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騒ぎの中心

 その女はドーグの街よりわずかに離れた全く人気のない場所にいた。


「おひさー」


 実に気の抜けるような呼びかけ。しかし、その場に彼女以外の存在はいない。彼女は手に持った炎の燃えるような模様の刻まれた真っ赤な鱗に話しかけていた。


『ああ? なんだ、お前か。ずいぶんと久しぶりじゃねえか。確か前回の連絡はもう半年近く前だったか?』


 すると、鱗から、というよりかは頭の中に直接話しかけるような音で、男の声が聞こえてきた。


「まあ、覚えとらんがそんなもんだろうネ」


 何処か老人を連想させるような喋りでしかし相変わらず軽い返事で、曖昧あいまいながらもその声に同意の意を示し、くくく、と笑う、目が痛くなるほど鮮やかな長い赤髪の女。


『それで何の用だ? 今いろいろ忙しくてな。碌に周辺にあいつら(・・・・)の気配が見当たらねえ』

「んん? なんぞ探し人かい? そうだネ。この状況で、お前さんが今居そうな場所で、お前さんが探していそうな人物っていうとー、地竜か水竜あたりか? どうだい、わたしの予想は」

『大当たりだ。今回は地竜だな』


 その返事を聞くとまた赤髪の女は笑い声をあげた。


「くかか! お前さんよーっぽど焦っとるんだな。お前さんじゃ到底地竜は見つからん。あのステルス性能忘れたのかい?」

『……ん゛ん゛! ともかく、俺の話はおいといてだ。お前の用事は何だ? たった今俺の目的が地竜探しから風竜探しに変わった。目的地が遠いから急いでくれ』


 あからさまな話題転換にしかし、あまり触れることなく女は自身の目的を話し出す。


「急で悪いんだが、わたしゃあんたの配下から抜けさせてもらうヨ。あんたよりも面白そうなもん見っけちまったからね」


 この世界いでは明らかに異例な内容を何でもないことのように口にした女。しかしそれも当たり前なのだ。もともと、この女と男の関係自体が異例のもので、女が主を見出したその時にこの関係は解消されるという約束だったのだから。


『とうとうお前の御眼鏡にかなうやつに会っちまったか。まあ、竜の数から考えればずいぶんともった方か』


 だからこそ、男の声も、驚きなどの感情はみじんも混ざっていなかった。


『それで、そいつは結局誰なんだ? 雲か? 虹か? 案外、一周回って影ってのも、かかった時間的にはありあえるか?』

「いいや、秘密さね。会った時の御愉しみってやつサ。楽しみにしておきな」


 楽しそうな男の声にこれまた楽しそうに答える。


「……さ、これで最後。どうせまた近いうちに会うだろけど、もうこれは使うことはない。いや、わたしの主がはっきりと変わるんだ。これはもう持っていちゃいけないのサ」


 その声にはなんだかんだ言って、わずかに哀愁のようなものが漂っていたのは勘違いではないのだろう。


『そうだな。主が変わるんだからそれは余計な諍いを呼ぶもんだ。まあ俺たちは気にしていないんだがなぁ。周りがそれで許してくれないんだから仕方がねえ。それは自由に処分してくれや。くれぐれもその辺に捨てるなよ。問題になるし、それ以前に俺が泣くぞ』


 その軽口にまた、笑い声をあげ、最後の言葉を告げた。


「あばよ。命の恩人」


 それはその男との出会いを示す言葉。


『あばよ、行き倒れのバカ』


 それは女との出会いを示す言葉。


 確かに二人は一時的な仲で、しかし、確かにそこに絆はあって、それは友情とも愛情とも違う。利用しあうもの。それでもお互い後悔などはなく、不快感もない。


 女は思い出し、笑う。

 心地よい関係だった。


 きっとあいつもそう思っているだろう。そう確信しながら女が手に力を入れ、そんじょそこらの魔物ではかなわないほどの力をもって鱗を握りつぶした。


 風は割れた鱗のかけらを運び、いずこへと消えていった。


「さぁーて、帰る前に少しばかり遊んでいこうかねぇ。あとお昼寝も、ネ」


 女の顔は、この先待っているであろう出来事を想像し、遠足を前日に控えた子供のように実に楽しそうな笑みを浮かべていた。



==========



 一度、屋敷に入る前に足を止める。

 下見に来ていたのでわかってはいたがやっぱり大きいな。これにすんでいる人間が本当に臆病なのだろうか。むしろ、自己顕示欲の強い人間に思えてくる。これはあれか。上昇思考の強い臆病者パターンか。


 ともかく、騒ぎはすでに起こっている。一応俺たちが行動を開始したのは、謎の集団が行動を開始しようとしたタイミングではあったが、さすがに事が起きる前につくことはできなかった。まあ、間に合うなんて期待はしてなかったけど。


 目の前の大きめの鉄檻のような門は、昨日の段階では、二人の門番を両脇に携え、ただ静かに口を閉ざし周囲を威圧していた。

 しかし今は、周囲にはだれもおらず、門自体も大口を開け、訪問者を誘っている。そして少し行った先から聞こえてきているであろう、罵声のような声がうっすらと響いてきている。


 さて、どうするかね。

 敵の強さは未知数。アイリーンの蜘蛛の糸を欺くことができるものがいる恐れがある。襲撃があった時にすでに屋敷のそばにいたとはいえ、アイリーンという実力者を欺いた時点で、警戒しすぎるくらいの方が良いだろう。まあ気にしすぎで結局何もかもが手遅れでした、っていうような事態は避けたいから、ほどほどにだがな。

 でも勢いのまま突っ込むのはちょっと抵抗があるな。

 すでに大事ではあるものの、今更少し遅れようがそう変わらないだろう。爆弾もすぐに起爆させることはないだろうし、こういっちゃなんだけど、襲われる側が悪人であることに間違いはないから、そこまで急ぐ理由がないというのもある。しかし、このまま行くと襲撃者側も自爆覚悟っぽいので止められる程度には早めに行動しないといけないのは確かだが。っていうかそういえば俺って、この屋敷に被害者がいるのかまだちゃんと確認してなかったんだよな。アイリーンに頼むのをすっかり忘れていた。

 ちょうどいいし今ここで聞いておくか。それで、ここに犯人がいることも確定できるしな。


「アイリーン、中の様子は? 集団の動きとともに、被害者と思しきものがいれば、それがどこにどの程度いるかの確認もしたい」


 ということですでに張っておいてよかった蜘蛛の糸を使っての索敵を頼む。


「……現在、屋敷の中に数名個別で行動している襲撃者が散っています。手元に先ほどお話しした魔石を所持していますので、起爆役かと思われます。それ以外は屋敷の中に少数の集団で行動している襲撃者がおそらく玄関前の庭を目指して進行中、残りが、その庭にて領主と思しき男とその護衛らしき男二人と対峙中という状況です。それと、被害者の存在ですが……屋敷の中にはそれらしき者は確認できま――いえ、待ってください。どうやら、屋敷の中で動き回っていた集団の中に交じっているようです。わずかに交わされた会話から推察するに襲撃者が被害者と接触し、そのまま仲間に引き込んだのだと思われます」


 まあ、案の定自爆する気だったわけだが、屋敷の中に散らばっているとなると、止められるか怪しいな。

 それに被害者が襲撃者側に合流しているというのも気になる事実だ。もちろんこの屋敷の住人に恨みを持っているであろうことは予想できるからそこまでおかしくもないが、それでもそんなに簡単に説得ができるのだろうか。もし、恨みを晴らす機会が訪れたのだとしたら、謎の襲撃者と行動を共にするよりも、一人で対象を探しに行きそうな気もする。

 見知らぬ集団とともに行動していては復讐を果たす機会を逃す可能性だってあるのだから。

 まあ、何も考えずに似たような目的を持っている集団に誘われたからついていったという可能性も否定はできないか。実のところ襲撃者の目的はまだ確定できないわけだしな。ここまで来ればなんとなく復讐のような感じもしなくはないが、誰かしらに命を狙われていて特攻要員が送り込まれた結果、今の状況になっただけで襲撃者は特に領主たちに関して何らかの感情を抱いていない可能性だってなくはないだろう。


 まあ、ここでうじうじ考えていても仕方がない。今はとりあえず手遅れになる前に動いておいた方が良いだろう。目下の問題は自爆するであろう数人の妨害か。


「アイリーン、魔石組の無傷の捕縛は可能か? できれば魔石を起動させたくない」

「少々お待ちを――はい。可能です。遠隔より糸を操り、起爆者及び魔石の無傷の捕縛ができます。行いますか?」


 おお、ここからでもそこまでの芸当ができるのか。


「わかった、では頼む」

「承知いたしました」


 よしよし。これで任せておけば自爆テロの危険はなくなるだろう。いざ出しゃばったタイミングで、自爆で俺たち以外つかまっていた被害者もろとも吹き飛びましたでは格好がつかないからな。

 逆にこれで失敗したとしてもわかることがあるからそれはそれで問題はない。具体的には自爆組には少なくともアイリーンノ驚異になり得る存在が居ないということがわかるからだ。すでに索敵に成功している時点でわかっている気もするが、索敵だけならわざと見逃しているケースも考えられる。しかしこれは直接干渉する行動だ。何かしら行動を起こすのだとしたら、ここが一番可能性が高いだろう。ここでも見逃す可能性はあるがそこまで考えても仕方がない。


「カース様、何事もなく、魔石の処理が完了いたしました。それと、つい先ほど屋敷の裏手に三人組の男が現れました。細かい情報を得るため、屋敷にのみ意識を集中していたせいでうまい具合に屋敷に対して張った糸から逃れていたようです。申し訳ありません私のミスです。いかがいたしますか?」


 おお、無事に終わったか。これで少しは安心できるな。しかし、新手か? 下手に手を出されると面倒なことになりそうだが……っていうかアイリーンって糸での捜索、分けて行ってたのね。まあそりゃそうか。一度に全部やるのは相当に無理がある話だろうし。その程度でいちいち目くじらを立てるほど俺は狭量ではないつもりだからな、どうこういうつもりはないさ。


 ま、それはともかく。


「別に、見過ごしっぱなしでは困ったことになっていたかもしれないが、結果的には特に何かしら問題も起こることなく発見できたのだ。ならばその程度のこと気にする必要もない。それより、そいつらはどちらの勢力かわかるか?」

「ありがとうございます。動きからして、どちらの味方でもないようです。わずかに交わされる会話から察するに、どうやら何者かを待っているようです。それと、この三人組はそれなりの実力者ではないかと推測されます。これだけ派手に動いている集団に見つからず屋敷の裏手までたどりついたようですので。私の予測であれば、すくなくとも庭にいる護衛らしき男よりかは強いです」


 実力者かー。でも話を聞く限り今のところはこっちに手を出してくることもなさそうだし放置でいいか?


「町中にこちらに向かっている者はいるか?」

「……現在、騒ぎを聞きつけた衛兵らしき集団と、先ほどの宿の件で集まっていた残りの衛兵が、最低限の人数を残してこちらに向かっているようです。それ以外は今のところ見当たりません」

「そうか……」


 ってことは今のところ裏手の三人組が誰を待っているのかは不明か……。まあいいか。すぐに動かないんだったらやっぱり放置だな。


 むしろ、庭が先ほどよりも騒がしくなってきた。さっきまでは数人の怒鳴り声のようなものが聞こえただけだったが、今は何か硬いものがぶつかり合うような音まで聞こえてきている。


「よし、いったん三人組は放置する。アイリーン、庭の様子はどうなった」

「現在、軽いののしりあいだったはずの争いが、二人の護衛が脱出を図ろうと行動を開始し、例の集団のなかの武器を所持している者との剣の打ち合いになっているようです。ちなみに、まだ屋敷の中にいた集団とは合流できてはいません」


 おっと。合流はまだできていないのはいいことだが、結構自体は進行していたようだ。さっさと割り込むか。この様子だとこっちにもアイリーンの糸を妨害した奴はいなさそうだしな。

 あと割り込んだ後のことも考えておかないといけないな。一応、変に被害を拡大させないためにここにきているわけでもあるから、目的だけで言えば魔石を確保した段階でほぼほぼ片付いているわけだけど、このままいくと伯爵も殺されてしまいそうな勢いだし。まずは、止める。これは確定として、とりあえず動機をしっかり聞いておいた方が良いか。それこそ、恨みもちだったら大体理由はわかるからできる限り傷をつけずに一度確保するって感じの方が良いだろうし、ないとは思うが暗殺者的存在だったら容赦はいらないか全力で制圧して、後でゆっくり聴取って感じでいいかな。そもそも、確保しちゃった後は内容が内容だから国に任せてもいいわけだし。よし、それじゃあ――


 ――そういえば、なんて言って割り込もうか。


 はっきり言ってその辺りは考えるのを後回しにしていたこともあってなーんにもいい案がない。いっそアイリーンがよく提案するように堂々と竜ですと名乗って割り込むのが吉か? 別に隠し立てすることでもないし、もう少し自体が控えめで目立っていなかったら別の方法を考えるべきな気もするが、もう街の衛兵が集まってきているくらいには騒ぎになっているわけだし……。


 うーむ。


 あ、そうだ。割り込む口実とその権力というか力があるということを両者に伝えることができればいいんだから、まずはアイリーンに竜の配下だって名乗らせればいいのでは?

 これなら、しょっぱなから竜が来ましたよとは公表せずにしかし、確実にこの状況に混ざれるだけの立場を示せる、気がする。


 よしよし。もうこれでいい気がしてきた。嘘は言っていないし、いざとなったら結局俺も名乗ることにはなると思うけど、もし万が一アイリーンが名乗るだけでなんとか片が付きそうならこれ以上騒ぎを広げることもなくなる。


 おお! 我ながらグッドアイデア。


「アイリーン。今からとりあえずは庭の方に割り込む。その際にアイリーンは俺こと灰竜の配下であることを名乗って仲裁してほしい。それでどうにもならなければ俺も名乗るが、まずはアイリーンがそう名乗った方が初めから俺が名乗るよりも刺激をあまり与えずに済むだろう。へたに刺激を与えてもう後戻りできないとでも思われて自暴自棄になられるよりもずっとましだからな。一度場を落ち着かせたら、謎の集団側の襲撃の動機を聞きたい。その結果次第では、後を国に任せるためにも両者ともに確保という形にしたい」


 と、俺のアイデアをアイリーンに伝えただけなのに、アイリーンがちょっと驚いたような顔をした後、何かを決意したような顔をした。

 あ、これはやっちまったかも。なんかネウルメタでもこんな感じだった気がする!


 しかし、慌てて修正しようにも、これ以外の案はない。


「承知しました! このアイリーン、カース様の配下にふさわしい働きを御覧に入れます。初めての、初めから配下と名乗っての、この命令、必ずや成功させて見せます!」

「お、おう。そうか」


 言葉が力強い! すごい圧力を感じる。

 そうか、はじめっから配下だって名乗って行動するのはこれが初めてってことになるのか。そうだな

初めてなら張り切るよな……?

 うん。まあ。いいか。むしろ、あれだ。逆に安心できるな! 何やる気か知らんけど、目的が果たせれば何でもいいや!


 よし、行こう!


「よし、任せたぞアイリーン。ただし、俺の指示はしっかりと聞くように。では行くぞ。あ、あと名乗りを上げるときには俺の名前は出さずにな。そうじゃないと俺のことを呼ぶときに苦労することになる」

「はっ!」



==========



「くそう! もっとしっかり私を守れえぇ! 早く無礼者を打ち倒せえぇえ!」


 まず視界に入ったのはそう叫ぶいかにも貴族然とした細身の男だった。囲まれているにもかかわらず、その醜態はこうして真っ先に視界に入るほど目立っていた。


「ふざけるなこの糞野郎がぁあああ!!」


 そしてその男に向かってどこかぎこちない動作で剣を振り下ろしている女性とその後ろに集まる女性の集団も同時に目に入った。

 剣を持った女性は少しばかり汚れたローブのようなものをはためかせ、男を守る兵士と切り結んでいる。よく観察してみれば、初めにぎこちないと感じた理由はすぐにわかった。彼女はその場からほとんど動かずに上半身だけで相手をしているように見受けられたからだ。下半身はまるで固定されているかのようにほとんど動かずごくまれに位置を調整するかのようにずれるようにして動いているだけだった。恐らく怪我をしているのか今回の襲撃で痛めたのかわからないが、足が悪いのではないだろうか?

 そして、かぶっていたであろうフードはすでにはずれ、足の不調にもかかわらずいまだ切り結ぶことができる理由が容易に想像させる怒りと憎しみに染まった相貌をさらしていた。

 いや、その女性だけではない。集団のほぼ全体がみな少なからず怨嗟の炎を瞳に宿していた。


「アイリーン!」


 正直あまり状況はいいとは言えず、つい慌ててアイリーンの名を呼んだ。


 それだけでアイリーンは軽やかに地を蹴り俺の横から飛び上がると、その騒乱の中へと身を躍らせた。


「そこまでだ!」


 そう叫びながら実に身軽に着地――はせずに、勢いのまま地面を蹴りつけた。それだけで、軽い揺れとともに歩道用に整備されていたであろう飛び石に亀裂が入り、最もまじかで衝撃を受けた石は砕け散った。


 当然、これらの行為はだれもいない隙間を縫うようにして行われていたため、けが人などは出ない。


 あまりの衝撃に両者がバランスを崩しながら、動きを止める。


 そして訪れるわずかな沈黙。その中で、ゆっくりとした動作で顔を上げたアイリーンは軽くあたりを見まわし口を開いた。


「私はカ――灰竜の配下の一人! アイリーンだ。此度の争い理由は何であれ、両者、武器を下ろして、おとなしく投降せよ!」


 実に堂々といた言葉だった。若干危なかったけど。


 なんにせよすげーな。俺にはとてもまねできそうにない。


 さすがにあまりにも唐突な登場に両者ともにすぐには行動に移せずに呆然としたままアイリーンに視線を向けている。


 しかし、さすがは貴族といったところか、それとも犯罪に手を染めているだけあって肝が据わっているのか、すぐさま自分を優位にするために口を開いた。


「お、おお! 竜の配下の方ですか! ちょうどいいところに来てくださいました。見ての通りわが敷地内に賊どもが押しかけてきまして、制圧に苦労しておるのです! どうか手をお貸しくださいませんか?」


 まあ、何ともよく回る口と頭だ。とっさにその言葉がスラスラ出てくるのだから貴族というものは何とっも生き汚いというかなんというか。


 しかし、当然だがそんな言い分通用するはずがない。


「何を言っている愚か者。その汚い口を閉ざして、冷静になって考えろ。なぜこんなにも都合よく竜の配下が近場にいた? それがこの唐突に発生した事件のためという発想に真っ先に行きつくようだったらその頭一度医者に診てもらった方が良いぞ?」


 張り切っているアイリーンが実に生き生きと本来の目的を暗喩するとともに罵詈雑言を飛ばす。ついでに口調も地が出てきているな。


「な……に? ――はっ!? ま、ままま、まさかぁ」


 そして貴族――じゃなくてもうおっさんでいいや。おっさん側はアイリーンの言葉に思い当たる節があったのか少し考えたのち一瞬で顔を青くした。まあここで思い当たる節がないといわれても全部わかったうえで来ているので問答無用で確保なわけだが。


「ふん。わかったのならおとなしくしていろ。いずれにせよお前たちの相手は後だ」


 そう言い捨てるとアイリーンがいまだ事態が呑み込めていない女性集団に向き合った。アイリーンにしてみればそれでおっさん側は一旦終わりだったのだろう。しかし、おっさんはそこで終わらなかった。どうやら今までばれていなかったと思っていたはずの犯罪が露呈していたことに、動揺していたようだ。


「あ、あ、あああぁぁぁぁぁ!」


 アイリーンの視線が自分から外れたとわかったとたん、護衛の男から剣を奪い取り切りかかっていた。


 しかし、アイリーンとてその程度できられるたまではない。

 

 謎のアイリーンの糸を封じた存在さえいなければ少なくとも糸を巡らせた場所ならば死角はないも同然なのだ。


 おっさんは振り上げた剣を下ろす時間すらなく糸に巻き取られた。


「やかましい。お前は後だといっただろうが。そこで大人しく寝ていろ無礼者」


 口元にも声を出せないように糸をまかれ、そのまま地面に打ち捨てられた。

 そのまま、ぎろりと音でも聞こえてきそうなほどに剣呑な視線を護衛の二人に向けた。


「お前たちも、こうなるか?」


 おっさんと同じように邪魔をする気なら簀巻きにして転がすぞ、と脅しをかける。護衛二人は感心してしまいそうなほどの反射速度で首を振っていた。


 一応それで納得したのか、これで面倒事も終わりと言わんばかりにため息を一つ付き女性集団との会話に入ろうとしたアイリーンだが、それでもまだ会話ははじめられなかった。


「さて――」


 振り向いたアイリーンの目には、アイリーンの横をすり抜け身動きの取れないおっさんに切りかかろうとする、初めに護衛と切り結んでいた剣を持った女性の姿が映っていた。

 当然、アイリーンがそれを見逃すはずもない。


「なっ!」


 驚愕の声が女性から漏れた。彼女はまるでそこだけ時間が止まってしまったかのように剣を振り上げ、壁にうつかるかのような前傾姿勢のまま動きが止まっていた。四肢に、胴に、首に、極細の糸が巻き付いて動きを制限しているのだ。


「誰が勝手に行動していいと言った」


 アイリーンの鋭い声が飛ぶ。しかし、やはり問答無用で簀巻きにならなかったのは、何かしら気遣ったからだろうか。


「見たところ、お前がこの集団を率いている。加え、なにやらお前らに対してわが主は思うところがある様子。それらに免じて簀巻きは勘弁してやる」


 と、いうことだったらしい。どうやら俺が彼女たちにそれなりに気をやっていることがばれていたようだ。まあ、別段隠しているわけでもないしばれない方がおかしい気もするが。


「とりあえず力を抜け。お前が力を抜いたのがわかった後に拘束を緩めてやるから剣を下ろせ。従わない場合は簀巻きだ」

「くっ……! ぐぅうう!」


 どうやら交渉は失敗に終わったらしいな。どう見ても抵抗している。


「はあ、仕方がな――」


 アイリーンがあきらめて高速に動こうとした瞬間、ずいぶんとよく通るハスキーなしかしはっきりと女性だと認識できる、そんな声が広場に響いた。


「すまないね。私の連れがずいぶんと聞き分けのないことをした。その辺りで勘弁してくもらえないかな? 私の方でよく言い聞かせておこう」





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