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出発



 さて、何とか全員に鱗を配り終えた。鱗の役割自体は、アイリーンも説明されるまでは知らなかったあたりそれほど広まっていなさそうだったので、軽く説明も行う。まあ、俺は一度も使ったことないから過去にアイリーンが火竜から受けた説明の繰り返しになるわけだけど。ちなみにアイリーンに直接、アイリーンに渡すときには遅れたのに今回はすぐだったことを聞いてみたが特に気にはしていないと言われた。良い子だった。もちろん御礼はいずれにせよ渡すつもりだったのでたぶん大丈夫。


「さて、先ほど関係ないといった手前申し訳ないが、たった今より彼女たちは私の配下(関係者)となった。罰自体は甘んじて受けるつもりだが、ある程度はこちらに任せてほしい。何、この国に悪いようにはしない」


 改めて決まった事実をそのまま伝える。まあ、すぐそこに居たわけだから聞いていただろうけど。


「ふむ。まあ、仕方ありませんな。初めはそのつもりだったのであるから、元に戻っただけであるし」


 だろうな。そうでなければあれほど言いにくそうにはしないだろう。


「では話もまとまったことだし、直接私が出向くことにしよう。……とはいっても、さすがに旅団全員までと考えると、この場にいる全員は連れていくことができんな……」

「……? いったい何を……?」


 おや? 初めに言った通り国のトップに直談判しに行くつもりなんだが、当事者は連れていくべきだろう。しかし旅団員全てとか明らかにむりげーなのだ。その方法を考えていたのだが伝わっていなかったらしい。


「なに。ここにいる者たちを全て連れて行くとなると私にのせるだけでは少しばかり厳しく思えてな。何か方法はないかと考えていたのだ」

「なんとっ! そこまでさせるわけにはいかないのである。私たちがすでに兵を呼んであり、時間的にもじきに到着する。そこで兵たちの馬車でも何でも借りれば十分である」


 そこにセリフの後を継ぐようにサラが付け足してきた。


「それに私たち全員を連れていく必要もないのではないのでしょうか? 基本的に責任者と呼べる立場の者が二、三人いれば事足りるのではないですか?」


 あー。そう言われればそんな気もする。


「レイノー、サラはこういっているが実際のところ全員でなくても問題ないのか?」

「ああ、そう、であるな……。うむ。恐らくは大丈夫であろう。ただし、決が下るまでは残る者を監視下に置かせてもらうことになるであろうな」


 少し悩むようなそぶりを見せたが結論は大丈夫という事で落ち着いたらしい。まあ条件はあったが、そのくらいならばなんとかなるだろう。もちろん本人たち次第だが。

 あ、ちなみについでに聞いたことだが、レイノーたちは直接、皇帝と会える程度の地位と信頼を得ているらしいので追加要因はいないとの事。


「という事らしいがそちらはどうだ?」

「私たちなら大丈夫。行ってきてリーダー」


 すぐさま答えたのは、すぐ後ろで聞いていた旅団メンバーの一人だった。

 それを聞いたサラはこちらを向いて力強くうなずいた。


「よし。ならば問題ないな。それに私の背でも事足りるだろう。この手のことは早い方が良い。レイノーたちの呼んだ兵士たちが到着したらすぐ出るぞ」

「もしや私たちもあなた様のお背中に……?」

「ん? 当たり前だろう? それが間違いなく一番早い」

「は、はは、それは光栄なことで、貴重な経験であるな」


 そういったレイノーの表情はどことなく引きつっていた気がした。

 安心してもらって構わないんだがな。一般人を乗せた実績はあるぞ。安全運転は保証しないが。


 少し後についた兵士たちに後を任せすぐに出発した俺の背中からは、恐らくアイリーン以外のすべての者の悲鳴が空気を置き去りにして響いていた。



============



「ふむふむ。新しく誕生なされた灰竜様が、ねえ……。帰っていい?」

「その場でお待ちください。帰ってもその帰ってくる場所は基本ここです」


 豪奢な飾りの施されたしっかりしたつくりの大きな椅子にだらしなく全身を預けながらまるで横になるかのように座っている男がぼやいた言葉に、にいかにも硬い雰囲気をまとった三十後半程度の歳の男が答えた。


 二人はこの大国――エルハルム帝国を収める皇帝と宰相その人である。しかし皇帝の方にそうと思わせるような覇気はなかった。

 そして二人がいるのはいわゆる謁見などの大きなことを行う謁見の間とでもいうべき場所。だがそこにはこの二人以外の姿はない。


「はあ……。あなたはいつもそうだ。今回だけではなく、そもそもあの時も――」

「だああああ! 待った! わかった。わかったから説教はよせ! お前の説教は長すぎるんだ」


 それすらも方印象を持たせる遊びのない真四角かつ真っ黒の眼鏡をしっかりとかけなおし、ほぼ恒例となりつつある宰相のお説教モードの気配にとっさに皇帝は反省した。


「あたりまえです。そうしないとあなたは聞いてくれませんからね。ええ。お望みなら、どこまでも付きまとって説教をかまして差し上げましょう。で、今回はやる気が少しくらいは出ましたか?」

「ああ。でたでた、出ましたよ」

「ほう。今回はずいぶん早い。何か悪いものでも食べましたか? 毒見役がさぼったとかで」

「んなわけあるか。毒見役はいつだって超がんばってるよ。おじさんだってやらなきゃいけない時くらいわかってるってことさ」


 そういって体を上げた皇帝は、きっちりと整えられた宰相とは裏腹に、髪はぼさぼさで見た目こそだらしがない30代後半くらいに見えてしまうおっさんだが、その目にはまるで野生の肉食獣のような鋭さを宿していた。


「こんな地位、本当に嫌になっちゃうね」

「仕方ありません。他の連中があまりにも無能かつ弱すぎる。レイノー君には断られるし、ラスカーは王国に行ってしまうし……。まあ、頑張ってください。私もそれなりにはお手伝いさせていただきますので」


 実はこの帝国という国は、基本実力主義というそれなりに物騒な国である。帝都を離れればそれほどでもなくなってくが、帝都では強いものこそ正義といったような風潮が蔓延しているのも事実だった。

 というのも、この国の皇帝は年に一度、締めくくりに行われる武闘大会の勝者がなるというしきたりがありゆえに”弱者=地位的弱者”とみなされるのだ。そして強者はたいていが多少の時間を経ようとも強者であることに変わりはない。

 ゆえに老いて皇帝が敗北するまではそうそう皇帝は変わることはなかった。だがそこで諦める様な者はいない。結果、国民はいつでも強くあろうとし、同時に強さを重んじるのだ。もちろんこの大会にもいろいろと制約がある。帝国民以外の出場を禁じていたり、しっかりとした経歴等の検査の下行われる予選を勝ち抜いたもののみが出場権を得る、などだ。


「そうだな。いつも感謝しているよラド。周りの雑事はラドが」

「メインの大事はエル、アナタが。それが私たちの約束ですからね」

「そうだな」


 軽く言葉を交わす二人には確かに信頼と呼べる絆があった。

 『傭兵帝国』、『冒険者の楽園』――そう呼ばれるこの国を支える二本の柱。それこそが見た目こそだらしがないがその特殊すぎる『特殊』ゆえ皇帝となったエルと、たった一人皇帝とともに知力、実力を共に認められ行動することを許された宰相ラドだった。



==========



 俺の名前はクダノ。しがない一兵卒だ。ついでに平民。なので特に名前を覚える必要はない。俺たちはレイノー辺境伯が納める地ネウルメタの兵だ。加えて俺はあの歴史にも残りかねない大侵攻を目撃した一人でもある。

 今俺はドーグという街の郊外にいる。ここはそこそこ離れた場所なので移動はほぼ強行軍だった。大侵攻が終わってすぐ、後始末をしようとしていたところを、何でもギルドを通して増援の連絡を受けたとかなんとか言って適当な兵を数人探していた伯爵代理の大隊長に連行されたのだ。

 目的地やらなにやらをろくすっぽ聞かされていなかったが、まさか灰竜様がいるとは思わなかった。

 しかもおおざっぱに説明された情報から察するに、傷の旅団を灰竜様が助けたらしい。

 傷の旅団と言えば近頃、帝国中のありとあらゆる場所で騒がれている犯罪者集団だったはずだ。しかも俺たちが来た目的は別に傷の旅団は関係ないというし、そんな集団を灰竜様が救ったというし、なんか屋敷の庭が瓦礫の山だしでもう何がなんだかよくわからない状況となっていた。


 それで俺が郊外にいるのが、代表者として飛び去る灰竜様に同行した者以外の傷の旅団団員の監視のためなのだ。円を描くように応援できた大隊長以外の数人で等間隔に広がって彼女たちを囲んでいる。

 どうも彼女たちは灰竜様の配下にはなったが犯罪者でもあるので沙汰が下るまではあまり自由にはさせられない、という事らしい。


 ふと、円の中に視線を向ける。

 そこではほぼすべての旅団員がお互いに相談しながら自身の体を触って何かを確かめていた。

 俺は傷の旅団が助けてもらったというその内容を知らない。

 だから初めは彼女たちが何をしているのかなんて思いしなかった。

 突然その中の一人が円を描いている同僚に話しかける。


「ちょっとだけ隙間開けてもらってもいい? まだどうなるか予想が付かなくて巻き込んじゃいそう

なの」


 何をしようとしているのか俺も話しかけられていた同僚もさっぱりわからなかった。

 別に逃げるわけではないなら、と隙間を広げたその空間に対して少女はおもむろに腕を伸ばし手のひらを向けた。その腕はよく目を凝らしてみると生身ではないことがわかった。


「っ!」


 だれのうめきかはわからなかった。だがその脅威だけはよく理解できた。


 手のひらから放たれた熱線は、魔法というよりも自然現象の光の柱のようにも思えるほど透き通っていて、神々しくて――恐ろしかった。

 その光はあまり遠くまでは届いていなかった。だがその通り道はまさしく何もなくなっていた。地面はえぐり取られ、小石一つすら残っていない。


「す、すっごーい……」

「ほえ~、すごいね! 私もそういうくらい派手だといいなあ」


 俺たちは言葉を失っていた。だが彼女たちは違った。一瞬沈黙が訪れたがすぐさま喧噪へと変わっていく。中にはうらやむ声もある。


「私も、やる。ちょっと場所譲って」


 別の子が出てきて、先ほどの子と入れ替わる。その子は左足を膝から曲げたままあげ片足立ちの構えを取った。そのままゆっくりと足をまっすぐにしていく。まるでシルエットが一本の線のようになったと思った次の瞬間には彼女の脚は勢いよく振り下ろされていた。

 あたりを強い風圧が襲う。思わず顔をかばうように腕を上げた。風がやむころに恐る恐る何が起こったのかをうかがうと、先ほどの熱線のあとにくっきり爪痕のような一本の線が残されていた。


「うーん。地味?」

「十分じゃない? 見えないってそれだけで脅威だよ?」


 やはりまるで日常的に少女たちが話すような明るさで、戦場の兵士もあまりしないような話をする少女たち。


「次はあたし!」

「んじゃその次は俺な!」

「あ、僕も僕も!」


 何か楽しい遊びの予約でもするかのように、とてつもない力を試そうとする少女たちに俺たちは誰一人として声が出せなかった。


「ふふふ。怖い?」

「っ!」


 突然声をかけられた。動揺してまともに声を出せそうにない。気持ちだけが先行して漏れた声に不思議そうに話しかけてきた肩口ほどの長さの真っ黒な髪で、目元が隠れる程度に長い前髪の少女は首をかしげている。


「あ、いや、大丈夫だよ」

「ふふふ、嘘ね。いいのよ? 正直に言っても。きっと誰も怒らないわ。人によっては誇ってしまうような子もいるんじゃないかしら」


 今度は恐怖からではなく、内心を見透かされていることに対しての驚きで声が出なかった。髪の隙間からちらつく瞳が異様に妖しく見えた。


「私ね、さっきまで何にも見えなかったの。だから、見えていたころにはできなかったちょっとした変化を見破るってことができるようになっちゃってね。だからわかったの」


 彼女はおもむろに髪をかき上げた。

 どこまでも落ちて行ってしまうような瞳。そこには、黒目しかなかった。いや、よく目を凝らせば真っ黒な瞳の中をうっすら輝く線が幾重にも引かれているのがわかった。常にゆっくりと形を変えながら、まるで見るものをゆっくりと呑み込んでいくかのようにどこかを見ている(・・・・・・・・)


「っ!? っぁっ!?」


 声が何かにつっかえたかのように、出なかった。


 また、視界の外で爆発音が響く。まるで救いを求めるように、一瞬そちらに意識を取られ視線を戻したときにはもう、漆黒の瞳はなくなって濃い青の澄んだ瞳がこちらを見つめている。


「私たちのこと、どのくらい聞いているのかしら?」


 少女は独り言のように言葉を紡ぐ。


「んー? なるほど。あんまり聞かされていないのね。ふふ、私たちね、いろいろ大変だったの」


 また一瞬さっきの目になった後、そういった。


「竜は何にもしてくれないし、兵士たちは無能どころかただの屑。国はずいぶんと鈍感で、もうほんとヤんなっちゃう。でもね? そんな私たちにも神様が来てくださったの」


 うっとりとした表情で少女は話す。俺には竜様すら唾棄すべきことのように呼び捨てる彼女が、怪物か何かに見えてしまっていた。


「あのお方は私たちの希望で、誇りなの。だからこそみんな喜んで力を試す。誇るものだからこそ、怯えもしない。恐れもしない。私たちはあのお方のために戦う覚悟もある。ほんの少ししかみんなと話さなかった中で、みんなの意見が完全にそろったの。すべてをカース様のために、って」


 そして、一度だけにこりと、花が咲いたような笑みを浮かべて、中心へと戻っていった。


「っは、っは、っは」


 俺は、崩れるようにしりもちをついた。少女の視線が離れたことに――安堵していた。



前回のあとがきで言ったことをすっかり忘れていくスタイル。

ほんと申し訳ない。

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