暴露=憔悴
「久我山編集長…。そのお仕事お引き受けします」
そう私がつぶやいた瞬間に久我山編集長の表情は一瞬明るくなったが、私の冴えない表情を察して真顔になった。
「ありがとう!リタちゃん。でも随分、思い詰めた感じだけど何かあるの?」
そう言って問い詰めて来た。私はうつむいたまま絞り出すような声でポツリと呟いた。
「私の趣味が…その」
次の瞬間に意外な言葉が耳に飛び込んで来た。
「そういえばリタちゃんとは長い付き合いだけど趣味とか知らなかったなぁ!」
久我山編集長はそう声をあげるとズイと身体を私の方に乗り出して来た。
「ねぇ、何?」
前のめりになって質問してくる久我山編集長を目の前にして私は言葉を吐き出す。
「あの…その…昔の軍隊について調べる事です」
その事を聞いた久我山編集長は笑顔のまま固まってしまった。
その表情を見た途端に心の中で私は「終わった」と呟いた。
そして久我山編集長はそのまま瞬きをすると首を捻った。そして不思議そうに話しかけてきた。
「それって何?」
意外なリアクションに驚いたのは私の方だ。
キョトンする私をよそに久我山編集長は腕組みをして難しい顔で私の方を見ながら
「昔の軍隊ってーと、弓とか刀とか?」
と自論を展開してきた。
私はココである一つの事に気が付いた。
普通の人に「昔の軍隊」なんて言っても解る訳がなかった。
早い話しが「昔の軍隊」と言って「旧軍」の事を思い浮かべる事ができる事自体がもう既にマニアの領域である事を。
私は別の意味で覚悟をしなければならなかった。
前出のように軍事マニアというものは大変細分化されている。
あの説明をする所から始めなければ私がどういうマニアか久我山編集長やマネージャーさんには解らないのだ。
もどかしい
マルハチ会の連中なら一言で済む事を私は今から長々と説明しなければならないのだ。
趣味の事は仕事関係の人達に悟られたくないのでそういった類の物は一切持ち合わせていない。
せめて「丸」があれば話しは早いのに…。
私の表情が先ほどとは違った感じで冴えないのに久我山編集長は合点がいかずストレートに
「ゴメン。リタちゃんの言ってる事がよく解らないや、それってどういう事するの?」
そう聞いてきた。
私もどこから説明したらいいのか解らない。しかし一旦口にした以上は最後まで言わなければならない。
「編集長。『戦艦・大和』ってご存知ですか?」
神妙な面持ちで話しを切り出す私。案の定ポカンとした表情をする久我山編集長。しかし私は構わず話し続けた。
「全長263m・全幅38.9m基準排水量6万4000トン。46センチ主砲三連装三基。15.5センチ副砲三連装二基。12.7センチ高角砲二連装十二基。25ミリ機銃三連装二十九基。装甲は一番厚い所で65センチ。世界最強と謳われた旧大日本帝国海軍の戦艦です。」
私から怒涛の如く溢れる戦艦・大和の知識に久我山編集長は目をパチクリさせて呆然と聞いている。
マネージャーさんは固まってしまった。
「当時は既に戦艦から航空機の時代になっていましたが、その航空機の有効性を疑わせた唯一の存在です。姉妹艦である『武蔵』はシブヤン海において航空機のみによる撃沈はされず浸水による沈没でした。強固なバイタルパートは遂に破られる事はなかったのです。それゆえに現代兵器でも撃沈は怪しいのでは?とされております」
表情ひとつ変えずに黙々と私は二人の前で大和型戦艦について語っていった。
そして一息ついてコーヒーを啜ると再び喋る為深く息を吸い込んだ。その間隙をぬって久我山編集長が叫んだ。
「待って!どういう事なの?戦艦がどうのこうの言われても私には解らないよ!」
私はそのとき初めて久我山編集長の困った顔を見た。しかし私は怯まずに追い打ちをかけた。
「編集長これが私です。モデルのRitaを離れた時の私です」
自分を吐き出しサッパリとした顔付きで私は再びコーヒーを啜った。
気分は戦艦大和四代目艦長・森下信衛だ。防空指揮所で雲霞のように群がる敵機の攻撃を躱し続ける。
私は久我山編集長の次の出方を伺った。
その隙にマネージャーさんをチラと見た。もはや再起不能。戦意消失。タイガー戦車に睨まれたM4シャーマン戦車のようだ。
私の意外な一面を垣間見た久我山編集長はナゼか憔悴した表情になっていた。
私の方は長年貯め続けていた瘡蓋のようなモノが剥げて晴れ晴れとした気分だ。
自分でも意外だった。旧軍について面識のない人にこんなにスラスラと言えるなんて。
逆に久我山編集長とマネージャーさんの方が別な意味でショックを受けているようだ。
なんの事は無い。自分の知らない世界を垣間見たんだ。それ相応の衝撃は受けるだろう。
それはまるでファッション雑誌を見たことも無い私がモデルの仕事を始めた頃のように。
以上。




