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2 ホットドッグ、少女に出会う

 ヴィルデール王国の第三王子は魔力が強く生まれた。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれ、王家の三男として育てられる。

 魔力の強さ(ゆえ)、南の魔女から狙われることになった。何が狙われたかというと、身柄そのもの。夫になってほしいということだった。


 十七才になったとき、第三王子は寝ていたところ抵抗空しく南の魔女に連れ去られる。

 南の魔女の城は、日暮れになると悪魔の影が浮かび上がることから悪魔の城とも知られていた。


「汝、私の夫にならぬか」


 南の魔女は第三王子に問う。


「このような無礼を働いていてよくそんなことが言えるな。もちろん断る!」


 第三王子は縄で捕らえ、口だけが解放されていた。魔女はフードに隠されて表情が見えないが、苛立ちを隠せないようで杖でトントンと机を叩いている。


「私の求婚を断るとな。お前の方が無礼ではないか。特別な呪いをかけてやろう。この呪いを解くには私の夫になるしかあるまい」


 魔女が呪文を唱えると、床に魔方陣が浮かび上がる。風が巻き起こり、魔女のフードが揺れて顔の下半分が見える。


「ば、化け物……!」


 魔女の左側が火傷跡になっていた。片目は眼帯が付けられている。

 第三王子は魔女の異形と、迫りくる恐怖に唇を噛み締める。


「化け物になるのはお前の方さ。私の求婚を断ったこと、後悔するがいい――」


 背中が焼けるように痛んだ後、第三王子は意識を手放した。


 ヴィルテール王国に四人の王子がいたが、魔女の呪いのせいで、人々は三人目の王子の存在を忘れてしまった。

 第三王子は町中に放置された。第三王子であると気づく者はいない。

 ホットドッグが道端に落ちているとしか認識できなかったからである。それも、新鮮なレタスと肉厚のソーセージがはさまれた、とびきり美味しそうな。




*****



 俺はヴィルデール王国の第三王子だった。ついこの間までは。

 魔女に姿を変えられてからは散々な目にあった。

 細い手足に小麦色の肉体、それも表面パリパリで中身はフワッとしている。瑞々しいホットドッグになっていた。水溜まりで自分の姿を見たときには驚いた。ホットドッグが直立しているようにしか見えない。

 よく見たら、パンの上の部分には小さい目が付いている。まばたきもできる。


 しかし、敵が多すぎる。

 気がついたときには、猫に(くわ)えられていた。無我夢中で何かを放出したところ、逃げ切ることができた。猫にはケチャップソースがかかっていた。身震いしてケチャップソースを落とそうとしても、ベッタリと貼り付いて落とせないようだ。


 そうか、対抗できる手段があるのか。ケチャップ砲と名付けよう。

 移動にも気が抜けない。空からも天敵がやってくる。鳥が目ざとくやって来て、つついてくるのだ。不思議と体の痛みはそれほど感じない。魔女の呪いの効果が関係しているのか。でもわかる。すべて食べられたら死ぬ。


 鳥につつかれた部分が、表面の皮がめくれてしまっている。人間でいうとかすり傷だ。

 回復魔法と、思い立って魔法を使おうとするが、魔法は封じられていた。ヴィルテール王国でも随一と言われた魔法使いだったのに。こんな姿になって、武器はケチャップ砲しかない。


「あれ? こんなところに美味しそうなホットドッグがある」


 人間の少女の声だ。

 俺には敵が多すぎる。人間も敵だ。

 細い足で地面を蹴って走り出す。

 人間の一歩とホットドッグの一歩は圧倒的に違うらしい。

 少女の手が上から覆いかぶさってくる。

 もう、ダメだ……。

 意識が消えていく。




 香ばしい匂い。美味しそうな肉汁が(したた)る。

 お腹減ったと思うが、思い出す。魔女の呪いでお腹は減らない設定だった。

 目覚めると、こんがり焼けたホットドッグになっていた。小麦色がさらに濃くなっている。


「君、美味しそうなホットドッグだね」


 少女は俺を見下ろしていた。ピンクっぽい髪の毛が肩の上で切り揃えられて、水色の瞳が煌めいている。

 人間だ。また、意識を手放しそうになった。


「俺を食べるのか?」

「最初、罠かと思って君を焼いてみたら、さらに美味しそうになった。これは罠じゃない。でも、こんなに美味しそうなホットドッグには出会えないだろうから食べない」


 話す俺に、躊躇ちゅうちょすることなく少女は言う。

 俺は一つ気がついたことがある。鳥につつかれたかすり傷が消えている。その様子に少女は「傷消えたようだね」と傷があったところを触れる。


「私が見つけたときは損傷が激しくて、なんとしても助けなきゃと思ったんだ。ホットドッグ好きとしては見逃せないし。どうしようかと思って、高級パンを千切って貼りつけたら傷はなくなったよ」


「因みに、普通のパンは効かなかったよ」と少女は言う。

 高級パンで治療ができるのか。大きな発見だ。


「にしても、君。魔法の気配を感じる。けれど、魔力に蓋をされているみたいだね」


 少女はクンクンと俺の匂いを嗅いでいる。目がトロンとしてきて、俺を掴む。

 小さな手足をばたつかせる。もちろん効果はない。少女は口を開いて俺を食べようとする。

 と見せかけて、軽く笑って「うそ」と言う。


「食べないって言ったでしょ」


 あまりに無力すぎた。ケチャップ砲使おうかと一瞬考えたが、少女に放つのは俺の理性が止めた。


「君を見ていたら、ホットドッグ食べたくなってきちゃった」


 少女はキッチンでソーセージを焼いている。

 これは少女の家か。一人暮らしのようで、家具はそれぞれ小さいが使いやすそうだ。

 机には、ホットドッグ用のパンが並んでいる。その中の一つを取り出して、レタスを敷いて焼いたソーセージを入れる。ケチャップは自家製のようで、透明な瓶に入ったものだ。スプーンですくってソーセージの上にかけている。


「いただきまーす」


 少女はホットドッグを小さな口でかじる。


「んーたまらん」


 ソーセージをパリッと音をさせて嬉しそうに咀嚼(そしゃく)している。


「なぁ。なんだか自分が食べられている気がして嫌なのだが」

「美味しそうな匂いをさせている君が悪いんだよ」


 ツーンとしながら少女は言う。


「ねえ、君の名前を教えて」

「人の名前を聞くには、先に自分の名を名乗るのが礼儀だろう」

「ふーん。偉そうな態度が(しゃく)だけど、先に言わせていただきます。私はシュカ。君は?」

「俺は○×◎△」

「ホットドッグって、そのままの名前なんだね」

「○×◎△」

「ホットドッグ?」


 どうやら魔女の呪いで名前が変換されてしまうらしい。くそう。ホットドッグの呪いだ。俺は開き直った。俺の名前はホットドッグだと認めよう。


「ホットドッグという名なのだが、君の方がましだな」

「え?」

「君でいいさ」


 まだ人間であるような気がするからな。


「意味わからなーい」


 シュカは口を尖らせる。

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