失恋トレイン
大観覧車を背にして俺は、徳郎達の方に向かって歩いている。
俺の後ろ姿を神崎は、どういう気持ちで見つめているんだろうか。
あいつの好きな男なんて、俺はとっくに気付いていたのに。
告る前に散った俺の恋。
それもこれも、原因は……。
「お前かよ。神崎の好きな奴って」
俺は、守屋に近づくと奴の肩に手を乗せ、低く呟いた。
神崎の口から聞いた訳じゃない。
でも、俺はとっくに気付いていた。
守屋と神崎は、普段ほとんど会話を交わすことはない。
けれど。
あいつが時々、教室の片隅にいる守屋の姿を盗み見していることを俺は知っている。
何故なら、そんなあいつを俺は見つめてきたのだから。
「何のことだよ」
守屋は冷ややかに言い、俺の手をはねのけた。
「お前のそういう。妙に知ったような風なところが俺は気に食わないんだよ!!」
そう言って、俺はあいつの胸ぐらを掴んだ。
「きゃあ……!! 吉原君!」
「何やってんのよ!!」
柏木舞と工藤由有が、甲高い悲鳴を上げた。
それでも、尚、ポーカーフェイスを崩さず、俺を見据えている守屋の態度に心底むかついて、俺はあいつに殴りかかろうとした。
その時。
「はい。そこまで」
冷静な声がして、俺の右手を掴んだ者がいた。
済陵一の美人、野瀬杏香が俺と守屋の間に割り込んできた。
「せっかく、ここまでみんな一緒に楽しく過ごせたのに、それを全部ぶち壊す気?」
その一言で、ヒートアップしていた俺の頭も、一気に冷静さを取り戻した。
「……悪かったな。守屋」
あいつの胸ぐらから手を離し、俺はぼそりと呟いた。
「いいさ」
何事もなかったかのように、あいつはそう言うと、その場から離れ入園ゲートの方へ歩いて行った。
畜生……!
しかし、その時。
俺は、ハッとして、後ろを振り返った。
そこには神崎が、青白い顔でその場にただ立ち尽くしていた。
***
「よつばグリーンランド」からの帰り。
ガタゴトと列車は音を立てて進んでいる。
行きの車内とは違い、皆、俺以外、一様に眠りこけている。
一日中、遊園地で遊び倒したのだから、それも当然と言えるが、しかし。
俺が守屋に喧嘩をふっかけたのも影響しているのだろう、と俺は思う。
微妙な空気感。
せっかくの「遊園地グループデート」を台無しにしたかもしれない俺は、自分の短気さ、軽率さに歯がみしそうだ。
そんな俺の目の前では、神崎が野瀬の肩によりかかって、眠っている。
可愛いよなあ、やっぱり。
小さく吐息を立てる神崎の寝顔を見ながら、しみじみと俺は感じる。
惚れた弱み。
あばたもえくぼかもしれないとも思うが、俺は神崎のことを可愛いと思う。
実際、男連中でおきまりのクラスの女子の品定めをした時、俺の予想以上に、男どもの神崎に対する評価は高かった。
「ナニゲに美人だよな」
「ポニテが萌える」
「真面目なとこが「女教師」モノ妄想させるよな」
などと絶対、本人には聞かせられない男同士の会話に話が飛んで行った時もある。
なんで守屋がいいんだろうな……。
通路を隔てて、向かい側の窓際で、ウオークマンを聴きながら目を閉じている奴の姿に目を遣った。
身長は俺と同じ180㎝に少し届かないくらい。
しかし、眼鏡をかけ、いつも教室でも無口で目立たないタイプのあいつのどこがそれほど、神崎の視線を奪うのか。
あの済陵祭の打ち上げの時。
二次会の「HEVEN」での二人の様子は、後から噂に聞いた。
打ち上げなら、俺も出た。
慣れない場で固まっているあいつを最初に和ませたのは、この俺だ。
なのに、俺はそのチャンスをモノにすることが出来なかったのか……。
結局、告ることさえ出来なかった。
俺の神崎に対する想いは、不完全燃焼のまま燃え尽きるのか……。
「久磨駅」まで後、約十分。
その間、神崎の寝顔を目に焼き付けておこうと、俺は思う。
明日から、教室でもう神崎の姿を追わなくて済むように。
見なくても目にはっきりと浮かんでくるように。
俺は、ただ神崎を見つめた。
列車はそんな俺を知らぬ気に、ひた走りに走り続ける。
了