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婚約解消

 緑色の瞳から、つーっと涙が零れ落ちる。




「その……正式な婚約では無かったから、君に傷は何一つ付かない。今後の縁談には支障が無いと思う。フォーンよりずっと条件の良い男をバードと私で必ず見つけるから……」




 微笑を湛えたまま躊躇無く政敵を切り捨てることが出来るディアだったが、幼い頃からヘイズ家に通って来た娘のように大事に思って来たアイリスの涙には、流石に動揺を抑えきれない。

 ヘイズ家は男系で、女の子が生まれにくい。その為ディアの兄弟も従兄も身近な親族はほぼ男ばかりだった。いつでも元気いっぱいのアイリスは、岩場ばかりの場所に僅かに残る土の上に根を下ろしたタンポポのように、ヘイズ家の皆の心を和ませて来た。目的の為には手段を選ばない腹黒い策略家と自他ともに認めるディアにしてもそれは同様で、滅多に痛まない彼の胸も軋んだ。


 ディアは言葉を失い―――けれども修羅場を幾つも越えて来た大人として、グッと気持ちを立て直し、呆然とする少女に努めて整然と語り掛ける。


「まだこちらも正確な事情や相手の背景を掴み切れている状態じゃない。だから……時間が経って、相手が落ち着けば何らかの対応が出来るかもしれない。しかし相手側が夜会で騒ぎたててしまった。あまり公にしないように立ち回ってはいるが、一旦漏れた醜聞はなかなか消えるものでは無い」


 何よりフォーンは注目を浴び過ぎている。本人の美しさや優秀さもさることながら、英雄イーグル=ヘイズの孫でヘイズ家の次期当主であり、宰相筆頭候補のディア=ヘイズの息子なのだから。これまで清廉なイメージがあっただけに、事実がどうであろうと口さがなく噂されるのは必至であった。


「これを無視してフォーンが卒業後アイリスと婚約を結べば、フォーンばかりでなく君やペイトン家にも泥を塗る事になりかねない。私も今回の事について、フォーンを簡単に許す訳にも行かない。男であれば結婚がずっと先になってもそれほど支障は無いかもしれないが……女の適齢期は短い。特に初婚の相手を見つけるならほとぼりを冷めるのを待っていては難しいだろう。だからこちらとしては、息子には見切りを付けて貰おうとお願いしに来たのだ」


 アイリスは視線を落とし、膝の上に置いた左手を右手でギュッと握りしめた。


「私は……ヘイズ家の一員になれるのなら、いつまでも待ちます」

「―――」


 ディアの息を飲む気配に、バードがやっと口を開いた。


「アイリス―――フォーン当人がそれを望んでいるんだ」

「……え?」


 問いかけるように濡れた瞳をアイリスは父親に向けた。


「それはフォーンが……私と結婚したくないって言っていると言うこと?」

「そうだ」

「バード……!」


 夫のあまりの率直過ぎる配慮の無い台詞に、オレアが非難を込めた口調でバードを睨みつけた。そしてギュッと小さな肩を抱く手に力を籠める。


 アイリスは皆に大事にされている。それをアイリスは十分、分かり過ぎるほど理解していた。




「ごめんなさい……我儘を言って」




 涙をぬぐい、顔を上げる。ニコッと笑顔を作って、アイリスは言った。


「分かりました。フォーンがそう言っているのなら、仕方ないですよね」


 そう言って立ち上がり、彼女はディアの元に歩み寄る。真っ赤な目で無理に笑顔を作る少女を痛々し気に見上げる彼の下に跪き、武骨な手に小さな手を重ねてアイリスは彼を見上げた。


「今まで大事にしていただいて、ありがとうございました。ヘイズ家の皆さまが温かく迎えてくれたお陰で、アイリスはずっと幸せでした。ディア様、いつも私の我儘を許していただき、ありがとうございます。感謝してもしきれません」

「アイリス……」


 ディアはアイリスの小さな手にもう一方の手を重ねて包み込んだ。その瞳が潤んでいる様子を、もし王宮の部下達が目にしたのなら『鬼の目にも涙』などと密かに噂したことであろう。バードとオレアもその様子を苦し気に見守った。




 こうして、アイリスとフォーンの仮の婚約は、両家の間で解消されるに至ったのである。

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