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新しい友人

 アイリスは女学院の一般的な女生徒と少し違っていた。


 大抵の女子生徒は二人か三人で常に群れていて、美容とお洒落、それから噂話や恋愛小説に目が無かった。だがアイリスは誰かとセットになっていなくても特に気にならなかったし、お洒落にも恋愛小説にもそれほど興味津々と言うわけでは無かった。かと言って人嫌いと言う訳でもない。サッパリとしたどことなく男性的な気性のアイリスは、落ち着いた態度と話し方で周囲に安心感を与える存在だった。そのため、周りの女子生徒とは良好な関係を築いている。


 それは生来のものでもあったが、幼い頃からの環境も彼女のそういった性格を育成する事に影響していたと思われる。


 ずっと遊び相手はフォーンと犬達しかいなかったし、家庭で接するのは義母であるオレアだ。彼女は元平民であるだけでなく男性社会に染まった仕事人間の元文官で、およそ貴族女性の基本から外れたサバサバした女性だった。最近では一番仲が良いのは英雄イーグル=ヘイズであり……つまり女の子の華やかなお茶会やおしゃべりなどとはかけ離れた生活を送っていたのだ。

 その上既に仮にではあるが婚約者も決まっているアイリスは、恋だの愛だの縁談などに悩む必要がない。縁談相手の女性関係や家庭環境、経済事情に戦々恐々としてみたり、希望の持てない政略結婚を行う前に一時恋の真似事をしたいなどと恋愛小説を読みながら恋に憧れることなど無い。

 どちらかと言うと女学院では、そのように悩む女生徒の話をふむふむと聞く聞き役としての役割を過ごしていた。話を遮らないアイリスにすっかり気持ちを吐き出した後、簡潔であるものの思い遣りの籠った言葉をかけられた女子生徒の中には、ああこの子が男性だったら良かったのに!などと密かに頬を染めている者もいる。……などとは当の本人は全く気が付いていないのだが。




 そのアイリスにある時、一年先輩のローズが話しかけて来た。




 ローズはとても美しく可憐な女性で、その装いや化粧、髪型などはいつも学院の女生徒達の話題に上っており、彼女が新しい髪型で現れるとその翌日からそれを真似る令嬢が続出するくらいだった。男爵家出身で身分は低いながらも優秀で成績も上位を維持していることから注目され一目置かれる存在だった。しかし同級の女生徒達とあまり群れる様子はなく、どちらかと言うと夜会では常に男性陣に囲まれていた。それを目にした時アイリスは、彼女はフォーンと同じように学院の人気者なのだなぁ、と言う印象を抱いていただけだった。


 ローズが言うには、彼女には女性の近しい友人がいない。アイリスが気に入ったので友達になって欲しい、との事だった。


 アイリスにとって家族を除く親しい人間と言えば、ヘイズ家のフォーンとイーグルのことを指す。女学院では親しくしている特定の女生徒はいなかったが、特に人見知りと言う訳では無く、誰とでも付き合える彼女はその申し出に二つ返事で頷いた。


 近くで見たローズは遠くで眺めていた時よりずっと綺麗でたおやかだった。ローズくらい『綺麗』と表現できるのは、アイリスの知合いの中ではフォーンぐらいのものだろう。どちらかと言うと幼い頃のフォーンの方がより美しかったかも、とは思ったが流石にそれは口には出さなかった。

 それにローズはとても成績優秀だった。男爵の生まれで身分が低いから、それを補う為に頑張っているだけだと彼女が何でもないように微笑んだ時、アイリスは大層感心した。

 アイリスはあまり女学院の勉強に力を入れていない。一番興味があるのは動物のことなのだ。中でも犬の生態や訓練に一番興味があるし、その次に好きなのは乗馬だった。その他力を入れていることと言えば……お菓子作りとお茶の入れ方にはなかなか拘っている。美味しいお菓子を持参しお茶を丁寧に入れれば、フォーンもイーグルも目を細めて喜んでくれるし、弟やオレアにも喜ばれる。ヘイズ家とペイトン家の使用人にもたくさん作ったお菓子を差し入れすることもあった。貴族じゃ無かったら、犬舎の世話人かお菓子職人になりたかったくらいだ。


 ローズから親しく話し掛けられるようになって暫くしたある日、彼女から折り入ってと裏庭のベンチに呼び出され、悩みを打ち明けられた。アイリスはこのように悩める女生徒から相談を受けたり思いを吐露される事が多かったので、この申し出にも直ぐに頷いた。


 いつの間にかあまり親しく無かった筈の男性に好かれてしまったらしく、求婚に近いことを告白された。その男性には婚約者が居て、それが女学院の同級の女生徒だったのだ。彼女は侯爵家と言う高い身分であったため、身分の事で当て擦りを言われたり、誇張した噂をばら撒かれて居心地の悪い思いをしているのだと言う。そして実はそう言う誤解にあって同級の女性から責められたり嫌がらせをされたのは一度では無いらしい。


 なるほど、とアイリスは考える。こんなに綺麗で優秀な人なら、もしかするとそう言う事もあるのかもしれない、と。


 同じ女学院に通っているのに、ノホホンと日々を暮らしているアイリスとは別世界の話のようだった。ただローズの学年がそのように緊張感のある学年なのかもしれない。アイリスの同級生の侯爵令嬢は皆性格は違うものの基本的には気の良い人ばかりだから。それとも卒業が近づくに連れ、皆結婚や恋愛に真剣にならざるを得ないのであろうか……などと彼女は想像してみた。




 幼いころからフォーンと結婚の約束をしているアイリスにとっては、恋愛トラブルなど無縁の話である。だからローズのドラマティックな恋愛トラブルは物珍しい地方の土産話と同じようなものだった。ふむふむ、と彼女の物語に相槌を打ち、感心した様子で目を見開くとローズは満足したように微笑むのだ。「悩みを聞いてくれて有難う」と女性でも見惚れるような美少女に笑顔を向けられて悪い気はしなかった。


 アイリスはヘイズ家の貴族男性以外と接することなどほとんど無いし、夜会にはフォーンがエスコートしてくれるので、知らない男性と話す時も大抵フォーンを間に入れている。もともと求婚や告白どころか男性と親しくなるような機会さえなかった。

 アイリスは全く気が付いていないが、例え彼女を好ましいと思う男性が居たとしても隣にいる美々しい存在に一瞬で戦意を喪失してしまうだろうし、英雄イーグル=ヘイズが可愛がっていると公言している彼女に戯れを仕掛ける命知らずな相手など、王族を含めてこの国には存在しないのだろう。実は密かに彼女に好感を持っている男性はいるにはいるのだが、勿論それを表に出す勇気のある者はその中にはいなかった。


 ローズの恋愛冒険譚を幾つか聞いている内に、アイリスは微かに違和感を抱いた。それが何だったのか分かったのは、翌日ヘイズ邸に遊びに行きイーグルと話をしていた時だ。


「フォーンは来週、帰って来るらしい」


 イーグルから長期休暇のフォーンの予定を聞かされた時、違和感の正体に気が付いた。


 そう言えばフォーンも異性とは言えローズに負けないくらい綺麗だけど……フォーンからそう言う恋愛トラブルに巻き込まれたって話は聞いていないなぁ、と。

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