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5 ホットドッグ、魔女に会う

 寝起きにシュカが「こんなところに美味しそうなホットドッグ」と言って食べそうになる以外は、安全な日常を過ごしていた。


「王子が四人いて、そのうちの一人が君だったって? しかも南の魔女から魔法にかけられた仮の姿?」


 信じられないとシュカは言う。口に含んだ食べ物が出る勢いだ。


「どうしてそんなに怒りを買ったの?」

「……結婚を迫られて断った」

「それは。南の魔女は極端な人だからなぁ。因みにどんな状況で?」

「夜に寝室から連れ去られて、縄でぐるぐる巻きにされた姿で夫になれと言われた。これは脅迫だろう」

「不可抗力じゃないですか。そんな経緯でホットドッグになってしまったと。かわいそうに」

「無力なホットドッグさ。俺がいなくても王城は成り立っているしさ」


 ショックだった。俺のいなくても世の中が回っていることが。何事もなかったように皆が過ごしていることが。王子たちの笑顔が、魔法軍の力強さが、人々の羨望が。


「そんなに落ち込まないでよ」


 シュカは少し考えて、手のひらに握りこぶしをポンと置いた。


「今日は仕事に行くんだけど君も来る?」

「断る理由はないが、シュカはどんな仕事をしているのか?」

「お師匠様のお手伝いだよ」


 ヴィルデール王国には四人の特権階級がいる。


 東の魔女ミランダ

 西の魔女サーシャ

 南の魔女ルコラ

 北の魔女ウィンスト


 それぞれ国の要所を守ることが任務であり、魔力の高い者が選ばれる。役目さえこなしていれば、それ以外は自由だ。自由とはいっても、国王からの命令があれば城へ参上することといった最低限のルールはある。

 年齢順で並べると年上からミランダ、ルコラ、サーシャ、ウィンストとなる。特権階級にはお目にかかる機会は少ないので、実際の年齢はあまり知られていない。


「私のお師匠様は東の魔女ミランダ様だよ」


 シュカは魔女の城へ歩きながら言う。

 そういえば俺が拾われたのは東の魔女の領域内だった。東の噴水を抜けると赤レンガで敷き詰められた道になる。必死に逃げていたからか気づかなかったが。

 ホットドッグの呪いをかけられて以降、四人の特権階級と聞いただけで身震いする。遠目で見たことがあるだけで、南の魔女以外は会ったことはない。

 石造りの壁を越えると東の魔女の城があった。城の壁も石でできていて、空気もひんやりと冷たい。床の間接照明で廊下が薄く見える。


「ここが応接室。お師匠様呼んでくるから待っていて」


 シュカは俺を椅子に乗せると、パタパタと走っていった。ホットドッグの体でも、椅子に弾力性を感じた。いい椅子だ。

 暖炉には火が焚かれている。適度な照明などの調度品から感じるが、東の魔女は趣味がいいようだ。

 それに対して南の魔女の城が酷すぎた。俺が連れ去られたときの南の魔女の部屋には無数のクモの巣があって、絨毯は破れかかっていた。動物の剥製、骸骨などを飾ってあって悪趣味としか思えなかった。

 シュカが扉を開けると、後ろから東の魔女が入ってきた。


「君がホットドッグ王子だね。私は東の魔女ミランダ」


 ミランダはハッと口を手で押さえる。暗くて顔はよく見えない。


「私も君の名前を呼べないようだ。ということは、残念ながら南の魔女の呪いは私では解けない」

「名前が呼べる人じゃないと呪いが解けないのか」

「そうだな」


 俺の疑問に答えたところで、ミランダは水晶を取り出して手をかざす。

 水晶の光で薄ぼんやりミランダの顔が映される。想像したより若かった。金髪で、黒いドレスを着ている。年齢不詳の婦人だ。南の魔女が四十代くらいで、それよりも年上というなら一体いくつなのだろう。


「魔法だけでカバーできないところは神に聞くのだよ」


 そう言ってミランダは目を閉じる。

 映像が映し出されているはずだが、俺には(もや)がかかっているようにしか見えない。

 ミランダは「ふむ」と言いながら手を下ろした。


「シュカ。ホットドッグ王子を連れて、おつかいに行ってくれないか」


 俺の名前を呼んでいるつもりだろうが、ホットドッグ王子としか聞こえない。


「わかりました。お師匠様!」

「これを王城に届けてほしい」


 小さな木箱だった。魔法の気配がした。城にいたときに何回も見たことがある。


「君、見なくてもわかるでしょ。この中身は魔法鉱物。私のお師匠様は魔法鉱物を精製する仕事をしているの」


 遥か昔の魔物が、年月を経て化石となる。その化石を精製すると液体状の魔法鉱物になる。魔法鉱物は重要な資源で、魔法軍の防具として加工される。古代の魔物の防御力を付加できるので、防具に加工される場合が多い。

 化石を精製するには特別な技術が必要だ。師匠から弟子に口伝され、技術を持つ者は少ない。東の魔女から魔法鉱物を取り寄せていたとは初めて知った。

 シュカは箱から赤い液体の入った瓶を一本取り出した。俺は見た瞬間にわかった。


「純度の高い魔法鉱物だな。混じりけがなく、中が透けて見える」

「でしょ」


 俺が驚いたように言うと、シュカは歯を見せて笑った。


「これは特別な魔法鉱物だ」


 ミランダは手に青い炎を灯す。火の魔術と風の魔術を同時に使わないと青い炎は出すことはできない。技術が高いことがわかる。

 ミランダは赤い液体の入った瓶の中身を、もう片方の炎のある手にかける。炎は消えた。

 この動作が説明だったらしい。特別な魔法鉱物の意味がよくわからない。

 俺の疑問に答えるようにシュカは口を開く。


「これは魔法による攻撃を無効化できる魔法鉱物なの。炎が消えたでしょ」

「魔法による攻撃を無効化できる――」


 それだったら、俺の呪いも解くことができるのではないか?


「残念だが、ホットドッグ王子の呪いは解くことができないよ。攻撃を無効にできるのであって、攻撃された後の効果はないのさ」


 すかさずミランダは言った。

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