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動き出す竜たち


 それはカースたちが村に着いた頃。

 彼女は一人、僅かに弾んだ声でぽつりとつぶやいた。


「ようやく見つけた」


 町で偶然出会ったカースに対してアーシーと名乗った少女は、魔力の森でカースが帰ってくるまでの数日間、何かを探し回っていた。


「なんとなく漂ってた魔力を辿って正解だったよ」


 そう、カースたちと話した時に比べ、流暢につぶやいた少女が見ていたのは、わずかに開けた森の切れ目。ちょうど背の低い岩山を背にした場所。


「それにしても驚いた。まさか、私が町を離れてすぐにあんな大ごとになるなんて」


 少女がネウルメタを離れたその時。すでに蜘蛛の軍勢は森を離れ三名の冒険者と刃を交えていた。しかし、少女はそれには気が付かずにこの森へ到着してしまっていたのだ。

 なぜ、森からネウルメタへ向かう集団に気が付かなかったのか。それは簡単で、この少女が地中を進んでこの森へと入ったからだった。


「一応、危なくなったらすぐ手を出すつもりでいたけど、カース君たちが納めてくれたみたいだし、大事にならなくてよかったー」


 そう、少女は肩をなでおろした。まあ、実際は竜が来たということでそれなりに大事にはなっていたのだが。


「でも、まさか本当に竜だったとは思わなかったなー。初めは鑑定系の能力を無効にする【特殊】でも持ってるのかと思ったけど、竜眼は普通無効にできないって気づいて、まさかとは思ったんだけどそのまさかだったとはね」


 少女は、店で出会った時の事を思い出していた。


 何となく遊びに来て、何となく自身の趣味で始めた店に入って食事をとっていた。これ自体は少女がよく行っていた行為だった。いわば趣味のような行動。しかし、その時に偶然来た二人を竜眼で見ようと思ったのは、本当に気まぐれだったのだ。

 その結果が、両名ともに鑑定不可。正しくは、浮かび上がってくる鑑定結果に、霧か何かが掛かったように見れなくなっていたのだ。そこで改めてしっかりと気配を探ってみれば、僅かに感じる竜の魔力、しかし、その様な姿が該当する記憶は無い。

 二人のうちどちらが竜であるのか、あるいは二人ともが竜であるのかは分からなかったが、その段階で、少女はとある事件の際に水竜が言い放った「知らない竜が居る」と言う言葉を思い出したのだ。

 本来、源竜は他の竜が生まれた事を感知できる力がある。生まれたばかりの竜が暴走しないようにすぐさま誰かしらが駆けつけられるようにこの世界を作り上げた時に付与された能力。

 しかし、その能力で感知できない竜が居る可能性が出てきていたのだ。皆、いつも通り自由に生活しつつも、じつは意識の片隅ではその可能性の裏付けとなる情報を探していた。


 だからこそ、少なくとも一人は竜が居る可能性があると言う事で、少女はこうして気配を辿り、森で痕跡を探っていた。その最中、アイリーンが動き群れをおさえ、カースと思しき気配が竜として蜘蛛の軍勢の間に調停に入り、どちらが竜であったかを知り、こうして恐らく生まれた場所であろう位置も把握した。


 そこまで考えて、はっとして思い出したように、確認するようにつぶやく。


「そういえば、私が竜だったなんてばれてないよね? 森に来るときの気配や魔力は【薄影霧散ワタシハココニイル】で消したし、街では魔力を人並みに抑えた上に一般人にみえるよう擬装してるから、ばれてはいないと思うけど。まさか、あの二人が気配とかに鋭い風竜や、雲竜や私に対してのみ異様に鋭い毒竜並みの察知能力を持ってるとは思えないし」


 【薄影霧散ワタシハココニイル】とは少女の保有する特殊のことでありその性能はかなりのものである。あくまでも性能だけで、名前があまりにも皮肉気のため、気にいっているわけではないのだが。それでも、少なくとも性能は確かなので少女は油断していたが、その予想が少しばかり外れて、一匹の蜘蛛に地竜の気配を悟られていたのを知るのはもう少し先になる。気が付かれたことが、他に特に影響を及ぼさなかった事が唯一の救いであったと言えよう。


「ま、良いや。ともかく、こうしてどこで生まれたか、カース君が竜かもしっかり裏が取れたし、みんなにどうするか相談しなきゃ。水竜の予想通り、私たちの知らない竜がいることも結果的に証明できたし、いつ生まれたのかとかも、調べなきゃいけないしね」


 カースの宣言は、魔力によって指向性を持たされ、必要な場所以外には届いていなかった。なので、この少女はその宣言を聞いていない。そのため生まれたばかりなのだと言う事は知らなかった。

 そして、王国の発表は自分たち竜がその存在に気が付けなかった時点でいつ生まれたのかと言う事に関してはもはや何の意味も持たないのだ。


 うっすらとその幼さの残る愛くるしい顔に笑みを浮かべる。


「う~ん。カース君は敵かな? 味方かな?」


 不穏なその言葉を残して、少女の姿は砂埃とともに掻き消えた。



=========



 世界に向けて灰竜の存在を公表した次の日の晩、王国に火竜が帰還した。


 それなりに起きている者もいるもののあまり光量の強くないランプ故に薄暗いままの夜空を、煌々と照らし火を纏いし竜が城へと飛び去って行く。その光景は幻想的で、寝ている者すら目を覚まし見る者の目を惹きつけた。

 そして我に返った人々の間を火竜帰還の知らせが駆け抜け、知らぬものを減らしつつ教会へと伝わっていく。しかし、彼らにとってはただ盛り上がるだけの知らせであっても、城の、特に上位のくらいの者には違った意味を持たせていた。


 僅かに城の中が騒がしくなり、あまり大仰な出迎えを好まない火竜が、それを鎮めつつ未だ起きているであろうこの城の主の部屋へと歩みを進めた。


 少しばかり歩き続けた火竜の視界に目的の部屋の扉が目に入った時、唐突にその部屋の、一国の主の部屋にしては余り豪勢ではない扉が勢いよく開かれる。

 その勢いのあまりバタンと音を立てて壁に当たった扉から顔をのぞかせたのは、もちろんその部屋の主である国王、ウェルス・フォン・イクシアだった。


「おうおう、一体どうしたんだ。驚くじゃねえか、そんなに勢いよく飛び出して来られちゃよ」


 大して驚いた様子もなく、火竜が声を掛ける。もちろん、ウェルスが火竜に気が付いていなさそうだったから声を掛けた、と言う訳ではない。むしろ、その目がはっきりと火竜に対して向いていたからこそ声を掛けたのだ。

 当然それを理解していたからこそ、そしてそれほど仲が良かったからこそ、ウェルスも真っ先に本題に入る。


「今回は遅かったな、バーナよ。お前に聞きたい事がいくつもあるのだ。今から、いいよな?」

「随分お急ぎみてえじゃねえか。俺だって今帰ってきたばっかりだぜ? もちろん問題ないどころか、お前が誘ってこなきゃ俺が誘う所だがな」

「そうか。なら、こっちだ。もう必要な連中は集めてある」


 その言葉に火竜--バーナはただ顎をしゃくって先を促した。



==========



 二人が着いたのは、ほんの数日前にも使われた会議室だった。

 そして、誰が促すわけでも音頭を取るわけでもなく、すぐさま本題に入る。ただし、雰囲気だけは重そうだが、実際の所それほど重要な話をするわけではないのだ。


 ここで行われようとしているのはただの確認なのだから。


「さて、早速だが、知らせは聞いたか?」


 たったそれだけの、ウェルスの主語のない言葉に火竜は頷いた。


「問題は無いか? あの時はお前からの連絡もなかった。しかし、確認されてしまったがゆえに、断片的な情報から推測した事柄でも発表をせざる負えなかったのだ」


 この場のバーナ以外の全員が僅かに息を呑んだ。


「ああ、わかってるよ。実際、あれで問題は無い。何、連絡が無かったのはー……あれだ、ただの不手際だ。こっちも色々と忙しくなりそうでな。すまんすまん」


 周りの緊張した雰囲気とは裏腹に妙に軽いバーナの返事。しかしその返事でその場の全員の空気が緩んだ。


 そう。単純にこの集まりは先日発表した『灰竜』についての情報が正しかったかの確認だった。

 この場に居るのは、その時と全く同じ面子。何だかんだ言って皆一様に情報の真偽のほどを気にしていたのだ。


 実は、今回の様な事態は過去にも例が無い。単純に新たに誕生した竜の下に火竜たちがすぐさま駆けつけるからと言うものもあるが、それよりも先に人前に姿を現してしまった竜が居なかったからであった。


 会議室に安堵からか小さく雑談する声が響き始める。

 その光景をバーナはあらかじめ予想していたからか微笑ましいものを見る目で眺めていた。


 実際のところ、バーナ自身は灰竜のことは微塵も知らない。この国からか発信された情報を聞いて慌てて帰ってきたようなものなのだ。しかし、話を聞く限り大きな問題も起こっておらず、灰竜、と発表出来る程度の情報を、どうやってか得られているのだから大きな問題はないだろうと判断したのだ。それに、灰竜自体の見極めは後で行っても多少なりとも面倒事は増えるだろうが、問題はないとも。


 そんなとき、今後の行動についてぼんやりと考えながらも何もせず全体を眺めていたバーナはふと、雑談に興じていたシンシアに違和感を覚えた。


 得体の知れない不思議な気配。いや、どこなく知っている気がする気配。何故だかどっちとも思えてしまうとてつもなくあやふやな気配。

 とっさに、しかし悟られないようにバーナはシンシアに向けて竜眼を使った。


~~~~~~~~~~



灰竜の加護



~~~~~~~~~~



 そこにはまるで霧にでも包まれたかのような、その中身を見ることが出来ないステータスが表示されていた。

 いや、たった一言だけはっきりと認識できた言葉があった。その言葉も詳細は確認できない。しかし、それが確実にこの現象を引き起こしている元凶だとわかった。

 その言葉は、灰竜の加護、と示されていた。


(これは――)


 その時、今まで周りと混じって雑談に興じていたウェルスが小声で話しかけてきた。


「おお、そうだ、バーナ。ついでに、シンシアを竜眼で見てやってはくれないか? 賊どもに変な魔法でも掛けられていてはたまらんからな」 


 その言葉に思わず苦笑するバーナ。


「それなら大丈夫だ。たった今確認したよ。もちろん何ともなかったぜ。まあ、飛び切り強いのは付いていたがな」

「何だそれは?」

「灰竜の加護さ。しかも結構強い加護だな。あんなものが付いてりゃ、竜でもなきゃシンシア嬢になんかするなんざ不可能だろうよ」


 その言葉にウェルスも驚いた。何せ竜の加護である。そう簡単に加護を振りまく竜もいなければ、シンシア自身それらしいことは何も言っていなかったのだ。


「そうだったのか。シンシアが何も言っていなかったから、全く気が付かなかったぞ……」

「だろうな。俺たち竜は、分かりやすい様に加護を掛ける事もあれば、気が付かれないように加護を付ける事も出来る。今回は恐らく後者だったんだろう。ああ、本人には特に何か言う必要はないと思うぞ。気が付かれないようにって事は、あとあと教えるつもりだったとか、今は知っておく必要はないだとか、その竜個人が何らかの思惑をもってそうしていることがほとんどだからな」

「そうか、分かった。なんにせよ安心できそうなのはいいことだ。ありがとう」


 結局、それだけ聞くとウェルスはまた雑談へと戻って行った。


「そう、問題は無いだろう。もし灰竜が、悪意なき俺たちの仲間だったら、な……」


 バーナのそのつぶやきを聞いたものはいない。その声は小さすぎて、雑談の波にのまれてしまった。


「とにかく、大事なのは事実確認と、情報共有だなぁ。シンシアが捕まっていたのが、魔力の森で、飛んでったのもそっちの方角か……。有りそうなのはネウルメタ辺り、ってぇと、アーシア辺りが可能性高そうか。どう考えても面倒事だからな。俺除いて五人もいりゃ一人くらいは会ってるだろ」


 ある程度目的を定めたバーナは静かに席を立った。それに、どんな指示が来てもすぐさま対応できるよう無言で佇んでいたラスカーだけが気が付き声を掛ける。


「どうかなさいましたか?」

「いや、また用事が出来たんでな、少しばかり出て来る。いつぐれえに帰って来れるかは分からんが、必要であれば鱗で呼んでくれ」

「……かしこまりました。そうお伝えいたします。それと、必要はないかも知れませんが一応お伝えしておきます。現在、帝国領にて傷の旅団がいつにもまして活発に活動しているとの報告が上がっております。詳しい場所はまだ、確定しておりませんが、ネウルメタ周辺にて多く確認されているようです。どうか御留意くださいませ」

「おう。分かった。必要があれば介入しよう」


 普段、帰って来てすぐにまた外出すると言った事をしなかっため多少、疑問に思われたようだったが、特に深くは聞かれなかった。


 それでも流石に部屋を出ようとした時には皆に気が付かれた。


「ん? もう行くのか?」

「ああ、ちょっと用事が出来てな」

「あら、もう少しゆっくりして行けば良いのに」

「はは、済まねぇな。ちょっと急ぎなんだ」


 ウェルスも、王妃――ミクラールもそう声を掛けてはきたが、何とか部屋を、そして城を出る事に成功した。


 火竜は静かに王都の夜空へと舞う。

 その姿は、身体と一体化し煌々と燃え盛る炎とは対照的に、誰にも気が付かれないほどに静かな物だった。

 そして、その姿は徐々に小さくなり、闇夜へと掻き消えた。

申し訳ございません。いつも通り遅れました。言い訳をするとすれば、何か書かなければならない事があったような気がしてなかなか進まなかったのです。

現在読み返しをしている最中でして、何か書かなければならないような事が、思い出せれば付けたし、改変等を行うかと思います。もちろん、その際にはきっちりとご報告いたしますのでどうか御容赦いただければ幸いです。

こんなダメ人間ですがどうか今後ともよろしくお願い致します。

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