順風満帆≠世間
私は編集部の隅でジュースを舐めるように飲んでいた。
正直このような若さ溢れる騒ぎは苦手なのだが今日のは特別だ。
騒ぎの渦中に入るのは勘弁だが。
しかしそれを遠目に眺めてるだけで何やら心が満たされて満足した気になる。やっぱり今日は特別なのだろう。
なるべく目立たず静かにしていたら久我山編集長がスッと寄って来た。
「リタちゃん楽しんでる?」
久我山編集長は私がこのような集まりが苦手な事を知っているので気づかってくれてるようだ。
私は静かに
「はい勿論です。皆さん物凄く嬉しそうですね」
そう答えた。
「まーたっく、相変わらず謙虚ね!アナタのお陰よ!発行部数が伸びたのは」
久我山編集長はそう言うと私の背中をパンッと叩いた。
「いや、私なんて何もしてないですよ」
勿論これは本心だ。久我山編集長は微笑むと私の顔を覗き込んだ。そして
「ねぇリタちゃん。ちょっと外の風に当たらない?」
と、耳打ちをしてきて、そっと私の手を握り編集部をこっそりと抜け出した。
二人が向かったのは出版社のビルの屋上だった。
夜風が頬をなでて心地いい。
久我山編集長は屋上にある転落防止の柵に手を添えると、一旦背伸びをした。それからいつものように人懐こい笑顔を私に向けると静かに話し始めた。
「私、何かあるといつもココにくるんだ。ココって誰もいないし、静かだし。見晴らしもいいからね。少しだけ現実忘れられるんだ。J&Jの編集長になった時はそれこそ毎日のように来たよ…」
いつのまにか彼女の表情はいつも皆に見せる人懐こいものではなくなっていた。始めて見る憂いを帯びたその表情に私は少し胸が痛んだ。そして彼女は私に背を向けた。
それから夜空を見つめながらポツリポツリと話し始めた。
「引き継いですぐは大変だったな。部数の無い雑誌にブランドは見向きもしてくれないから衣装を借りるだけで四苦八苦。モデルの手配どころか読モすら集まらなくて、何度ボディやスタッフで誌面を誤魔化した事か…。おまけに街頭でのスナップ取材だってロクにできなかったんだよ。落ち目の雑誌に乗りたく無いって言われて。あの時は本当、毎日休刊の事しか頭になかったよ…」
よく見ると肩が震えている。
事態を察した私は久我山編集長に寄りそった。
彼女はうつむいたままだったが頬に伝う涙の様な物が見えた時に私は全てを悟った。
他の人から見れば久我山編集長の生き方は順風満帆に見えるのだろう。
しかし彼女にしてみればそれは苦難の連続だったに違いない。
「久我山編集長…」
私のようにおんぶに抱っこで生きてきた人間には正直かける言葉が見つからない。
発行部数の新記録更新で気が緩んだのか?
いつも、自信に満ち溢れた雰囲気を出していた久我山編集長の姿はそこにはなかった。
一人のか弱い女性が居るだけだった。彼女は肩を震わせながら尚も喋り続ける。
「でもね!あなたを見た時に私は感じたの!この娘に賭けてみようって!この娘を一人前のモデルにウチの雑誌で育て上げる事ができたらJ&Jは生まれ変われるかもって!!」




