7 ホットドッグ、献上される
数日後、ホットドッグ王子が長旅から帰還したという噂が広まった。人々はホットドッグ王子という名前の奇妙さを忘れ、知らずのうちに王子が四人いたことを思い出していた。
「美味しいホットドッグを献上するように!?」
シュカは驚きの声を上げた。ホットドッグ王子の本物は目の前にいるのだから、王城に戻ったホットドッグ王子は偽物に違いない。ホットドッグを献上するということは、明らかにホットドッグ王子に危険が迫っている。
「お師匠様、断りましょうよ」
「だめだ。王家の命令には逆らうことはできぬ」
「それじゃあ……」
諦めるしかないのですか? とシュカは涙目になる。ミランダは「そうだ……最早ここまでか」と心無く言った。
「君、ホットドッグ王子。これ以上はどうしようもできません。献上されるしか、君の生きる道はなさそうなのです」
「心配するな。王家の命令に逆らうことになったら、シュカ、ミランダにも被害があるかもしれない。俺がいなくても王家が存在することはよくわかった。大丈夫だ」
シュカは訴えるように俺を見つめる。心配してくれる姿が嬉しかった。俺が人間の姿だったら、かなり顔の距離が近いだろう。ほんの出来心で意地悪を言ってみたくなった。
「……呪われた王女様は王子様のキスで元に戻ると言われている。キスでもしてみるか?」
「なんてことを言うんですか! 初めてのチューですよ、お断りです!」
シュカは真っ赤になって、俺の顔面を引っぱたいた。頭頂部が少し歪んでしまったホットドッグ王子は、「言ってみただけなのだが」と言うタイミングを失ってしまった。
*****
東の魔女ミランダとシュカは、俺を連れて王城に参上した。謁見の間には、偽のホットドッグ王子と、その後方に南の魔女ルコラが控えていた。相談役として偽のホットドッグ王子が引き抜いたらしい。
(お師匠様、魔力が満ちていますね。明らかに罠が仕込まれています)
(くっ……。そうだな)
ミランダとシュカは謁見の間に入るのを少し戸惑った。
魔法使いは、他の魔法使いが魔力を張り巡らせた空間に入ることを嫌がる。本能的に自己防衛するため、魔力の反発があるからだ。そのため、他の魔法使いの空間に入るときは、自分の魔力の存在を消す。つまり、丸腰で挑むようなものだ。
献上品を持ってきた二人は、魔力を消して謁見の間に入った。
「東の魔女ミランダ、参上いたしました」
ミランダは頭を下げた。横にいるシュカも一緒に礼をとる。
「東の魔女ミランダ。堅苦しい挨拶はもうよい。早速、その美味しそうなホットドッグをいただこうか」
偽のホットドッグ王子は「こちらへ」と献上品を置く煌びやかな台へと手招きする。その献上品を置く台も、明らかに魔力が満ちている。
シュカが袋に入ったホットドッグを持っていた。袋を持つ手に少し力が入り、袋がクシャと音がする。
「さあ、シュカ。置くのだ」
「はい……」
ミランダに促され、シュカは前に進み出る。魔力が少ない者の方が魔力の反発も減る。そこで、献上品を置く役目はシュカになった。
シュカのホットドッグを持つ手が少し震えた。
「さあ、怖がらなくてよい。こちらに置けばいいだけなのだ」
偽ホットドッグ王子の言葉に、シュカは唇を噛む。献上品の台の前に立ち、ホットドッグを台に降ろそうとする。
「やっぱり嫌です!」
シュカは首を振り、「精霊よ。……天の怒り、地の怒り、この手に宿れ、サンダーストーム!」と詠唱して魔力を解放し、偽ホットドッグ王子と後方の南の魔女ルコラに向かって電撃を放った。
「シュカ、いけない!」
ミランダは叫び、シュカの元に走る。
電撃は偽ホットドッグ王子の近くで方向を変えて、シュカを襲ってきた。シュカは咄嗟にホットドッグをミランダへ投げる。
俺はレタスカッターで電撃の流れを変えようとするが間に合わない。
シュカは避けることができず、電撃を真正面に受けてしまった。シュカは、そのまま倒れた。
ミランダは魔力の反発による副作用――攻撃が自分に返ってくることを知っていた。ミランダはシュカを治癒したかったが、治癒魔法は無効になってしまう。だが、早く治療しないことにはシュカの命も危うい。
どうするか、とミランダが前を向いたら、手元にあるホットドッグから赤い液体が前方に発射していた。
「なに! 前が見えないぞ!」
「なによこれ!」
赤い液体が偽ホットドッグ王子と南の魔女ルコラの顔にベッタリと張り付いていた。粘着性が高いようで剥がそうにも伸びるばかりで取れそうもない。
「ふっふっふ! ケチャップ砲だ!」
ホットドッグはミランダの手を離れ、床に着地する。
「今のうちに、シュカを連れてこの空間から退散しよう、ミランダ様!」
「そうだな……。あ、後ろ!」
ホットドッグが後ろを振り返ると、南の魔女ルコラの術で槍状の塊が上から降り注いできた。防御魔法、と思ったのだが、魔法は封じられて使えない。
強く念じると、体の内側が熱くなり、膨れ上がるような感覚だった。実際、膨れ上がっていた。ミランダとシュカを守るように盾の大きさになった。槍状の塊は巨大になったホットドッグのパンの部分に刺さった。
パンでできた肉体とはいえ、刺さってしまったら致命傷だろう。地面に擦れただけでかすり傷なのだから。
槍状の塊はパンに深く沈み込んだが、力を入れると外側に弾き飛ばすことができた。
「ば、化け物……!」
南の魔女ルコラは絶望したような声をあげる。
「お前に言われるのだから、そうかもしれないな! さあ、元に戻る方法を教えるのだ」
「……元には戻すことはできない」
「なんだと?」
「ホットドッグ王子の本当の名前を呼ばれないと元には戻れない」
「なんだと!」
私の夫になれば元に戻る、と言っていたのは嘘だったのか!?
そういえば、自分の名前をずっと名乗っていなかった。
俺の名前は……。ホットドッグ王子、な訳ないだろう! おかしい、自分でも思い出せない。よく考えるのだ。第三王子の……。魔法が得意だった……。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれた……。頭の中から自分の名前だけが消え去っている。
「俺の名前はなんだ!」
南の魔女ルコラを見ると、強く首を振っている。どうやら、南の魔女ルコラの魔法には誤算があったらしい。自分を含め、国民すべてから俺の名前を消してしまったようだ。
そのとき、意識を失っていたシュカが薄く目を開けた。ミランダが駆け寄って様子を見ている。
「こんな風に昔、守ってもらったことがあった……」
シュカは夢から覚めたばかりの声で言う。
「なぜかわからないけど思い出す。昔、お師匠様に連れられて図書館にいたときに仲良くしてもらっていた子。でもその子は女の子だったような。ハル……。ハリエット、違う。ハロルド」
ハロルド。胸の中にストンと落ちた。俺は第三王子のハロルド。魔法が得意だったハロルド。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれたハロルドだ。
白い煙がホットドッグの周囲を包み、眩い光が満ちる。白い煙の中に人の形が浮かび上がった。
「……南の魔女ルコラ、覚悟しておけよ」
煙が消え、魔法軍の軍服を身に着けたハロルド王子が現れた。南の魔女ルコラは恐れで腰を抜かし、ホットドッグ王子に化けていた青年の変身は解けている。
「精霊よ。私の名のもとに力を。善には施しを、悪には天罰を。ジャッジメント!」
精霊は時に気まぐれだ。精霊の審判の結果、魔力を張り巡らせた空間そのものの破壊になった。しかし、魔力の空間を破壊するには、相手の魔力より上回らなければならない。
魔力の気配が消え去った。震える南の魔女ルコラをハロルド王子は睨みつける。
「王子の誘拐に、人々の記憶を操作するなど許されないことだ。そこにいる、ニコルとサイラス、この二人を捕えておけ」
「「はい」」
扉を開け放ち、ニコルとサイラスが現れる。南の魔女ルコラは憑き物が落ちたように捕えられた。
「これで目は覚めたでしょうか」
南の魔女ルコラの弟子である青年は小さく呟く。
「まさか、お前。こうなることをわかっていて……」
縄で拘束されながら、南の魔女ルコラは屈辱の表情を浮かべる。
「ルコラ様を止められなかった責任は僕にもあります。どこまでも付き合ってさしあげますよ」
青年は寂しげに笑った。