13話 ミミズ
「ん!?ベルゼブブが断っただって!?」
「も、申し訳ありません、主…」
声の主、ルシファーは目を合わせなかった。まさか失敗するとは思ってもいなかったからだ。
必ずやこなしてみせると言ったちょっと前の自分を殴りたい気持ちでいっぱいである。
「まあそう項垂れるな。よくあることでは…ないが、理由があったのだろう?」
「え、ええ。なんでも『俺には家族がいる、子供もいる。俺が働かないと家族に貧しい思いをさせる。悪いが今は魔王様の手伝いをできるような状況じゃない』と」
「それはおめでとう、じゃなくて!昔みたいに無給で働かせるつもりはなかったんだが」
「どうしましょうか」
「そうだな。サタンは連絡も取れず消息不明で、リヴァイアサンはあの様子。…そうだ、マモンは?」
「マモンですか?そうですね、私は分かりませんがベルフとアモスは何か知っているかもしれません。よければ二人にもこの事を話しましょうか」
「あの二人は、仕事があるだろう。我の言うことを聞いてくれるかどうか…」
「お忘れですか?この前ベルフが報告に来たばかりでしょう、あの二人は今もなお主に忠誠を誓っております。…私が一番ですけれど」
「そうだったな…では頼めるか?」
「はい!主の為にかなら…で、出来るだけやってみます」
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「あの…それで、もしかして。徒歩…ですか?」
「ああ、そうだが何か不満があったか?」
「私体力がなくて もう結構きついんですよね。すいません」
「えー?まだ5キロくらいしか歩いてないよ?」
エラリス国北西、最初の町から少ししたところにある平原で、中村秋は疲れ果てていた。
旅というのは実に過酷だ、ただ歩き続けて居るだけでうん。疲れる。
「まだ300kmあるんだよ?大丈夫かい?」
「えっ!そんな!?」
冗談だと言って欲しい。
元の世界だと電車一駅分で十分な距離だというのに。車も電車も無く歩きで行けというのだろうか…?300kmってどのくらいだっけ?考えたくもない。
「ま、アキがそう言うんなら仕方ねぇな。ちょっと休もうぜ」
「なんか連帯責任みたいで辛い…すいません」
なんか僕のせいで迷惑かけちゃってるかなぁ、申し訳ないけど仕方ないか。
「謝るよりは感謝しろ。パーティが長く続くためには大切なことだよ、ネガティブな奴よりポジティブな奴と一緒にいた方がいいだろう?」
確かに、それはもっともな意見である。
「おにぃ、私が背負ってもいいんだよ?こっちに来たばっかの時背負ったよねー?」
「ちょ…そういう余計なことは言わなくていいですってば…」
「あはは!君達は仲良しだね?いいね、そういうの」
「そうだな!」
仲がいい、か。他の家庭のことをよく知らないからわからないけどこういうのって普通なのだろうか?多分普通だと思うのだけれど…。
それでもそう言われるのはやっぱり嬉しい、パーティっていうくらいだから柊と同じくらいにアイネさんとネルさんとも仲良くなりたいな。
そして──
「あの、柊?」
「んー?なに、どしたのおにぃ」
なぜか柊は「背中に来て、背負うから」みたいなポーズで僕の方を見て待つ。
「いやさ。なんというか、背負うって言ってたけど僕はやってもらいたいって一言も言ってないんですよね」
「でも辛いよね?じゃあ私がおんぶするから!」
「おんぶって言い方は本当によしてくださいよ!なんか…なんか!」
赤ちゃんとか小さい子じゃないんだから、流石にそれは……。
「でも歩けないんだろ?ここはヒイラギに任せたほうがいいぜ」
「そうだよ、別に笑わないからさ…ふふっ」
「わざとですか!?絶対そうですよね」
「それなら、ボクが運んでもいいんだよ?ね?どっちがいいかな」
自分の妹に背負われるか、それとも妹より幼い見た目のアイネさんに背負わせるか。そもそもの選択肢がおかしい、そうして僕はチラッとネルさんの方を見る。
「俺はマーマンだから常にしっとりだぜ?それでいいなら…」
「いえ、遠慮しておきます。柊、お願いします」
もうこうなったら仕方ない。別にパーティ以外の人に見られなければいいんだ、そうだペイルが見えた頃に降ろして貰えばいいだけだ。
「わかったよ!私に任せて!」
そうやって、僕は柊に背負われてペイルに向かうことになった。そしていつの間にか肩車になったりして兄の威厳は更にズタボロになっていくのだった。
もう兄じゃなく弟だと言っても差し支えない、いや流石にそれはない。妹より背が小さくて女顔でいくら無理やり女装させられても兄だ、柊よりしっかりしなければいけない。
旅路は特に何もなく平和だった。
途中に川や林、一つの村を超えたが特に何かあるわけでもなく、周辺のアーリエも比較的平穏だったので戦闘も少なかった。
この世界の自然は東京に住んでいた僕たちにとって珍しい光景ばかりだ。空も青々と澄み渡り、川も底が見えるほど透き通っていてそのまま飲めるところもあった。村の人達も皆それぞれの仕事をこなし、非常に健康的な生活だったし。
この世界でしか見られない現象もしばしばあった、夜になると光源もないのに突然草原が光に包まれて幻想的だったのは記憶に新しい。
因みに今僕たちのLvは19だ。アイネさんは3000以上、ネルさんは聞くと1700とまぁ頭のおかしい桁ではあるがこの世界では少し珍しいくらいだそうだ。
僕たち兄妹が二人に追いつくのは一体いつになるのか…そもそも追いついた頃には死んでそうだけど。
そして残り150km、半分といったところである。柊に背負われてるせいか直ぐだった。
柊は、乗り物だった……?ないよ、それはないと無駄な自問自答をする。
「残り半分ですか…しかしこのカードは便利ですね。周辺の地図まであって自分の現在地と目的地までわかるなんて」
「まるでスマホみたいだよね!タッチで操作っていうのも同じだし」
「スマホ?なんだそりゃ、兄妹の世界の物か?」
「スマートフォンって言って、携帯電話ですよ。自分と相手が持っていればいつでも話すことができますし、ゲームや音楽などちょっとした娯楽も楽しめるんですよ」
「すげぇな。持ってないのか?」
「この世界では充電もできないし、相手も居ないし電波も無いし。まあ要は使い物にならないって感じですね」
きっと電話もできない携帯電話に価値はない。
「そんなものなのか、思えば不思議だよな。別の世界の奴と話すってのは」
「ボクも新鮮だよ、異世界人に会うっていうのはかなり久々だ。それも君たちのパーティに興味があった一つの理由なんだ」
そうなのか……ぼくたちが異世界人だからこんな強いパーティになったのかな?
「日本が鎖国していた時代の外国人みたいな感じなのかな…」
「なんだ?ニホン?」
「いえ、なんでもないです」
言ってもいいが説明が面倒くさい。我ながら怠惰だ。
「おにぃ…流石の私でもそろそろ肩が痛いよ」
「あ、すいません!」
「そうだね、ここら辺で休憩にしようか」
「ああ、村で貰った食材があるからそれでメシにしようぜ!」
そうだ、世界が違うから村でもらった作物も見覚えがないものばかりだった。
どんな味なんだろう、楽しみだなぁ。
「料理は俺に任せろよ!一人旅歴多分最長の腕は伊達じゃないんだぜ」
「おお!ネルさんは料理ができるんだね」
「とても頼もしいですね、僕も一応料理はできますがこの世界じゃ勝手がわからないので」
そうして待つこと数十分、料理ができた。非常に食欲をそそられる香りであり、作ってる間からお腹が急激に減り始めて仕方がなかった。…そして気になったことが一つ。
「美味しい…でもこれ、どうやって作ったんですか?」
「どうって?」
「調理器具も何もなかったですよね?」
「スキルだな」
「またスキルですか」
とことん便利なものだ、スキルっていうのは本当になんでもありなのか。
「どういうスキルなんですか?」
「料理スキルはランク1で料理の腕が上がる、ランク2で料理時間短縮、3でスキルのみでの調理が可能。4でどんな組み合わせでも食材である限り適当な作り方でも極上の逸品に。5に至っては食べ物でないものすら美味しくいただけるようになる。ちなみに俺はランク4だから食べ物だったらいつでもどこでも調理できる。時間はちょっとかかるけどな」
それってもう料理の腕前とか関係なしにスキルの能力っていう。
いいのだろうかそんなので。いいか…すごく美味しいし、特にこの野菜の肉詰めとうまい出汁の効いたポトフみたいなのが美味しい。お肉とかなかった気がするけどスキルの前では気にしてはいけないんだよね、多分。
「ご馳走様ー!美味しいよこれ」
「おお、お代わりするか?」
「するするー、大盛りで!」
「よく食べてくれるのは嬉しいぜ。もりもり食べてもりもり育て!」
「もう成長期終わりかけてますけどね。むしろ柊より僕が成長したいです、身長とかそこらへん」
「なら秋もたくさん食べろ!」
「胃袋小さいんで遠慮しますね」
「そうか…」
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そして昼食を終えた頃、異変は起こった。
けたたましい轟音とともに、周囲の地面が急激に隆起し始める。
「な、何ですかこれは…」
「地震かな!?」
「ちょ…もしかしてこの場所は!」
「おいおいまじかよ、そのまさかだぜ」
ただの地震かと思いきや、なにやら二人は慌てた様子だ。もしかして地割れ?何かの災害か。
「柊、地震ではなさそうですよ。身構えて!」
「わ…わかった!」
その言葉で焦りを感じたのか、柊は直ぐに周囲を警戒し始める。
「これは…なんなんですか?」
その問いに対し二人は同時に答える。
「「地割れミミズだ!」」
「「ワーム!?」」
とその時だった、地面の隆起が僕たちの目前に来たかと思うと、突然地面から巨体が現れた。
その全長、約20mといったところだろうか。その姿は確かにミミズのようにも見えるし蛇のようにも見える、ギラギラと照りつける逆光がワームを覆っているのでシルエットを見ることしか許されない。
一つこの状況でわかるというのは『あれはまずい』ということ、危機を感じた脳の防衛ラインが全力でアラームを鳴らしている。
「逃げろ兄妹!」
「は、はい!」
その言葉に僕は柊の手をがっちりと掴んで全力疾走する。本来ならば二人の心配をすべき状況だが逃げなければ死ぬかもしれない、逆に足手まといになって全滅したら笑えないのだ。
「ネルくん!君はアキくんとヒイラギちゃんと一緒に安全なところへ!」
「おい、いいのかよ一人で!」
「ボクを誰だと思ってるの?大丈夫、このミミズよりレベルは高いんだ。あとでそっちに向かう!」
「…たく!死ぬなよ!先に待ってるぞ」
そうしてその場に残ったのはアイネ一人だけとなった。
彼女は、微笑んだ。
「あのミミズの額はまさか…全く、趣味の悪いペットだよ。そこにいるんだろ?」
「……」
「聞こえてないのかな?…戦えってことか」
「はぁ」と小さくため息をついた。
あまり気乗りのしない中、彼女はその背負う大剣を手に取る。
「この武器、ダブルブレイカーの特徴は二つに分かれる事だけじゃない。…一本の剣として扱えば重量も太さも二倍、つまり二倍強いんだ。頭の悪そうな武器だけど脳筋のボクにはぴったりさ」
「………」
「だんまりか、んじゃボクからいかせてもらうよ。久々に腕の鳴る相手だからね、準備運動にはちょうどいいさ!」
そう言うと彼女は巨大ワームに斬りかかる。その一撃はその硬い皮膚を貫いた。
「…!!ガァアアアアアアァァァ!」
「お、やる気になったね。かかっておいでよ」
激昂したワームはジタバタと全身を大地に打ち付ける。それだけで非常に強力な攻撃だ、次第に大地が削られていく。
そして削られた大地は空中に散り、雨のように大地に降り注ぐ。一発でも当たったら致命傷だが、アイネはそれを身軽な体でダンスを踊っているかのように避ける。
彼女の持つスキル「身軽」は自身の体重を半分にして身体能力、主に俊敏性を上げる効果がある。だがそれを避けたのは彼女が鍛えた動体視力と瞬間の判断力があってこその芸当だ。
「当たらない、当たらない。やっぱり相手が相手じゃ仕方ないね」
「グゥアアァッ!!」
「お、今度は直接攻撃かい?でも当たらないよ、遅すぎるからね」
激しい攻防が繰り広げられる中、突然アイネはまるでおもちゃで遊ぶのに飽きてしまったかのようにすっとワームの元を離れていく。空高くと、彼女は上昇する。
「ガァァアア?」
それを見てワームはキョトンとする。先程まで戦ってた相手が突然逃げ出した、優位にあったのはあちらなのにだ。そして思ったこいつは腑抜けなのかと、生物の世界は食うか食われるかで相手に情けをかけるなど俺に対しての冒涜なのかと。
ワームは非常に腹が立って仕方がなかったが空にいる相手に攻撃する手段はない、あるにはあるが高すぎるのだ。
「ワームくん、まさかボクが君に対して逃げ出したとか情けをかけてるなんて思ってるんじゃないだろうね」
「ガ?」
「そんなわけないから安心してよ、ちょっと普通に倒すんじゃ時間がかかるんだ。ボクの帰りを待ってる子達がいるから急がないと」
それだけ言いすてるとアイネはそのままそこに居座った。そして次の瞬間ーー
ワームは真っ二つになっていた。己の身に何が起きたのか知らぬまま生き絶える。
「ふぅ…あんまり成功率高くないけどなんとかやれたね」
地表に戻った彼女は、ワームの骸、その下にある地面深くまで突き刺さった剣を引き抜いた。
「透明化」もまた、彼女のスキルの一つだった。大剣に透明化を付与した後、それを相手の脳天に合わせて落とす。会話でもなんでもいい、少し時間を稼いだら次の瞬間透明化された剣は重力による圧倒的加速により通常の比にならない威力で相手を貫くということだ。
的が小さいと当たらないし、相手が賢いとすぐに感付かれるので今回の相手はかなり好条件だったと言えるだろう。
「ふぅ…それで、そろそろ出てきたらどうだい」
そう呼びかける。
「まぁ…バレてますよね」
すると何処からともなくハーピーが現れる、しかしこの一帯は草原で隠れるような木や岩もない。
「そりゃあのワームの印を見ればね。君が誘惑で言いなりにしたんだろう、アモスデウス?」
「アモスデウスなんて久々に聞きましたよ。私はグラニアですってば?」
「偽名だろう、にしてもなんでこんなこと。僕達を殺したかったとでも言うつもりじゃないんだろうね?」
「アモスデウスの方が偽名なんですけど…まぁいいや。貴方を試したかったんですよ、アイネさん」
「一体どういうことか説明してもらうよ。グラニア」
「はい♪わかりました」
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「…それで魔王が家臣に護衛を頼もうとしたところ、ダメだったと。にしてもなんで?全員死んだのかい」
「ブラックジョークですね、私はここにいますよー。…とまあ、腕が見込めてそして事情を知ってる貴方にお願いをしたいと…」
「あんな暴れミミズをけしかけて?下手したら取り返しのつかない事になってたんだけど、そこらへんわかってるかな?」
「う…それはもしもの事があったら私が助けに行こうと」
「もしかして、それでの通信機かい?あの子達には通ってもボクには通らないよ」
「いや、個人的にアキくんが気になって、男の娘って最高ですよ?」
「言ったのが君じゃなかったら引いてたところだよ。いいや、それでお願いって?」
「ええっと、その。その護衛をアイネさんに頼めないかな、と」
「まぁ…パーティになったんだし元からそのつもりだったんだけど。君が分かってないはずがないよね、ボクは今まで関わってきたパーティで犠牲者を出したことがないってさ、どうせ他にもあるんだろ?」
「流石、鋭いですね…その。大和大国にあの子達を連れて行ってくれないかと」
「あそこに?一体なんの関連性が」
「この住所にお願いしたいんですが…」
「サクマケ?なんか見覚えあるけど。分からないよ」
「とりあえず、そう言う事です!では!」
「あ、待って!」
そう叫んだが、もう既に気配は消えていた。
「はぁ…」
よく分からないが、何か途轍もない面倒ごとに巻き込まれてしまったのではとアイネは感じた。
そして住所の記載された紙、彼女が忘れて行ったのかわざと落とした物なのか。裏にはこう書かれていた。
「これは…『貴方の望みも叶えれるかもしれない』か。…わかったよ、できるだけやってみようじゃないか」
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「あ!アイネさんが戻ってきたよ!」
「本当ですか!?」
「おっす、お疲れさんだな」
「なんだ、ずいぶん軽いじゃないかネルくん」
「こっちにも経験値が入ってきてたからな、ホント一時期はどうなるかって心配してたんだぜ?」
「それはどーも。それじゃ行こうか」
「え、もう行くんですか?疲れたりとか、怪我してませんか?」
「そうだよ!あんな化け物が相手だったんだよ?」
「それが大丈夫なんだ、私そこそこ強いしね。さ、来ないと置いてっちゃうからね」
「ちょ、案内役は俺じゃねーか!」
「行きますから、ちょっと待って…」
アイネは考えた。
そうか、もしかしたら報われる時が遂に来るのかもしれないね。あの兄妹、やっぱりただの異世界人じゃあなさそうだ、こりゃ退屈しないね。私も、彼も。