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再婚

 イーグルが領地へ引き籠って二年が経過した。アイリスは八歳、相変わらず王都のヘイズ邸に通っており、フォーンと一緒に、五匹の犬達を構い倒し遊んでいた。アイリスの生活の中で変わった事と言えば、父親のバード=ペイトン伯爵が再婚した事ぐらいだ。




「え?じゃあ半年もすれば赤ちゃんが生まれるの?」

「うん、そうなの。あまり見た目は変わらないんだけど触らせて貰うと、こう……プクッとオレアのお腹が膨らんでいてね……オレアってとっても細い体をしているでしょ?だから見ていて本当に不思議なんだ。それに面白いのよ、大人なのにベロニカから『もっと食べなさい!』って怒られちゃうの」




 ベロニカとはペイトン家の古参の侍女だ。彼女はアイリスが生まれる前からペイトン家に従っており、幼いアイリスの面倒を見てくれた。つまりベロニカは言わばアイリスの母親代わり、いや年齢的にはむしろ『祖母代わり』と言った方が適当だろう。彼女はアイリスが徐々に手が掛からなくなって幾分手持無沙汰な様子であったが、バードの元部下であるオレアが嫁いできてからは、何やら生き生きとし始めている。

 騎士となった父が一代限りの男爵位を賜ったので、オレアは一応男爵令嬢だと言える。だが社交などにほとんど興味を示さず仕事ばかりして来た為、貴族令嬢としての慣習や礼儀作法にかなり疎いそうだ。


「オレアって元は平民なんだよね?」

「そうなの。それに仕事ばかりしていて、社交とか刺繍とか苦手らしくて。ベロニカは張り切ってオレアの面倒を見ているのよ」

「だからここにも遊びに来やすくなったんだね」

「そう言うこと!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 以前はヘイズ邸に入り浸る時間が長くなると、ベロニカにお小言を言われたものだ。オレアが嫁いできてからは、ベロニカの関心が一心に伯爵夫人初心者であるオレアに注がれるようになった。お陰でヘイズ邸に長居してもお小言を言われずに済むようになったのだ。




 犬達とたっぷり遊んで身なりを整え、そんなふうに近況報告を交わしながら二人はテラスに移りアイリスの持参したお菓子でお茶を楽しんでいる。アイリスは簡素なドレス姿だ。ヘイズ邸の客室にある浴槽で湯を用意して貰って、若い侍女の手を借りて身なりを整えてからゆっくりお茶とお菓子を楽しむのが、今ではフォーンとアイリスの習わしとなった。


 湯を借りられるようになったのは、薄汚れた男装を見咎めたバードがディアに相談を持ち掛けたからだ。フォーンの母親は遠く離れた領地におり、アイリスにはずっと母親と呼べる存在がいなかった。父親達は多忙を極めていたので、跡取り息子と跡取り娘の遊びを厳しい目で指導する者も無く二人は比較的自由に交流していたのだが―――あれ以来、バードによってアイリスの訪問も週二回に限定される事となった。

 フォーンも十歳になれば全寮制の王立学院に入学し、騎士を目指す勉強を始める事となる。ディアもその準備の為息子の勉強時間を確保したいと考えていたようだ。


「でも来年の春には……フォーンは寮に入っちゃうのね」

「アイリス……」


 カップを手に溜息を吐くアイリスを見て、フォーンは指摘した。


「僕に会えないのが寂しいんじゃなくて、カムイ達に会えないのが寂しいんじゃないの?」

「うっ……だから……違うわよ。勿論カムイ達と遊べなくなるのは寂しいけど、フォーンに会えなくなるのも!寂しいわよ、当然よ!」


 アイリスはプッと頬を膨らませてフォーンを睨みつけた。その視線の先で美しい眉を顰めるフォーンは相変わらず美少女のようだ。

 肩に下ろしたふわふわの赤毛を片手でいじりながら、アイリスは拗ねるように言った。


「フォーンはきっと私の事なんか忘れちゃうわよね。だって六年も寮で暮らすのでしょう?」

「休みには帰って来るさ」


 確かに休みには帰って来るだろう。だけどフォーンは綺麗だし優しいし、きっと新しい場所で新しい友達がたくさんできる筈だ。そしたら楽しくなってしまって、なかなか帰って来なくなるかもしれない。


「寮で出来たお友達と遊ぶのに夢中で、帰って来ないかも」

「帰って来るよ、それでアイリスに会いに来る。友達とアイリスは違うから。だってアイリスは―――僕の結婚相手だからね?」


 だけどアイリスは知ってしまったのだ。オレアと出会って、そのサッパリとした気性とアイリスと色合いは違うものの同じような赤系の髪色に親近感を抱き、二人はすぐに打ち解けた。オレアがペイトン家に嫁いで来る事になって、それを一番喜んだのは何を隠そうアイリスだった。忙しい父がいない朝も夜も、オレアと一緒におしゃべりをしながら食卓を囲むことが出来て楽しかった。それでアイリスはオレアに打ち明けたのだ「私も将来フォーンと結婚するのよ」と。


「でも私達、それぞれ家督を継がなきゃならないから……」


 ショボン、と肩を落とすアイリスの頭にフォーンは手を伸ばした。

 優しく頭を撫で、それからスルリと肩に落ちた赤い毛束を手に取り、軽く口付けを落とす。その仕草にびっくりしたように顔を上げたアイリスの緑色の瞳を、水色の瞳がジッと覗き込んだ。


「オレアが弟を産んでくれるでしょう?―――そしたらアイリスはここに嫁いで来れるよね?」

「あっ……でも、オレアは自分が男の子を産んでも、家督を継ぐのは私なんだって言っていたわ」


 アイリスの無邪気な宣言に、オレアは咄嗟にそう返してしまったのだ。アイリスの眉がこれ以上なく下がるのを見て、慌ててその場を誤魔化し話題を変えたのだが―――アイリスはフォーンとの結婚の約束が、もともと実現不可能なものだとその時初めて気が付いたのだ。


 フォーンは整った眉を顰めて、思慮深げに呟いた。


「それは……きっと、オレアはオレアで遠慮しているんじゃないか?彼女はもともと平民でしょう?アイリスのお母様は生粋の貴族だったから、自分の子供よりアイリスの方に家督を譲るべきだって考えているんじゃないかな?」

「あっ……」


 そう言われれば、そうかもしれないと、彼女は納得した。そうしてこれまでの彼女の態度を思い起こす。


もともとアイリスは、オレアが自分の父を好きなんじゃないかと感じていた。ちょっとしたパーティで顔を合わせた時にいつもアイリスを構ってくれるクールなお姉さんが、アイリスの父バードと話してい様子を見ていて、ピンと来た事が何度もあったのだ。

だけど今思うと……彼女は身分の事で遠慮していたのかもしれない。バードとの再婚にはかなり躊躇していたそうだ。父親にそう聞かされた時、アイリスは単純にどうしてなのだろう?オレアがペイトン家に来てくれたらお父様だけじゃなく、私も皆も大歓迎するのに……!と首を傾げただけだったが。


 フォーンの指摘で、アイリスはやっとオレアの言葉の意味に気が付いた。フォーンは正解を導き出した生徒を見守る教師のように微笑んで諭すように言う。


「でもきっとバード様は、産まれた子供が男の子だったらその子に家督を継がせると思うんだよね。そしたら、アイリスは約束通り僕の所に嫁げば良い」

「……うん!」


 今度こそ満面の笑みで応えるアイリスに、フォーンは頷きを返した。


 しかしペイトン邸に帰ったアイリスが義母に向かって無茶な要望を付き付け困らせるとまでは予想していなかった。




「オレア、絶対男の子を産んでね!」

「ええ?!そんなの、分からないわよ」

「そうなの?」

「選べないものなのよ。生まれてくるまで分からないわ」

「じゃあ、この子が女の子だったら―――すぐもう一人産んでね!男の子が生まれるまで頑張って!」

「えええ?!」




真っ赤になったり青くなったりしながら、義娘の明け透けな要求に慌てたオレアだったが―――結局半年後、その要求通り玉のような男の子を産んで、彼女を喜ばせる事となったのであった。


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