復讐の結末1
声のした方を見ると、窶れた服というよりかはぼろ布と呼ぶ方が正しく思えるような物に身を包んだ、遠目から見ただけでも180センチはあるのではないかと思うようなしかしごつごつとはしておらず女性的な体つきをした肩口を少し越える程度の長さで特に切りそろえたとは思えないような髪型の黒髪の女性が立っていた。
おそらく口振りからしてあの集団のリーダーのようなものだろう。今アイリーンに捕まっている女性は初めは中に半身板集団を仕切っていたように見えたから、集団を二つに分けた際に一時的に指揮権を託されていただけだったのだろう。まあ、いくら恨みがあるとは言ってもああも短気ではまともにリーダーなどは務まらないだろうから当たり前な話ではあるか。事実、この女性はずいぶんと落ち着いて見える。
「お前は?」
アイリーンが簡潔に訊ねた。
アイリーン自身は何度も中の集団の様子を探らせて居たはずなので何となくでも彼女の立場を知っているはずだがそれでも一応の確認で訊ねたのだろう。
「私はこの、『傷の旅団』を率いている立場の者だよ。とりあえずサラと名乗らせてもらっている。初めまして。そして、以後お見知りおきを。竜の配下さん?」
傷の旅団! そうか、この集団がたびたび話題に上がる傷の旅団だったのか。
しかし、さっきの名乗りにあった竜の配下ってところ、妙に力が入っていたな。表情は平然としているんだが、何か思うところでもあるのだろうか。
というか、そんなことより傷の旅団ってあの町の惨状を作ったはずの集団だよな? あれ、でも俺たちは、っていうか、アイリーンは傷の旅団の動向をちょうど事件が起きたであろうタイミングで確認しているはずだ。それにこの集団にアイリーンの糸を妨害したり、糸の監視を潜り抜けられる力があるとは思えない。
一瞬、竜眼を使おうかとも思ったが、アイリーンとサラとの話がぐんぐん進んでいくせいで竜眼を使ったとしても意識を割けそうにない。結局あれは本の自動読み上げみたいなものだからな。
「そうか。ではとりあえずこいつはそちらに返そう。きっちり管理してくれ」
アイリーンが言葉とともに拘束を解いて人ひとりを軽く転がした。
「確かに。きっちりこちらで管理しておくよ。じゃあ、カメリア、そういうことだから少しおとなしくしていておくれ」
先ほどまで野生の獣のようだった彼女--カメリアは、サラの近くまでたどり着くとすぐさま立ち上がる。しかし、その言葉を聞いたからか、先ほどまでの興奮具合が嘘のように、サラの後ろへと下がっていった。
「で、私はリーダー格と話したいわけなんだが、お前と話せばいいんだな?」
「ふむ、まあ、そういうことになるかな?」
「よし。ならばさっそくこの襲撃を起こした理由を聞かせてもらおうか」
ようやくアイリーンが用件を伝えると、サラはきょとんとした表情になった。
「なんだ。そのくらい見てわかりそうな物なんだが……。まあいいか。うん。理由なんて簡単だ。そもそも相手を害そうとしているんだ。そんなときの理由なんてたいがい決まっているだろう? 何のことはない。ただの復讐さ。終わらせなければならない、というような意味合いもあったような気がするけれどね。本人を前にしてからはそんな偽善的考え、どこかに吹き飛んでしまったよ」
それだけ言うと、ふっ、とどこか諦観の色が濃い表情を浮かべた。つい、同じ目に遭う者が出ないようにという理由を忘れていたことに気がつき、戻れないと知ってしまったようなそんな意味がこめられているのではないか、と邪推してしまう。
「さ、話したよ? ああ、もちろん復讐の理由ならだいたい察しはつくだろう? そこの屑のやっていたことも知っていたようだしね。で、これから私たちはどうなるのかな? 犯罪奴隷送りかい? それとも多くの貴族を害した罪により見せしめの上極刑、とかかな?」
そういいながら笑う彼女は先ほどの表情が嘘のように明るい表情をしていた。しかしそれは決して気分のいい明るさではない。おそらく、違法奴隷になってから苦しいものに変わってしまった人生が終わる可能性を見てしまったが故の明るさなのだ。
そう。彼女の言うとおり理由はだいたい察しがついている。違法奴隷にされた、それだけではなく、その上でひどい扱いをされたことに対しての復讐なのだろう。
アイリーンはそんな問いになにも答えない。いや、アイリーンのスタンスは知っている。俺や、それに関わること、あるいは食べ物、あるいはアイリーン自身にかかわってくる何かにしかまともな興味を示さない。だからこその無言なのだ。これほどの話を聞いても口を挟む意味を見出だしていないのだろう。
問いかけをしたはずのサラもこちらの返事などかまわずそのまま言葉を続ける。
「それとも、私たちを同情から見逃したりしてくれるの? ふふふ、もしそうなったら、きっとまた私たちは復讐を始めるでしょうね。ええ、だって、今回のこの復讐は終わりではない。ようやく私たちの原因がいなくなる、始まりなのよ。それでも私は、私たちはここで終わってもいいと思った。だから死んで終わろうとさえ思ったの。それが見逃されでもしたら、まだ残っているこいつの協力者を潰して回るわ」
いつの間にか口調が別人のように変わっている。いや、あるいはあれが元々の口調だったのかもしれない。
口調が変わるあるいは変えている人はすでに何人かあっているが、そんな人たちとはまた事情の違う口調の変化。
双子の時は、相手が相手だったから。アイリーンは、はっきりとはわかっていないが何となくは察せる。
では、彼女の場合は? きっと幾つもの事情があったのだろう。彼女にも双子の時のように相手がいたのは間違いない。しかし、それが直接的な理由ではないのではないだろうか。彼女は今でこそこの集団のリーダーをつとめている。でもこうなってしまう前まではそんな立場ではなかったのではないだろうか。この集団はどんな理由であれ言ってみれば犯罪者集団である。動機が復讐であるとは言っても全員が同じ目的をもって動いているとは思えないが、それに近しい感情を抱いているのは間違いない。そんな集団が、恨みを抱いている人物と相対したとき果たしておとなしく指示に従うだろうか。従ったとして、あふれ出る感情の嵐を何のプレッシャーもなく毅然と振る舞うことなどできるのだろうか。一言で仲間を押さえられるほど信頼されるほど、自身の恨み辛みを押さえ込んでリーダーとして振る舞うことなどできるのだろうか。
俺には、できないだろう。きっと投げ出したくなる、誰かに任せたくなる、感情のままに叫びたくなる。
また、あの時のように胸が苦しくなった。しかし、すぐに薄れて消えてゆく。
彼女はそんな中を、口調を変え違う自分として振る舞うことで堪え忍んで今まできたのではないだろうか。
俺の思考とは関係なく、彼女の言葉は、胸の内に押さえられていた思いは堰を切ったようにあふれ始めた。
「だからっ、ねぇ……っ! どうして……っ!」
彼女は今、この世界において神であり、救いの象徴のような竜という存在にに近しい者を目にして、自身よりも上の存在を目にして止められなくなっているのだ。それこそ、溢れすぎて言葉が出なくなるほどに。
しかし、そんな光景を見ても、話を聞いてもまるで別の世界の出来事だと、自分には関係のない話だと、そう思って話を聞いているのだ。ただ漠然と、それを一つの出来事だととらえている。
実際、自身の話ではないし、今のところ俺にできそうなことは――深く考えられていないだけなのかもしれないが――よくわからない。
そんな中突然彼女が、100が突然0に戻るかのように唐突にふっ、と冷静になった。
「そうだ。私たちの話を少ししてあげよう」
俺は彼女を始めてみたとき、冷静そうな、落ち着いた人物だと思った。思っていた。
「そうだね。勝手にみんなの話をするのもどうかと思うから、私の話で、ね」
でも、今までの僅かな会話と、そしてなにより、たった今見せた百面相のような表情と感情の変化で、
はっきりとわかった。
彼女は冷静でも落ち着いても居ない。あくまで今彼女が居る立場がそう見せているだけで、先ほど暴れていたカメリアと同じように、あるいはそれ以上に奥底では押さえきれないほどの何かが燃えているのだ。
もはや、この場には先ほどの騒ぎが嘘のように、彼女以外誰も声を発するものはいなかった。
と、油断していたら、彼女の表情が困惑したようなものに変わり、視線がこちらに向く。
「あー、そういえば、君は?」
言葉に合わせて、ほぼ全体の視線がこちらに見た。
おっと、このタイミングで話しかけられるとは思ってもみなかった。が、これはこれでちょうどいい。はっきり言ってこの空気の中で、誰にも存在の説明をせずに突っ立っているのは拷問だ。
「私は、そうだな。そこのアイリーンと似たような立場の者だと思ってくれればそれでいいかな。今回はアイリーンが制圧、私がサポート、みたいな感じかな」
嘘は言っていない。が、この状況でわざわざ真実を告げる必要などないだろう。
「ふむ。了解したよ。であれば、あまり気にせずに話を続けるべきかな」
「ああ。ぜひそうしてくれ」
やはり、俺はまだ、どこか楽観的だったのだろう。その事実を、すぐ後に知ることになる。
またやはり一瞬で彼女の表情が変わり、今度は、まるで憑き物でも落ちたかのように無表情になる。
「そうだね。私は、そう、脅されて今の状態になった。立場も、状況もまあ、なんとなく察してくれているとありがたいな。まず、何をされたのか、それを簡潔に話そうか」
そういうと、おもむろに服の裾に手をかける。
俺が目を覆う時間もなく彼女は、やはり仲間たちと同じような、襤褸切れのような服をまくり上げた。
そこで俺は、彼女の見せたかったものを理解し、目を覆わなくてよかったと、思ってしまった。
「さ、これがされた内容の一部だ。全く、悪趣味もいいところだ。そう思わないかい?」
彼女の体は傷だらけだった。もちろん過去の古傷で治りかけあるいは薄皮が張っている、などと言う状況ではない。
傷口はいまだ、生々しく、場所によっては膿んでいるところさえ存在していた。
「私を、私たちを買ったやつらは大体どいつもこいつも似たような趣味嗜好の持ち主だったよ。つまり、後ろの連中も似たような状況ってことさ」
彼女の言葉に、背後に控えている集団の何人かが顔を背けた。未だ思い出したくないほどの記憶なのだと言うことは想像に難くない。
「ともかく、余りにひどいもんだから、私を買った奴を殺して一緒に買われた子と一緒に逃亡したのさ」
見せつけるようにゆっくりと服の裾を離す。今更気がついたが、その彼女の腕もよく見れば決して生身の物であるとはいえない、いったいどうやってあれは動いているのかさっぱりわからない、マネキンのような腕だった。おそらく足もそうなのではないだろうか。
そこで先ほどおっさんに喧嘩を売っていたカメリアという女性も、あまりその場から動いていなかったことを思い出した。
腕はどう見ても生身の物だったが、あの時の様子を見る限り、両足あるいは片足のほとんどが自分の物では無いのだろう。
「その後はこれと言って何も決めていなかったからね。一緒にいた子と軽く相談をした結果、私たちが偶然持っていた力を使って仲間を増やそうという話になった。故郷に、なんて言う発想はもう無かった。こんな体であの子たちに会うなんて耐えられそうになかったから」
ふと、静かなこの空間に小さく響く音が聞こえた。
それはすすり泣くその声を必死に押さえる声だった。
リーダーでありおそらくこの集団の『始まり』である彼女の話に、押さえきれなかった過去があふれているのだ。
「その結果が後ろのみんなってわけさ。まあ助けた数はもう少しだけ多かったんだがね。旅の中で力尽きてしまった子もいる」
その事実を口にしたとき彼女は、助けられなかった仲間を思っているのか、ふがいない自分を恨んでいるのか、唇をかみしめていた。
そういえば何故彼女は、彼女たちは竜に相談しなかったのだろうか。確かに竜はアイリーンですら会いたくてもなかなか会うことの出来なかった存在ではあるが、各地には竜の神殿とやらが存在しているというはなしだし、場合によっては竜に近しいそんんざいに話をつないでもらうと言うことも出来るはずだ。それに竜でなくても、ギルドやなんかのある程度の権力を持った存在に相談しに行くことも出来ただろう。そして、流れでとは言えリーダーとなってもきっちりとその立場を全うできるほどの彼女がそのことに気がつかないはずがない。
その事実に気が付いたとき、無意識のうちに問いかけていた。
「竜の関係者や、高い地位の誰かに、相談はしなかったのか?」
ゆっくりとサラの視線がこちらに向く。
「……そうだね。私もそれは少しくらいは考えた。でもさ、知っているかい? 私たちを買った貴族の家にだって、監査官くらい来るんだよ。当り前さ。好き勝手されるのは国からしてみてもあまり喜ばしいことじゃないからね。で、肝心のその監査官が腐っていたんだ。私たちにしてみれば監査官が気が付いてくれるかもしれないなんて言う甘い考えもあったわけだけれど――っと、話がそれてしまっているね。そう、その時に私たちは知ったのさ。ああ、上の連中も変わらず腐っているんだな、とね。それでも、まともな人間もいるのではないかと思って復讐の片手間に調べてみれば、それがうまい具合に穴あきで腐っていると来たものだ。まともな人間に話しても、どこかしらでそういったやつらに話が届いてしまうような、そんな腐り方だった。そこで私たちは役人を頼るのはあきらめた」
そこまでを言いきった後は、ゆっくり俺とアイリーンに視線を巡らせた。そして一つため息をついた。
「竜に関しては、なぜだろうね。頼ろうという気にもならなかったよ。理由は、まあ、八つ当たり、かな?あれほど大掛かりに動いていたのになぜ気が付いてくれなかったんだ、あれほどの人数が犠牲になっていたのになぜ助けてくれなかったんだ、そんな思いが私たちにあったのは事実だから。竜は、私たちにとって神でも何でもなかった。それに何より、この体で今更助かってどうするんだって考えもなくはなかったね。結局私たちはもう助かることをあきらめていたのかもしれない」
ふと、思い出したかのように彼女は言った。
「そういえば、仲間の中で今はもういない子がね、面白いことを言ったんだ。”腐った貴族は害にしかならない。私たちは正義なんだ”って。きっともう誰も覚えていない、わたしだって忘れていたようなことだけれど、この言葉は案外、忘れていても心のどこかで免罪符になっていた気がするよ。きっとこれもあって復讐以外の選択肢が視界から消えていったんだろう」
本当にそれでいいのだろうか。きっと彼女もわかっている。免罪符というくらいだ。理解していないはずがない。自分に言いきかさせるだけの甘い誘惑。復讐しかないという薄っぺらい現実。
だが、つい聞いてしまった。少し前まで、別件ではあるが考えていたからか、その考えに答えが出ずに終わってしまったからか。
明らかに苦しんでいる彼女たちの出した答えに、それを聞くのは一度収まった彼女の『何か』に触れてしまうとわかってはいても、その質問は、彼女に対してであり、答えのないまま平然としている自分に対してでもあるその質問は、口からこぼれてしまっていた。
「本当にそれでよかったのか……?」
そして案の定それは、彼女を、彼女たちを支えていた何かだった。
「良いわけ、無い。それで良いわけ、無いじゃない!? だって、人殺しよ? あいつらは確かに屑よ。でも、なんで私が、私たちがこれ以上手を血に染めないといけないの? 冗談じゃない! 私たちが、どんな目に会ってきたと思ってるの!? こんなことはしたくない、逃げ出せたのなら、関わらないで済むのなら! もう静かにただ普通に暮らしたい! でも、もうこれに縋るしか無いのよ、。こんな身体になってしまって、もう、普通には生きられない。別に、日陰者と嫌われるのが嫌な分けじゃない。だって。だってよ? その程度なら、何の問題も無いじゃない。確かに辛いかもしれない。いろいろ苦労もすると思う。でも今の私たちがその程度の声を耐えられないと思う?」
彼女が、まるで空を仰ぐように両手を左右に突き出すように広げた。
「そうよ、私達は違う。普通じゃないんだもの。文字通り、普通じゃないのよ。こんな腕じゃ、もう何も感じられない。暖かさも、冷たさも、手を握る感触も、好きな人を抱くことすら、出来ない。こんな足じゃ、地面を踏み締める感触も分からない、はしることも、歩くことすらままならない。友達と、仲良く町を回れないの。こんな目じゃ、こんな耳じゃ、こんな中身じゃ、………こんな、身体じゃ。もう、以前のような幸せになんて、なれないのよ!」
話しながら、広げた両手は力なく下がっていく。やがて頭を抱えうずくまるようにしゃがんでしまった。しかし、最後の叫びはまだ残っていた。
「だから。こんなくだらないことに、ひたすらに、ひたむきに、目を逸らしつづけたって、良いじゃないのよぉ!」
まるで子供が駄々をこねるような叫び。しかし、それは今まで抑え込んできた彼女の紛れもない真実の声だったのだろう。背後にいた彼女の仲間ですら、その彼女の初めて見いせるであろう様子に、内心に驚き目を見開いていた。
そして、彼女たちの叫びは、確かに俺の心の奥にも届いていた。あの時、あの村で襲われた、不思議な感覚。それが、彼女たちの心の底からの悲鳴によって、明確にその形を浮き彫りにさせた。
それは、自覚。
この世界において、俺は今の今まで生きてはいなかったのだ。今までの俺は、今の俺は、一つの小説を、一幕の演劇を視聴する、読者あるいは観客でしかなかったのだ。確かに、ネウルメタでは周りに迷惑を掛けないように行動をした。
しかしそれは波風立てずにこの話を楽しむための手段でしかなかったのだろう。
確かに一時、村では、辛うじて生きていたと言ってもいいのかもしれないときはあった。それでも、やっぱりそれはただ漠然と行動しなければならないと思ったからなのだ。
実感がなかった。
この、地球とは全く違うファンタジーな星で。人を殺したとしても実感すらわかない、そこには後悔の念もない、有るのはただ、人を殺したと言う、人が死んだと言う事実。この世界に居て、地球に帰りたいとは思わなかった。そこにどんな理由があるのかは知らない。しかしその中に、ここを物語の中の、俺が憧れた世界だと言う認識があったからだと言うのも否定できない話だ。
たとえば、小説が好きな人間が、自分の好みど真ん中の本を読んでいて、現実に帰りたいなどと果たして思うだろうか。それと同じなのだ。
なまじ強い力を持ってしまったのもいけない。今の今まで、そしてこれから後も、一体何度命の危機と言うやつに遭遇するのだろうか。いや、案外その回数は多いのかもしれない。それでも、今現在、それは無い。
その事実こそが、余計にこの世界に、今の俺に現実味を忘れさせてしまっていた。現実味がなければ、命に対する価値など紙も同然に軽くなってしまうだろう。
しかし、たった今、直面した。自分の出は無い。目の前の彼女たちの、だ。
そう、今の彼女たちにはあったのだ。命の危機が、この世界の実感が、血の匂いが――現実が。
肌で感じた。
彼女たちの声は、大気を伝い、俺の肌を振るわせ、なお心の奥にまで届いた。それはリアルを知っている者でなければ届かない場所。
目が覚め、そして今、俺は、地球で死んだあの時から、ようやく生き返った。
もう、あのような感覚は要らない。俺はこの世界で、竜として生まれさせてくれたこの世界で生きたいと思えたのだ。
まあ、結局今まで通りで特に変わったことはしないような事態にはなるかもしれないが。それでも今のこの問題には全力で取り組もうと思える。それに、いまだに命の価値に関しては完全に問題が解決したわけではない。いまだしこりのように俺の中では違和感が残っていた。本当に現実の感じ方の違いだけなのだろうか。なぜだかそれだけではないような気がする。
……まあ、今は俺が気が付いていなかった事実に気が付けただけでも行幸だろう。




