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小さな一悶着

番外編みたいな話になってしまいました。カースは出ません。


 ネウルメタに戻ってからアイリーンは、一度カースと別れてから双子を送り届け、一人のギルドの前に居た。

 もちろん用事は、先の貴族――イステッド・パック・プラリーニョの親のいる場所の情報を得るためである。

 

 アイリーンはさっそく、厳つい恰好をした冒険者や、決して人の良いとは言えないような見た目の者たちが次々と出入りするギルドの扉を何のためらいもなく押し開けた。

 これだけ堂々と冒険者の中を進んでいけるのは、勿論アイリーンが特に周りを気にしていないからと言うのもあるが、そもそも依頼者も訪れる場所。彼女の様なフードは付けていても見慣れている者からすれば冒険者には見えないような風貌の女性が出入りしようともおかしな場所ではないからである。


 アイリーンは、そのまま一切周りなど気にせず、依頼をする者が主に訪れる相談窓口へと向かった。基本的にそこまで頻繁に依頼者が来ないため他と比べ特に列など存在しないためあっという間に担当のギルド役員の元までたどり着くことが出来た。

 もちろんこれも、頻繁ではないものの、依頼者が居ればそれなりに見られる光景である。しかしフードで見えにくい物の僅かに除くその素顔がここまで見目麗しい女性が、それもこれほどまでに堂々と来ること自体は珍しくはある。アイリーンは知らず知らずのうちにそれなりの視線を集めていた。


「失礼。少し聞きたい事があるのだが良いか?」


 そのあまりにも堂々とした行動に呆気に取られていた受付の女性職員だが、声を掛けられすぐさま職務に取り掛かった。


「はい。大丈夫です。わたくしたちの答えられる範囲でしたらですが」


 その切り替えの早さに、流石によく教育されている、と感心しながらも、アイリーンは質問をした。


「プラリーニョ伯爵と言う貴族の本家はどこにあるのか聞きたいのだが」


 その言葉に、対応しているギルド職員の顔が曇る。


「ん? どうかしたか?」


 アイリーンは、確かに人間との会話を楽しみ、人の社会に僅かながらも混じって過ごしていた事もある。しかし、それでも混じっていたのは大抵が一般市民の中、そうでなくとも、貴族と言う存在自体の優先度がアイリーンの中では低かった。

 そのため、たかが家、たかが自身の家の場所、それも、貴族でかつ自身の治める領地があるのであれば、その領地にあるはずのその家の場所を、教えてくれないなどといつ事態はつゆほども思っていなかったのである。


「ははは、おいおい、あんたずいぶん堂々と入ってくるもんだから、一体なんだと思ってみてりゃ、ずいぶんおもしれえ事を聞いてるなあ?」


 その声はアイリーンの背後、およそ休憩スペースのようにいすや机がまとまっておかれた場所から聞こえてきた。

 アイリーンは特に見たくもなかったが、一応、しぶしぶ、仕方なく顔を向ける。

 基本的にアイリーンは、一般人との会話を楽しむためにもある程度融通の利く、比較的社交的な性格をしているが、少しでも行動にカースの事が関わると、それらの配慮はすべてなかったことになる。カースが関わった瞬間に優先度、重要度などのすべてがカースへと傾くのだ。

 今回は、別段機嫌が悪いわけでもなかったので、しぶしぶではあるものの顔を向けたのだ。決して良くは無いのだが。


「お貴族様は用事があるやつには大概先に場所を教えるし、こちらから用がある場合でも、そうやって堂々と受付に行って聞くことはそうない。聞かなくてはならない様なときは使いにそれっぽい証を持たせて、こそこそと裏で、ってなもんさ。それも、態度だけ無駄にデカくて、やることなすこと帝国の名にそぐわないほど臆病で有名なプラリーニョの野郎相手ならなおさら居場所を聞くのには慎重になるだろうよ」


 そう言って語られたその内容に、アイリーンは思わず顔を顰めた。やはり、くずの親はくずなのか、と。もちろんアイリーン自身それが偏見であることは分かってはいたが、カースに対するあのイステッドの態度が気に入らなかったために、若干八つ当たり気味に決めつけて考えていた。しかし、それほど外れているわけではないだろう、とアイリーンは大して気にもしていない。

 そんな事よりも、この如何にもうっとおしい雰囲気を纏った男をどうあしらおうか考えていると、少しばかり割り込まれたからか僅かに顔を顰めたギルド職員よりも早く、てっきり話し終えたと思っていたその男がまた口を開いた。


「あー、そうだ。俺ならその貴族様の家の場所知ってるぜ? どうだい、あんたほどの見た目ならちょこ~っと付き合ってくれれば教えてやるぜ? 貴族の家以外にも色々なぁ?」


 そう言って実に厭らしい笑顔を浮かべる。

 その顔を見た瞬間、その男の考えを理解した。


「……ふ、ふふふ」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、大人しく話を聞いていた自分に対して思わずに笑いがこぼれた。


(馬鹿馬鹿しい、ああ、本当に馬鹿馬鹿しい。そう言う事か……。ああ、実に――腹立たしいな)


 もしかしたら、あの男は本当に家の場所を知っているのかもしれない、しかし、流石にそのあまりにも少なすぎる可能性を信じるほどアイリーンはバカではない。そもそも、あまり気は進まないもののこの街、このギルドであれば、カースの名を出すという選択肢もアイリーンにはあった。この街は恐らくどの町よりもカースの事を知っている。加えて今回はカースを待たせているうえに、カースが次に目指すであろう場所を聞きに来ているのだ。であれば、カース――灰竜の名を出すこともカース自身が許してくれるだろうと考えていた。もちろんその手を使わないのがベストではあるが、今は時間を優先するべきであるとアイリーンは判断していた。


 まあ、それ以前にこのふざけた男の処断が先なのだが。

 ほんのわずかではあるものの無言になってしまっていた。私の思わずにこぼれた笑い声が視線を集めていたのか、多くの視線が集中し、また、思いのほか響いていたのか、気が付けば無言の空間を作り出していた。


「何だ? 何笑ってやがる!?」

「ああ、いや、なに私事だ。それよりも、先ほどの発言、別にかまわないぞ? 命が惜しくないと言うのであれば、好きにするが良い私も好きにさせてもらうがな」


 突然笑い出したかと思えばそのような不遜な物言い。思わず言われた男、どころか静まり返っていたためその言葉を聞いていたすべての者が思わずに呆けてしまった。しかしそれも一瞬の出来事。すぐにギルド内は初めよりも小さい物の、それなりの喧騒に包まれた。もちろん、彼女の冒険者、それも男に対するあまりの態度に驚いての喧騒だ。

 どんなに気が強くとも人間、いざそう言った場面に遭遇すれば、多少なりとも怖気づくもの。それも相手が粗野で有名な冒険者と言う職種につく者が相手であればなおさらである。

 確かに過去、冒険者に絡まれた女性がそう言った強気な態度に出ていた事は幾人かの冒険者も見た事はあったが、それでもどの女性も必ず、手がかすかにふるえていたり、声がどこか弱弱しかったりと、どこかしらに怯えの様なものが見え隠れしていた。しかし、今この場で見た限りではアイリーンからそのような事は微塵も感じなかったのだ。

 それらの喧騒につられてか、周りに比べ遅れていた男もはっとしたように動き出す。


「ふ、ふははは! 面白い! いいねえ、俺ぁ気の強い女は嫌いじゃないぜ。分かった。お望みなら力づくで分からせてやるよぉ!」


 そう言って、棒立ちしたまま、一切何の動作も見せようとしないアイリーンに向かって男が歩み始めた時、喧騒を打ち消すような大きな笑い声と共に扉の開く音を響かせて、幾人かの冒険者が入室してきた。


「――だ~から言っただろうが。そんな気を抜いてるから痛い目見るんだよ」

「だってー、私だってあの人みたいなすっごい迫力の魔法使いたかったんだもん!」

「どう考えたって実戦向きじゃねえな。お前の考えた魔法」

「ぐぅ……。う、うるさい! 第一、ザックだって、ちょっとだけあの人のまねして無茶な動きやろうとしてたの知ってるんだからね!」

「げっ! お前見てたのかよ!」


 実ににぎやかに会話をしながら入ってきたのは男二人女二人の冒険者だった。仲の良さややり取りの気軽さからそれでひとつのチームである事が窺える。

 アイリーンは一目見ただけでは全く思い出せなかったが、本来であれば彼らの事を知っているはずだった。そう、アイリーンが蜘蛛の軍勢から助け出した、あのグランドたち冒険者チームである。


 彼らは四人全員がギルド内に踏み込んだあたりでようやく、何やら空気がおかしい事に気が付いた。


「あら、なんか私たち空気読めてない?」

「そ、そうですね……。なんか、こうすこーしばかり空気が重いような……?」


 グランドが近くに居た冒険者仲間に尋ねる。


「なにかあったのか?」

「あ、ああ。まあ、見りゃ何となく察せるとは思うがな――ほら、あれだ」


 そう言って男が指をさした方向を見てグランドは何となくだいたいのことを察した。

 そこには当然今現在も渦中の人物、フードをかぶった女――もちろんアイリーンの事だ――とそれに絡んでいた男。もともと男の方は人垣の手前に居たのだが、アイリーンの言葉に、丁度前に出ている最中だったため、誰が騒ぎの現況化など一目瞭然の状況になっていた。


「なーるほど。また、馬鹿が絡んだのか」


 それだけ呟くと、男に礼を言って、仲間の元に戻っていく。仲間もグランドたちの会話を聞いていたため、あらかた状況は理解していた。しかし、合流しもう一度二人を見たグランドは、その状況の深刻さを改めて理解させられた。

 先ほどまでグランドは、いや、グランドの仲間も含めてアイリーンのフードの中身を見ていなかった。顔がうまい具合にかくれて見えていなかったのだ。しかし、周りが動きを止め、グランドたちの方を窺い始めてからアイリーンも当然のようにそちらに顔を向けてはいたが、何となく見たような覚えがあり目を凝らすうちに徐々にグランドたちからフードの中が見えるようになったのだ。


 そう。グランドたちは気が付いてしまったのだ。決して自分達が忘れる事などできない体験のほぼ中心にいて、言葉すらも交わした相手がそこに居たのだと。

 そのフードの女がアイリーンであったのだと。


 そこまで思考がたどり着いた瞬間に、それまで気楽そうにしていた四人が四人、そろって顔を青ざめさせた。その空気の代わり様は見ている者からすれば別人がそこにいると錯覚すら起させるような速さだった。


「「「あ、アイリーンさん!」」」


 なんと声を掛けて良いのか分からず、思わず名を呼んでしまったグランドたち。その声はきれいにそろっていた。全員が全員、迷った末に名を呼んだのだ。

 しかしその行為がアイリーンの記憶を呼び覚ました。


「……ああ! 思い出したぞ! お前たちあの時の冒険者だな」

「はい。あの時はありがとうございました。それにしても、覚えていてくれたんですか?」


 アイリーンに呼びかけられたからか、グランドたちは初めて出会ったころや先ほどまでとは打って変わって丁寧な喋りに変わる。


「いや? きっちり忘れていたぞ。何となく見覚えがある、程度だ。名を呼ばれて思い出した。私の名を知っている者はそういないからな」

「あ、そ、そうですか……」


 忘れられていたと聞き、グランドたちは肩を落とした。が、すぐに思い出してもらえたのだ、と持ち直し、このまま同じ話題では追撃が来そうだと考え話題を変えた。


「ところでいったい何の御用でここに?」

「ああ! そうだった、あまり時間が無いんだった。ちょうどいい、お前たち。プラリーニョ伯爵とか言う輩の住んで居る街を教えてくれ」

「プラリーニョ伯爵? なんでまたそんなクズの場所を……おっと。ここは公共の場だった。そんな碌な話を聞かない貴族の場所を?」


 グランドは伝え聞いた噂などからクズだと考えていたため、思わずそう言ってしまったが、体裁を考え慌てて言葉を変えた様だ。しかし、全く意味はなさそうな言葉選びだった。

 しかし、そのような考えアイリーンには関係ない。それに、事実プラリーニョ伯爵が決して善人ではない事を知っているアイリーンからすれば、気を使うに値しない事柄だった。


「勿論、クズだからだな。これから用事が出来る(・・・・・・・・・・)。恐らく、次の私たちの目的地だ」

「なるほど。分かりました。そうですね……」


 暫く何か、いや、まず間違いなくプラリーニョ伯爵の住む街の名を思い出そうとしている様子のグランドだったが、結局思い出せずに仲間に質問する。

 余談だが、プラリーニョ伯爵は確かに臆病で自ら住む場所の名を広めるようなことはしていないが、当たり前だが、そのような事、完全に隠そうとしてもできる事ではない。目的もなく放浪するような旅人や周囲の事柄に一切気を配らず目的のためだけに邁進する旅人はともかく、街に訪れた冒険者や商人がその街を治める領主の名を聞かないはずがない。ましてや住んで居るとなればまず間違いなく知ることとなるなので、決して多くは無いがそれなりの数がその街の名を把握しているのだ。


「なあ、プラリーニョ伯爵ってどこの街に居たっけ? なんかどっかにいった時に聞いたよな?」

「……ごめんなさい。きっちり忘れたわ。どうでもよかったから」

「同じく」

「あ、私は多分覚えてるんだけど、勝手に教えても良いの……?」

「それもそうだな。確かに相手はあのアイリーンさんだが、変にいちゃもん付けられてもたまらん。すまんが、そこの受付嬢さん!」


 そう言って、もはや完全に忘れられ半ば私は関係ないとでも言いたげに座っていた受付嬢に声を掛けた。


「は、はい!」

「今ギルマスってどこにいるんだ? 上に居るか?」

「えーとですね……今ギルドマスターは、用事があって領主館へ出向いているそうです。帰ってくる時刻は未定だそうです」

「そうか……ありがとよ!」


 その言葉を聞いて、もう一度しばらく考え込んだグランドだったが、あまり考えないうちにまたアイリーンへと声おを掛けた。


「分かりました、アイリーンさん。正直、ギルマスに指示を仰ぎたかったところですが、今回の責任はすべて私が持ちます。なので、場所をお教えします」


 しかし、その言葉に真っ先に反応したのは、アイリーンと言い合っていた男だった。


「なっ! あんたともあろう人がたとえ知り合いだろうと、そんなどこの馬の骨とも知れない女に貴族の、それもあの伯爵の事を教えるのか!?」


 グランドたちは冒険者としてはそれなりに名が知れている。だからなのかは知らないが男は焦っていた。


「そうだな。もし本当にこの方がお前の言う通りどこの馬の骨とも知れないような人物だったら俺だって教えようとは思わなかったかもな」

「なに?」


 グランドはアイリーンに、果たして言っても良いのかと視線を送る。


「そうだな。仕方あるまい。先ほども言った通り時間が無い。カース様が待っているからな」


 その名前を聞いた時、ギルド内の空気が揺れた。もちろん全員ではない。それでもほとんどの人がその言葉――名前に反応を示したのだ。

 しかしグランドはそれほど大した反応もせずに話を続ける。


「そうですか。分かりました」


 グランドは改めて男に向き直り、アイリーンの正体を打ち明けた。


「さて、許可も貰ったし、さっくり教えちまうが、この方は灰竜カース様の配下の方だ」

「なっ……!」


 その言葉は男が漏らしたものだったが、口には出さなかっただけで、この場に居たほぼすべての者が思っていた事だろう。


「さ、みんな納得したようだし、フィーリア、教えてあげてくれ」

「あ、はい。如何にも自分が教えそうな空気を醸し出しておきながら、結局私が教えるんですね。まあ、良いですけど。ええと、それでプラリーニョ伯爵の居場所ですよね。確か私たちが行ったドーグと言う街でその名前を聞いた記憶があります。いわく、裏でろくなことをしていない貴族が住んで居る、と」

「ふむ。ドーグか。分かったありがとう。そこなら私もだいたいだが場所は聞いた事がある。協力感謝する」


 場所を聞き終えると、そう言い残してすぐさま踵を返してしまった。


「カース様にもお前たちの事を伝えておこう。あの後、お前たちが無事だったのか、カース様も口には出していなかったが心配はしていただろうしな」


 出入り口で、すれ違いざまにグランドたちにそう言い残して、アイリーンは雑踏の中へと姿を消した。


「相変わらず、忙しいお人だなぁ……」


 後には、そう言ってどこか嬉しそうに苦笑するグランドたちと、呆然とするアイリーンに絡んだ男や野次馬をしていた冒険者、ギルド職員が残された。



==========



 そしてアイリーンが去った後のギルドの中は、また別の喧騒に包まれる。

 まずはすぐさま、先ほどの男が捕えられた。もちろん知らなかったとはいえ、竜の配下に対する無礼な行動が原因だ。確かに知らなかったことを考慮すれば高速されるのは理不尽であるかのように感じるが、そもそも、依頼にせよ質問にせよギルドを尋ねた者に対する態度ではない。しかもこのギルドではほんの数日前にカースに絡んでしまったと言う事が影響し、そう言った事項に関しては他のギルドよりも取り締まりが厳しくなっていた事もあり男はそのまま、厳重な罰が下された。その際、男はすでに諦めたのか覚悟を決めていたのか大きな抵抗は無かったと言う。

 また、二度目と言う事もあり、ギルド内では、よそから来たものにはできる限り、カースやアイリーンが訪れた際に起こったことを説明し、二度と同じ事が起こらないように徹底された。



長くなってしまいました。本当は三千文字くらいでさっと流す予定でした。申し訳ありません。ご容赦ください。

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