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告白

「アイリス……」




 イーグルの胸にはアイリスに伝えるべき言葉が浮かばない。それは無理もなかった。彼にとっては恋愛などとは些末なことだった。恋だの愛だの、と言った話題で浮かれたり落ち込んだりする気持ちが全く理解できないのだ。それよりも大事なことなど、世の中にはごまんと存在する。


 イーグルはこれまでの人生で、恋と言うものを経験したことが無い。


 アイビーは良い妻であったが、イーグルを重用していた先の国王に勧められるまま娶った国王派の由緒ある侯爵家の娘で、つまり何処にでもある一般的な政略結婚だった。それでも夫婦仲は良好だったと言えるだろう。戦に明け暮れていてほとんど屋敷を不在にしている夫を、真面目で謙虚な性質のアイビーは文句も言わずに支え、ヘイズ家の為に尽くしてくれたのだ。イーグルはそんな彼女を尊敬していた。だからこそ彼女が自分を慮って自らの体調不良を隠していたことを知って、これまでの彼女の献身と自らの怠慢に心を痛め、その他の一切を切り捨てて領地に引き籠る事を選択したのだった。


 だからイーグルには全く理解できなかった。


 フォーンが大事にしていた家族同然のアイリスを裏切るような真似をしたことも、アイリスがフォーンの為にこれほどまで激しく胸を痛めていることも。


 ただ目の前にいる、ほんの小さな幼子の頃から知っている孫とも思う少女が悲しんでいる様子を目にしショックを受けていた。それと同時に少女の気持ちを踏み躙るような真似をしたアシュリー男爵家の連中に腹立たしさを抱いた。


 フォーンとローズの間の事は、理解しがたくはあるが仕方の無いことと納得せざるを得なかった。イーグルには全く縁の無いことだが、愛だの恋だので身代さえ持ち崩す人間がいるのは事実だったからだ。


 しかしそれに便乗して、余計な噂を流したであろうアシュリー家には我慢ならない。外堀を埋めるのではなく、もっと誠心誠意二人の仲を後押ししても良かった筈だ。その所為で余計な涙をアイリスが流す事になったのだと思うと、(はらわた)が煮えくり返るような気がした。

 あるいはローズ自身も、それに加担しているかもしれない。が―――イーグルは身重の少女を攻撃するような気持ちにはなれなかった。出産は命がけだからだ。伊達や酔狂で出来る事ではない。それは戦場に赴く兵士を罵倒する行為にも似ていると、彼は思うのだ。


 言葉を失うイーグルの前で、アイリスは血の気の引いた白い顔を一層青白くして、震える唇から言葉を零した。




「私が……恋をしてしまったから……」




 そして再び口を噤む。それは擦れていて、とても小さな声だったのでイーグルは言葉を聞き取る事が出来なかった。


「アイリス?」

「私―――私が悪いんです」

「何を言っているんだ?」

「私が……『ここで暮らしたい』って、フォーンやイーグル様、カムイ達と一緒にいたいってそう言ったから。……だからフォーンは。フォーンは優しいから、私に『結婚すれば良い』って言ってくれたんです」


 震える声で、しかし今度はハッキリと明瞭に彼女は目の前の相手に自分の言葉を伝えようとしている。けれども言葉は聞き取れたとしても、それを受け取った側のイーグルには全くその内容は理解できない。


「お前が、悪いわけはなかろう」


 幼いアイリスは希望を口にしたかもしれない。そしてそれを叶えようとフォーンは考えたのかもしれない。だからと言って男が一度口に出した約束を撤回する言い訳にはならない。それをアイリスの所為にして責任転嫁をすることなどあり得ない。だからこの件に関してフォーンが悪いのだ。それは明確な事実だった。


 憮然として腕を組むイーグルを前に、アイリスは首をフルフルと振った。


「違うんです」


 膝の上でギュッとズボンを握りしめ、顔を伏せる。




「私―――ローズの気持ちに気が付いていたんです。最初は小さな興味だったかもしれない。だけどフォーンに会うたび……彼女がフォーンに惹かれて行くのを感じていた。なのに彼女がフォーンに近付こうとするのを、私はきっぱり拒絶しなかったんです」




 それはアイリスの、振り絞るような後悔の告白だった。

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