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少女は●●●●だった。


 少女は、とある国の貴族階級に生まれた、ごく普通のかわいらしい少女だった。貴族特有の鼻につく高慢な態度もなく、階級をあまり気にせず周囲にも優しく健全に育っていた。少女はあまりにも『普通』に育ちすぎていた。


 しかし、両親はあまりにも『貴族』だった。


 少女を取り巻く環境が変わったのは、少女が5歳になるころからだった。妹が生まれた。

 両親は妹を溺愛した。実を言えばもともと少女の両親は、それほど少女に愛情を注いではいなかった。


 初めは両親も少女をかわいがった――愛していたのだ。しかし、両親とは似ても似つかぬ心優しい正確に育ってしまった少女に、自分たちとの違いを見出し、比べ、徐々に自己嫌悪し、その責任を少女に押し付け、気が付けば八つ当たりのように、愛情が薄れて行っていた。そこにきて生まれた『妹』。


 少女の両親はまるで薄れた分の愛を注ぐかのように妹を溺愛した。それでも少女は前を向いていた。芯の強い優しい子供に育っていた。


 妹が成長するにつれ、さらに両親の愛情にも熱が入った。もはや、少女は視界に入りすらしていなかった。

 それでも少女は学校にも通わせてもらえていたし、生活だって貴族らしい程度の普通の物で、妹もかわいらしく両親と違い仲も悪くはなかったから、文句はなかった。


 しかし、少女の心は本人すらも気が付かないうちに削れていった。


 ただ、ほんの少し、愛してほしかった。初めのころほんのわずかとはいえ愛されていた少女は、その温かさを、心地よさを知ってしまっていたのだ。

 それでも、少女は我慢した。


 そう時間のたたない頃、妹は少女と同じ学校に入学した。


 それでもいたって平和な何も変わり映えしない日常だった。学校では友人と楽しくおしゃべりをし、家ではたまに妹と遊び、一人でいるときは様々な本を読み漁る。そんな毎日。それでも十分楽しかった。友人とのおしゃべりは知らないことも色々と聞けたし、妹と遊ぶのは数少ない家族というものを感じられる唯一の要素だったし、本は違う世界に連れて行ってくれるようで我を忘れて読みふけった。特に、悲劇のヒロインというものは少女の今と少し重なり、より深く没頭できた。


 少女が10歳、妹は5歳になったある日、事件は起こった。妹がいじめられた。


 初めは少女は気が付いていなかった。


 学校の連中は間違えを犯してしまったのだ。姉があまりにも普通だったから、妹も普通だと思ってしまった。狙われた理由はただ、『貴族だから。でも反撃されなさそうだから』であった。いじめていた連中は平民の出の生徒だった。しかし、妹は十分に『貴族』として育っていたのだ。

 

 あっさりと、少しばかり大げさに両親に打ち明け、気が付けばその話を受けた両親が動き、妹は貴族というものを見せつけ、学校から数人の生徒が消えた。


 そして、家での少女に対する風当たりもまた、増したのだ。


 当然のように両親は犯人どもから理由を問いただしていた。その結果判明したのが、『姉が原因でなめられていた(・・・・・・・)』だったのだ。

 そして両親は貴族であるがゆえになめられることを良しとはしなかった。

 貴族はなめられたら終わり、とまではいかなくともそれが決して良くないことくらいは少女にも理解できた。


 両親は、少女を完全に見放した。それでも、少女は善人で通っており、友人などが少ない存在ではなかったため、両親は少女を捨てずに家においていた。あくまで関わることを止めただけだった。


 しかし、その決定を不服に思っている者がいた。それも、恐ろしく身近に。


 少女の妹は、いつまでも家にいる目障りな存在を疎ましく思っていたのだ。上っ面だけでふるまえる少女の妹はまさに、そういったこと(・・・・・・・)までが貴族だったのだ。


 少女は上っ面だけの妹には気が付けなかった。あまりにも妹は『貴族』であり、あまりにも少女は『普通』だったのだ。


 初めは心優しい少女の味方をしていた従者も、学校の友人たちも、ゆっくりと離れていった。妹は徐々に居場所を奪ってく。妹は、人心掌握術すら扱えるほどとなっていたのである。妹は良くも悪くも優秀だったのだ。


 気が付けば、少女の居場所などどこにもなくなっていた。妹はついに、両親が少女を追い出せる口実を作り上げてしまったのである。少女の友人や相談をできる者は、およそ味方と呼べる存在はすべて妹の味方となっていたのだ。それも、ここまでの大事なのにもかかわらず、かかった期間はおよそ半年だった。




 そうして少女は家を、学校を追い出された。




 少女がいくら強い子に育っていようと、それだけの環境に耐えられるはずもなかった。


 削られ続けた心はついに壊れてしまった。


 少女はどうやって歩いたのか気が付けば、さびれた裏路地にいた。腐っても貴族街、不埒な輩はいなかったがその分、碌に人の気配などなかった。その孤独は追い打つように少女の心を蝕んだ。


 少女は無気力に膝を抱えうずくまっていた。もはや歩く気力すらわかない。完全に折れてしまっていた。頭の中を思考がぐるぐると巡る。どうすればよかったのだろうか? しかしそんなものに答えなどあるはずない。なぜ私には何もなくなってしまったのだろうか。助けを求めるように、壊れたテープのように過去の記憶を思い返す。


 そんな中、少女の壊れた心は、記憶の奥にあったたった一つの感情を求めた。孤独を解消し、あまりにも冷え切った心と体を温めてくれる、とっても幸せだった(・・・・・)、そんな記憶。


 愛情だった。


 少女は普通に育った。ゆえに貴族として育った者のように、親からの愛情は必ずしも得られるものではないと思えなかった。普通ならば親ならば心のどこかに必ず愛情があるはずだと、思ってしまった。思ってしまっていた。ゆえに、あきらめることなく、愛してほしく頑張っていたのだ。その努力は、あまりにも悲しい結果につながってしまったが、心はその努力を忘れていなかった。心はどこかで読んだ英雄譚のような深い愛情を求めたのだ。忘れてしまえたらどんなに楽だっただろうか。しかし、そう思えばそう思うほど心は強く求めた。


 寒い。


 静かに少女は涙をこぼした。


 寂しい。


 気が付けば涙は枯れた。


 なぜ?


 体を支えることも、困難になった。


 誰か。


 ゆっくりと、地面に横たわった。 


 助けて。


 少女は、静かに呼吸を止めた。


 ―――愛して。


 少女は、目を覚ました(・・・・・・)


 愛して。


 ゆっくりと体を起こした。


 愛して。


 顔を上げた少女の前を、ゆっくりと雪が舞い落ちた。


 愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)愛して(タスケテ)助けて(アイシテ)




 少女は壊れていた。『普通』に育った少女は、『普通』ではなくなっていた。

 少女はゆっくりと歩きだした。




 私を愛して。


 道行く人に話しかけた。


 私を愛して。


 静かに眠る猫に話しかけた。


 私を愛して。


 ごみをあさる犬に話しかけた。


 私を愛して。


 何もない空間に話しかけた。




 少女は気が付けば生まれ育ったはずの家の前にいた。


 少女はわずかに正気に戻っていた。


 気が付いてしまったのだ。自分が誰にも気が付かれていない、相手にされていないのではないと。見えていない(・・・・・・)のだと。


 しかし、やはり少女は壊れていた。壊れたまま正気を取り戻していたのだ。

 みんななら、私を捨てた家族なら、私から離れていった者たちならば、|また私から離れるために《・・・・・・・・・・・》私に気が付いてくれるかもしれない。中には同情して私を愛して(幸せにして)くれる者もいるかもしれない。

 なぜか、そう考えていた。


 彼らは、初めは気が付かなかった。しかし、目の前で強く思えば、私の姿を認識できたのだ。しかし、彼らは怯えて、とうとう口にしてはいけないことを言ったのだ。


 お前よりも不幸な奴はいるのだ、と。だから、前を向いて別のことに希望を持て、と。あの人はああだった、この人はこうだった、と。


 そして。


 少女の前には、もともとは生前知り合いだった者たちがいた。


 少女は、かつての血縁を手にかけるごとに自覚した。私はもうすでに一度死んでしまったのだと。

 少女は、かつての友を手にかけるごとに理解した。私はもうすでに魔物なのだと。


 しかし、少女は悲嘆しなかった。誰も気がついてはくれなかった。自分の存在は魔物へと変貌した。それでも、この『悲劇』を少女は受け入れたのだ。

 少女は気が付いたのだ。私はきっと悲劇のヒロインなんだと。ヒロインはみんな幸せになっていた。愛を、もらっていた。私もそうなれるんだと。


 あまりにも突拍子なその答えは、不幸なことに同じく唐突な出会いにより肯定されてしまった。


「おや? ずいぶん薄い死霊ゴーストだね」


 惨劇を前に立ち尽くす少女の目の前に、不思議な雰囲気をまとった少年が現れたのだ。


「私が見えるの?」

「もちろんだとも」


 少女は予感した。きっとこの人が私のヒーローなんだと。


「君は何をしていたの?」


 少年がそう質問を投げかけた。


「何も。ただ、愛してほしかった」


 少女は反射的に答えていた。ヒロインとはこんなときどうこたえるのがいいのだろうか? そんなことを考えながら。


「君は、行くところはないのかい?」

「ないわ。どこにもないの。私の居れる場所は」


 やはり反射的に答える。少女はそんな体とは裏腹に、頭の中ではどう答えるのが、救われるのか(・・・・・・)を考えていた。

 その時、少年が決定的な質問を投げかけた。


「僕のところに来るかい?」


 今度も反射的に答えていた。しかし、それは先ほどまでの物とは違い、力強く、どこか狂気のようなものを孕んでいた。


「私を愛して(タスケテ)くれますか?」

「良いとも。君を助けて(アイシテ)あげる。僕とおいで」


 少女に、愛しい人ができた。

 同時に、少女の中に刻まれてしまった。絶望そこから希望を得るその瞬間が。どこまでも優しく、暖かな気持ちに包まれた記憶が。あまりにも深く刻み込まれてしまったのだ。


 少女は確信した。――やはり私は、悲劇のヒロインだった。


 少女は狂気を孕んだ。――そうよ。みんなが悲劇に陥れば、みんなが物語のヒロインのようになれる。

みんなが幸せになれる(・・・・・・)。みんなが救われる(・・・・)


 そう。


 少女は――優しい子だった。

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