私と執事
草木が生い茂る森の中に大きなお屋敷があった。森とは不釣り合いでとても豪勢なお屋敷。そこの住人は、一人の女の子とその女の子に仕える執事のアルバートがいた。その女の子はとても我が儘でいつも執事のアルバートを困らせていた。
「ねえ?アル、おままごとしましょ?」
「承知いたしました。お嬢様」
「アルは赤ちゃん役ね」
「承知いたしました。お嬢様」
アルバートはお嬢様の言うことに刃向かうことはしない。彼は、お嬢様の言うことを聞くことが宿命なのだから。
「アル、暑いよ。何とかしてくれない?」
「承知いたしました。お嬢様」
アルバートは、急ぎで葉うちわを持っていき、お嬢様を扇いだ。
「涼しくないよー。暑いよー」
「申し訳ありません。お嬢様」
アルバートは、今より少し強めに扇いだ。
「全然涼しくないよー」
「申し訳ありません。お嬢様」
アルバートは出来なかったことを謝るしかなかった。
そうして、アルバートはお嬢様の我が儘を聞いていくうちにお嬢様は、成長していった。
そして、年が重なっていく度に我が儘の度が大きくなる。
「アル、あの男を殺してちょうだい」
「承知いたしました。お嬢様」
「ジュース持ってきて」
「承知いたしました。お嬢様」
「お母さんを殺して」
「承知いたしました。お嬢様」
「アル、つまんない」
「申し訳ありません。お嬢様」
アルはお嬢様の言うことを忠実にこなしていた。
「ね?なんで、あの男もお母さんも死んでないの?」
「申し訳ありません。お嬢様」
「アルはそれしか答えてくれないの?」
「お嬢様次第です」
「私次第?」
それから、アルバートは多くの言葉が使えるようになった。お嬢様は成長していき、我が儘を卒業し、よく相談されるようになった。
「お嬢様、今日はどうしたんですか?」
「アル、私、あの男を見ると顔が真っ赤になって、心が痛いの。何なの、これ?」
「お嬢様、その答えはもうお気づきではありませんか?」
「え?もしかして、恋?」
「そうですよ。お嬢様は恋をしたんです」
「どうすればいい?」
「自分から告白して攻めてはいかがでしょうか?」
「で、でも、振られたりしたら、どうしよう?」
「大丈夫です。お嬢様。お嬢様は可憐で優雅でお美しい。お嬢様の告白に拒否する者なんているわけないです」
「そうよね。私、頑張る」
お嬢様は元気よく外へ出ていった。
翌日、お嬢様が暗い顔をしていた。
「お嬢様、今日はどうしたんですか?」
「・・・振られた」
「・・・」
「ねえ、何か言ってよ。私を慰めてよ」
「・・・」
「こういう時は何も言わないんだね」
「・・・」
「もういい!!」
お嬢様は勢いよく、外へ出ていってしまった。
アルバートは黙したまま、その場で立っているしかできなかった。
そのまた、翌日、お嬢様は昨日より落ち着きを取り戻していた。
「ねえ?アル?私、ここにずっといてもいいかな?」
「ここはお嬢様の場所です。私もお嬢様のものです。お嬢様が決めることです」
「そうだよね…」
お嬢様は暫く悩み、悩んだ末、
「私、行くことにする。失恋したぐらいで逃げてちゃ駄目だよね」
「お嬢様の言うとおりです」
お嬢様はここから去っていった。その時のお嬢様は気が晴れたのか来たときの暗い顔を忘れさるくらいに明るい顔で外へ出ていった。
それから、長い期間、お嬢様とは話せなくなった。
…………
「久しぶり」
お嬢様は、最後話した時より随分と成長していた。もうすぐ、大人といえる年頃ぐらいに。
「お嬢様、今日はどうしたんですか」
お嬢様は、暗い顔をしていた。
「ちょっとね。んー、逃げ出したかったのかもしれない」
「そうですか」
「時々、またここへ来るね」
「私はまたお嬢様と話せることが出来て嬉しいです」
「ありがとう」
お嬢様は再びアルバートと話すようになった。
アルバートは再び話せて嬉しかったが、同時に悲しい気持ちになった。そんな複雑な気持ちのまま、アルバートはお嬢様と話した。お嬢様はアルバートと話す頻度が以前より多くなった。一日中話すときも多々あった。
「ねー?キツネって可愛いよね」
「キツネですか?確かに可愛いと思いますが、それがどうしたんですか?」
「飼いたい」
「承知いたしました。お嬢様。今、キツネを捕まえに行ってきます」
アルバートはそう言って、キツネを捕まえに行った。
ここの中のキツネはとても凶悪であった。人間を騙し、脅し、面白おかしく嘲笑う。しかも、火も吐いてくる。恐れられる存在であった。
そんなキツネはお屋敷のすぐそばにいる森の中に生息している。
「そこにいましたか」
アルバートは森の中に数分走ると都合よく、キツネが自ら現れてきた。
「アォン!」
キツネはアルバートを警戒しているのか、口をあんぐり開け、背を低くしていた。
「怖くないですよ」
アルバートは少しずつキツネに近づいてきた。
後少しで、キツネに触れられた時
「アォン!」
キツネは拒否し、口から火を吐いてきた。
「熱っ」
アルバートは火に触れてしまい、つけていた白い手袋が焦げてしまった。キツネは、すぐにアルバートから距離を離し、火を連続で出してきた。
アルバートは楽々と火を避け、キツネに近づき、腰にぶら下がっている剣を鞘付きのままキツネに当てる。キツネは、そのまま倒れた。
「よし、これをお嬢様に届ければ終わりですね」
アルバートは気絶しているキツネを抱えながらお屋敷へと帰った。
「お嬢様、只今戻りました」
「あら?その子、生きてるの?」
「気絶しているだけです」
「触らせて」
「わかりました。お嬢様」
アルバートはお嬢様の前でキツネを床に轢かれているレッドカーペットの上に置いた。
万が一、お嬢様が襲われないように、すぐ剣で切れるように構えた。
「可愛い」
お嬢様は無邪気な笑顔で、キツネの頭を撫でた。それにより、キツネは起きた。
キツネはコロコロと鳴き、気持ち良さそうであった。キツネはお嬢様の愛撫に執着したのか自ら、お嬢様の手から離れようとはしなかった。
お嬢様を襲う気配はなかったので、アルバートは剣を構えるのをやめた。
「ありがとうね。アル」
「お嬢様のためなら」
「この子に名前付けないとね。んー、ロコにしましょ。尻尾が6尾あるから。ロコでいい?」
「きゅー」
ロコは名前を気に入ったのかか甲高い鳴き声を発した。
「良かったですね。ロコ」
アルバートはロコのことを撫でようとすると威嚇され、お嬢様の背中に隠れてしまった。
「アルのこと、怖いみたいね」
「そうみたいですね。まるで、お嬢様みたいですね」
「え?どこが?」
「ちゃんと向き合わず、逃げて隠れるとこが似てます」
「逃げて?隠れる?」
「そろそろ、ここから出てみてもいいと思いますが」
「ここは私の場所でしょ。アルも私のものでしょ!」
「私はお嬢様のものです。だから、私が言っていることは、お嬢様自身が考えていることなのですよ」
「・・・。そうだよね。わかってたんだ。私は・・・。やっぱり、学校行かなきゃ駄目よね?」
「お嬢様。その答えはわかりきっていることでしょう」
「わかったよ。アル。私、対抗してみせるよ。やられたらやり返す。我慢なんかしない。だから、私を見守ってよ」
「承知いたしました。お嬢様」
お嬢様はこの話を機会にお屋敷来には来なくなった。また、いつかここへ逃げてくるかもしれない。その時はアルバートかロコがお嬢様の心を癒やし、現実へ復帰させればいい。
だって、それがお嬢様が望んでいることなのだから。
「そうでしょ。ロコ?」
ロコはコロコロと鳴いた。
お嬢様が心の中に思い描いたものは一人の執事と一匹のキツネ。
アルバートとロコはお嬢様に一生仕えていく。