宿のポンプ
カースたちが着いた村の村長宅。
深夜、その客間には二人の男がいた。一人は言わずもがな、ここの家主である村長。もう一人は鎧を着た男だった。
鎧の男が実に几帳面そうに村長に報告する。すでに兜は外されている。
「このままの行軍速度で有ればおよそ三日です。その予定でお願いします」
「承知した。してあなたはどうするので?」
「そうですね……私は基本的にこのまま戻らず待機ですので、このままここで泊まると言う形になるかと。もちろん構いませんよね?」
「勿論だ。そのつもりで部屋もとってある」
「ありがとうございます」
あまり気持ちのこもっていないお礼を言うと男は来ていた鎧を脱ぎ始めた。
「ふう、いくら軽装とはいっても鎧は鎧。さすがに暑苦しい」
ようやく鎧と言う拘束から解放された男は、素晴らしい笑みを浮かべ、そう愚痴をこぼした。しかし、そのすぐあと、また表情を引き締め真面目な顔に戻る。
「それで、あの宿には誰も泊まってはいませんね?」
だがその質問は予想していたのか村長はほとんど考える事もなく答えを返した。
「ああ。門番の話では、今までも今日も特に客人は来ていないそうだ。それでも二、三、来はしたが全て私の家に泊め、この村を出るところまで確認している。邪魔になる様な者は泊まるどころか、近所にもいないだろう」
「そうですか。それならば問題ないですな」
「では、今後も到着までの数日よろしくお願いしますよ」
「ええ」
そうして村長と男は悪意の混じった笑みを浮かべた。それからは雑談と酒を僅かに交わし、村長宅に灯っていた明りは消えた。
不法侵入者にはまだ、だれも気が付いてはいなかった。宿の人間もまた、久々の客が不法侵入者だと言う事は知らない。
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さて、一夜明け俺は今『月の暦亭』の裏庭、およそ厨房の勝手口のすぐ脇にある壊れたポンプの下に居た。
当然朝食などは済ませている。なお、部屋にあったのはベッドだったがその寝心地は存外よく、朝までぐっすりだった。アイリーンは、一応ベッドに入ってはいたが、朝起きてすぐに「異常は特にありませんでした」とか言って来ているあたり、まともに寝てはいないだろう。敷布団はよくわからなかったが、掛布団は羽毛の様だった。
さて、この裏庭。昨日は正面から来たことや、すでに辺りが暗くなり始めていたことなどもあり今朝案内されて気が付いたのだ。
そして何故、今日になって急にこんなところに来ているのかと言えば、話は少しさかのぼり、朝食を食べ終わったあたりの話となる。
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俺はアイリーンと共に、ホールに居た。単純に朝食を食べ終わってそのまま食休みと言う事で休んでいたのだが、俺はこの後の予定を考えていた。ちなみに、鱗については昨日完全に忘れてしまったが、特にアイリーンも気にした様子が無いため、このままスルーする。ちゃんと村を出たら渡すので我慢していてほしい。
兎も角、交渉の結果、思いがけず手に入れたこの村での三日間。ちなみに、昨日の晩の宿泊代、晩御飯代はサービスしてくれた。こんなにサービスして大丈夫なのだろうか? とはいえ、あまり自由にこの村を出歩けるものでもない。まあ、慎重にであればそこまで問題は無いはずだが。それでも、はっきり言ってこの世界は今の所楽しい物ばかりだ。現に、未だに触ることが出来ていない魔道具を今すぐにでも見に行きたい。他にも、村の様子やキッチンの様子から察するに少なくともこの村には水道の類はない、と思う。俺は井戸やポンプの類を見た事が無いので、一度見てみたいし、それで汲んでみたい。後は村の雑貨屋にも行ってみたいし、腰に剣の一本や二本、ぶら下げてみたい。
とまあ、探せばきりがないし、三日間くらいならば十分満喫できると思ってはいるのだが、何からしようかが決まっていないのだ。一応、それでもやることが無くなった場合は、普通に昼寝でもいいと思うし、場合によってはそのまま部屋代を残して先に行くのもアリだと思っている。
「さて、どうするかな~……」
「どうしました?」
普通に頭の中で考えていたつもりだったのだが、無意識のうちに声に出ていたらしい。死ぬ前もそうだったんだよなー。よく円に注意されていた。ま、今はこれと言って問題になる様なこともないだろう。そういえばあの後円はどうなったのだろうか。う~ん、とはいっても俺には確認する方法もないしな。あまり面倒なことになっていない事を願おう。
「カース様?」
おっと、すっかり放置してしまった。
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をな、この後どうするかとか」
「そうでしたか」
「ああ」
「それで、如何なさいますか?」
「いや、特に決まっていなくてな。取りあえず、今日改めてゆっくり村を回ってみるとか、この宿の魔道具を見るとか、そのあたりにしようかと思ってはいる」
まあ、そのあたりが無難かなと思っただけで特に理由は無い。強いてあげるなら、魔道具は気になったから、村も気になったからだ。後は村めぐりには相応に体力を使いそうだし初日の方がやりやすいかなとも思ったが。
「それでしたら、村を確認した方が良いかもしれませんね。昨日のわずかな時間では把握できていない場所も多く存在しております。昨日は一応、大きな建物と雑貨屋などの店を外観から確認しただけですので」
ふむ。アイリーンはそっちか。まあ、三日もあればいつかは魔道具に時間をさけるだろう。なら、此処はアイリーンの意見に従っておくか。
「出来れば自警団の宿舎、井戸、雑貨屋などの商店、それともう一度村長宅の確はしておきたいですね。どれも必要となれば知っておいて損は無い場所です」
そうか、やっぱり井戸なのか。それと雑貨屋なども確認に行くと。それならの場所に行くんなら特に迷う必要もないな。俺の目的地候補に入ってた場所だし。
「なるほどな。分かった、それでは今日はそれで行動するか」
「はい」
そこで会話も終わったし、時間的にも十分食休みはしたと言う事で立とうとしたが、せっかくなので井戸について軽く聞いておくことにし、椅子に座り直した。
「おっと、そう言えばこの村の水関係は井戸なのか?」
俺と同様、と言うか俺に釣られて立とうとしていたアイリーンが腰を元の場所に戻し質問に答えた。
「そうですね、見た限りは水道などの設備は整っていないようですし恐らくそうでしょう」
ん、水道などの設備? と言う事はこの世界にも水道やなんかがあるのか?
「水道?」
「はい。水竜様が中心となり他数名の竜が協力して広めた物です。初めはそこまで有名ではおりませんでいたが、およそ五十年前、急激に広まって行ったそうで、水道とはある一定の水源から隅々まで水を広める魔道具の様なものです」
どうやら俺の知っている水道の魔道具版と思って良さそうだ。
「しかしこの村を見ても分かる通り、未だすべての土地には広まっていないようですし、全ての物事を補えるほどで回っているわけではないそうですが」
さすがに地球と全く同じというわけではないんだな。
「そうか、分かった。では行くとするか。ちなみに井戸がどのあたりにあるか予想は付くか?」
「そうですね、基本的には村の中心付近です。ですが、この村は、畑が少し離れた位置にあるのか、村長宅周辺にはありませんでした。あくまでも憶測にすぎませんが、丁度この宿の反対側畑に近くなる位置付近ではないでしょうか。それと恐らくですが、こういった宿には大抵専用の井戸あるいは代用の何かがあるはずです」
おお、そうなのか。それならこっちで聞いて見せてもらった方が早いかな。別にここから村を反対まで歩くのが嫌な訳じゃない。とはいえ、アイリーンの言っていた村のどこに何があるのかを知っておくのも大事だ。
ふーむ、どうするべきか。まあ、どっちを選んでも、遅いか早いかの違いしか無いのだけれども。
「では、ここで見せてもらってから村に行った方がいいか?」
それでも、一応先に村を見るっていう結論は出ているからな。ここは発案者のアイリーンに聞いておくことにしよう。……何から何までアイリーンに頼りっぱなしだな、俺。い、いや、これは仕方がないことなんだ。ここで俺が考えてもこの世界で暮らしてきたアイリーンには敵わないからな。もう少しこの世界になれたら、きっと、俺もあまり頼らないで頑張れるようになる……はず。
「そうですね。時間的に村のものも見に行けないということはないでしょう。ですがあまりゆっくりは見られないかもしれません。ですのでカース様次第と言うことになるでしょうか」
おっと、そうきたか。そうかー。あんまりゆっくりとは見られないか。まあ、そうは言ってもそんなに見ることもないと言えばないんだけど、一回汲んでみたりとかはしたいわけだし、そもそも村に一個だけっぽいから、混んでそうではあるよね。そんな中を汲んでみたいからって理由で列ぶのもどうかと思うし、誰かのやっているのを代わりに汲みますよって言うのも、初対面でかつ旅人な俺が言うのもおかしな話だしなぁ。
そうなると、迷惑じゃなければ、この宿のを借りさせてもらってっていうのが一番良いかな。それに宿だったら、汲んだ水をそのまま宿に進呈しても何にもおかしな事はないし。いや、まあ、ただ水を汲ませてほしいって言うこと自体がすでにおかしな事っていうのは置いといて。
「あまり村に迷惑をかけるわけにも行かないし、ここで見せてもらってからにしたい」
とちょうどそのとき、厨房から件の二人がバケツを手に歩いてきた。おや、バケツを持ってどこへ行くのだろうか。……そういえば昨日会ったときもバケツを持ってたな。しかも、ちらっと見えた中身は水だったはずだ。もしかして、この宿には井戸あるいはそれに類するものはないのだろうか。
アイリーンも二人に気がついたのか、動き出した。
「承知いたしました。それではそのように行動いたしましょう。早速、あの子供たちに聞いてきます」
急で申し訳ないが、バケツのことを聞きたいし今回は俺が行こう。それにこういう事はやりたい本人が聞きに行った方が良いだろう。あとで「では、カース様こちらです」とか言われて案内されるのが井戸とかちょっと恥ずかしい。お前は一体井戸にどんな幻想を抱いているんだって思われそう。地球の住人なら兎も角、この世界では井戸は決して珍しいものではないはずだからな。たとえ水道が通ろうとも、未だすべてを補えていないってアイリーンは言ってたし、だからこそ井戸を使用する人は幾人かは居るだろうし、結果、至る所に残っているはずなのだ。
「いや、まて、せっかく今目の前に来たのだし俺が行こう。聞きたいこともある」
「よろしいのですか?」
「ああ」
少々アイリーンが不満げだが、二人が行ってしまわないうちに話しかけに行く。
「やあ、おはよう。朝から精が出るね。ところでそのバケツは?」
まだヤヨイの方とは今朝合っていなかったため、軽く挨拶をして本題に入る。ちなみに自己紹介は昨日の夜にちゃんとされている。まあ、すでに名前やらは竜眼で見ちゃっていた訳だが。
「あ、おはようございま――じゃなかった……。おはよう! 昨日はよく眠れたか? あと三日、満喫して行ってくれ! それで、このバケツが疑問か?」
出だしはちょっとおかしかったが、ヤヨイが勢いよく挨拶を返してくれた。言い換えたって事は、キャラを演技しているのか? 接客って意味なら、演技前の方が良さそうな口調だったけど……。まあ、いいか。わざわざそんな口調にしているって事は、なんか考えがあるんだろう。
なお、ヤヨイが言っている三日と言うのは、宿に泊まる日数である。昨日の夜分はサービスらしい。そうなると結構割り引いてもらったような気がするが大丈夫なのだろうか、とは思ったが本人たちが良いと言うのだから、と言うよりもぜひにと言うのだから問題ないのだろう。
「ああ。私の連れに聞いた話なのだが、こういった宿には専用の井戸か、それに類する水場があるのだろう? 確か、昨日会った時もそうだったが、そこに水を入れていたように記憶しているのだが、もしかしてこの宿には水場は無いのか?」
「……ああ。いや、あるぞ。確かにこの宿にもポンプがある。でも事情があってな」
「事情?」
何かあったのだろうか。
しかしそれを尋ねるとヤヨイは逡巡するように目線をさ迷わせる。
もう話しちゃえば? と小声でウズキに言われ、うんうん唸りながら悩んでいたヤヨイはようやく口を開いた。
「実は――」
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そうして現在に至る。簡単に言えば、見せた方が早いと直接案内されて、たどり着いたのが勝手口のすぐ脇に設置された壊れたポンプだったのだ。
「なるほどな……」
話によれば、ある朝、目が覚めて水を汲みにここへ来て見れば、すでにポンプは壊されていたのだと言う。そう、壊されていたのだ。
「なあアイリーン、これはやはり切られた跡か?」
俺が指差しながら質問した通り、ポンプの持ち手の部分は無残にも斜めに切断されていた。
聞かれたアイリーンも、僅かに試行したのち肯定する。
「……そうだと思います。この村に人間種以外を見掛けませんので、人間種を基準に考えますが、そうであれば、通常の斬撃ということでしたら相当な熟練者が、何か『特殊』を用いた場合は内容によってはそのあたりの一般人でも、と言ったところでしょうか」
この世界の熟練者なら鉄も切れない事は無いのか。そして『特殊』なら一般人でも、か。まあ、魔法とかそういうもんならおかしくは無いもんな。何があるのか分からんし。でも『特殊』ってそこら辺の人が普通に持っている者なのか?
「『特殊』はそんな一般人でもホイホイ持っているようなものなのか?」
「いえ、永続的な物ならばともかく、発動させるような種類のものは所持していること自体が希です。固有魔法にも言える事ですが、もし所持していることに気が付いたのなら、大抵は要職などについているか、それなりに有名になっていることでしょう。たとえそれが弱い物でも、悪い意味でですが名は広まります。隠していれば別ですが、弱くなければ隠す理由にもなりませんから」
なるほどな。つまり有名な者が居ないと言う事は『特殊』の可能性は低いと。弱くて隠しているようならこの状況を創るのは難しいだろうしな。
つまりポンプを破壊したのは熟練者か……。この宿、人がいなかった事と言い、この件と言いなんかあるな。まあ、今の俺なら超頑張ればよっぽどのことが無い限り逃げられる気がするが。……慢心じゃないよな、多分。
「……まあいい。事情は分かった。確かにこれでは使えそうにないな。修理も出来ないのか?」
「うん。この村には鍛冶師が居ない。居たところでこれを外さなければならないから、だったら新しいのと変えた方が早いし、そっちの方が安くつく。でもうちにはそんなお金は無い」
ヤヨイが少し落ち込んでいるのか俯き気味に暗い声色で呟いた。
しかしすぐに顔を上げこちらを見つめて来る。
「……ねえ。いま、理由は話してないけど、どういう状況にこの宿があるのかが分かったと思う。こんな宿は嫌になった?」
ヤヨイが、そう聞いてくる。その口調は昨日や先ほどの者とは違い、真面目で真剣だった。きっとこちらが素でさっきまでのは演技なのだろう。朝に素に戻りかけていることから慣れていないのは想像がつくが。
俺にはいったいどんな事情を抱えているのかは分からない。それでも、双子だけではあるが、重くなってしまったこの空気を少しでも明るくしようと努めて普段通りにアイリーンに質問をした。
「なあアイリーンよ。ポンプをこのようにした輩に私が傷つけられると思うか?」
アイリーンは俺の意図を察した訳ではないだろう。恐らく心の底から何とも思っていないと言った様子でいつも通りに返してきた。
「無理ですね。『特殊』でもよっぽど強力な物でなければカース様に傷一つ負わせることはできないでしょう。しかし、私もこの村に来た事は無くともこの周辺はよく訪れていましたので、そんな強力な『特殊』持ちが居ないのは、城や領主の内部まで調べ把握済みです。なので私に傷をつけることが出来るのかすら怪しい所ですね」
あっさり言い切ったな。ってか、調べた時期は多分竜探しの時だろうけど、城やら領主ってどうやって調べたんだよ……。
「まあ、そのですね、それなりに時間をかけてこう、糸でちょちょいと……」
おっと、どうやら思わずつぶやいてしまっていたらしい。アイリーンが律儀に答えてくれた。そうか、糸か、便利だなー……。まあうん。心強い味方だ。それでいいじゃないか、俺。
そうそう、今は双子だ。
「だ、そうだが。まあ、何も私たちの心配はいらんさ。実際、私も気にはしていない」
そう言うと二人そろって目を丸くさせた後、良い笑顔を浮かべた。
「ありがとう、フードのお姉さん、お兄さん」
ヤヨイが代表するかのようにしかし、少しばかりおどけた様にそうお礼を言ってくる。
「うむ、気にするな。……ん? お兄さん? ヤヨイは私が男だってわかるのか」
「うむ。当たり前だ! お客さんの性別も分からんようでは宿屋なんぞ経営できないからな! わははは!」
おおー。この姿になってから初めて一発目で見抜いた人だな。まだ、数日しか経ってないけど。
いや、でも流石だな、宿屋はそんな技術も持っているのか。あと、今後もその口調、続けるんだな。
と思っていたら、今まで黙って話を聞いていたウズキが小さく驚きの声をあげていた。
「え!? ね、ヤヨイ、あの人って男の人だったの?」
……ああ。そうか、そのスキルはヤヨイ専用スキルだったんだな。
「え? 気付いてなかったの? ……それ、カースさんたちに直接言ったらだめだよ?」
すまん、ヤヨイ、ウズキよ。俺の耳は常人よりもいいから筒抜けだ。そして多分アイリーンにも筒抜けだ。まあ、アイリーンは俺の性別に関してはそこまで細かく言ったりはしないから大丈夫だとは思うが。
あれ、全然進んで……。
たぶん二日目三日目はあっという間に過ぎます。なので、今回は申し訳ありませんがこんな内容ですがご容赦ください。
次回は、この続きを少しとその二日目三日目になるかと思います。二週間以内にあげますのでどうか何卒ご容赦を……。




