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 円は憔悴していた。いや、心が折れかけている、といっても過言ではなかった。正確な日付けは分からないが、恐らくこの世界に来てすでに一月近くが経とうとしている。


 円はただひたすらに初めの頃の迂闊さを呪っていた。


 明らかに異変が起こっていたにもかかわらず、和真の命が危なかったがゆえに、何も考えずに助けを求め、思考停止していた。もう少し、もっといろいろと疑うべきだったのだ。


 円は和真と話を合わせられるように、異世界転移などの話を読んだことがあった。その中には確かにろくでもない連中が召喚者だったりした話もあったことを、全てが手遅れになったころ、円は思い出したのだ。

 果たして異世界なんぞに来てすぐに冷静でいられる人間など居るのかは別として、もう少し、観察できればと、いまだに考えていた。


 あの日、円は自身の首につけられたものの正体をかなり早い段階で知った。そして、自分が新しく得た力も。


 円に首輪をつけた男はそれをつけてすぐに、逆らうな、私の命令に従え、指示されるまではおとなしくして待機せよ、と指示を出した。円は急にかけられたその言葉に驚き動きを止めたが、男はそれを命令が受諾されたと判断し、自分からペラペラとしゃべりだしたのだ。


 その結果、この首輪がこの世界でも禁じられている『隷属の首輪』と呼ばれている者だと知った。しかし、同時に私には完全に効果を発揮していないという事も知ったのだ。


 異変はすぐだった。男が命令したにもかかわらず、円は男に聞いたのだ。カー君は本当に助かるのか、と。もし、首輪が十全に効果を発揮していれば、そういった質問すらできないはずの命令を出した。なのにもかかわらず、円はそう質問できてしまった。ゆえに男は首輪を持ってきたらしい存在に目を向けた。


 その存在は深く頭から全身までもをすっぽりと覆うほど大きな外套を身に着けていた。声は女の物だった。


 女は深くかぶったフードから視線だけをこちらに向けると、説明を始めた。その女が言うには、私には何か特殊な力が宿っていてそれが干渉を阻害し、首輪の効果と命令を不完全なものにさせているらしい。


 その特殊な力は、明確な境界線(ワタシノイバショ)と女はよんでいた。変な名前だな、と円は思ったが、不思議と心はその名を受け入れ、確かに自身の中にそのような力があると受け入れていた。


 明確な境界線(ワタシノイバショ)は、所謂見えない壁を現実、精神問わず展開するような能力だと説明された。その見えない壁は物理的な障害はもちろんのこと、精神的な障害をも防ぐのだという。


 それの力で首輪はまともな効力を失い、強く心から命じた命令にのみ七割程度の強さで効果を発揮するのだとか。それに本来ならいくつも命令を出せるが、今回のケースに限っては、命令者を傷つけるな、のような永続的に従わせられる命令は恐らく三つまでが限界、指示に従えあるいは、私に逆らうな、というような内容が時々によって変化し、更新されるようなタイプの命令に関しては不可能ではないが、本人が心の底から強く嫌がれば、命令が拒否されることがあり、全てに完全に従う訳ではない。それらを越すと首輪が壊れる、円が訊いたのはそんな内容だった。


 その報告を聞き男はひどくうろたえて女に詰め寄っていたが、すぐさま円に、私を傷つけることを禁ず、自害を禁ず、私に逆らう事を禁ず、と強く命令をした。


 その一週間後、円を召喚した国の軍のような組織とともに円は駆り出されていた。円に首輪をつけた男――セミセコは能力が使い物になるか実験をするといっていた。その駆り出されるまでの一週間も苦痛だった。


 汚い男が円に体を出せと迫った。心の底から拒んだおかげか、首輪の強制力は薄れ、また、碌に発動のさせ方を意識したことのなかった能力が円とその男の間に見えない壁を作った。


 一週間でその能力の使い方も訓練させられた。いくつも迫る火の玉や、鎧をまとった騎士たちのいくつもの剣や槍を死に物狂いで防いだ。


 そして円の有用性は、王国の世界最強を防いでしまったがゆえに、証明されてしまった。


 そこから円のいる国は様々な場所の偵察を繰り返した。碌に世界中に知らせが回らないほど早く、侵略活動の第一歩を歩みだしたのだ。――円を連れて。


 そしてとうとう、円の畏れていることが起こった。


 どこかの国の小さな村を襲ったのだ。円の能力故、比較的前に出なければならなかった。村の自警団だろうか、ささやかながら武装した男たちが奮戦していた。結果、円の目の前で人が死んだ。


 円は戦闘中は基本的に能力をこちらが有利になるように展開させられている。そのため、円のすぐ目の前が激戦区となる。そのうえ、見えない壁にさえぎられている相手はその術者をどうにかするために、明らかに何かをしている円を積極的に狙うのだ。

 それでも相手の技量が高ければ、この世界にきて初めに戦った軍団のように死者は出なかっただろう。こちら側の奴らは基本円の展開した壁の内側からは出ようとしないのだから。

 しかし、その時の相手は違った。村の自警団がそのような技量を持ち合わせているはずがなかったのだ。


 その結果、円の目の前で剣を振るっていた男が火の魔法を食らい火だるまになり、いくつもの矢に射られ、耳にこびりついて離れなくなるような叫び声をあげて、力尽きたのだ。


 実のところ、円は本当に嫌だと思えば、先に説明を受けていた通り壁を張り続けることを拒否できただろう。命令の内容を考えれば敵の攻撃を防ぐために能力を使え、という、決して強い命令ではなかったから。しかし、できなかった。円は心の底から嫌だと思えなかったのだ。


 死にたくなかった。円は訓練の時からずっとそう考えていた。円を召喚した奴らは、実のところ円が生きようが死のうがあまり気にしていなかったのだ。確かに円は強力な力を有しているが、大事なのはその能力であって、円自身ではない。そして、円を召喚した国の連中は念のためにと、召喚に協力したものに仮に対象者が死んでしまっていてもその能力を使えるようにする術を聞いていた。ゆえにその国の奴らは、訓練の時から大した手加減をせずに本気の殺気を円にぶつけていた。


 円はその時からこの世界の自分自身の命の価値を理解し、強く恐怖していたのだ。誰も守ってくれるものはおらず、助けてくれる者もいない。自分自身に危険が迫ろうと気にしてくれるものすらもいないのだ、と気が付いて。ほぼ無意識のうちに、死にたくはないと意識してしまった。

 それに加え、円はやろうと思えば自身だけを守るように能力を使うこともできたが、それをやると今度は戦闘が終わってからどうなるか分からない状況となってしまう。ゆえに能力使用を拒否できず、へたに小さい範囲で自身だけを守るように使用することもできず、最前線でただ立っているという状況になってしまったのだ。


 それからも円を召喚した国の行動がどんどん過激になっていった。一度戦場に立つたびに円の有用性が一つ証明されていく。

 それだけではなく、円が能力に慣れたころから、何も仕事がないときは、魔物の討伐まで命じられるようになった。


 命が奪われる瞬間を何度も目にし、魔物とはいえ命を奪った。心が擦り切れていくのがわかった。

 

 それでも、あの時に後悔自体はなかったのだ。直接確認したわけではないが、和真の命はかろうじて助かった、と教えられていたのだ。すべてを信用するわけにはいかないし、いつになるか分からないが必ず確認は取ろうと思いつつも、それでも、その事実だけは円の心の支えとなっていた。


 円は今日も、耐え忍ぶ。

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