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回転部屋  作者: 吟野慶隆
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中編 急がば回れ

 そこには、部屋の端から端まである、長い壁のような計算機たちが鎮座していた。進行方向と平行に、いくつか並列されている。

「重力場形成装置」の文字を、ひたすらに探す。船体の回転が九十度に達したら、コンピュータの表面を四つん這いで進んだ。百八十度になった時は、落下しないよう、両側の計算機に手を突っ張って持ち堪えなければならなかった。それらが床にしっかりと固定されていて助かった。

 目当てのコンピュータは、入り口前にある通路の一番奥、左側に設置されていた。表面には、さまざまな計器やスイッチといったものがついていた。しかし、機能を停止させるようなものは、見つからない。全体をよく眺めてみる。

(……ん? ……どうやら、下のほうにあるプレートを外せば、内部が覗けるようだ)

 工具箱からドライバーを出し、巨大な螺子を除いて、開ける。中には、基板や、色とりどりのコードなどがあった。その奥には、ボタンがいくつか取りつけられていた。それらのうちの一つには、「機能停止 船内無重力化」と書かれていた。

「これだっ!」そう叫び、ボタンに右手を伸ばした。

 直後、ずるずる、と体が滑り始めた。

「うわっ!」

(しまった! すっかりボタンに気を取られていて……部屋の傾きはすでに、四十度近くにまで達してしまっている!)

 思わず、右手を握り締める。がしり、と何かを掴むことに成功した。

 しかし、ぶちぶちぶち、と小気味よさすら感じさせるような音や振動とともに、どんどん体は滑っていった。そして、回転が九十度近くに達する頃、ついに落下してしまった。

「ぐおっ! ぐ、ぐ、ぐ……」

(脚っ……がっ……痛……とても痛いっ……。……だが、さいわい大きな怪我はしていないようだ)

 周囲には、基板やらコードやらの破片が散乱していた。部屋が回るのを待って、装置のところに戻った。今度こそ、ボタンを押す。

 なんの変化もなかった。

 カチ。カチ。カチカチカチカチカチ。

 連打する。やはり、なんの変化もない。

「おいおいふざけ痛っ……つう……」

 どうやら、先程、装置内部を盛大に破壊したせいで、故障してしまったらしかった。他のボタンも押してみたが、同じく、反応は皆無だった。

(なんてこった……どうすりゃいいんだ。せめて、壊れるなら壊れるで、機能が停止するくらいぶっ壊れてくれりゃあ……)

 あ。

(そのとおりだ)

 機能が停止するまで、ぶっ壊せばいい。

(俺が。この手で)

 工具箱を捜して、周囲を見回す。しばらくして、一メートル弱離れたところに落ちているのを発見した。近づき、中からハンマーを取り出した。装置のところまで戻り、それめがけて振り下ろす。

(……こんな大事なものを、本当に壊してしまっていいのだろうか?)そんな不安が湧いたが、コンピュータともども殴りつけた。

 その後も、部屋の回転に気をつけながら、何度も攻撃し続けた。火花は散らすわ煙は噴くわ炎は上がるわと、装置はどんどんぼろぼろになっていった。にもかかわらず、重力は正常だった。

 数十秒後、突如、アナウンスが流れた。「コンピュータ室で火災が発生しました。消火を行います。不活性ガスを室内に注入し酸素濃度を低下させて消火します。中にいる人は窒息の危険があるため速やかに避難してください。繰り返します」

「えっちょっ……うわっ」

 慌てて、ハンマーをポケットにしまった。出口に向かおうとする。だが、足を差し出した時、落ちていた巨大な螺子を踏んづけてしまった。

 バランスを崩し、後ろに転倒する。尻餅をつくよりも先に、後頭部が床に激突した。

(がっ……! ぐっ……)

 力の限り、頭を抱える。のた打ち回りたかったが、そんなことをしている暇はない。

 ちょうど部屋が、あともう少しで半回転するところだった。壁に凭れつつ、なんとか立つ。

 出口のほうを見た。シャッターが、天井から床へと、自動で上がり始めている。

「ああ、くそっ……」思わず、手を伸ばした。

 その時、尻のほうからかすかに、電子音が鳴っていることに気づいた。

 脱出艇が、膨張する直前に出すものだった。

(ああ、凭れた時、尻をつけたせいでボタ──)

 次の瞬間、臀部がものすごく強い力で押された。出口に向かい、宙を飛ぶ。

(こっ、このままっ、外に出れるかっ?!)

 そう期待した直後、シャッターに、胸から下がぶつかってしまった。

「んぎっ!」

 すぐさま、シャッターの縁を掴んだ。急いで乗り越え、頭から飛び降りる。

 がくんっ、と体が空中で停止した。脚を挟まれたのだ。

「く、ふざけんな、離しやがれっ!」そう叫んで、シャッターを殴りつけた。

 すると、意外にも効果があったらしく、床に戻り始めた。絹家は落下し、顔面で着地した。

「んぷっ」

 目に涙が浮かぶのを自覚しながら、起き上がる。コンピュータ室への入り口のほうを見ると、シャッターは完全に格納されていた。

「……っておい! それこそふざけんな! 戻れ! ガスが外に漏れるだろうが!」

 入り口上部、シャッターが出てくるところをぺちぺちと叩く。しかし、再び下りてくる気配はなかった。

「まもなく、ガスを注入します」

(ああ、もう、どうすれば……そうだっ!)

 急いで、リビングに飛び出した。すぐさま、扉を閉める。

 こうすれば、ガスは便所も満たすものの、居間にまで来ることはない。トイレはまったく使えないようになってしまったが、やむを得ない。

 すでに回転は、かなり速いものになっていた。早足でないと、とてもついていけない。抑止エンジンの出力がさらに低下したか、新たに故障したかのどちらかに違いなかった。

 宇宙船が地球に着くまで、あと十数時間はある。ずっと、歩き続けなければならないのか。そんなこと、体力的に不可能だ。いったいどうしたらいい。

(……ああっ! いいことを思いついたぞ)

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