厄介事撃退
俺は基本、竜であることを積極的に隠すつもりはない。普段から堂々と姿をさらしていては行動に支障をきたすから隠しているだけであって、必要とあればいくらでもその札を切る。が流石に、何の前触れもなくそれでごり押すのもあまり好かないのだ。
だから、大義名分を作る必要がある……俺の中で。
当然、俺の勝手な考えではあるが、こう言う物はちゃんと自分の中で適当にでも理由を付けて割り切った方が、しっかりと行動できると言うものだ。
だからこそ、先ほどの会話はその布石だった。
一切自身の優位を疑わず、自信満々に首輪を手に二人の下へ歩んでいたボンボンの手が止まる。
「……ん~? 何やらおかしな言葉が聞こえた様な気がしたが、気のせいかな?」
「ははは、何もおかしなことなど言ってはいないよ。私はいま、文句をだれに言えばよいのか、と聞いた。付け加えるなら、今の状況をかんがみるに、平和的に旅立とうとした私たちを平和的に送り出そうとした宿屋側に一切の被は無く、突然押しかけむやみやたらと騒ぎ立てる君たち、迷惑なお客さん方に被があると思うのだがね」
あえて堂々と言い切る。色々考えはしたが、別に挑発に乗ってこなくともそれはそれで何の問題もない。その場合はこのまま言葉で押し切るまでだ。
何せ相手の手にあるのはこの世界における神ともいえる竜が躍起になって排除したはずの首輪。地球風に言ってみれば麻薬を堂々と持っていると言う事なのだ。それだけで相手の立場は、衣かな貴族と言えども大きく落ちる。しかも、過去にそれを使いすでに一人の人間を犠牲にしていると言うのだからもう完全にアウトだ。恐らく先ほどの口ぶりから他にも犠牲になってしまった者もいるだろう。
極めつけはあの周りにいる護衛の騎士。明らかに弱い。感じる気配から察するに、こういっては何だが、ネウルメタのギルドで見かけたチンピラ程度の強さしかないのではないだろうか。まあ、俺のこの気配云々の基準点はアイリーンだから、ほぼすべての連中が弱くなってしまう気もしないではないが。加えて言えば、そもそも俺は相手の気配を探るだとか言う高度なテクニックは使えないので本当に、何となくの領域は出ないのである。
ともかく、正直あの程度の騎士であれば簡単にあしらえる。後、村長の横に居る男も少し強くなった程度で基本は似たようなもん。って言うか、今までの雰囲気から察するに、あの井戸切ったのはまず間違いなくこいつらが絡んでいて、その中でも実行犯は村長の隣にいる奴なんだろうけど、よくあんなに綺麗に切れたな。アイリーンの話では熟練者か『特殊』持ちの一般者だったから、なんか切断系の『特殊』を持ってるんだろうな。なんでこんな奴の所に就いたんだか。
「……ふ、ふふふ。おいおい、良いのかい? この僕にそのような口をきいて。君たちの様な、たかが冒険者の、しかも見るからによわっちそうな奴等なんかどうとでもなるんだよ?」
それよりも、どうやら今回は素直に挑発に乗って来てくれそうだ。
「ん? 何を言っているんだい? 私はあくまでも、宿屋に寄ったただのお客の男と話をしているつもりなんだがね。それにその言い分だと君に私たちをどうにかできるような力があるように聞こえるが、どうせそれは親の力ではないのかい?」
ついでに、いい感じに余計な事を言ってくれたようだし、もう一つ情報を聞くことにしよう。
そう、こいつ一人で明らかに違法の奴隷を扱えるはずがないのだ。たとえ自宅においておくにしろ、売るにしろほぼ確実にもっと権力のある誰かしらが絡んで居るはず。高確率で親だとは思うのだが、ちゃんと聞いておくに越した事は無い。まあ、このままだと聞けるのは冒険者の処理をする相手って事になるんだけどね。少しでも手伝っていたって事が分かれば、あとは公式チートのアイリーンさんに助けを求めればどうにでもなるだろう。
「ははは、当たり前じゃないか! 子が親の力を使って何が悪いと言うんだい? むしろ、親に権力があると言う『縁』は自分の力だ。ほらどこに問題があるんだい? っと、そもそも君は僕が誰なのか気が付いていないようだったね。いや、気が付いていてあえてはぐらかしているのかな? まあ、いいや。改めて、自己紹介をしてあげるよ!」
ボンボンは実に仰々しく両手を広げ、如何にも尊大な態度で、まるで演劇のように話し続ける。
いや、まあ、縁は確かに自分と力と言い張れない事もないんだろうけど、なんか、こう、もやもやするなぁ。
「さあ、括目せよ、心して聞くが良い、平民諸君! 僕の名前は、イステッド・パック・プラリーニョ子爵! 父であるプラリーニョ伯爵の一人息子である! それなり程度の位ではあるが、力だけで言えば、動きの不鮮明な公国と隣接する領地を預かる大貴族であり、その権力は侯爵にも引けを取らない!」
そこでボンボンは喋るのを辞めた。どうやらそれで自己紹介は終了の様だ。
さて、ようやくと言ったところか、自己紹介が終わったが結果、予想は出来ていたが密かに懸念していた案件、爵位が出てきてしまった。地球参照で良いのか、この世界独特のものがあるのか、すでに厄介である。と言う事で、いつものようにアイリーンにこっそり質問をする。今更あのぼんぼんに訝しがられようが構わないしな。
「(アイリーン、この世界の爵位について教えてくれ。取りあえずどんなくらいがあるのかだけで良い
)」
「(分かりました。爵位は基本的にどの国も共通の物を使っております。上から、公、侯、伯、子、男となり、その上に、国王ないしは皇帝がおります。例外は公国で、この五つの上に来る位は無く、またこの五つの中にも大きな権力差はありません。また、基本的に息子は親より爵位を譲り受けていない限り、これと言った特別なくらいは持たず、あくまで親の爵位を借りる、と言う形となります。また、そのうえで名乗りを上げる場合は、同じくらいではなく、一つ爵位を下げて名乗る場合がほとんどです。だいたいはこれで全てです)」
なるほど。だからあのぼんぼんは自分の事を子爵と名乗ったのか。いやー、俺自身、元居た世界の爵位すらよくわかってなかったから、大助かりだ。と言うか、正直、この世界の名前やたらと長くて覚えにくい。まあ、地球でも外国に貴族なんか似たような感じではあったが。
「おい、わざわざ私が名乗りを上げたと言うのに何をこそこそと話しているのだ」
流石に小声で話していることに苛立ちでも感じたのか、少し語気を荒げそう声を掛けて来る。
「ああ、いや、何でもないさ。で、えーと、イステッドだったか。私が執拗に、君に対する扱いがただの客であることをアピールしていた中、君がそうやって、爵位を、まあつまり、権力を持ち出したと言う事はこちらも相応の対応をさせてもらっても構わないな?」
そう。長々と話したが、結局はこういう事である。相手に権力を持ち出させ、ならば俺も、と権力と言うか、竜である事を持ち出す。お前が使うなら俺も使う作戦である。作戦もくそも、俺が気持ちよく竜であることを利用するための作戦ではあるんだがな。
「は? いったい何を言っているんだい? まさか、まあ、確かに顔は整ってはいるが、そんなみすぼらしい身なりで僕のようにどこぞの貴族の娘と言う訳でもあるまいに」
娘? ……ああ、そう言や――ってもういいわ、このくだり。この見た目は間違いだったかなぁ。でも今さら姿変え方わかんないし、これはこれで勝手に侮って、勝手に口を滑らせてくれたりで便利そうだしいいか。
「ああ、そうだな。確かに私は貴族ではないぞ。どれ、ちょっと待っていろ、きっちりとお前の疑問に答えてやろう」
さて、ようやっと元の姿に戻る時間だ。まあ、ヤヨイたちには驚かれるだろうが、仕方あるまい。
「はあ? 貴族でないと言うなら一体なんだと――」
なにかボンボンが言っていたような気がするが無視しよう。
軽く後ろへ飛び退き、目を閉じる。その時、アイリーンも察してくれたようで、横へ少し避けてくれた。
そのままあっという間に俺の身体を光がつつみ形を変えるのが分かる。
光が膨れ上がり、そして、収まったそこには竜の身体となった俺がいた。
「なっ……!」
その驚愕のあまり漏れた、うめきにも似た声はいったい誰のものだったのだろうか。しかし、恐らくそれは、この場の俺とアイリーン以外のすべての者の思った事だっただろう。
ただ、静かに顔を上げ、目を開く。
予想した通り、すべての者が、それこそヤヨイとウズキ、その二人を抑えていた騎士たち、村長、皆が一様にこちらを大きく見開いた瞳で凝視していた。
「ふう」
うん。予想はしていたし、現実、そうなった。でも、たとえあらかじめ心構えを作っていようとも、苦手な物は苦手で、要は何が言いたいのかと言えば、これは緊張する。
しかも、重大な事に気が付いてしまった。この後どうしよう、と言う事だ。ここはこのぼんぼんどもを追っ払うべきなのか? それとも捕まえて、こいつらの所属する国の首都に連行すべきだろうか?
一応、違法の道具を持っていた訳だから、連行した方が良いのかもしれないけど、どうせ連行するんだったら、親も関わっているんだから、そっちもまとめての方が良いだろうし……。ちなみに、追っ払う、つまり逃がした場合は、取りあえず名前からコイツの家を探す。一般家庭なら難しいかも知れないが、こいつは貴族なうえに、きっちりと名前を名乗ってくれていたので簡単だ。流石にそれなりに長くやっているのだからすぐさま証拠を消すと言うのも無理な話だろうし、俺たちの移動速度の事を考えると、そう問題もないはずだ。名乗った名前も、こいつの事だから偽名と言う事は無いだろう。こいつが名乗ったのはすでに俺達を処分できると思い込んでいたタイミングだったし、コイツ自身自己顕示欲はかなり大きそうなので、まず本名で間違いない。
とまあ、いろいろ考えてはいたが、あかん。結局考えすぎて、どうすればいいのかよくわからなくなってきた。おい、せめて誰かなんか言えよ。言われればそれに返すくらいならできるからさ。場合によってはそれを参考にするからさ。無言はやめろよ。気まずいだろうが。
「カ、カースさん……?」
しばらくの間、無言の空間に耐えた後、ようやく聞こえたか細い声にこれ幸いと全力で反応を示し、顔を向けてみればその声の主は、ウズキだったようで目があった。
「ウズキか。今まで黙っていて悪かったな。だが、ここであったのも何かの縁。あまり気にせず今まで通りに呼んで、変わらずに接してくれると有り難いぞ。ああ、勿論、ヤヨイも、な」
「わ、わかりました。それで、その、カースさんは、竜様、なんですか?」
一体何が起こったのかよく分からないといった表情で、俺が試しに頼んでみた通りに今までと変わらない口調で質問を投げかけてきた。
正直、お願い通りに変わらずに接してくれるのは有り難い。シンシアに初めて会ったときのようにならなくてよかった。不敬罪がどうのって言っていたような気がしたが、バレなければ大丈夫だし、そも俺が良いと言っているのだから何の問題もないのだ。
「そうだ。あまり知られてはいない竜だろうが、それでもれっきとした竜だぞ」
「ほ、本物なんだ……」
俺の返事を聞いて、心底驚いた表情で、なにか納得した様に呟いていた。
「しかし、まあ、細かい事は後でだ。今はこいつらをどうにかしよう」
どうも、他にも何かしら話したいのか、質問したいのかそわそわしていたが、少しだけ無理やり会話を切って、視線を、ゆっくりと逃げようとしていたボンボンたちに向ける。
危ない危ない。いくら、逃がすかどうかで迷っていても、このまま何もなしで逃がすのは流石に不味いことくらい俺でもわかる。
少しだけ、今回は意識して魔力を込め声を掛ける。
「おい。何処へ行く気だ?」
それだけで、ぼんぼんどもは、浮かせていた腰を、すとん、と地面に落とした。
「ひ、ひぃい」
「あ、あぁぁ」
「あ、あう、あう」
情けない悲鳴がボンボンの口から洩れる。
護衛の騎士たちも、言葉になっていない声を漏らしながら腰を抜かしていた。
ん? よく見たらあの騎士ども漏らしてないか? おいおい、そこまで威圧したつもりはないんだがなぁ。
「お前たち、確かにその黒い首輪にも興味はあるが、今は個人的に、こちらの問題が先だ。まあ、あまり細かく注文を付ける気は無い。だから、今ここで誓え。二度とこの宿、ひいてはこの村に近づくな。それと村長。この村で二度と横暴な真似は許さん。国の方に直接物言いには行くつもりだが、少なくとも、交代になるまでは大人しくこの村を治めていろ。分かったな」
よし。これでいいだろう。
見ての通り、とりあえずはその場の流れで追い払う事にした。結局、首輪の方は後でも何とかなるだろう。こうして一度会ってしまえば、少なくともこのボンボン君はもう二度とやろうとは思わないだろうし、親の方は今は連絡の手段が無い。
あれ、無いんだよな? すっかり気にしていなかったが、一応聞いておこう。
「なあ、アイリーン。今この場から、こいつの親に連絡を取る手段はあったりするか?」
「連絡ですか? そうですね、ギルドや、王城などには、非常に貴重な、竜様より授けられた通信機が存在するそうですが、それ以外では基本的に聞きませんね。戦場などで使う近距離の者と思念で会話をする魔道具はありますがそれではここからそいつの親には連絡は取れませんし」
ほほう。遠距離で連絡を取れる道具は貴重なのか。なら、いいか。
そのままもう一度、ぼんぼん軍団の方を向く。
ん、そう言えば、返事をまだ聞いていないな。
「おい、返事は無いのか? それとも、誓わずに繰り返す気か?」
ちょうどいいし、ダメ押しに軽く脅しておこう。ついでに、ちょっとイラついている感を演出するために、軽く爪先で地面をトンとつついてみる。
ぼこん。
少しばかり強かったのか、綺麗に地面が凹んだ。まあ、演出にはちょうどいいな。
「ひ、ひゃいぃ」
「承知いたしましたぁ!」
狙い通り効果は抜群だったようで、凹んだのを見た瞬間、ぶわっと汗を噴出させ、ものすごく震えた声で誓ってくれた。
ここまですれば確実かな?
「目障りだ、消えろ!」
もう十分だろうし、用は無いので追い払う。
その指示に、這う這うの体で出口の方へ去って行った。村長も、脱兎の勢いで、恐らくは自宅に逃げ込んだ。ちなみに村長の隣にいた男は、まあ、予想通りではあったがボンボンの一味だったようで、村の出口へとかけて行った。
よし! 流石にちょっかいはもう出せないだろうし、めでたしめでたし。
さて、次はヤヨイたちの方だな。
一か月もあけてしまい、すいませんでした。少々体調を崩してしまい、ある程度良くなってもなかなか思うように書けず、すぐに投稿できませんでした。次はいつも通りに二、三週間のうちに投稿できると思います。申し訳ございませんでした。




