第9話 僧侶ラグレイト4
「あら……もういいの」
キャロルはお茶を飲んでいた。
「ああもう終わった。すまんが預けていたあれを出してくれ」
「いいわよ……でも必要という事は……」
「ご想像通り、残念ながら追放を受けてな」
「クスッ……まあそれはとても…愚かなことを」
キャロルは微笑むと俺の方に近づく。
そして耳元でささやく。
「思い切って……ダンジョン探索者を辞めてここの店を継ぐ……あなたになら全てを任せても……いいわよ」
「それは凄くいい提案だが、まだ諦める訳にはいかなくてな」
「あら……残念」
フッ
去り際に耳に息を吹きかける。キャロルとはそれなりの関係だ。
しばらくしてキャロルは、奥からアーティファクトを持ってくる。
「はい、どうぞ」
アーティファクトをカウンターの上に置く。
「これは……」
「これを見たことはあるか?」
前世で言うならば、見た目はビー玉みたいなものだ。それが二つ置いてある。
「はい、セイバーさん達がそれが付いたネックレスをつけていました」
「なんて言っていた? 」
「か、彼女に貰ったと……」
「フッ、3人同時に彼女から同じ物を貰っていたのかな? これがさっき言っていた『回復の守り』だ。」
「……クソッ! 」
ラグレイトは気づいたようだな。ラグレイトは報酬をピンハネされた挙句に、自分だけが『回復の守り』を渡されなかったという事実をだ。
育ちのいい貴族のお坊ちゃま体質で、人を疑うことをあまり知らないみたいだな。
俺は回復の守りを一つ持ち上げると、ラグレイトに渡す。
「まあいい、これをとりあえずお前に貸してやる」
「いいのですか? 」
「ああ、金が貯まったら新しい回復の守りを買ってから返してくれ」
俺はもう一つの回復の守りを持ち上げる。
これは俺が以前に購入したものだ。
『剛剣の牙』で使っていた奴はあいつらと一緒に購入もので、同じ金額だけの購入代金を貯金しているのに、自分だけが自前なのは馬鹿らしいからな。
それと普通の武器と同じようにアーティファクトにも寿命がある。
回復の守りは、使えば使うほど回復率が下がっていく。『剛剣の牙』で使っていた回復の守りはすでに絶頂期を過ぎ、回復率がかなり下がっていた。
ラグレイトに渡した奴は、引退した戦士から貰った物だ。
「邪魔したな、また来る。ラグレイト行こうか!」
さて、教会に行くか!
「……待って」
キャロルが呼び止めると俺に近づくと、アイテムを渡してくれた。
「これは? 」
「新しい旅立ちに……お祝い」
「いいのか? 」
「いいわよ……その代わり……また来てね」
「わかった今度は早く来る。ありがとうな」
俺達は店を出た。
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「今日は神にどんな祈りを捧げますか? 」
教会に着いて若い聖職者に話しかけると、ゲームと同じ事を言う。この点はゲームキャラクターと同じに思えるが、マニュアルなのだろう。
聖職者と言うのは、教会で働く僧侶の事だ。『就職の儀』で聖職者の項目が無く、僧侶とは呼び方が違うのできっと教会で転職しているに違いない。その上聖職者は回復魔法と毒と呪いの解除魔法を使えるためには、最低でも僧侶レベル20以上で無いと教会では働けないと言う事になる。
経験値を上げてレベルアップするには、ダンジョンに潜って魔物を倒しているのは確かだ。つまりはここにいる聖職者は全てが、ダンジョン探索者としての経験がある。
「カペラを呼んでもらえるか?」
「……カペラ高僧をですか?」
「ああ、レグナムが来たと言ってもらえたらわかる」
「……わかりました」
高僧と言うのは目上の人を言う敬称らしい。
「お待たせレグナム、会うならアポを取ってから来て欲しいな」
30分ほどしてやってきた。
カペラは31歳だ。見た目は銀髪の坊主頭にしているので顔見ずに頭だけ見れば、もっと年を取っているように見える。
「すまんな、忙しいところを呼び出して」
カペラは元僧侶で、俺と知り合いだ。僧侶としてレベルアップする時に、俺が雇われてパワーレベリングを手伝った仲だ。
「レグナムの為なら時間は空けるけど、待たせるからね」
「ワりぃな……で、早速だが頼みがある、転職の儀をしてくれるか」
「おっついに50階に行って転職のオーブを手に入れたかい?」
カペラは俺が賢者に転職を狙っていた事を知っている。
「残念ながら剛剣の牙からは追放されてな、まだ転職のオーブは手に入れていない。今はこのラグレイトと二人だけのパーティーを組んでいる」
「追放って? どういう事だ」
俺が簡単に説明すると、カペラが怒りだした。
「レベルアップを手伝ってもらったのにその扱いとは許せん。レグナムは奴らを許していいのか? 」
「今は程度の低い奴らとの関係が切れて清々している。気にするな」
周りが怒ってくれると、こっちが冷静になっていくな。
「では転職と言うのは? 」
「ああ、こいつを僧侶から武闘家に転職してくれ」
「武道家か、本人は納得しているのか? 」
「はい、お願いします」
ラグレイトには、武道家に転職の事は言っている。
僧侶からは武闘家に転職させるのがセオリーだ。
ゲームの攻略サイトでは、僧侶から武道家に転職させたキャラクターは武僧と言っていた。
実際にそういう職業になるわけではないが、ゲームの攻略としては王道のパターンだ。
もちろん利点も教えている。
素手なので回復魔法が使え、転職による補正で単純に力が上がり、それで攻撃力が上がる。
前線で戦っていたラグレイトなら、攻撃力が上がる事がどれだけ助かるかはわかっているはずだ。
ゲームでは僧侶から戦士に転職させて聖戦士と呼んでいた。もちろんその方法もある。
だがしかし、戦士に転職をすると力は大幅に上がるが、最初の職業に僧侶を選んでいるから、体格が175㎝程度の体格だ。190㎝用の武器や防具のサイズが合わない。
サイズ変更や体格に合わせた物をオーダーメイドをしてもいいが、戦士としてなら武器と防具を消耗品として考えるのであまり現実的ではない。ここがゲームとは違う部分だろう。
それと金属系を付けて回復魔法が使えなくなるのも困る。ゲームならば転職したら勇者みたいに金属武器や防具は装備しても魔法が使えていたが、僧侶から戦士に転職してゲームみたいに魔法が使えるようになる保証がない。
その点武闘家だと金属の武器と防具を着けなくともいいので、何一つ問題がない。
「ふーん……では転職の儀をします。こちらへ」
今までの顔つきから変えて、マニュアル的な対応する。こう見えてもカペラはここでは聖職者のトップだ。
奥にある聖域と言われる場所に着く。
「では転職の儀でのご布施を」
「ああ、これでいいか?」
俺は10万ギルスが入った袋をカペラに渡す。これは俺が賢者に転職する時のために取っていた金だ。
「お金がいるのですか? 」
ラグレイトは知らなかったみたいだな、教会は無料ではなにもしてくれない。
いくら親しい間柄だったとしても、値引き交渉すら無理だろう。その点はゲームと同じだ。一律の料金が決まっているのだろう。
「あげたわけではなく俺に10万もを借金している事を理解しくれ、踏みつぶしは許さんよ」
「も、もちろん! 借りたまま逃げるとかはあり得ないです、それよりもそんな大金を……」
ラグレイトは焦っている。会って数時間の相手にここまでしてくれるのを不思議に思っているだろう。
俺も不思議だ。女の子相手ならともかく男相手にここまでしてやることはありえ無い事をしている。
多分追放されて、かなり頭にきていたのかも知れない。
「その時は僧侶では絶対に解けない呪いをかけてあげますよ」
カペラは微笑みながら言う。
聖職者になったら使える魔法があるのだろうか?
ゲームではそんな職業がなかったから、何とも言えないな。
「ぜっ絶対にそんなことはしません、もちろん返します」
「ではそこの祭壇に、祈れば資格がある者ならば神からの職業の選択ができます」
「はい! 」
ラグレイトは祭壇の前に立ち、祈りをささげる」
「大いなる神よ! あなたの子供が新しい職業に就職したいと願っております。祈りを聞き届けたまえ」
カペラがラグレイトの横で文言を唱えると、ラグレイトは光り輝いた。これで職業選択をしているだろう。
多分ラグレイトにもかなり負担をかけているかもな。俺が頭にきてなかったらこんな重大な事を、即日決めさせることも無かっただろう。
そもそもラグレイトを武道家に転職させることすら、あり得ないことだ。
これはゲームではなくリアルだ。転職と言えば人生に関わる事だ。それを俺が決定する権利がないと思っていたから、転職を進めた事は一度もなかった。
でもこの先進むためには、ダメだと思っていた。
この機会に武闘家を作り仲間に入れる事が最善だと思っていた。
そしてラグレイトの身体から光が消えていく。
「神による転職の儀が終わりました。新たなる職業による人生を神に感謝してください」
「……レグナムさん……転職出来ました」
ラグレイトは俺を見ながら、少し疲れたように呟いた。
「安心しろ、後悔はさせない。あいつらを見返そう」
俺がそう言うとラグレイトは微笑んだ。