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厄介事と双子の思い



 村の中に、すでに俺達から見える位置に一台の馬車が姿を現す。恐らく乗っている者としては速度を上げたところでさしたる支障などないのだろうが、村のものを壊すと協力者が騒いだりするのであろう。決して余裕があるとは言えない道を家などの建造物に当たらぬようにゆっくりと進んでいた。

 それを止める者も、逆に見送る者もいない。先ほどまでは、あまり多いとは言えないまでもそれなりに見えた人影も、一人残らずいなくなっている。どうやって知ったのか、早い段階で家の中へと非難したのであろう。

 あらかじめこの村には貴族の息子とやらが来る事は知っている。恐らくあれがその息子なのだろう。


 流石に入り口の門を抜ければ音も村に響く。ガラガラガタガタと騒音を立てこちらへ迫る、無駄に飾りつけの施された場違いな馬車がこの場に居た誰の目にもとまった。その周りには、二頭ほど騎士を乗せた馬の姿も見える。

 ちらと、あの連中と禍根があるであろう双子の様子を窺って見る。その表情はどちらも、苦虫を噛み潰し、青汁で流し込んだかのような何とも酷い表情をしていた。

 本当に嫌いなんだろうな。まあ、当たり前か。


 その後は、正直この場では特にすることなどなく、大人しく馬車が到着し中から件の人物が現れるのを待った。流石にこの場を空気も読まずに去るわけにもいかないし、と言うか何となく、そんなことはしたくないし、逆にこちらから先手を、と言う訳にもいかない。先手なんてどう打てばいいのか俺の残念な脳みそでは皆目見当もつかない。流石にしょっぱなから、どうも竜です、なんてやるわけにはいかないしな。取りあえず、今回は傍観者で行かせてもらおう。どうせ、此処に居ればそのうち勝手に巻き込まれる。


 たっぷり数分かけて、ようやく俺たちの目の前に馬車が止まった。この短い距離を数分かけるのはもはや芸術の域に達しているのではないだろうか、御者の馬さばき的な意味で。


 そしてとうとうそいつは気持ちの悪い言葉と共に現れた。


「やあ、久しぶりだなぁ。ヤヨイ、ウズキ。そろそろ、ぼくの下に来る気にはなってくれたかい?」


 うすら寒い、粘つくような笑みを張り付けた少年。その体のシルエットはラグビーボールのように丸く、さながら子豚の様。しかし、そこに子豚の愛らしさも、元来綺麗好きの豚たちの様な印象もない。この屋根など一つもない砂地を、如何にも風通しが悪そうな馬車出来たからか、汗にまみれて、前髪も額に張り付いている。


 その横に、馬から降り、まるで仕えるかのように左右に立った二人の騎士――恐らく鎧の形や、兜の隙間から見える顔立ちから察するに女騎士だろう――が、より一層漫画の中から飛び出してきたダメ貴族の様相を演出していた。いや、いるかのよう、ではなく、実際に仕えているのだろうが、その僅かに確認できる程度の表情ですら明らかな嫌悪を表しており、僅かに距離も明けている。ちなみに二人が二人そんな表情だ。

 さらに背後には、こちらは嫌そうな顔一つせず、と言うよりは嫌そうな顔を必死に取り繕い、隠しつつ立つ二人のメイドの存在もうかがえる。

 メイドさんも馬車からいっしょに出てきたが、あれでは一種の拷問なのではないだろうか。

 と言うか、此処までくればもうどう考えてもどう見ても、女好きのダメ貴族のぼんぼんと言う印象しか受けない。


 ……これは、ちょっと、竜眼使ってまでいろいろ確認しようとは思えないな。多分やばかったら気配とかである程度なんか感じるだろうし置いとくか。


 その体系的にもボンボンなぼんぼんがまた口を開き、その口調とは裏腹にいやらしい粘ついた印象を持たせる声でヤヨイたちに話しかけた。


「くくく、その顔は死んでもお断りって言う顔だね。でも、直にこの村にも居場所はなくなるよ」

「ふざけないでよ。あんたが私たちの居場所を奪おうとしてるんでしょ?」

「はは、そう言うなよ。そう、これは親切心から出た『知り合い』の忠告だよ? 次は強制的に、なんてこともありあえるからね、あの時みたいに」


 その言葉に、二人は耐えるように震えていた。

 そしてそんな二人を、まるで可哀想な動物を見るような、いや、こいつにとっては家畜を見るような眼なのだろう顔を向け、なだめるように話を続ける。


「どうせ君たちに知り合いも友人ももういないじゃないか。周りに要らない迷惑をかける前にそのくだらない意地を捨てたらどうだい? 君たちも自分のせいで無関係の人間が傷つくのは嫌だろう?」


 お前が傷つけてるんだろうが。って言ってぶん殴りたくなるほどウザったい奴だな。


「しかも、わざわざぼくから嫌われるように、変な口調にして魔物の様な服を着て見せて。確かに魔物なんて反吐が出るほど嫌いだが、君たちをそれで嫌いになるわけじゃないんだよ? なんせ、すでに君たちが魔物なんかじゃない事は始めにあった時に知っているんだからね。だからさ、そんな意味のない行為はもうやめて、そんななみっともない服は脱ぎ捨てて、早くこちらに来た方が良いんじゃないかな?」


 ああ、その恰好と口調はそんな意図があったのね。

 でもそんな事より、今の魔物の様なみっともない、って言葉でアイリーンに青筋が……。


「ふふふ、本当は一人も客がいないはずだったんだけれど、それでも、偶然泊まった客もそこのみすぼらしい客が二人ばかり、諦めたところで未練もないだろう?」


 そう言って、小さく笑い声をあげるバカ貴族のボンボン。

 こいつ、さっきからまったくしゃべるのを止めないな。八百屋のおばちゃんも、話し始めたら止まらなかったけど、こいつとは違っていい人だったし、話しも楽しかったが、こいつのは実に非生産的でただただイラッとするだけだわ。

 ついでに言うとさっきの言葉に、アイリーンの青筋が増えたうえ、さっきから小声で惨殺の許可を、って言って来てるし。ってか、惨殺って言葉を使っているのを初めて聞いたわ。やだ怖い、超物騒。


 でも、今回は流石に強く止めようとは思えないんだよなぁ。むしろ、良いぞもっとやれって言いたくなる。流石に言わないけど。

 その言い草に、ヤヨイたちが言葉を漏らす。


「やかましい、豚が。そのピーピーよく鳴くきったない口、いい加減縫い合わせたらどう? 私からの今できる最大限のあなたを思った提案だわ」

「本当に、うるさい豚だよね」


 実に辛辣である。

 その言葉に子豚、もとい、ぼんぼんも青筋を浮かべている。

 はっ、お前の青筋なんざ一ミリ足りとも怖くないがな! アイリーンの方がまさに規模が違う勢いで怖いわ!

 と、どう見てもこの宿との確執故に、俺もそう積極的に口をはさむわけにはいかないので心の中でそう言っておく。


「ふ、ふふふ、ずいぶんとデカい態度、お前、そんな態度をとって本当にいいのか?」


 お、切れる寸前だな。プルプルしてらぁ。しかし、そんな事を言えるって事は、なんか、貴族の権力とか以外に切り札でもあるのかな?

 どうやら、ヤヨイたちはその言葉に心当たりでもあるのか、言葉を詰まらせた。


「そうだ。どうせ、君たちはこの村で、村長が何をしようが、どうせぼくの下に来るしかないのさ! 今の今までこのカードを切らなかったのは、僕のやさしさと言う事だよぉ! あははははは!」


 コイツ村長が自分と繋がってるってバラしやがった。別に、想像が出来ていない住人はこの村にはいないだろうけど、それでも証拠があるのとないのではだいぶ違うと思うんだが。あれ、でもこんな自白じゃ証拠にはならないかな?


 そんな適当な事を俺が考えている間に、この豚の言葉で双子の空気が変わった。今までも、イラついていると言った空気は感じれたのだが、今は、イラついたなどと言った甘い言葉ではない。二人から感じるのは、れっきとした激しい怒り、深い悲しみ、濃密な恨み、そして何よりも強く感じたのは――寂しさ、だった。


「なっ……! やさしさ? ふざけないで、ふざけないでよ! あんたは、私たちのたった一人の大切なお姉ちゃんを奪った!」

「ふざけんな! 俺たちの、たった一人しかいない、家族を、キィ姉を返せ! 返せよ! やさしさって言うんなら、今すぐにキィ姉を、返せよぉ!」


 堰を切ったように、感情と言葉が二人からあふれ出る。

 ああ、そうか。そういえば、二人はこの豚に姉を奪われているんだったっけ。

 さっきの言葉も、姉がどうなっても知らないぞ、と言った意味や、その前の、あの時のように、も姉が連れていかれた時の事を指していたのだろう。そして、二人はそれを察したものの一つ前ではなんとかとどまり、しかし二回目のあまりの物言いで、我慢が聞かなくなったのだ。


「ははは、それは違うぞ。お前らの姉を奪ったのはある意味では私だ」


 しかしその時、そう言って話に入ってきたのは少し前に見た村長だった。隣にはあの時も一緒にいた男もいる。


「……どういうことだ」


 ウズキが言葉と共に村長をにらみつけた。ヤヨイも、その視線を向けている。


「そんなものは決まっているだろう。そこなお方がな。田舎住まいで、見目麗しく、居なくなったところで誰も困らん女を探していたのだ。そこで、私がお前たちの姉をお勧めした訳だよ。ほら、お前たちから姉を奪ったのは私だったろう?」


 その言葉は、確実に二人に追い打ちをかけた。


「お、お前が! お前があ゛ぁあ゛!」


 ウズキが絞り出すように叫び声をあげる。今までよく話していたヤヨイは、ショックのあまり言葉を失っていた。僅かに涙さえ見える。

 どういう経緯でこの村に来たのかは分からないが、住んでいた村の村長に姉を売られたのだ。たとえ、多少、不審に思っていたのだとしても、ショックの一つや二つは受けてもおかしくは無い。それに、色々嫌がらせはしていたようだが、権力にあやかろうとした小物ぐらいにしか考えていなかっただろうし。

 俺も、順番的に言えば、こいつが先にこの村に来て、そこで親交を深め協力体制に、と思っていたのだ。それがまさか、初めからどころかきっかけを作ったのがこいつだったとは。


「ふ、ふふ、ははは。村長、何もばらさなくても良かったのでは? そのような事実を伝えたところで、一利もないでしょう?」

「なに、いまのこの村は見てのとおり、皆が引きこもっている。そしてその事実を知る村人は貴方が連れて行ってしまうでしょう? おおっと、そこの冒険者もおまけにね?」


 おっと、此処で俺達を巻き込むか。まあ、初めからそのつもりだったのは知っているが、改めてこうはっきり言われると、イラッと来るな。


「ははは、初めからそのつもりだったとは、私もそうですがきっと貴方も碌な死に方はしませんな」

「はは、その通りだ」


 まるでそこで吠えるウズキなどいないかのように話に花を咲かせる二人。事実、そのウズキは、こいつらに殴りかかろうとして、嫌々ながらも護衛の女騎士に止められていた。


「ふざけるなぁ゛ぁ゛ぁ゛! 返せぇぇぇ!」


 虚しく響くウズキの叫びとヤヨイのすすり泣く声、ただ只管ひたすらかんに障る、村長と糞貴族の息子(くずども)の笑い声。


 その音は、不自然なほどに静かなこの村に確実に響き、否が応にも耳に、全身に響き渡る。


 ウズキの叫びがひときわ大きくなった時、チクリと一度、心が痛んだ気がした。


 ――なんだ?

 

 何故だか、この空間で、異様な疎外感に襲われた。しかし、どんなに考えようともその理由は出てこない。もとより今回はあくまで部外者、傍観者の立場と決めてから、やり取りを眺めていたはずなのだ。


 俺が自分の中で感じた違和感を探る間にも話は進む。


「しかし、これではらちが明かないな。ぼくも無限に時間があるわけじゃない。……はあ。非常に残念だが、今回もあの時のように例の物(・・・)を使わせてもらおう」


 その言葉を合図に、ただ立っていた筈のメイドが、馬車の中から、何かを取り出した。

 それは特に目立った装飾のない、真っ黒な首輪だった。


 その首輪を見た時、隣でイラついていたアイリーンの纏う空気が変わった。それは、困惑。

 そのあまりの変化に流石に思考を中断して、話しかける。


「どうした?」

「あ、はい、その、あの黒い首輪が少々……」


 アイリーンにしては珍しく、はっきりとしない話し方。


「何か気になることでもあったのか?」


 俺がさらに詳しく話を聞こうとして、ようやく意を決したのか説明を始めた。


「はい。あれは、もし私が知っている物と同じであれば、数年前に一度問題になった『隷属の首輪』だと思われます。そして、もしそうであったなら、それがここにあること自体が問題となるのです」


 無言で先を促す。


「まず、本来、奴隷には首輪は必要ありません。基本的に奴隷であると言う証明は手首にされる、プレートの付いたバンドです。これは奴隷と言う身分に落ちた際にあらかじめ用意されている、竜お手製のもので、破壊等は出来ない特殊な物となっております。これに主人の名を刻み奴隷につけるのです」


 確か、少し前に奴隷については聞かされていたが、そう言えば奴隷の見分ける方法は聞いていなかったな。そうか、この世界ではリストバンドみたいなものになるのか。こういった世界では、奴隷の証は魔道具かただの首輪か、がお決まりな気がしたがどうやら、此処ではリストバンドが基本らしい。


「ですが、数年前、急にあの黒い首輪を付けた奴隷が見掛けられるようになったのです。それを不審に思った竜様たちが調査した結果、あれは、本来きっちりと定められた奴隷としての権利や意思を、まるで意に介さず、無視して隷属させることのできる道具だとわかったのです


 なんと、なんの前触れもなく急に現れ始めたのか。そりゃ、不審に思うわ。

 しかも、話によると装着者は身の上話を一切しないよう命令されていたらしい。当然、字が書けるものは筆談なども禁止されていたのだと言うから、そのあたりは徹底されていたのだろう。


「そして、その道具を危険視したすべての竜様が、配下の者までも総動員して回収に当たらせ、風竜様や、水竜様が生み出した、己しか使えないほど高度な探知魔法でそのすべてをあぶり出し回収した禁忌の魔道具なのです。特殊な魔法以外では奴隷を生み出すことが出来ないゆえ、どうやって制作されたのかすら不明の魔道具。いったいどうやって不当に奴隷を増やしていたのかは判明しましたが、そうなるとあの首輪がまだほかにもあると言う事にもなります。どこかに隠されていたものが流れてきたのか、はたまた誰かが製作法を見つけ出したのか。いずれにせよ、世界的な問題となりかねないもの、いえ、確実に世界全体に影響を及ぼす問題なのがあの首輪なのです」


 結果、あの黒い首輪は想像を上回る大きい物だった。

 まさかこんなところでそんな大きな問題に直面するとは思わなかった。しかも竜が全力で探したのに、此処に現れたのだ。それは困惑もする。


 アイリーンが話すのを躊躇ったのは、俺が過去のその件とは一切かかわっていないとはいえ、竜だからだそうだ。

 これは、この後の行動に支障を及ぼしかねないな。そもそも、そんな厄介な物を、なかった事か、触れないようにして旅に出るなどと言う事も流石に憚られる。こうなると、次の目的地をどこにするのか、アイリーンと相談して、慎重に決める必要があるな。

 それに、他にもあるのかなんかも重要になってくる。まあ、そこまでは俺の仕事ではないかも知れないが。


 しかし、いつまでも思考しているわけにも、説明を受けている訳にもいかなくなってきた。


 俺が考え事をしながらも、ふと顔を上げてみれば、話がいよいよ、強引にけりをつける方向に動き始めているのだ。すでに、ヤヨイとウズキはメイドと女騎士たちに拘束されている。それぞれ、騎士一人メイド一人に拘束されていた。

 二人ともそれほど大きくもないし、騎士やなんかに比べれば、力もそれほどないためこの人数でも十分なのだろう。

 そこに、ぼんぼんが首輪を手に近づいて行っているのだ。


 仕方が無い。流石にここで傍観しているのは流石にどうかと思うし、手を出しても問題ないだろう。さっき明確に巻き込まれたしな。


「さて、今まで黙って話を聞いていたが、どうやら私たちも知らぬうちに、宿屋の客らしき男たち(・・・・・・・)のいざこざに巻き込まれたようなのだが、文句はどこに言いに行けばいいのだ? これでも世話になったのでね、このまま黙って見過ごすのもどうかと思ったのだが」



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