1 タヌキ屋のポンタ
スーパーもコンビニもない日本の片田舎にある村。
学校を終えた子供達が集まるのは、村唯一の駄菓子屋であるタヌキ屋。
そこは楽雲 本太という名の、ヨボヨボの老人が1人で経営していた。
「よし! いでよ俺のエースモンスター! ゴールデンアイドラゴン! これで逆転だ、ポン爺!」
「ほっほっほっ、甘いなユウタ君。ワシは伏せカードを使い、白装束の魔法使いの攻撃力をアップ! ドラゴンのパワーを上回ったぞ!」
「な、なにー!? ちくしょー、これ以上なにも出来ねー!」
「ゆけい、白装束の魔術師! ホワイトマジック!」
「ぎゃー! また負けた!」
この小学生とカードゲームで遊び、ノリノリで技名を叫び、ポーズまで決めているのが、タヌキ屋の店長であるポンタだ。
ヨボヨボな見た目とは裏腹に、この老人はやたら元気である。
その服装も歳不相応で、派手な柄のシャツにサングラスをかけ、腰から動物の尻尾の様なアクセサリーをぶら下げていた。
「流石ポン爺だ! 子供相手に容赦ねぇ!」
「ポン爺大人気なーい」
「ほっほーっ、本気の相手には本気で応えるのが、戦いの礼儀じゃからな」
「くそー! ポン爺、もう1回!」
「望むところといいたいところじゃが、次はコウヘイ君とやる約束じゃからな。ユウタ君はその次じゃ」
「ちぇー」
子供相手でも本気で遊んでくれるポンタは、子供達に大人気であった。
タヌキ屋には駄菓子だけでなく、玩具の類を取り扱っているのも大きい。
流行にも敏感で、子供達がハマっている遊びに即対応し、仕入れてくるのだ。
しかしポンタや店の人気に反して、売り上げは芳しくない。
ポンタが遊びに白熱すると、ノリで商品を開け、子供達に振舞ってしまうからだ。
買わなくとも菓子や玩具が出てくるのだから、当然利益が出る訳がない。
しかしポンタは、そんな生き方に満足していた。
「ほれー、ポテトを開けたぞ。この味は新商品で、ワシもまだ食べてないんじゃ」
「「「わーい」」」
お菓子に釣られて、店の外や奥にいた子供達も集まる。
その人数は10人以上おり、小さな駄菓子屋はいつも賑やかだ。
しかしやって来た少女の1人が、ある疑問を抱いた。
「あれ? ポン爺さん、今向こうで私達と遊んでたよね? 何でこっちにもいるの?」
「何言ってんだよフミカ。ポン爺さんはずっと俺達と一緒にいたぞ?」
「だって私達もずっと一緒にいたもん!」
「ああ、それワシの分身」
「え?」
「ワシって若い頃は、忍者としてお殿様に仕えていた事があってのう。その時に習得したんじゃ」
賑わっていた店内が静まり返る。
しかし数秒の溜めの後、子供達は一斉に笑い出した。
「またまたー」
「ポン爺この前、若い頃はお侍さんだって言ってたじゃん」
「侍もやってたけど、ワシってメチャ強最強で敵なしじゃから、つまんなくて忍者に転職したんじゃ。上忍じゃぞ、上忍」
「んな訳ないじゃん」
「そもそも忍者や侍って、ポン爺いくつだよ」
「1000歳は越えてるはずじゃ。最近正確な歳が覚えられなくてのう」
「そもそも桁間違ってるよ」
「本当なんじゃがな……」
誰もがポンタの話を笑い、その話を信用しなかった。
単なる冗談か、歳によるボケだと思われたのだ。
気付けば子供達はお菓子に夢中になり、ポンタが2人いた事などすっかり忘れていた。
ポンタが2人いた事実などすっかり忘れ。
「よっし! ポテトも食ったし、ポン爺、リベンジだ!」
「ほっほーっ、望むところ――」
「ポン爺ー、お客さん来たー」
「ん?」
店の出入り口には、少女に手を引かれる20歳くらいの女性がいた。
キッチリとしたスーツに身を包んだ、長い髪の女性。
クールなすまし顔で、いかにも仕事が出来そうな雰囲気を醸し出しているが、肩には可愛らしい黒猫を乗せており、本人の印象とのギャップが激しい。
「おー、タマちゃん。いらっしゃい」
「ポンタさん、ご無沙汰しております」
「あっ、タマさんとタマちゃん!」
「タマちゃん触らせてー」
「優しくお願いします」
タマと呼ばれた女性と猫の周りに子供達が集まる。
ややこしい話であるが、女性と猫はどちらもタマなのである。
ポンタがタマちゃんと呼ぶのは女性の方で、子供達がタマちゃんと呼ぶのは猫の方だ。
子供達は女性の事をタマさんと呼んでいる。
タマは定期的にタヌキ屋へ来る為、子供達とも顔馴染みだ。
いくら撫でても大人しくしている猫のタマも、子供達に大人気だった。
「ん? おーい、みんなー。そろそろ帰らんと、ポケットハムスターの時間に間に合わんぞー」
「やべっ、もうこんな時間だ! 今日の勝負は預けたぞ!」
「私も帰らないと。ポン爺またねー」
「ポン爺さん、さようなら。タマさんとタマちゃんも」
「おー、また明日のう」
「お気を付けて」
子供達はアニメを見る為に、一斉に家へ帰って行った。
先程まで賑やかだったタヌキ屋は、一転静けさに包まれる。
ポンタは子供達を見送ると、店のシャッターを下ろし、タマの隣に腰掛けた。
するとポンタはポコンという音と共に煙に包まれ、その姿を消す。
そして先程までポンタがいた場所には、一匹の狸が座っていた。
「ふう、人間の体は便利なんじゃが、長時間は肩が凝るわい」
狸はポンタと同じ声で話し出す。
駄菓子屋タヌキ屋の店長は仮の姿。
その正体は1000年以上の時を生き、人間に化けて生活する化け狸である。
忍者も侍も、本当の事なのだ。
「お疲れ様です、ポンタさん」
タマは狸が人に化けていた事に一切動じず、ポンタの事を労う。
しかしその声を発したのは女性のタマではなく、猫のタマの方だ。
猫の方こそが本当のタマ。
タマは体の大部分を機械化したサイボーグ猫であり、女性の体はタマがコントロールする完全機械のアンドロイドなのである。
正式名称:絡繰 玉衛門31号。
ポンタとは1000年来の付き合いだ。
「子供とは元気なものですね。戯れとはいえ、毎日あれだけの子供達の相手をするのは大変でしょう」
「ほっほーっ、そうじゃな。いくらワシが最強でも、子供の元気さには勝てんわい」
「あなたならもっと楽に稼ぐ事が出来るでしょう。そもそもこの駄菓子屋に、利益があるのですか?」
「子供と遊んで、菓子を無料で振舞ってるだけの店に、利益なんてある訳ないよ。100パー趣味じゃよ、趣味」
ポンタは子供と遊ぶのが大好きだった。
だから子供のたまり場として最適な場所に、こうして駄菓子屋を構えているのだ。
言ってしまえば金持ち老人の道楽である。
もっとも今のポンタは、それほど金持ちという訳ではないが。
「今は子供達の間で札遊びが流行っとるんじゃが、最近の札遊びは、ガチでやると金がかかってな。久しぶりにガバっと稼ごうと思っとったところじゃった。ナイスタイミングじゃったな、タマちゃん」
「はい、ポンタさんにしか出来ない仕事です。こちらが仕事の概要に――」
「いらんよ」
タマはポンタに資料を渡そうとするが、ポンタはそれを拒否して立ち上がる。
すると再び煙に包まれ、人の姿に変化した。
しかしその姿は、先程の老人ではなく、スーツに身を包む二十代半ばの青年だ。
だが目の下にはクマがあり、臀部からは狸の尻尾がそのまま生えていた。
ポンタの変化は、少々雑なのである。
「タマちゃんが寄越す仕事に、外れがある訳がないからのう。引き受けた」
「ありがとうございます。それではさっそく現場に参りましょう」
「うむ」
タマはアンドロイドのタマに抱えられて、ポンタと共に店の外に出る。
そこにはタマが乗って来た車が止めており、2人はそれに乗り込むと、仕事の現場へと向かった。
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