4 ホットドッグ、新鮮なレタスを手に入れる
朝、目覚めると体の一部分に違和感があった。
例えるならば二日目のパンツを履いているような、不衛生による気持ち悪さだ。
俺は細い手でパンの切れ目の中に手を入れた。
「あー!」
ソーセージの下に敷かれているレタスが腐りかかっている。色が茶色に変色して、レタスの新鮮さが損なわれていた。それもそうだ。魔女に姿を変えられてからずっと同じレタスが挟まっていたからだ。
「どうしましたか?」
俺の叫び声を聞きつけて、シュカが寝間着姿でやってきた。慌てて来たようで、寝癖が付いている。
頼れるのはシュカしかいない。
「シュカ……。一つお願いがある。俺の中に入っているレタスが腐りかかっている。新鮮なレタスを恵んでくれないか」
「ほんとだ。パンとソーセージの部分はできたてのままなのに、レタスだけ腐ってる」
シュカは興味深げに腐ったレタスを覗き込む。
「おーい、じっと見ないでくれ」
粗相をした布団を見られたようで、何だか恥ずかしい。
「レタスだね。今ちょうど切らしているから、市場へ買いに行かなくちゃ」
その朝の内に市場へ直行してもらうことになった。昨日、市場に行ったときについでに買ってもらえばよかった……と少しの申し訳なさがあったが、やむを得なかった。
*****
シュカはバッグの中に入った俺とともに、新鮮なレタスを求めて市場に来ていた。
顔なじみの野菜屋を見つけて走っていく。レタスが木の入れ物に山盛りになっている。
「シュカちゃんじゃないか。朝採れのレタスだよ」
「いいですね。じゃあ、これを一つ」
シュカが指を指したレタスを店主のおじさんは新聞紙で包む。
「はいよ。いつもありがとうな」
「どうも~」
シュカは木陰のあるベンチを見つけて、肩にかけたバッグを下した。
「気持ち悪いでしょ。応急処置で新しいレタスを入れるね」
新聞紙を開いて、レタスの外側を外してから中の数枚を千切る。それを一口大にさらに千切ると古いレタスと交換してくれた。
不快感が消えた。数日ぶりに湯浴みをしたようにサッパリとした気分だ。
「助かった。ありがとうな」
「どういたしまし……て?」
シュカは視線を感じて後ろを振り返った。木陰の中で暗い影が落ちてくる。
「君、美味しそうなホットドッグを持っているな。俺達にくれないか?」
二人組の青年が薄笑いを浮かべながら近寄ってきた。シュカはすぐに新聞紙をまとめて、俺と新聞をバッグに突っ込んで立ち上げる。
「だ、だめです!」
「優しく言っている内に渡してくれないと……君が怪我をすることになるぞ」
二人とも目の焦点が合っていない。逃げようとするシュカを羽交い絞めして、もう一人がバッグをひったくった。
「ホットドッグは俺達のものだ……!」
バッグの中に手が伸びてくる。
食べられたら死ぬ。死が近づいている。
生命の危機が迫っているのに、俺を助けてくれた少女シュカに暴行を加えようとする男達に腹が立った。
「やめろ!」
俺の体の中から細かいものが飛散した。
千切られたレタスが素早く飛んでいって、俺を掴もうとする手に掠る。
「痛っ!」
男は反射的に手を引っ込める。擦り傷の端には血が滲んでいた。
レタスを投げることができるのか。レタスカッターと名付けよう。
さらに、ケチャップ砲を発射して目潰しをお見舞いする。
「う、うわ! 前が見えねえ!」
異変に気が付いたもう一人の男がシュカを引きずるようにして、こちらにやってくる。
同じく、レタスカッターとケチャップ砲のダブルで発射する。
レタスは男の手に命中し、ケチャップが目元に貼り付いた。驚いた拍子に、シュカを掴む手が離れた。
悪役二名は目に張り付いたケチャップが取れずにあたふたとしている。一人が石ころに躓いて転ぶと、もう一人も巻沿いをくらって地面に倒れた。
倒れた拍子に、薄紫色の結晶が転がっていく。
「今だ、逃げるぞシュカ」
「はい!」
おそらく新鮮なレタスのおかげで切れ味の良いレタスを飛ばすことができたのだろう。
いつも新鮮なレタスを挟むように心がけようと決意した。
*****
住民からの連絡を受けて魔法軍が到着すると、現場は異様な雰囲気を醸し出していた。
魔法軍の一人が横に伸びている男二人を見下ろす。両人とも左目から右目にかけて赤いものが付いている。男達の横には、なぜかレタスを千切ったものが数枚置いてあった。
「血……ではないな。ケチャップか」
粘着性のある赤い液体の臭いを嗅ぐと、しばし呆然とその液体を見た。
「どうした、サイラス?」
「何なんだ、一体。それにあいつの残り香がする……」
サイラスは同僚の声には応えずに、眉間の皺を深く刻む。
「これは……?」
周囲を注意深く見ると、薄紫色の結晶が傍に落ちていた。