14話 ペイル博物館
「あれが、ペイルだ。もう目と鼻の先だぞ!」
「あれが…凄く栄えてる、沢山の馬車が並んでいますね」
「やっぱりペイルはいつ来ても賑わってるね」
「おにぃ、そろそろ下ろしていいー?」
「あ!お願いします」
エラリスの街からペイルまで300km、何日かかけて移動していたがもう既に柊に背負われることに違和感を感じなくなってきている自分がいた、大丈夫か。
エラリスが周りに草原が多かったのに対し、ペイルの周りには荒野が広がっている。正確には草原もあるのだが、少ししたところから荒野になっていてそこは立ち入り禁止区画になっている。
とりあえずペイルの国に入るため、僕たちは門の前で行列に並ぶことにした。ふと人の流れを見ていると、町から出る人たちの中魔物の割合が高いことに気づいた。
「なんだアキ、魔物が珍しいのか?」
「いえ、魔物が多いなって思って」
「そりゃそうだろうな、魔大陸に住む魔物たちは他の大陸に行くには中央大陸を経由しなきゃならねぇ。船が出ているのはペイルとホーテムだからペイルからくるのは普通だわな」
「ホーテムからだと何か不都合が?」
「ホーテムの連中は魔物を毛嫌いしてる。俺たちみたいな人型ならマシだがマジモンの魔物となると迫害も当たり前さ」
「なんで港を繋げてるんですか…」
「そりゃルールってやつだ。今の時代はグローバル、魔物と仲良くしようっていう表面上仕方なく繋げてるんだ」
「なるほど…」
人と魔物の関係っていうのもやっぱりそう簡単にはいかないってわけか、昔は争ってたみたいだしなんとなく抵抗があるのは分かる気はする。
「さ、次ボクたちの番だよ」
「本当ですね」
「もうすぐで入れるんだねー、楽しみだなぁ」
そうこう言っている内に、門番に止められる。
「身分証を提示してください」
「はい、これでいいですか」
「えーと…なるほど!かしこまりました!パーティで四名…通行料は結構です!」
おお、これがパーティの効果!あっさりと中へ通してもらえた。確かにこれはかなり便利なのかもしれない。
「んーで、中に入ったわけだが。どうするか」
「ちょっとボク、行きたいところがあったんだよね」
「アイネさんが興味のあるところ?どんなとこだろう」
「あれだよ」
アイネは屋台の並ぶ商店街、その一角の壁に貼り付けられているポスターを指差した。そこにはこう書いてある。
『ペイル国立博物館・百周年記念特別展示〜ウェポンフェスタ〜開催中』
「博物館の…武器ですか?」
「アイ姉さんはこういうのに興味があるんだな」
「アイネエさんって何だい!?」
「へぇー、なんかすごく面白そうだよ!私も見てみたいなぁ」
「スルーかい?それにしてもいい心がけじゃないか。武器はいいよ、武器は」
アイネさんは武器が好きなのか、確かに持っている大剣もオーダーメイドって言ってたっけ。冒険の途中、休憩中に磨いたり砥いだりしてたし…今思えばなんとなく納得できるかもしれない。
とりあえず皆アイネさんの意見に賛成することとなり、四人でペイル国立博物館へと行くことになった。
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「やっぱいつ見ても大っきいぜ」
「これが…博物館?」
「そうだけど、どうしたんだい」
「私、こんな博物館見たことないよ!」
博物館と呼ばれているその建物は、僕らの住む世界にある博物館とはまるっきり異なっていた。
まるで塔のような円柱の建物で、それが何層も重なり合って巨大な建造物となっている。その綻びのある石段に、外装は大理石でできており。非常に歴史を感じられるような感じ、元の世界で知ってる建造物で見た目が近いものと言ったらバベルの塔だろうか。八十メートル程の高さで、7階層になっている。
その光景に驚きながらもアイネさんの先導の元博物館の中へと入る。
「一階が芸術と絵画で二、三階は化石展示。四階は休憩所、五階が特別展示、六階がペイルの歴史で七階は展望台だ」
「「うわぁ…」」
絵画とかがあるってことは美術館と博物館の複合施設という感じだろうか、そして展望台って。
中に入ってみるとこれがまた異常に広いのなんの、横にも縦にもとりあえず広い。
一応全部見ようかと思ったが一階層だけで何時間かかかるからやめたほうがいいと言われた。とりあえず石段を登って上の階層へと登っているのだがこれがまたかなりきつい。
五十センチと常識では考えられないような段差を軟弱なその足で、膝をかなり上げて進まなければいけないのだ。
これ、段差の刑とかそういう感じで拷問の一種にできるのではないか。そしてそれを百段ほど登る、これが苦行なら終わった頃には何か悟っているんじゃないかと考えるくらいには酷烈だった。
絶対設計者のミスだな、そうとしか考えられない。
「あ、一応言っとくけどリフトがあるから帰りはそっち使おうか」
聞き捨てならない言葉が耳に入ったような気がする。
「…あ、あの?もしかして上りもリフトで行けたりして…?」
「そうだけど、どうしたんだい」
「はぁっ!?」
開いた口が塞がらなかった、さっきまでの拷問は何だったのかと。なんのためにこんなことをしたのかと百万回くらい問いたい気分に駆られたがもう言葉を出すだけで気持ち悪かった。
「さーて、とりあえず。見て回ろうか…」
アイネさんはそう言って目を輝かせる。輝かせすぎてもう全身白熱電球、あ。もうダメだこれ自分何言いたいのかわからなくなってきた。
「ヤベェなアキ、ふらふらしてるぞ。大丈夫か」
「いいえ、もう私そこのベンチで休んでいます…」
「おう、回復したら見て回ろーな」
「はーい…」
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そんなこんなでベンチに十数分くらい座っていたら何がとは言わないが吐き気がおさまってきてだいぶ楽になっていた。脳内で「ほぼ言ってるじゃん」とかいうツッコミが入るが無視する、取り敢えずは落ち着いたところで辺りを見回してみる。
この階層は特別展示、期間ごとに並べられる作品が違って今は世界の武器を展示しているらしい。
特殊な構造のガラスが張られたゲージの中に武器が入っている…確かにこうやって鑑賞目的として武器をみると確かに美しいものだ。
例えばこの透明な小刀。とても特殊で、硝子細工で作為されている。とても細かい場所にまで巧妙に、多分武器本来の用途でのパフォーマンスはあまり高くはないが観賞用とするなら非常に出来たものだと言えるだろう。
「何だろう、しっかり見ればこんなに楽しめるものなんだ…」
それぞれの武器に対して職人それぞれの想いが込められてるっていうか…。
そんなことを思っていると、何やら向こうの方で人だかりが見える。博物館で一つの作品に人が集まるってあるのだろうか、数人とかではく数十人単位、学生の校外学習じゃあるまいし。
僕も気になりそちらに向かってみると、耳に覚えのある声が聞こえてきた。
「──それで、この武器は伝承では魔大陸に住むカルツェっていう鍛冶屋が作った至高の一品、ハーベスターっていうんだ。武器種はサイス、大鎌のことだね。イマイチ分からない子は…そうだね、よくイメージで死神が持っているような物だよ。それでこのサイスの凄いところはまず、約一千年以上も昔から今までに現存しているってことだ。つまりたくさん時が経っても錆びずにいる。これってとても凄いことなんだ、それでこの武器が作られた当時の技術は特殊で今は作れないっていうのもこのハーベスターが非常に価値のある要因の一つ。さらには武器の素材自体かなり特殊で、これと合致するものは現代じゃないんじゃないかって話。そして一番のポイントはこの武器がとても強いってこと、一番単純で一番重要なところだ。この武器にはとある魔法が埋め込まれていて、それは相手を攻撃するごとに自身の体力を回復しちゃうっていうまさに不死身シリーズの武器に相応しいもので──」
そこでマシンガントークをかましているのはアイネさんであった。なんというか…うん、凄い。
確かに人が集まるなあれは…しかしアイネさんが武器好きっていうのは博物館に来る以前に理解したはずだけど、流石にあのレベルだとは思いもよらなかった。
確かに先刻彼女が言った階層毎に何時間もかかるという意味もわかる気がした。…あれ、何時間かで済むかな…。
とりあえず僕は一人で武器を見て回っていたがどの武器も非常に妙妙たるものであり、ネルさんや柊とも一緒に見て回ったりしてとても愉しい体験ができた。
…そしてその間もアイネさんのマシンガントークは続いていて、いつの間にかこの特別展示を企画した主宰者の人と語り合ったりしていた。
「そうそう!この武器の美しい所はこの丸っとした曲線具合!こんな美しいのを見たのは初めてだよ!」
「おお!わかりますかぁ…この武器の良さが!チミ、名前は?」
「アイネ・スペンサー。しがない武器好きのフェアリーさ」
「アイネくんか!そんな謙遜しないで、私と一緒に語り合いましょうぞ!」
「そうだね…お!あの武器はもしかして大剣の中でも伝説級と言われる参の式かい!?」
「これはよくご存知で!武器業界でも秘宝中の秘宝で相当なマニアでないと存在すら知ることを許されないというのに、やはり私の目に狂いはないようですな!」
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「いやー、結構長く付き合わせちゃったけど大丈夫だったかな?」
「ああ、俺は一層目から見たがなかなかいいと思ったぜ、よく分からなかったけどな!」
「私は展望台がすごかったなって、すごい綺麗な景色だったよ!」
「僕は…そうですね、流石にアイネさんほどじゃぁ…うん。ないですけど、それでも武器って深いですね、予想以上に楽しめて良かったですよ」
「いいね!アキくんも興味を持ったかい?じゃあ…」
「あーっと、アイネさんみたいに極めようとしてるわけじゃないので!」
「ごめん、どうしても武器のことになっちゃうとね…」
確かにそれはそうだけど…。
「鑑賞以外にも、アイネさんの意外な一面を知ることができてよかったですよ?なんか近付きやすくなったっていうか、うん。パーティとしての仲が少しでも深まったと思います!」
「アキの言うとおりだな!いつもはなんかちょっと澄ましてるようなアイネさんがあんなに感情的に喋ってるとこ初めて見たぜ!」
「すっごいキラキラして輝いてたよ!説明してる時、すっごく楽しそうだった!」
「そう、かな…そうだね!ありがとう君たち」
そうしてペイルに来て初日、パーティのメンバーとの絆もちょっと深まった。
正直パーティとして仲良くなれるか心配だったけれど…それは杞憂だったようだ。よし、明日も楽しむぞ!…って、何か大切な目的忘れてるような。
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「よっこいせっと」
疲れ切った体を引きづりながら玄関へと向かう。感知式のライトがこちらを照らしてきて非常に目が眩しい。
ドアを開けて、まず先にリビングの電灯を点す。
「ただいまーっと、鍵開きっぱだったな。おーい!秋?柊ーっ?何処にいるんだ?……」
呼び掛けても誰も返事しない、とりあえず二階に上がってみる。
「夜に廊下の電源が消えてるのは珍しいな。おーい、帰ってきたぞ?ママ帰ってきたぞ?」
深く帽子を被った彼女は中村桐、海外出張をしているシングルマザーであり秋と柊の母親である。
「おっかしいな」
今日帰ると手紙で伝えた筈なのに二人はどこにも居ない。部屋の中、トイレ、風呂場、ポストの中を確認したがやはり二人の姿はどこにも見えない。
「なんだ?テーブルに朝食が残ってる…うげ!これ何日か経ってるんじゃないか?そして側には手紙の封筒…?普通片付けてるものがあるってことは、そう出来ない理由があったってことだ」
桐はちょっと考え、そして結論に行き着いた。
「嘘だ!誘拐か!?やばい、今すぐサツに行かなければ!」
子供達が異世界に行っているとは露知らず、中村桐は夜の真っ暗な街道へと全力の限り走り出した。