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フォーンとイーグル

 ペイトン家から馬を飛ばしヘイズ家に取って返したイーグルは、既に王宮に戻ったディアに向けて手紙をしたためた。内容はアイリスとの婚姻と諸々の手続きを任せる旨の指示。そしてそれに伴い王都の屋敷を引き払い領地の山城に居を移すこと。犬達とゴート、それから炊事場で働いているゴートの妻サルビアを連れて行くこと―――を書き添え使用人に託して王宮のディアのもとへと急ぎ走らせた。


 そしてイーグルは手紙を託したその足で、私室に籠っているフォーンのもとを訪れた。一月が経過して、イーグル当人が孫に容赦なく与えた打撲や打ち身はほとんど治っているようだ。ただ不用意に出歩いて噂を助長したりアシュリー家から接触されても困ると言うことで、病気を理由にヘイズ家に留まらせ、学院は休学扱いにしていた。フォーンは敷地内で時折剣を振るったり走ったり体を鍛え直しているらしい。そして体力を取り戻す活動の他は、部屋に籠って勉強を自主的に進めているようだった。




「フォーン、入るぞ」




 ノックをしたが、返事がない。それを了承と受け取ってイーグルは扉を開けて薄暗い部屋へと踏み込んだ。部屋全体の照らすランプの他、机の前の物が一つだけ灯っている。何か読んでいたのかフォーンが机の傍でこちらを向いて立ち上がっていた。精悍な顔にはもう殴られた腫れも痣も付いていない。イーグルの目から見ても、傷はすっかり癒えたように見えた。


「今、いいか」

「はい」


 しっかりとした返事に、イーグルは頷いて手前にある長椅子に腰掛ける。フォーンにも目線で座るように指示を出す。そしてフォーンが向いの一人掛けの椅子に座ったのを確認して口を開いた。




「結婚することになった」

「は……」




 微かに息を吐いて視線を落とし、フォーンは諦めたように頷いた。


「アシュリー家と話が纏まったのですか」


 フォーンはこれまでローズとの関係を否定しないものの、積極的に自分達の処遇について口を開く事は無かった。拗れたままの関係から背を向けるように、ただ下知を待つ臣下のように当主であるディアの決定を待っていた。ローズの妊娠については先日ディアから直接話があった時、僅かに目を見開いたものの「そうですか」とだけ答えたのだと言う。


「いや、それはディアに任せている。まぁ、あちこちで噂を撒き散らしているようだな。外堀を埋めようと必死なんだろう―――ブンブン羽音が煩くなってかなわん。迷惑を被る人間がいるかどうかなどお構いなしだ。……だから煩い虫は俺が握りつぶす事に、決めた」

「―――」


 フォーンは俯きがちな視線を上げて、イーグルを見つめた。その問いかけるような視線は誰を心配したものなのか?イーグルは首を傾けてフォーンを睥睨した。


「放って置くつもりだったんだがな。ローズとか言う娘の妊娠についてまで言いふらされて、アイリスは今女学院で良いツラの皮だ。黙って大人しくしていればこのまま見逃してやろうと思っていたのだがな」


 散髪を怠っている為か長めに落ちる前髪の間から、ギュッと寄せられた眉根を目にしてイーグルは溜息を吐いた。


「余計な真似ばかりするアシュリーだとか言う奴等については、いずれディアと打ち合わせて片付けねばなるまいな……お前とあの娘の事に関しては更に色々と整理が必要だろう―――その事は後回しだ。今言った『結婚』というのは、俺とアイリスの話だ」

「え……」


 水色の双眸が、驚きに一瞬丸く見開かれた。


「仕方あるまい、お前はアイリスを放り出した。だから―――俺が拾ったというだけの話だ」

「……っ」

「何が言いたい」

「その……」


 膝の上で痛いほど握り込まれた拳を見ながら、長椅子に尊大に背を預けイーグルはフォーンを追い詰めた。イーグルに追い込まれた人間はほとんどが怯えを見せるものだが、あれほど痛い目に合ったというのにフォーンは恐怖より何より気になることがあるようで、戸惑うように視線を彷徨わせた。


「アイリスは……何と?……その、彼女にはもっと良い相手がいるのでは無いですか?」


 イーグル=ヘイズを目の前に、まるでアイリスの相手には不足があると言いたげな言葉を口にするフォーンは、明らかに畏れを忘れているようだった。それは祖父と孫、という親しい間柄に甘えたものではないのは明らかだった。フォーンはアイリスとの婚約を無かったことにすると口にした時から、家族と一線を画す態度を崩さないようになったのだ。純粋にアイリスを心配するような口調にイーグルは目を細めた。


「『俺』じゃ不足か」

「……もっと年も近い、良い方がいるかと思います」


 真顔でそう言われてしまっては、イーグルは笑うしかない。


「ハハ、正直だな。それには俺も同意見だ。勿論そのつもりでディアとバードで縁談を勧めようとしたらしいが―――アイリスが頷かなくてな。と言うか出家するとまで言い出して、バードと大喧嘩したそうだ」

「何故……そんなに酷い相手を勧めたのですか?」


 何故か怒ったような表情のフォーンに、イーグルはまたしても笑ってしまう。


「お前には関係ない事だろう」

「関係は……!……ありません……が」


 思わず立ち上がり掛けて、ハッと気が付いたように顔を歪め再び腰を下ろす。フォーンは俯き堪えるように、眉根を寄せた。イーグルは窘めるように補足する。


「勿論十分吟味した相手だ。おそらくお前よりずっとアイリスには条件の良い相手だったと思うがな、俺から見たとしても」

「……」

「ただアイリスは―――やはりお前じゃなきゃ駄目だったのだろう。ヘイズ家じゃない家に嫁ぐことを、どうしても受け入れられなかったようだ」

「それは……今はそうかもしれませんが……アイリスも落ち着けば考えも変わると思います」

「俺もそう思う」


 ハッとフォーンは顔を上げた。


「今はショックで混乱しておるがな。お前がとんでもない事をしでかした所為だ。他に幾らでもやりようがあったろうに」

「……」

「アイリスは頑なになってしまっている。だから俺が犬達ごと領地へ連れて行くことにした。あそこならアイリスを傷つける輩も近づかせずに済む。ついでに幾つか俺の持ち分を慰謝料代わりに形見分けしてやろうかと思っている」

「アイリスは……了承したんですか?」

「ああ」


 フォーンは葛藤を抱えているように見えた。

 ここが押し時かと、イーグルは最後の機会(チャンス)を彼に与える事にした。




「お前は良いのか?」

「……え……」




 キョトン、とフォーンは言われている意味を捕らえかねるように戸惑った表情を浮かべた。




「『お前は俺とアイリスの結婚を認めるのか?』と言っているんだ。不祥事くらい握りつぶす事は幾らでも出来る。勿論お前もヘイズ家もアイリスも誹りを免れはしないがな。しかし泥を被っても守りたいものがあるなら、致し方ない。一体何を気にしているんだ?そもそもヘイズ家一つ潰れたって痛くも痒くもないだろう、もう戦争は終わったんだ。どの家が台頭しようが王家の体面が保てれば良い。……ディアは苦い顔をするだろうがな。要は大事なのは―――『何を選択して何を切り捨てるか』―――男なら、腹を決める事だ。お前はこの先『アイリス』を必要としないのか?もし必要なら……これが最後のチャンスだろう」

「―――」




 フォーンは目を見開き、イーグルの藍色の瞳を見つめ返した。




 イーグルもヒタリとその視線を受け止める。フォーンの瞳は不安気に揺れる事も、イーグルの鋭い眼光に怯む様子も無かった。ただ薄く……透き通るような瞳には一種の諦めの色が滲んでいるように見えた。それはイーグルの錯覚なのかもしれないが。


 数秒間、水色の瞳と藍色の瞳がピタリと絡み合い―――そしてスッと外された。




「俺には……無理です」

「アイリスより、あの娘の方が大事なのか?」

「……そう考えていただいて……構いません」

「残念だ」




 そう言い捨てて、イーグルは席を立ち部屋を出た。

 残されたフォーンはその場所で苦し気に瞳を閉じ、額に手を当て溜息を吐き俯いたのだった。

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