三人組の男
死屍累々……とは、また違うが、まるでそんな雰囲気であるかのような惨状だった。
もとは大きなお屋敷の庭、といった風景だったはずが今ではガラクタ瓦礫の山だらけ、ついでに俺の足跡とアイリーンの爪痕も。周囲を威圧していたはずの門や美しい装飾の施されたお屋敷の壁やら何やらも穴だらけへこみだらけ罅だらけの状況となっていた。
もちろん、物だけではない。アイリーンだってあまりはっきりとは見せないが疲労しているようだし、もともとこの屋敷に住んでいたおっさんは砂埃まみれでいまだ夢の中だし、特に縛られてもみなかったはずの騎士連中もいつの間にか同じように夢の中だった。そして何よりも混沌としているのは傷の旅団の面々だった。サラはわずかにうつむき黙り込んでしまっているし、気絶せずに残っていたサラを除く三人は気絶していた面々を起こしたうえで、一人一人説明して回っている。ひどいのは屋敷の敷地内だけではない。ほぼほぼ役割をはたしていない門の外にも人だかりができていた。基本は自警団的な立場の人みたいだが、中には野次馬も混ざっているようだ。
うん。無理。収集とかつけられる気がしない。今俺の頭の中にある選択肢は一、逃げる、二、エスケープ、三、飛び去る、くらいだもん。コミュ障なめんな――ってか、こんなのコミュ障じゃなくたって無理だわ。
たとえこの世界で生きていくつもりがあろうとも、できることとできないことがある。俺には手足の代わりを創れてもこの状況をまとめる力はない。つまり、逃げる以外に選択肢はあろうはずもない。今こそこの竜としての真の力を見せるとき――と、行けたらどんなに楽だろうなあ。
そう。この世界を生きると決めたのだ。だからこそ、少し力を与えたくらいで彼女たちを放り出すわけにはいかない。それを俺は許せない。最低限この先を見届ける必要があると俺自身が判断したのだ。義務でも何でもない、俺のやりたいことで、やらなければならないと思ったこと。
まあ、どうするか何にも浮かんでいないことに変わりはないんだけれでも。
「さあて。この後どうするかね」
思わずつぶやいた俺のボヤキを聞いていたのか、合わせるように誰かに声をかけてくる者たちがいた。
「少々、お話よろしいでしょうか?」
目を向けるとそこには全体的に丸く太った、しかし顔だけ見ればきりっとしていて整った見た目の男、執事っぽい雰囲気の目つきの悪いの男、白髪に白いひげのなんとなく見たことがあるような老人という三人組の男がいた。
さて誰に話しかけているのか。……ん? もしかして俺か? 視線がこっちを向いている気がする。
「私か?」
「ああ」
どうやら俺だったらしい。
しかし、急な来客にはどう反応したらいいのかわからんな。
「何の用だ?」
「私はギルドマスターのローマン。ローマン・レーデといいます。少しご相談が。しかし、その前に、御礼を申し上げたく存じます。灰竜様、ネウルメタではお世話になりました。ネウルメタを守っていただきありがとうございました。篤く御礼申し上げます」
おお! さすがに言われれば思い出せるぞ! ネウルメタのギルドマスターだ。確かに見た。居た。
「あの時のか。なに、私は何もしていないさ。実際に守ったのは私の配下だ。私は最後に少し場をまとめただけさ」
「それでもです」
「そうか。それにしてもなぜここに? 別段ネウルメタから近い場所という訳でもあるまい」
「そうですな。そろそろ説明をさせていただきたく思います」
ローマンがそう言い終え後ろに一歩下がる。代わりに出てきたのは丸い恰幅のいい男だった。
「僭越ながら私から説明させていただく。その前に軽く自己紹介を。私はネウルメタを収めるレイノー・シャトーラという者である。一応は辺境伯と呼ばれる地位についている。そっちのじいさんはさっき名乗ってたから省くとして、後ろに控えている執事っぽいのはガシー・シンドラという。私の家の執事長を務めている」
「ふむ。あそこの街の貴族だったか。私の自己紹介は必要か?」
そう俺が質問すると、レイノーは軽く執事ーーガシーを指差し言った。
「いや、今回は省こう。私もこいつもあなたのことはよく知っている。私の街を救ってくれた英雄。新たに生まれた竜様だと、な」
「それならわざわざ名乗らなくともいいな」
まあ、そうだよな。あんだけ派手にやって知らないって言われたらそれはそれでショックを受けそうだ。
「では、今回私たちがこの場にいる理由と、姿を見せたわけをお話しするのである」
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「なるほど。つまり、違法行為を働いていることに気が付いていて、そこにこいつからの誘いがあったので体よく利用させてもらう予定だったと。しかしそこで偶然私たちが乱入してしまったため様子をうかがっていた、という訳か」
「その通りである」
軽く説明を受けた感じではこの場にいる理由はそういう訳だった。どうやら近くに皇帝の手の者を待機させてあるらしい。
アイリーンに確認を頼んだが、屋敷の少し離れた裏口側にそれらしき集団がいるとの事。なおアイリーンは現在省エネモードで探知範囲をだいぶ狭めているらしく、そのため言われるまで気が付かなかったとか。やっぱりだいぶ消耗したようだ。
「このタイミングで出てきたのは?」
「そいつをどうなさるのかお聞きしたくて姿を見せたのである」
大体予想はできた。レイノーたちはこいつの身柄が欲しいのだろう。
「良いぞ。こいつを確保したいのだろう? 恐らくは竜にではなく国としてけりをつけたいといったところだろう」
「ああ、その通りである」
正直俺もアイリーンもこいつにそれほど興味はない。あくまでも前の件の延長だし、今後同じことができなくなればはっきり言ってどうなろうと知ったこっちゃないのだ。それに、どちらかと言えば今回相手をしたコランやフィアネアの方が気になる。あと、自然な感じで混ざってくるである口調が気になる。である口調って初めて生で聞いたよ。
「こいつが使っていた首輪も出所はなんとなくわかったしな。もう用はない。自由にするといい」
そこまで言って気が付いた。彼女たち――傷の旅団の面々はこいつに何かしら恨みがあるんじゃないだろうか。結局うやむやになってしまったが、決着がついたわけではない。あくまで代わりの身体の一部が見つかっただけで失った本来の身体は返っては来ないのだ。
「ただ、私はよくとも彼女たちがこいつに何か恨みを晴らしたいといった場合は、こいつが死んでしまう以外では可能な限り許可してやってくれ」
傷の旅団の居る方を示してそう伝える。
「そうであるな。死ななければ、まあ、なんとでもなるであろう」
レイノーたちも話を聞いていたせいか、思うところがあったのだろう。あっさりうなずいてくれた。
しかしそのあとに急に黙り「むう」だとかうなりながら何か言いづらそうにし始めた。
「何か言いたいことがあるならさっさと言ってしまったほうが楽だぞ?」
いつまでも黙られていても困るので軽く促してみる。
「いやな、その、彼女たちのことで少し……」
ああ、そうか。なんとなく察したぞ。
すべてではないとはいえ、彼女たちが起こした事件も確かにあったのだ。であればその責任は取らさなければならないのだろう。
「そうだな。彼女たちにも事情があったのは確かだ。しかし、罪は罪。全くの御咎め何しも国としては示しがつくまい。いずれにせよ彼女たちは私には無関係だ。偶然助けたにすぎん」
「それは、つまり、『灰竜』とは無関係である、という解釈でいいのであるか?」
うーん。そうはっきり言われるとどことなくもやもやするが、まあ、他に言い方もないんだよなあ。
「そう、なるな」
その時、背後から声をかけられた。
「お話し中失礼します」
「なんだ?」
振り返るとそこには、俺がレイノーたちと話している間に事情説明など諸々を終えたらしい傷の旅団の面々が整列して立っていた。
「どうか、私たちの希望を聞いていただきたく、お声をかけさせていただきました」
ふむふむ。希望か。正直、さっきモヤモヤを感じていた通り、途中で放り出すみたいであまり気分のいいものではなかったから、できれば希望くらいは聞いてあげたい。
「なんだ?」
まるで壊れたレコードのように先ほどと同じ返事をする。
「私たちを、あなた様の配下にしてください。お願いします!」
「「お願いします!」」
一斉に頭を下げる傷の旅団を前に、俺は本当に壊れたレコードのように言われた内容を頭の中を反芻していた。
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私は、本来なら普通に農民として生活していくはずだった。しかし気が付けば理不尽な扱いをされ、逃げ出し、幾人もの仲間とともに賊のようになった。
私が傷の旅団に入る原因となったのはほかのもとたちと同じような理由だった。ただその内容は十人十色で異なる。
私を買った貴族は欲望の赴くままに私に乱暴を働いた。しかし、他の傷の旅団の仲間たちのようにあからさまに傷つけられはしなかった。そいつはただ一つ、私から奪うだけで満足していた。曰く、感度が上がるから、というくだらない理由で。わたしから『視界』を奪ったのだ。
痛かった。鋭い刃物で切り裂かれた。怖かった。開いているはずのそこに何も映らないのは。
しかし、時期にそれも慣れてしまった。いや、正しくは『あきらめた』のだろう。気が付けば私はされるがままになっていた。それでも、そいつはなぜか私をいたぶっていた。
そんな日も唐突に終わりを迎えた。当時の、旅団と呼ぶことすらできないような『仲間』が助けに来たのだ。私は感情を思い出した。ただ一言、旅団の子に言われた。「復讐しないか」と。私はそれに乗った。初めにやったのは私からたった一つを奪ったそいつから同じようにたった一つを奪う事だった。仲間に協力してもらいそいつの『視界』を奪ってやった。命は奪わない。燃え盛る屋敷のなか、ただ一人しか生き残っていないのだ。放っておけば死ぬ。私の命はあるのだ。私が直接命を奪うのはお角違いというものだろう。それで私は満足だった。だって二度と私の目は元には戻らないのだから。涙はとうに枯れていた。
それからはつらい旅だった。私は増えていく仲間に支えられ、旅をつづけた。『何もできない』のではない。『何をやっても足を引っ張ってしまう』のがただつらかった。いちいち仲間の手を煩わしてしまうのが、何よりもつらかった。だから私は、おいて行ってと伝えた。なのに誰も見捨てなかった。うれしいという思いと同時に、恐怖を覚えた。どんな『表情』をしているのかが、想像できなかったから。それでも私は、ついて回ってしまった。
そうして、あの突然生じた強大な存在に意識を失ったのだ。なまじ何も見えない分より強くその存在を感じてしまった。まるであいつが言っていたように。
私はそこで夢を見ていた。何のことはない、ただ真っ暗な、これから先の私たちの未来を示すかのような一寸先すらわからぬ空間に一人で立っていた。ただ恐怖と不安感を覚えた。だが恐怖はすぐに薄れた。これが夢だと理解したのもあるだろう。しかしそれ以上に、現実でも同じ光景をいつも見ていたからこそ、すぐに慣れてしまった。それでも不安感は拭いきれなかった。
なぜ、私は意識を失ってまでこんな闇の中にいるのだろう。みんなとともに旅をするようになってからはまともに夢を見たことなどなかった。それほど久しぶりの夢だというのにこの仕打ちは何なのか。
少し自嘲気味に笑みが漏れた。
その時、何もないこの空間で声が聞こえたような気がした。少し前に何度も、本当についさっき聞いたような、そんな声だった。
「あなたは何を望む?」
声はたった一言そう語りかけてきた。
望むもの?
私が望むものは何だろうか。平和、いつもの日常、あの時の平凡だった日々?
いや違う。今の私はそんなもの望んじゃいない。確かにあの時の、糞野郎に会う前の日々に戻りたいと思ったことはある。何度だってある。それでも、違うのだ。今の私が望むのは、欲するものは別の物なのだ。
足手まといにならない力。私はそれだけをただ望む。助けてくれた仲間たちに報いられるよう。たとえどんな『表情』をしていようとも、今まで支えてくれたという事実に報いたい。戦う力でもいい。みんなを支える力でもいい。万能でなくてもいい。ただ一芸に秀でてさえいれば、他の誰にもできないようなことができれば、きっとそれだけでみんなの力になれる。
そんな力が私は欲しい。
「聞き届けた。承った」
声はそれだけの返事を残して消えた。
なんだったんだろう。これは夢のはずだ。だというのに何であのような声が聞こえたのだろう? そういえば灰竜がどうのって言っているときに聞いたような……。
そんな疑問が浮かんだ瞬間わずかに浮遊感を感じた。きっと目が覚めるのだろう。
変な夢だったな。そう考えながらも私はその感覚に身をゆだねた。
私は傷の旅団の目立たないような一人。それだけのはずだったのに、この夢はこの先の立場を大きく変えたのだ。しかし、今の私はそんなことは思いもしていなかった。夢が冷めればきっとまた闇の中だろう、と。
その空間はいつの間にか真っ白な場所へと変わっていた。変わらず先は見えなかったが不安感はなくなっていた。
三か月も放置してしまい本当に申し訳ありません。ちょっと職場環境が変わったり花粉症が例年よりひどかったりしたせいで集中が続かずこんなに間が空いてしまいました。次はもう少し早く投稿できるよう頑張ります。今年もよろしくお願いします。




