一話「打ち明け」
「――兄貴?」
親友である、尾上啓輔の間抜けた声。
俺たちは学校の帰り道、いつも一緒に帰る。啓輔とは中学のころからの親友で、部活や勉強、休日も共にするほど仲がいい。
あまりに俺たちがいつもくっついているので、学校の一部ではホモだというなんとも迷惑な噂が流れている。
こんなの誤報だ。
俺たちはただ仲がいいだけで、そんな関係はない。
こいつとは腐れ縁で心から信用できる友達なのだ。
啓輔は俺と同じ剣道部に入部している高校一年で成績はまあまあだが、部活動においてはかなりの成績をおさめている。
活発そうな、顔つきに短く乱雑に切られた髪。
今時の高校生にはめずらしく髪も染めていないし携帯も持たない。清潔第一の少年だ。
「お前には話そうと思って」
「ちょ……お前って一人っ子だったんじゃねーのかよ?」
突然俺の口から出された言葉、啓輔は理解できていないみたいだった。
それもそうかもしれない。
「んー……いや、俺が十歳くらいまで兄貴がいたんだよ」
「でもお前はそんなこと……」
啓輔は俺の家に何回も来たことがあるし、俺の祖父母の家にも訪ねたことがある。俺の家のことはだいたい知っていたし、俺も啓輔のことはだいたい知っている。
しかし、すべては話していない。
前々から話そうと思っていたが中々話せるチャンスがなかった。
「そりゃそうだな……話していないからな」
何で、と問われれば回答に困るだろう。確かにいいチャンスはなかった。
だが話そうと思えばいくらでも話せた。
なぜか話す気になれなかったのだ。
ここまで信用している啓輔にさえ話せなかった理由……。
そんな俺の複雑な心情を読み取ったのか、啓輔の口調がさっきより優しくなる。
そこまで強く追求しない。
これも俺たちのルールだった。
「しっかし、驚きだよなー。お前に兄貴がいたなんて」
「ははは……ごめんなー。いつか話そうと思ったんだけど」
「いやいいって。でもさー見かけたことないな。仕事でもしてんの?」
この際だ。
話しておくのもいいだろう。
このまま適当に答えておけば啓輔も信じるだろう、だが啓輔には嘘をつきたくなかったし、どうしてか話したかった。
「あの……さ……うちの兄貴、行方不明なんだよな」
少し、間が空いた。
予想通りの反応だ。それ以上の反応を期待していなかったし、それ以下の反応も期待していなかった。
「え……何?家出?」
「いや、家出じゃねぇよ。家には財布も衣服もすべて残されていた。それに兄貴は家に不満をもつような人じゃなかった。おそらく……」
今、考えるだけで胸が引き締められる。
俺がまだ十歳で経験した、絶望に近い感情。今でも消えない。
「何か事件に巻き込まれたんだ」
よみがえる、あの記憶。
忘れてはいけない、あの瞳。
「どういう……意味だ……?」