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ナラの木

「アイリス」




 イーグルは思わず立ち上がった。わふん!と如何にも嬉しげに一声鳴いてカムイが駆け出す。一番にアイリスの気配に気が付いたのはカムイだった。カムイがピン!と耳を立て気配を探っている様子を目にし、ゴートが林の方に視線を向けたのだった。


 カムイに続いて次々と残りの犬達が、立ち上がり後を追い始める。


 アイリスは向かって来るカムイと引き合う糸で繋がっているかのように、ふらふらと身を隠していたであろう(ナラ)の幹の後ろから踏み出した。




「ウォン!」




 そのアイリスの華奢な体に―――同じ年頃の少女の平均よりは背も高く、しっかりした体つきではあるが―――カムイが勢いを付けて飛び付いた。


「カムイ!待って……わぷ」


 アイリスは圧し掛かられ尻餅をつき、顔じゅうを舐め回されている。そこへジョンとミラ、マルとムイが群がり、さながらアイリスは狼の群れに投げ込まれた肉の塊のように、黒い犬達に囲まれ寄ってたかって舐められたり鼻で突かれたりしていた。遠くから見るとまるで彼女を中心とした犬団子、と言った様相だ。一番熱心だったのは、いつもアイリスと一緒だった年少のカムイだ。グルングルンと回る尻尾が、その大きな喜びと興奮を表している。


「皆、待っ……わっ……!」


 グイッと逃れようと突き出した腕を取られ、助け出された。漸く大地に両足をつく事が出来たアイリスが自分の手をしっかりと掴む大きな手の主を見上げる。


「あっ……その……」

「報せずに来たのか?」


 彼女を見下ろすイーグルの目が細められ、その手に力が籠った。


「ゴメンなさい……私が勝手に……」


 と言っても、彼女は屋敷を守る護衛や使用人には挨拶をしていた。ペイトン家の者達の目を盗み、ヘイズ家の主だった者に来訪を告げていなかったというだけで。

 いつもそのように出入りする事を許されていたから、彼等はそれを咎めはしなかったのだ。しかし婚約が無かった事になってしまった今となっては、そんな言い訳が通る筈もない。アイリスは自分を素通りさせた者達が叱られやしまいかと、青くなる。



 けれども次の瞬間、すっぽりと彼女は大きな腕に抱き締められていた。





「よく来た」




 抱き込んで来る体から響くような、柔らかく優しい声音にアイリスの全身から、力が抜ける。途端にブワッとアイリスの瞳から涙が零れ落ちた。




「うっ……イーグルさまぁ……」




 発した言葉は嗚咽に飲み込まれた。そうして暫くの間イーグル=ヘイズは少女を思うまま泣かせることにして、そのまま抱き留める。アイリスの細い腕がおずおずとイーグルの胴に回され、その上着をギュッと掴んだ。まるで振り払われるのを恐れるかのように。


 その様子を犬達は不思議そうに首を上げて眺め、その後ろで見守っていたゴートはもらい泣きしてしまい、すっかり白くなってしまった睫毛を涙で濡らしたのである。

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