を発しながら不気味な笑みを浮かべる。

 妖怪・物の怪・鬼・化け物・怪物・怨霊・UMA・etc。

 呼び方は様々であるが、世界には人間の常識を超えた存在が存在しているのだ。


 その中には人間や動物、時には同種の存在に危害を加えるものも存在した。

 だが同時に、その存在を退治する者も存在するのだ。


「ぽんぽこぽかすか――」

「っ!」


 どこからともなく、奇妙な歌が聞こえてくる。

 優しい声色に、間の抜けた歌詞。

 だがそれを聞いた異形の狼は動きを止め、全身から大量の冷や汗を流す。


 体が震えだす。

 心臓の鼓動が早くなり、体が燃えるように熱くなっていくのを感じる。

 異形の狼は、この歌に恐怖を感じていた。


(この歌はまさか!)

「ぽんぽこぽかすか――」

(間違いない! 奴だ!)


 異形の狼の様な存在を、仮に妖怪と総称しよう。

 その妖怪を退治し、影から人々を護る存在。

 それが人であるとは限らない。


「ぽんぽこぽかすか――」

(間違いない! くそっ、何でこんなド田舎に!)


 妖怪には暗黙の了解として、決して関わってはいけない存在があった。

 1000年以上昔から存在する、妖怪を狩る妖怪。


 その存在は歌いながら現れる。

 歌が聞こえたら形振り構わず逃げろ。

 そうすれば万に一つの確率で、生き残る事が出来るかもしれない。

 決して戦おうなどとは思うな。

 それに勝つ事は不可能なのだ。


 それは最強なのだから。


「ぽーん」


 歌の終わりと共に、1人の青年男性――の姿に化けたポンタが姿を現す。

 しかしその時には既に、異形の狼は数キロメートル遠方まで逃げ去っていた。

 さっきまでの厳かな雰囲気はどこへやら。

 脇目もふらず、全速力でポンタから逃げていく。


(よし! これだけ離れれば――)

「ポンポコ獣王拳――」


 しかし遅い。

 ポンタの存在に気付くのも、逃げると決める判断力も、実際に逃げる速さも。

 ポンタはその場で拳を振りかぶり、異形の狼に向けて振り抜く。

 すると振り抜いた拳から、一条の閃光が放たれる。


殴矛(オーム)!」

「ぐぎゃぁあああああ!」


 それはまるで槍の一突き。

 近くで見るまでもない。

 閃光は異形の狼の心臓だけを正確に貫き、一瞬の内に絶命させた。


 すると背後から拍手が聞こえ、振り返るとそこにはタマの姿があった。


「お見事です、ポンタさん。後始末はこちらで行いますので。お疲れさまでした」


 タマの言う通り、異形の狼の周辺には、フードで顔を隠した者達が集まっており、その死体を回収していた。

 事件の後処理、研究材料、再発の防止。

 理由は多々あるだろうが、ポンタには関係のない事だ。

 ポンタの仕事は、妖怪を退治する事のみなのだから。


「むぅ……」

「家まで送ります。こちらに」


 タマの表情は全くの無表情であるが、声はどことなく嬉しそうに聞こえる。

 ポンタの完璧な仕事に、その活躍を見れた事に、ご満悦の様子だ。


 一方、完璧に仕事をこなしたというのに、ポンタの表情は不満げだ。

 ポンタはタマの車の助手席に乗ると、帰宅の途に就く。

 そしてその道中、ポンタはある疑問をタマに投げかけた。


「のうタマちゃん。これって本当にワシにしか出来ん仕事? あの狼、クソ雑魚だったんじゃけど」

「はい、討伐難易度SS。報奨金1000万の妖怪です。被害は人間10名以上、動物50匹以上。専属・契約含めて、我が社で登録している者で、これを単体で撃破できるのはポンタさんだけです」

「陰陽師、退魔師、まあ妖怪もじゃけど、みんなレベル下がりすぎじゃろうて」


 ポンタは他の者達のあまりの不甲斐なさに、ため息を吐く。


 ポンタは最強故に、誰が相手だろうと負ける事はあり得ない。

 しかし報奨金の額から、もっと血沸き肉躍るような激闘を期待していたのだ。

 それが逃走する標的を背後から一突きでは、流石に拍子抜けである。


「あれならタマちゃんでも余裕じゃろ。給料跳ね上がるぞ?」

「いいえ、正社員のワタシが力を示せば、常に戦力として数えられてしまいます。それでは他の者の成長を阻害してしまうでしょう。そうなれば全体のレベルの低下は、更に深刻となります」

「それは問題じゃな。今更な気もするが」

「ですからポンタさんのように、緊急時にだけ頼れる切り札がいる方が良いのです。今後も頼りにさせて頂きます」

「タマちゃんの頼みなら、幾らでも頼まれるわい」


 タマは作られてから1000年余りの間に、ポンタを含む4匹の旧友と共に、無数の戦場を駆け抜けてきた。

 他の旧友と比べて実力は一枚落ちるが、それでも現代において、タマに勝てる者など、その4匹の他にいないだろう。


「ですがもう少し強い方が欲しいのは事実ですね。そういえば以前、弟子を取りたいと仰っていましたが、進捗の程は?」

「それが中々ワシの眼鏡に叶うもんがおらんくてのう」


 ポンタが作り出したオリジナル戦闘術「ポンポコ獣王拳」。

 極める事が出来れば最強の力を手に入れる事が出来るが、その習得難易度は恐ろしく高く、ポンタ以外は誰1人として習得する事が出来なかった。


「ワシみたいな最強だけが取り柄の老狸が、後の世に残せる唯一のものじゃ。死ぬまでに誰かに託したいんじゃがのう……」

「ポンタさんはまだ数世紀は死にませんよ。気長に探しましょう」

「もう探し始めてから3世紀くらい経ってるんじゃがな。あっ、あそこ寄ってくれ。ナック」

「はい」


 ポンタ達は夕食を取る為に、ハンバーガーチェーン店「ナクド・マルド」、通称ナックに立ち寄った。

 ハンバーガーはポンタの大好物なのである。


 しかしいくら狸が雑食とはいえ、人間用に作られているハンバーガーは、あまり体に良くない。

 その為、普段は週に1度のお楽しみなのであるが、今日の様に妖怪退治を行った日は例外的に食べるのだ。

 頑張った自分へのご褒美である。


(まあ今日のワシは、全然頑張ってないんじゃけどな。それはそれとしてハンバーガー食べたい)


 ポンタはハンバーガーセットを、タマはオレンジジュースを頼む。

 機械であるタマは飲食を必要としないのだが、それではポンタが食べづらいだろうと、空気を読んで飲み物だけ頼んでいるのだ。

 必要ないだけで、こうして共に食事を取るのは楽しいのである。


 談笑しながら食事をしていると、2匹のスマートフォンが、同時に着信音を響かせる。

 そこには同じ人物からのメールが届いていた。


「ビャッコ様からです」

「ワシもじゃ。今年はいつもより早いのう」

「ワタシは参加します。ポンタさんは?」

「モチのロンじゃ」


 葛ノ葉(クズノハ) 白狐(ビャッコ)

 ポンタ達の旧友の1人で、他の4匹を率いる化け狐である。


 昔はいつも5匹で行動していたが、時の流れと共に、それぞれ別々に生きる様になり、疎遠になっていた。

 しかしそれからも年に一度、ビャッコが皆で集まる催しを開いていた。

 今のメールはその招待状である。


「他の2人は来るかのう。ネオはこの間行くと言ってたから大丈夫じゃろうが。ソラちゃんは世界中飛び回っているから、忙しいかもしれんのう」

「ソラさんがビャッコ様の呼び出しを断るとは思えません。ワタシ達で唯一出席率が100パーセントなのはソラさんだけですから」

「まあそうじゃな。なら今年はビャッコ四天王、勢揃いじゃ」

「はい」


 2匹の声は明るい。

 5匹が集まる事は、ポンタとタマにとっても胸躍る催しであり、今から楽しみで仕方がないのであった。

 


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