1 冥王と俺とおじいちゃんと そのさん
冥王は意外にも、気さくで良い奴だった。
「こんな奴が管理する霊界なら、面白い人生が送れそうだな――――・・・」
こっそりと、虫がしゃべるように呟いた。
まあ、もう死んでるんだけどね。
本人に言うのはなんかこっ恥ずかしいし、小さく言ったのだが、冥王は「だろお?」とでも言いいたげに口角を上げている。地獄耳かな?
入界手続きも、あとはサインを書くだけ。
そんな時だった。
「おーい、冥王よ、聞こえとるかあ?儂じゃ儂。」
「どなた様でしょうか」
オレオレ詐欺のような口調の、老人の言葉が響いた。
冥王は、めんどくさい奴に絡まれた、という顔をして、軽く流す。
しかし、老人は話を聞く気がないようだ。
「実はな、今、娘を破門しちゃったのじゃ。」
「はあ。」
「でもな、子供は欲しいの。」
「へえ。」
「だからな、2号を作るため、魂を1個、送ってくれーい。」
「ハア・・・」
冥王は困っている!どうしますか?
俺は、成り行きを見守るコマンドを選んだ。
「なんでなんじゃ!儂、通話相手がいないんじゃ」
「ソレハタイヘンデスネー」
「暇なの」
「へーソウナンダー」
冥王は白目をむいている!どうしますか?
俺は、迷わず成り行きを見守るコマンドを選んだ。
「いいのか?このままじゃ、儂、お前しか話し相手いなくなるぞ?」
「しょうがないですね」
ピシッ
そんな効果音が相応しい、冥王の変わり身の瞬間だった。
「望む魂の特徴とかはありますか?」
「そうじゃな、通話だけでなく、旅を覗きたいからな。 楽しそうな旅をするような、面白い奴を頼む!」
声だけでも、老人の喜々とした様子がわかる。
なにをするつもりなんだ、こいつら?
どうでもいいけど、俺の手続きはどうなった?
そう思い、冥王に目を向けると、入界者リストから該当の魂を探しているようだ。老人の絡みから逃れられるのがそんなに嬉しいのか、という顔をしている。
決して短くない時間が過ぎた。
「――――だめだ、いねえ。」
冥王は諦めたのか、老人に報告しようとしている。
―――――――――……ねえ、俺の手続き忘れてるよね?
そう思ってヤツにちらりと目線を向けた。
その瞬間、冥王は<探し物が突然自分から現れてきてくれた>かのように驚いてから、邪悪とも呼べる笑みを浮かべた。
「わりィが、生贄になってくれ」
そう呟いた唇を、俺は見逃さなかった。
ヤバい。
全身から冷たい汗が流れ、悪寒が走る。血管が収斂するのが感じられる。
そうか.
これが、生命の危機。
「あー、目の前に面白れぇのがいました、送ります。」
「そーか、そりゃ楽しみじゃ♪」
楽しみじゃ♪じゃねーんだよ!
可愛くもなんともないぞ?
そう(心の中で)ツッコミを入れている間にも、事態は進む。
目の前に、豪奢な箱が現れたのだ。
その箱は、無音で開き始める。
その瞬間、俺の体が宙に浮く。そして、そのまま箱へと吸い込まれていく。
舐めるような感触が体にまとわりつき、何とも言えぬ不快感を残していく。
どうやらこれは、強制イベントのようだ。
それにしても、ダイ〇ンもビックリの吸引力。吸い込むスピードはゆっくりだが、体にとてつもない負担をかけているのはわかる。
―――――――――――――――どうなるのでしょうか、僕は?
暗澹となる。
―――――――――――――――なぜこうなってしまったのでしょうか?冥王?
ちらり、と冥王の方を向く。
彼は、満面の笑顔をして、手を振っている。
「俺の名前はな、ハーデっつうんだ。また会うことがありそうだし、一応覚えとけよ?」
――――――――――いるか?そんな情報?
いらんわ!状況がいまいち飲み込めねえっつてんだよ!!
しかし、ハーデにそんな俺の心情が伝わるわけもなく・・・
いや、伝わっていないことはないが、答える気などなかったな、奴には。
吸い込みが止んだ。
箱の底を照らす光が、段々と細くなっていく。
「眠くなってきた・・・」
どうやら、箱には<毒ガス>が充満しているようだ。
箱が閉め切ると同時に、意識も暗闇に落ちていく。
そのなかで、俺の耳が最後に拾った音、それは
「グッドラック!!」
という、明るい男の声だった。
(殴りたい、あの笑顔)
しかし、殺意が芽生える前に、俺の意識は完全に途絶えた。
加筆しました。
次回から1章に入ります。