満身創痍
正直ビックリした。久我山編集長がそこまで私に入れ込んでいた事に。
衝撃的な事実を知らされた私は呆然としてしまった。
久我山編集長は勢いよく振り向くと私の両腕を力強く握り涙で濡れた顔をあげて
「リタちゃん!本当にありがとう!!貴女がいなかったらここまでこれなかったよ!!本当にありがとう!ありがとう…ね…」
そう叫んだ。最後の方は嗚咽に紛れて聞き取れなかった。
その後、感極まった彼女は私に抱き付きひたすら泣き続けた。
今まで我慢してきた何かを吐き出すように。夜空に彼女の泣き声が溶けていく。
その姿はまるで満身創痍になりつつも闘い続けた「戦艦・武蔵」のようだ。
戦艦から航空機の時代へ移り行く狭間にうまれ、それでも艦隊決戦に活躍の場を求めるが既にその時代は終焉間近。
それでもその日が来ると信じて待ち続けるも「武蔵屋旅館」と陰口を叩かれ続ける日々。
史上最強の46センチ砲は九一式徹甲弾を撃ち込む相手もなく虚しく海面を睨み続け、三式対空散燒弾は高速で移動する航空機に有効弾を送れず、ハリネズミのように設置された機銃でも空からの脅威は防ぎきれなかった。
挙げ句の果てに与えられた任務は囮で、本隊から敵の機動部隊を引きつける事。
そしてその攻撃を一挙に受けるが6万4000トンの巨体は最後まで膝を着く事はなかった。が、最後には力尽き海面に没した。
悲運の戦艦・武蔵。
私の胸に顔を埋めて泣きじゃくる久我山編集長を見てるとふとそんな事が脳裏をよぎった。
J&Jの顔であり責任者でもある彼女のプレッシャーは今まで計り知れないものがあったのだろう。
私のような小娘が慰められるようなものでは無い。
文京区音羽。出版社のビルの屋上からはサンシャイン60が見える。
夜なのでひっそりとした感じになってはいる。しかしそれがかえって荘厳な雰囲気を醸し出していて、まるで私達二人を見守っているようにも見えた。
落ち着きを取り戻した久我山編集長はゆっくりと私はから離れた。
そして乱暴に袖で涙を拭うと、うつむき加減で
「ゴメンね。お礼を言おうと思ったら取り乱しちゃって。突然色々思い出しちゃった」
照れ臭そうに私にそう言った。
「いえ、お礼を言わなきゃいけないのは私の方かも…」
私はそうポツリと言うと久我山編集長をジッと見た。
彼女は恥ずかしそうに手で顔を隠すとクスクス笑ながら私から顔を反らした。
「ちょっとあんまりジックリ見ないでよ。泣いたらメイクが崩れちゃって酷い顔になってるから」
「あの。久我山編集長」
「なに?なんだか改まった顔付きになっちゃってるけど?」
私の表情の変化から何かを察した久我山編集長は崩れたメイクの顔のままで私を見つめた。
「リタちゃん。この際だから言っちゃいなさいよ。私もほら、こんなだし」
そう言うといつもの人懐こい笑顔を見せてくれた。
私は意を決して「マルハチ会」の事を久我山編集長に話した。
彼女は一通り私の話しを聞くと
「なるほどねぇ~。それは辛いわね」
と心情を察してくれた。
「で、リタちゃんはどうしたい?その人達と」
久我山編集長は真っ直ぐな目で私に質問を投げかけた。私は少し考えたが
「このままでイイとは思わないけど、いつかは言おうと思ってます」
そう言った。
「そうね。それしかないんじゃないかしら」
久我山編集長はそう呟くと柵に寄りかかって夜空をあおいだ。そして
「でも、問題はタイミングね。今はまだ早いかも」
そう呟いた。
「私もそう思います。彼らはマスコミにバラすとか、そういう事をする人間ではないと信じていますが、外野が何をするか全く予想がつきません」
「その通り。こんな美味しいネタ、週刊誌が見逃さないわ」
「私のキャリアはともかく、J&Jの看板は汚せません」
「あっはっはっは!久我山組はそんなにヤワじゃないわよ!心配無用!あなたは仲間の事だけを思ってればいいの」
久我山編集長は豪快に笑い飛ばすと私の肩をパンッと軽くはたいた。それから晴れ晴れとした表情で
「とりあえずは焦らない事ね。時間が解決してくれるわよ。慌てない慌てない」
そう諭すように私に話した。そして回れ右をすると屋上のドアの方に向かっていった。
私も慌て久我山編集長の跡を追う。
彼女はそれに気付くと私の方をみて微笑むとドアを開けて軽やかに階段を下っていった。
以上。




