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中編・短編作品集

ゼラニウム

作者: 文月 竜牙

 何の変哲もない少女だった。

 そう形容するのは私の主観であったが、眼に見える範囲で特筆する能力がないのも確かで、そういった意味では私はごく普通の少女であった。

 住宅街を歩いていると、突然、私の視界は赤い炎に染まった。爆音と熱風が頬を撫で、感じたことのない恐怖に本能レベルで怯えた。助けを求めて叫ぶものの、なぜか周りには人は愚か、動物すら存在せず、それに強い違和感と別種の恐怖を覚えた。カツカツと靴の音を立てながら、橙髪の美しい女性が歩いてきた。彼女は私を見ると、無邪気に口を歪めて笑った。


「運命の人――私のために死になさい」


 運命の人が何かは分からなかったけれど、死という言葉を理解できないほど幼くも愚かでもなく、私は必死に逃げ出した。不可視の刃が頬を切り裂いて、思わず悲鳴を上げた。


「助けて! 助けて!」


 意味がないとは幼心に分かっていた。それでも、叫ばずにはいられなかった。そして――



「もう大丈夫だよ、安心して」



 ――優しい、声が聞こえた。

 いつの間にか私の後ろに立っていた《あの人》は、どうやってか分からないけれど、私のことを護ってくれた。刃、炎も、決して私には届かなかった。


「僕はその為に力を付けたのだから」


 強い「想い」を感じた。

 感情の塊ともいえる何かはキラキラと輝いて、規則的な美しい文様を宙空に描き出し、それはあるいは防壁となり、あるいは砲弾となった。そうして、橙髪の女性と、私を守ってくれた《あの人》の力は拮抗した。暫くすると、突然、橙髪の女性は退却していった。

 私は安心して、ほっと息を吐き出した。

 炎が収まってから改めて《あの人》を見ると、その髪の色は赤ではなく、私と同じ淡いピンク色だった。少しでも遠くから見れば、銀髪に見える様な淡い髪色だ。《あの人》は前髪を掻き揚げて、笑顔を浮かべて私の頭を撫でてくれた。


「良かった、間に合った、僕」


 私の気持ちは高鳴った。といっても、幼心にもそれが恋と呼ばれるものではないのは分かって、この愛情に名前を付けるならば、憧れや尊敬がしっくり来た。

 ――この人に近づきたい、この人のようになりたい、私も誰かを守ることが出来たら。

 そう強く思ったのは初めてで、この出会いは私の運命を変える出来事で、理性よりも感情が勝っていた幼い私は、何も考えずに言葉が漏れ出た。


「どうすればあなたのように成れますか!?」


 《あの人》は驚いた様子もなく、私の言葉を受けて自然に微笑んだ。自分の首から金色のペンダントを外して私の首にかけると、優しい声で《あの人》は言った。


「僕は魔法使い。でも、貴女を傷つけた彼女も魔法使い。大切なのは自分がどう考えてどう動くか、じゃないかな。能力も、道具も、立場も、使う人次第なのだから」


 私はペンダントを握りしめて、強く頷いた。







 手に握る懐中時計の感覚が急速に現実味を帯びる。

 自分の頷きに合わせて懐かしい夢から覚めた僕は、ロッキングチェアに腰掛けていた。古書とインクの臭いを鼻腔いっぱいに吸い込んで、そこが自分自身の研究室であると再認識する。

 懐かしい夢は異様なほどに現実感があって、夢の中では忘れていた十数年分の記憶を取り戻して、自分の現実はここであると確信を持った。ゆっくりと揺れるロッキングチェアから立ち上がり、コーヒーを一杯入れた後、研究用のデスクに着いて解読中の魔導書を広げる。けれども、どうにも先程の夢が気になってしまい、研究を進めるには気分が乗らなかった。


 コーヒーの苦さに顔を顰める。美味しいとは言えないが、確実に目が覚めた。もう十分だと、角砂糖を三つほど放り込む。もう一口コーヒーを啜ると、今度は甘みもあって美味しかった。

 僕の首にかかっている懐中時計は、《あの人》に貰った金色のペンダントだ。何故《あの人》がこれをくれたのかは未だに分からないし、ずっと宝物として大切に肌身離さず持ってはいたが、懐中時計であると気が付いたのは、魔法使いになってからだった。けれども、針を見るために蓋を開くことが出来るのは、魔法使いだけであると知って、僕が魔法使いになったことを祝われているような気もした。


 全ては推論だ。僕はあの人のことなんて何も――それこそ名前すら――知らなくて、ただひたすらにあこがれ続けているだけなんだ。一人称もあの人と同じように「僕」に変えて、服装だって真似をしている。淡い記憶の中にある《あの人》に、姿だけでも近づこうとすることしか出来ていない僕に、祝われるだけの価値があるかすら自分では判断が付かない。

 それでも僕は《あの人》のようになりたいのだ。魔法使いになって、その力を正しく使いたいのだ。

 懐中時計を閉じると、丁寧に扱った甲斐があって未だに傷一つないその金色の蓋に、曲面によって歪んだ僕の顔が写り込む。外見だけとはいえ、髪の色のこともあって《あの人》にそっくりで嬉しくなった。


「ゼラニウム」


 不意に、低いけれど良く通る男声が僕の鼓膜を震わせた。僕は慌てて表情を無くし、抗議の言葉を投げつける。


「プライベートルームに入るときはノックをしてくれと言っているじゃあないか。それに、鍵は?」


「それはすまないと思っているが、鍵はかかっていなかった」


 僕は額に手を当てて天井を仰いだ。善性悪性問わず、目的の為には手段を択ばないことが多い、魔法使いたちの住む塔での生活に慣れてきたと思ったらこれだ。己の間抜けさを悲観しつつ笑うほかない。


「すまないと言っているじゃあないか」


 ルドベキアは肩を竦めた。

 しかし、彼が謝ったのは事実で、そうであれば僕は彼に強く出ることは出来ない。僕が魔法使いに憧れたのは《あの人》の影響であるが、実際に僕に魔法を教えてくれたのはルドベキアなのだから。

 彼は僕が《あの人》に憧れを抱いた幼い頃、魔法使いの偽名を名乗る慣習を知ってゼラニウムを名乗ろうと決めた頃、フラッと私の前に現れた。


『魔法使いになりたいのだろう?』


 彼は僕が魔法使いに憧れていたことを知っているようであった。幼かった当時の僕は疑うことを知らずに、魔法使いになりたい一心で首を縦に振った。その選択は正解だった。存在こそ知られていたものの、一般的に学ぶことが出来るとは言えなかった魔法を、彼は丁寧に教えてくれた。当時から彼はルドベキアだったし、僕はゼラニウムであったから、お互いに本名を知らないが、それでも充分であった。

 そして、魔法を学び成人した僕は、数年前から彼の誘いでこの塔に住んでいる。僕が「僕」と名乗り始めたのもその頃だ。ルドベキアは当時から、リリィと名乗る金髪の女性魔法使いと仲が悪かった。

 きっと、今日部屋に乗り込んできてまで僕を呼びに来たのは、リリィと二人きりになりたくなかったからに違いない。彼が私を呼ぶときは高確率でそうなのだ。この塔には何人もの魔法使いがいるが、この二人ほど仲が悪い組み合わせはない。嫌ならば自室にこもっていれば良いのに、どちらも相手が消えれば良いとばかりだ。その癖、二人きりにはなりたがらないのだけれど。


「……興も削がれたし、食事にする」


「すまないな、僕も付き合おう」


 まったくすまないとは思っていなさそうな口調で、ルドベキアはそう言った。睨みつけるのだが、彼は僕に睨まれたところで怖くはないと、表情だけで雄弁に語っていた。

 扉を開けて廊下に出て、螺旋階段を下った先に共用のスペースがある。中心に円卓があり、その椅子だけは規則的に並んでいる。円卓以外は乱雑で、ソファがあり、丸椅子があり、木材を積んだだけの机とも椅子とも取れぬ何かがあったりする。

 三つあるソファの中の一つに、金髪の少女が腰掛けていた。それ以外に人はいない。彼女リリィは私の目を見て頬を柔らかく緩め、すぐ後ろにいる男の目を見て不快そうに目を伏せた。ルドベキアの方に目を向けると、彼は対照的にリリィのことを強く睨んでいた。


 本当に、何が二人をそこまで対立させるのだろうか。いや、表面的な原因は分かっている。ルドベキアの極めた魔術――未来と過去を見通す眼――だ。

 ルドベキアがリリィの未来か過去を見て、なにか悪いものがあったのかもしれない。ルドベキアの掲げる目標は「正義」であり、リリィの掲げる目標は「無垢」である。正義とは主観的なものであるし、無垢もまた主観的なものであるから、彼らの中で何かしらが対立してもおかしくはない。二人とも何も語ってくれないけれど。


「やあ、リリィ。ごきげんよう」


「貴女も中々に皮肉屋ね、ゼラニウム。でも、貴女に会えたのならばプラスマイナスゼロかしら」


「そう? なら嬉しいかな」


「疑ってるの? 本当よ、貴女は運命の人だもの」


「それは……」


 冗談だと分かっていても、思わず顔が熱くなる。


「ふふ、初心ね」


 リリィは僕の顔を覗き込んで、無邪気な表情でクスクスと笑った。見た目だけで言えば今の僕より年下なのに、魔法使いの外見は当てにならないものであると再認識させられる。


「分かっているじゃあないか、格好つけていても、ゼラニウムはまだ綺麗なんだ」


 ドスの効いた声が共用スペースを貫いた。

 ルドベキアはフードを脱いで、男性にしては長い茶髪が肩に流れる。先程睨んでいた時よりも目を細め、リリィのことを正面から視線で射貫く。リリィは一瞬身を竦めたものの、ソファから気怠そうに立ち上がり、ドレスの裾を直しながらルドベキアのことを睨み返した。


「保護者気取りは過保護ね」


「失せろと直接言わないと分からないか?」


「後から来たくせに顔がでかいわ」


 お互いに纏っているものは、明確な敵意であった。殺意にまではなっていないが、それもきっと場所を考慮してのことで、相手を消せる状況下であれば、「意」では済まないかもしれない緊迫感がある。それを間近で感じることになった僕は相当なとばっちりだ。

 そもそも、魔法使いの力の本質は「願いを叶えること」である。

 もちろん無条件で叶えられるものではなく、世界を大きく変えるものほど、大きな犠牲・代償を必要とする。多くの場合は魔力――魔法を使うための力――と呼ばれるエネルギーを代償として魔法を使うが、それも最も安価な代償というだけであって、第一に魔力を作るために健康を犠牲にしているのだ。例えば特殊な呼吸法や、極めた者になれば心臓の動きすら変えて魔力を作るという。体を壊して当然だ。


 彼らの敵意は一種の願いであって、お互いのもので打ち消されてはいるが、どちらかが押し負ければ一時的に体調を崩すくらいのことはあるだろう。僕は対象ではないので敵意を浴びても実害はないが、感情の波のようなものは感じるので、気持ちの良いものではない。

 対立に関わりたくはないと思うが、僕はどちらとも仲が良いし、特にルドベキアは僕の師匠でもある。いい加減に辟易して、仲裁に入ろうとしたとき、脈絡もなく一つの扉が開いた。


「ただいまー!」


 元気のよい声を上げて入室してきた少女は、部屋の空気を察すると、青い髪を揺らして首を傾げた。


「むむ、ルドベキアとリリィが喧嘩をしていない? ……いや、ゼラニウムの顔を見るに、さっきまで争っていてゼラニウムを困らせていたのだね。二人の喧嘩を止めるなど、まさに奇跡の顕現。ブルー・ローズたる私の悲願! さっすが私!」


 外見だけで言えば誰よりも若く、しかしこの塔の最古参でもあるというブルー・ローズは、外見相応に邪気のない笑みを浮かべた。

 ルドベキアもリリィも莫迦らしくなったようだった。それもそうだ、第三者であった僕でさえ莫迦らしくなったのだから。特にリリィは溜息を吐き、こめかみに手を当てて、首を横に振った。


「悪かったわ、ゼラニウム」


 一言、僕にだけ謝罪の言葉を残すと、彼女は自分の部屋に引き上げていった。ルドベキアは鼻を鳴らしたが、先ほどのように強い敵意を向ける気にはなれないようであった。興がそがれた、というのはこういうことを言うのかもしれない。といっても、完全に無視できるというわけでもないようだが。

 ブルー・ローズはそれら一連のことを気にした風もなく、僕の顔を覗き込んで、興味深そうに視線を少しづつ落としていった。そして、僕の首にかかる懐中時計を見て、目を丸くした。


「君をまじまじと見るのは初めてであったけれど、私はどうして見落としていたのだろう……。ゼラニウム、君のそれは、いったいどこで?」


「え、ああ、昔、ある人に貰った。僕の憧れだが、名前も分からない」


「それは神の祝福そのものだ。ブルー・ローズの私が言うのだから間違いない」


 幼い顔には似合わない、魔法使い的な真剣な声と表情で彼女は言った。すぐ隣で、ルドベキアが息を呑むのが聞こえる。僕は返事を返す事が出来なかった。




 ブルー・ローズに神の祝福だといわれたその日、僕はその懐中時計を眺めていた。

 この懐中時計は、確かに不思議なものであった。丁寧に扱っていたとはいえ美しく輝き、一度の調節もしていないのに秒針まで正確な時間を刻み続けている。幾何学的な文様が魔法的な意味を持つことは、魔法を学び始めてからは理解していたが、それはあくまでも表面的な事象に過ぎないはずであった。正しいプロセスを踏んでも、強い願いと、何らかの代償が必要なのが魔法である。

 《あの人》が懐中時計に魔法をかけたのだとしても、わざわざ針が動くだけのものを魔法で作る必要がわからない。そんなことに、こんな長期間続く願いをかけられるとは思わない。


 だとしたら、代償として針が動いているのかもしれない。代償の一部として、針が強制的に回っているのかもしれない。時計だとすれば時間に関わる魔法を使ったのだろう。この場合の代償は、反動というか反作用というか、そういったものになる。だから、時計が正確に進んでいるのならば、時間を逆行するような魔法だろうか。本当にそうならば、確かに間違いなく神の祝福だ。

 だとしたら、もしかして。――答えが喉元まで出かけた時、扉をノックする音が聞こえた。僕は魔力を代償に扉の鍵を開けるように願った。極低レベルな魔法によって鍵が開く。今度はしっかりとノックをしたルドベキアは、少しばかり焦った調子で言葉を紡いだ。


「ゼラニウム、何事も無いか? よし、お前の悲願を叶えるならば今ではないか!」


 突然そんなことを言われても、理解が出来るはずがなかった。首を傾げるとルドベキアはじれったそうに頭を掻き毟り、足を鳴らした。


「俺は、お前のことが見えない。ごく幼い頃と、明日より先は見えるけれど、ある日から今日までのお前のことを見ることが出来ない。――だからこそお前に興味を持って、お前のことを『直接に見ていた』のだが、ようやくその理由が推測出来た!」


 理解できていない僕を置いて、ルドベキアは勝手に興奮して語る。


「お前は、二人いる!」


「ちょっと待って、一体どういうこと!?」


「その懐中時計に込められた力さ。勿論、それはプロセスだけで、代償はお前が払うのだが。さて、御託は良い、敵が来る前に願え!」


 先程の自分の思考とルドベキアの言葉が繋がった。きっと僕は、「《あの人》に成れた」のだ。でも、分からないことがある、敵っていったい誰なんだ。


「行けば分かるだろう? 俺には未来の炎が見えているんだ、その先の勝利もな。勝利の為にも飛んでくれ」


 ルドベキアは、真剣な声で言いながらも、表情は柔らかく微笑んだ。それに僕はどうしようもなく安心しきって、懐中時計を握りしめて笑顔を返した。

 僕は《あの人》になるんだ。

 代償は、今日までに築いてきた、自分自身の歴史を。

 「僕」は「私」を救う為に。

 視界が少しぶれて、炎の赤が僅かに見えて、自分自身も見えた。







「やあ、ゼラニウム。君に神の祝福を」


 先程と同じ場所で、私の私物だけがない同じ場所で、ルドベキアの代わりに立っていたブルー・ローズは、相変わらずの幼い少女の姿のままに柔らかい笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ、急ぐと良い。私はあくまでもブルー・ローズでしかない。けれど君は、君のゼラニウムなのだから!」


 全てが繋がったような気がした。

 僕は頷きだけを返して、あの日の場所に向かって駆けだした。扉を開けて、階段を駆け下りる。途中でルドベキアとすれ違ったけれど、彼はいつもの親しみのある視線ではなく、侵入者を見たときの視線を僕に向けた。当たり前だ。僕は過去へ飛んだのだ。あの日までに築いた全ての繋がりは、まだ築かれてすらいないのだ。

 けれど、構うものか。僕は憧れ(ゼラニウム)の《あの人》になると、ゼラニウムを名乗る者だ。




 本当に何でもない住宅街。そんなところを「私」はあまりにも無防備に歩いていた。いや、無防備に歩けるのがその日までは普通だったのだ。

 そんな「私」を逃がさないために、魔法で作られた炎の壁が隙間なく覆った。思えば、その後の火事などがなかったのは、燃やすことが目的ではなかったからだろう。

 僕は「私」を助けるために、憧れの《あの人》になることを願った。炎の壁に突っ込んでも、魔力を対価に無傷で、檻の中に入ることが出来た。


「運命の人――私のために死になさい」


 僕に相対するように「私」に近づいてくるその人影は、今の私にとっては見覚えのある人物だった。炎によって橙に輝く金髪の少女は、リリィその人であった。

 ルドベキアとリリィの仲が悪かった理由が、思いがけずに分かって、自分の中でストンと何かが落ちる音がした。金髪の彼女は、リリィはリリィでもイエロー・リリィだ。偽りを司るイエロー・リリィであったのだ。

 不思議にも抵抗感はなかった。それ以上に僕は、自分自身がゼラニウムであることに興奮していたのだろう。


「もう大丈夫だよ、安心して」


 優しく語りかけた。あの日の「私」が聞いたあの声のままに。

 魔力をどんどんと消費して、目いっぱいに防壁を展開する。憧れに自分自身が重なる。


「僕はその為に力を付けたのだから」


 過去に、未来に、自分自身に対して色々な思いがあるけれど、私は理想の自分になりたかったのだ。まだ足りない、もっと強く強く守る力を。僕はゼラニウムなのだから!

 想いは形になって美しい魔法陣を紡ぎあげる。それは時に盾となり、時に槍となり、「私」と僕を護り抜く。思ったよりも苦しいけれど、イエロー・リリィは僕以上に辛そうな表情をしているのが見える。どちらもゼラニウムになって分かったことだ。

 優勢気味に拮抗すること暫く、相対する彼女は悔しそうな表情を浮かべて、私を見て驚いたような表情を浮かべて、逃げるように退却していった。私は小さく息を吐いた。

 邪魔な前髪を掻き揚げて、自分の目的が果たせたことを確認するように、僕は「私」の頭を撫でた。


「良かった、間に合った、僕」


 「私」は息を呑んで、感情を吐き出すように僕に言った。


「どうすればあなたのように成れますか!?」


 自分自身の経験した問答であるから、僕はそれに落ち着いて答えることが出来た。自分の首から懐中時計を外して、「私」の首にそれをかけて、優しく微笑んだ。

「僕は魔法使い。でも、貴女を傷つけた彼女も魔法使い。大切なのは自分がどう考えてどう動くか、じゃないかな。能力も、道具も、立場も、使う人次第なのだから」

 「私」は懐中時計を握りしめて、強く頷いた。







 ルドベキアによって私が観測出来るようになった数分後、二度目の襲撃に対して、私は微笑んだ。

 青年は頬を緩め、偽りの友情を育んだ相手は頬を引き攣らせた。



「私はゼラニウム。自分自身にとってのゼラニウムなのだから!」




〈了〉

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法使いを題材にしたお話はいくつもありますが、この作品は読んでいると神秘的、摩訶不思議な気分になりました。 その原因として考えられるのが、彼らの魔法使いとしての名前は全て花の意味に込められ…
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