それぞれの思い
R-15
謎の人物の場面からグロ注意あります。ご注意ください。
「は、ははは、ふははは、これだ。これしかない」
きらびやかな服に身を包んだ細身の男――プラリーニョ伯爵はまるで気でも触れたかのように、狂気に満ちた表情でつぶやくように笑った。
「素晴らしいアイデアだ。これなら、私の身を守れるうえに、厄介者が消せる。素晴らしい、素晴らしいぞ!」
初めは小さかったその声も、徐々に大きくなっていく。しかしそれは、決して自信の表れではない。
「何もかも、あ奴に押し付けてくれる! そして私は更なる発展を遂げるのだぁ!」
そう、その声はただ自分を鼓舞するためだけにあげられていた。
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プラリーニョ伯爵は、真っ黒な奴隷売買に手を染めていた。初めはそんなこと考えてもみなかった。とはいえ、もともとそれなりの野心、というか目的はあった。
それは自身のみを守れるほどの金を、強きものとの縁を手に入れるという野心と呼べるかすらわからないものだったが、彼は日々そのためだけに努力をしていた。しかし、そのあまりにも保身的なやり方のため一向に成果は出なかった、いや成果など出る由もなかったのだ。が、とある出来事をきっかっけにそれを始めた。
それはたった一度の出会い。
あるとき不思議な少女に声をかけられ、渡された真っ黒な首輪が始まりだった。
ろくに言葉を交わさないうちに渡され、その首輪に目を奪われているうちに、ろくな説明もなく煙のように消え去ってしまった少女。
はじめは呆然としていたがあまりにも目を引く漆黒の首輪の正体に予想が付いてからは早かった。
ひとまず実験としてすぐそばを歩いていた雇われメイドに首輪をつけ、確信する。これは竜によって回収とともに禁止された隷属の首輪なのだと。
じつはこのブラリーニョ伯爵は竜に対する敬う心のようなものはろくに持ち合わせていなかった。じつはそんな人間は決して少なくはないのだ。特に実際に竜を目にすることのないものはこの手の傾向が強かった。
その日からブラリーニョ伯爵は奴隷売買による資産増加勢力拡大のための計画を練り始めたのだ。首輪ははじめに一つしか受け取っていなかったものの、効果を確かめ、使用を決心した次の日には、自身の執務室に山と首輪が置かれていたのだ。本来であれば、また、彼の性格を考えるのであれば怪しんでしかるべき状況であったが、彼は首輪が一つしか渡されていなかった事実に頭を抱えた次の日のこの状況に浮かれていたが故にそこまで意識を裂くことが出来なかった。いや、或いはなにか別の要因が関わっていたのかもしれない。もしそれを周囲に集い始めた協力者たちが察することが出来たのならば彼らの結末は大きく変わっていたことだろう。しかし、それを確認することも後悔することももう出来はしない。
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俺は、屋敷へと駆けながらもいまだに先ほどの感情、感覚について考えていた。
盗賊を殺したときの他種族かつ悪人だからという理由づけも随分と無理があった気がする。もちろん、この世界ではそれが普通だと言われればそれまでナ程度の違和感だが、俺はそもそもこの世界の出身ではない。地球の、それも実に平和な日本の常識から考えれば、決して普通であるとは思えないのだ。なぜなら、俺は地球にいたころでも他種族だからという理由で犬や猫なんかの動物が死んでもいいとは思ったことなどないし、ましてや、何か悪事を働いたからと言って、実際に殺してしまおうとはさすがに思わなかった。
その理屈からいえば、たとえ世界が変わったとしても、俺の中の今までの考えというか思考回路というかは変わらないはずなのだ。
それに、だ。思い返せば、俺がこの世界に来た時の思考からしてすでに少しずつおかしかったのだ。
俺はあの時、確かに死というものを感じていた。体の奥底から湧き上がる死という感覚。
階段から身を空に躍らせ、意識を失ったときはっきりと強い衝撃を知覚していたし、この世界で目を覚まし、その時のことを思いだそうとしたときに体ははっきりと命を失う感覚を覚えていたのだ。
それなのに、それほどのことなのに、俺はあっという間にその感覚を忘れ、この世界に対しての期待で頭をいっぱいにしていた。未練と言えるようなものも、なぜかあっさりとあきらめて行動を開始していたのだ。
何が『ありがたく思おう』だ、あの時の俺。ありがたいのは事実だが、それとこれとは話が別だろうが。
いくら死を自覚しているからと言って、改めて考えてみればこれはやはり普通ではない。自覚をしたからか、はっきりとわかる違和感。
ここで言う未練とはいわば、生きた証。死んでしまえばそれまでという常識の中で、運よく、非常識にも、第二の生を与えられた者位しか感じることのできない、感情。
新たに命を得たからこそ、今までの人生で得たことを惜しいと思うのだ。この気持ちを切り捨てることは、すなわちその時の人生の否定に他ならない。そして、通常の感性を持つものならば、それがどれほど異常で困難な事なのかわかるだろう。
そう、たとえどれほど頑張って割り切ったとしても、必ず、少なくともしばらくの間はその時のことが頭の中をちらつくはずなのだ。
やはり俺はどこかこの世界に転生しておかしくなってしまったのかもしれない。しかし、今はそれよりも不安なことが一つあった――いや、できてしまった。
果たして俺は、仲間と呼べる者の命に対してしっかりとした価値観をもって対応できるのだろうか?
俺は円をかばってあの時命を落とした。あの時の俺は、はっきりと円を殺してはならないと考えて行動することができていた。では、今はどうだろうか。
すでに俺は、グミという前例を作ってしまった。もちろん、決して仲間と言えるような関係ではなかったが、少なくともそこそこの時間話を交わした『知り合い』だ。そんな相手の死を淡々と受け入れていた。
では、もし、もしもアイリーンが危険な状況に陥ってしまったら?
正直あまり想像はできないが、俺たち竜という規格外がいる以上楽観視はできない。
だからこそ、考える。思ってしまう。アイリーンの命に危機が迫った時に俺はただ冷静に事の成り行きを見守れてしまうのではないか、と。
冷静である、というのは一種のメリットでもある。だが、だからこそ危ういものでもある。冷静に物事を見られるということは、行動に移す前に一度、思考する時間ができるということだ。命にかかわるような場面ではそれは非常に致命的である。冷静さが必要ないとは言わないが、緊急の場面では衝動的なとっさの行動が状況を大きく変えるものだ。
今までのことを考えると、もしかしたら俺はそういった場面になったら思考のすべてがその冷静、あるいは無関心で埋め尽くされてしまっているのではないか、それが不安で仕方がないのだ。
いや、そもそもあのアイリーンがそう簡単に命の危機に陥るとはなかなか思えない。
しかし、杞憂で済んでくれればいいのだが、なぜだかすごく嫌な予感がする。恐らく宿の以上にアイリーンが気が付けないというイレギュラーがあったからだろうが、そうとわかっていてもこの嫌な予感はなくなってはくれないのだ。
もしかしたら、あの惨殺現場を作り出した犯人はアイリーンよりも――
そこで思考は中断を余儀なくされた。もはや、思考がループに入りそうだったからこれはこれでありがたいのかもしれない。
目の前には目指していた屋敷が、下調べの時と同様にその姿を堂々とさらしていた。
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初めは、家族のためだった。
その話を持ち掛けられたのは、そいつ――プラリーニョ伯爵が来てからしばらくたってのことだった。私のことを奴隷にしようと、家族全員にいつまでもしつこくいちゃもんを付けられ家族が病み始めてきたとき、私が今奴隷になれば家族は見逃すといわれた。今になって考えればプラリーニョ伯爵がそんな約束をが守る道理なんてどこにもなかったし、そんな人間じゃないことも理解していたはずなのに。でもあの時は家族を守りたい一心で、その甘言に乗ってしまった。
しかも、奴が持ち出したのは、竜たちによって禁止されたはずの黒い首輪――強制的に命令を聞かせることのできる機能が付いた隷属の首輪だった。
私が連れてこられたのはそいつの屋敷だった。そこにはすでに私以外にも何人か被害者がいた。
しかし、私がそこで待機していたのはわずかな間だった。私はすでに買われる相手が決まっていたのだ。
短い時間の間に二度も貴族の家を訪れることになったが、微塵もうれしいなどの明るい感情は持てなかった。
事実、違法奴隷をまともな扱いなどするはずもなく、その日からは地獄の日々だった。
私を買ったそいつは、加虐趣味の持ち主だったのだ。
そいつの屋敷には私と同じように買われてきた奴隷が数人いた。話を聞く限り、プラリーニョ伯爵との親交を持ったのがつい最近だったようで、私と同じタイミングで買ったらしかった。
きてすぐにギルドカードを作る時に使うような魔道具を使って特殊などを見られた。私はそういったものを見られたのは初めてだったので、その時に私が不思議な固有魔法を持っていることを伝えられた。伝えられた理由はただの気まぐれだったらしいが、自分が固有魔法を持っていると聞かされ、わずかにうれしさがこみ上げた。
しかし、そんな気持ちはいつまでも持たなかった。
固有魔法を持っているからという理由でそいつに気に入られ、多くなぶられることになってしまったのだ。
私は、そいつのストレス発散のためにいたぶられた。そいつは笑いながら私の右足を潰した。
私は、そいつの性的欲求を満たすためだけにいたぶられた。そいつは恍惚の表情を浮かべながら私の右腕と左手首を切り落とした。
私は、何もないのにいたぶられた。そいつはまるで何もない日常のように平然と私の髪を半分ほど皮膚ごとを引きちぎった。
私は、内臓の一部を刺され焼かれた。私は、左目と右耳をえぐられた。私は――いつもいつもいたぶられて、しかしある時、チャンスが来た。
そいつはいつものように私をいたぶる用意をしていたとき、何かあったのか妙に疲れ若干ふらついていた。注意力が散漫になっていたのだ。
だから私は、普段私をいたぶるために使われていたナイフを奪い、咥え、そいつの首筋に突き立てた。
そいつは、それだけであっさり死んだ。
そこから私は、同じようにそいつにとらわれていた数人の仲間を助け出し、私たちをいたぶるためだけに用意されていた火種を使い屋敷に火を放って、仲間たちと助け合いながら逃亡した。
決して楽な道程ではなかったが、私が持っていると聞かされた固有魔法によって何とか生き延びることができたのだ。
もちろん魔法なんて扱ったことなどなかったのだが、その時は死に物狂いで扱えるように練習した。何か手を打たなければ死んでしまうような状況だったから。
その結果、私が持っていた固有魔――人形魔法をわずかながら扱えるようになったのだ。
もちろん魔法の使い手としては下級の”魔法”止まりではあるが、それでも私たちの命を支えるには十分だった。
人形魔法とは、まだ漠然としたものしかわからないが、人形というか、人の形をしている者を魔力を通して操ることのできる魔法だ。
この力を使って腕や足の代替を操り、そして一部の臓器も無理やり補助しながら生活を始めたのだ。
しかし、人間というのは一度生活が落ち着けば次のこと、先のことを考え始める生き物だ。それは私たちも例外ではなかった。
私たちは数人しかいないこのメンバーで話し合って、ある目標を決めた。
それは、復讐と救出だった。
体のことや、技術のこと、いろいろな問題は確かにあった。しかしそれでもあきらめる理由にはまだ届かなかった。
それからは長くつらい道のりだった。
私以外にも居たわずかに魔法が使える者の魔法や、様々な知恵、道具を駆使し幾人もの違法奴隷売買にかかわっていた糞貴族を殺し、その被害者を助け出し、いろいろな場所を転々として生きながらえていた。
気が付けば私は、リーダーのような立場になっていた。
違法奴隷となっていたその誰もが、プラリーニョ伯爵によって奴隷に落とされていた。
その話を聞いたとき、この集団の最終目的が――プラリーニョ伯爵に対する復讐が決まったのだ。
すべての被害者を救うことなどできなかった。救出に行ったものの手遅れになるものや、旅の道中で耐え切れずに息を引き取ったものもいた。
だが、誰の足も止まることはなかったし、死んでしまった者たちもそれを望むことはなかった。
自分たちのような者を出さないために。
皆の心にはただそれだけがあった。同時に、みんなの心にはとある一つの感情が渦巻き始めていた。いつも、奴隷に落とされた時からずっとずっと考え思い続けていたこと。いつかは竜様が助けに来てくれる。きっと気が付いてくれる――その感情がひっくり返ってしまった。
竜に対する恨み。逆恨みなのはわかっている。これほどの数に対してたった数体ではろくに対処できなかったということも理解している。しかしそれでもこの思いは止められなかった。なぜ私たちには何もしてくれないのか、助けてくれないのか、目を向けてくれないのか。
当然そんなことを考えても復讐の日々が変わることはない。
あまりにも虚しい行為だと言うことにはみんな気が付いている。気づいていてだけれど気づいていない振りをしているだけだ。そうでもなければ、生き続けることなど出来そうにないから。私たちの大半が、家族を友を生まれ育った村や町を守るために奴隷となった。でも、そのせいでこんな体になった。それで大事なものを一時でも守れたのだからそこに後悔はない。しかしそんな存在にこんな風になってしまった自分を見せるわけにも行かなかったし、見せたくもなかった。事実、誰も帰りたいとも、様子を見たいとすら言い出さなかった。
それと、私たちを買ったものを端から殺しているから報復で守ったものが襲われるということも、保身ばかりを考え周りと強調しようとしないプラリーニョ伯爵たちは連絡も密に取り合わないためことが露出する事もそうないハズだと予想していた。たとえ襲われた噂は知っていても私たちは必ず屋敷や殺した人たちを跡形もなくなり判別できなくなるまで徹底的に焼いてきている。そのためきっと伯爵たちは、私たちも残らず燃えてしまっていると思っているはずだ。そもそも違法なものを使っている時点で見つかればすぐに連絡あるいは情報が流れるはずなのに、それがないことがその考えにより真実味を持たせてくれている。当たり前だ。その証拠はこうして復讐のために出歩いているのだから。
他にもこの復讐を成功させるために、色々と手を打ってきた。もうこれ以外に居きる意味を見いだせない私たちだからこそ、すべての行動には気を使った。
情報収集も、私の魔法や光魔法が使える子達で協力して可能な限りばれないように行ったし、私たちは復讐がしたいわけであって、無闇矢鱈と人殺しがしたいわけでも無かったから、殺してなならないなにも知らないもの達の調査も綿密に行った。
しかしどれほど慎重に進めても手の打ちようがないことも予想出来ていた。
裏切りなどがそうだ。自分からはないと確信できていてもせざるを得ない状況に持ち込まれる可能性も考慮していたがその場合は、相手にわずかにでもこちらの情報が露見しているわけだからそうなった場合はもうどうしようもなかったのだ。
今の状況は運が良かったからこそ成立していたのだ。それは誰もが理解していたし、その一点のみは竜に感謝しても良いかもしれないとさえ考えていた。
しかし、そんな綱渡りはもうここまでだ。
私は今、ここに、最後の目的地にいる。みんなとともに、命を捨てる覚悟で。
私の言葉を合図にこの、プラリーニョ伯爵が使っていたはずの執務室になだれ込む。きっともうこの部屋に伯爵はいないだろう。集めた情報から察するに存在して居るであろう隠し通路のようなもので外へ逃げているはずだ。伯爵の性格からしてもそれは絶対のはずだったし、門番をしていたはずの兵士が騒ぎを聞きつけた瞬間に姿を消していたことからもまず間違いない。しかし、それを確信できるものへと変えるためには足を踏み入れる必要がある。
確認が終わり次第すぐさま入口前の庭へ向かうのだ。そこに謎の通路の出入り口があることは分かっている。だからこそ門番が居なくなってくれたことには確信を得られるという意味では感謝せざるをえない。すでにその出口の周囲にも仲間を配置済みだ。
すべての協力者を始末できたわけではない。しかし、元凶を殺せば何かが変わるはずだ。
今日で、すべてを終わらせる。
ひと呼吸おいた後、その合図は何の感慨もなく実にあっさりと口からこぼれた。
「行こう」
なんか忘れてる気がする。




