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ネウルメタ蜘蛛騒動3

 視界を埋め尽くすほどの、糸製の槍が降り注いだ。

 ドスドスと言う音。そして砂埃が舞う。

 全ての槍が降り注いだのち、向こうからの反応を待つ。

 暫く経ち、砂埃が晴れたそこに広がっていたのは、穴だらけの砂地。そしてそこに居るのは後ろの右足二本を失った鬼蜘蛛だった。


「……」

「足二本か。よく避けた、上出来だな」

「……もう少し、お前との力の差は縮まっていると思っていたよ。たとえ、あの方からの手助け無しでも、何とかなる程度には、と。たとえ、お前が固有魔法を使えるようになっていようとも、とな」


 何かを族長が呟いていた。ただし、別に独り言と言う訳ではないだろう。意識自体は私に対して向いていた。


「私だって、お前の知っている頃からまったく変わらないわけではないと言う事さ。お前が”あの方”と言う者に出会っているように私も、カース様に出会っている」

「そういえば、先ほどは聞き流してしまったが、カース様とはいったい何者だ? 配下やつらからそのようなやつがいると言う報告は無かったが。街であったのか?」


 ん? 確かに私を監視している鬼蜘蛛が居るのは知ってはいたが、カース様を知らなかったのか。てっきり先ほども知っているから流したのだとばかり思っていたのだが。


「私がカース様と出会ったのは、あの森だぞ」

「……そうか。こいつらはこれほど役に立たないのか。まさか『お前を監視し、動向を伝えよ』と言う指示に、本当にお前がどこそこに向かった、だけしか伝えていなかったとは思わなかったよ。せめて、誰の下に、位は教えてもらいたかったね」


 なるほど。奴等の役立たず加減を見誤ったか。恐らく、行動を開始したのはそう遠くない時だったのだろうな。結果、その事実に気付くのが遅れてしまったと。

 それに比べこいつはかなり頭を使っている。それも、話を聞く限り族長になる前から。きっと、もとよりこいつは私の後釜となる存在だったのかもしれない。


「せっかくと言っては何だが”カース様”という者に付いて教えてくれないか? 俺が強くなるよりも、さらにお前を強くした存在について」


 ふむ。まあ、私としてはカース様について語るのはやぶさかではない。


「良いだろう。そうだな……お前がカース様をどんな種族だと思っているのか分からんが、カース様は、偉大なる、竜だ」

「竜だと? あの森に、そのような存在が居たとでもいうのか?」


 どうやら、気付いていなかったらしい。まあ、私も目にするまでは、その強大な魔力を感じられなかったのだ。仕方あるまい。


「ああ、そうだぞ。あのお方は、森の深い所でお眠りになられていた。まあ、生まれたばかりだと言う話だが」

「生まれたばかり……」

「それで、カース様についてだが……。初めて会った時に感じたのは、直接対面するまでは、見つけることが出来ない、まるで霞の様で、それなのに途轍もない存在感をお持ちのお方だと思ったな。あの時は、天啓を得たかのようだった。直感的に、この方と共に在りたい、そう思ったのだ。それほどのお方だった」

「……そうか」


 そのつぶやきにどんな意味が込められていたのか私にはわからなかったが、どこか腑に落ちたと言ったような表情をしていた。


「さて、私もこうして遊んではいたが、別に暇と言う訳ではない。それなりに楽しかったが、そろそろ終わりにしよう」

「ああ。俺も、お前と闘えて満足できた。お前には結局叶わないと言う事もな。当然、無抵抗で殺されてやるわけにはいかないが。っと、お前は、俺が言う”あの方”についての興味は無いのか?」

「ん? ああ、そうだな……。別に、興味は無いな。お前をそれなりに強くしたとはいえ、他は変わらぬままだ。その程度の者であれば、私には係わりのない話だな」

「そうか、分かった。なら、話すようなこともないし、始めよう」


 ずいぶん軽い反応だな。あの方などと言っているのだから、もう少し何らかの反応を見せても良い気がするが。所詮はその程度の思いだったと言う訳か。

 などと私が頭をひねっていると、何かを察したのか話しかけてきた。


「どうした、不思議そうな顔をして? ……ああ、もしかして、先ほどの物言いに反応しなかったのを不思議に思ったか?」


 族長の表情がふっと緩む。

 

「簡単さ。俺はお前と闘うためにあの方を敬って、利用していた。だが、今すでに目的は果たされた。確かにお前と対等に、あわよくば勝つ、と言う願いは叶わなかったが、お前に敵として認められたんだ。こうして、あの時は出来なかったまともな会話もできた。それで十分だ。だから、初めから忠誠心なんてなかったのさ」


 軽く嘲るように笑った。ただ、それは私ではなく自分自身を笑っているようだった。


「どうだ、理解できたか? まあ、魔物としては普通の考えだと思うが、お前は人に混じって長く過ごしてきただろう。こういった考えは、あまり理解しにくいんじゃないか?」


 ははっ。まあ、知らなければそう思うかもしれないな。私も初めはそう思っていた訳だし。


「安心すると良い。そのあたりは、魔物の方が分かり易くてまだましだぞ? 人は――いや、人間族はたとえ相手を利用出来ようとも裏切ることなんぞ多々あるからな。まあ、大抵はそれ以上の利益を見込めるから、などが理由だが、私たち魔物は始めに着いた相手から離れる事はまずない。愚直だからな。貸し借り、恩義を重んじる。まあ、そもそも誰かしらの下に付くなどと言う事自体が珍しいと言えなくもないが。……そうだろう?」

「そうだったのか。……そうだな。確かにそう考えると俺たちの方がましかもな。まあ、利用するしないなどと言っていることを考えればおかしな話だがな。ちなみにお前は、今なら人間たちのような行動をとるのか?」

「私はそこまで恩知らずではないさ。それは今も昔も変わらない」


 別に私は人間と接して、考えが人間の様になったというわけではない。人間の考え方も、納得は出来ないが理解は出来ると言うようになっただけだ。


「それにしても、話す事は無いと言ってきながら、それなりに話してしまったな。そろそろ、本当に始めるか?」


 族長が先ほどとは違い、始めるか否かを聞いてきた。

 私としては、聞きたい事もないし、別にいつ始めようが構わない。まあ、あまり時間が掛かる様ならば、困るのだが。


「そうだな。お前が最後に言っておきたい事が無いならば、私は構わないぞ?」

「……そうだな、特にない。いや、この場合、今言っても仕方が無いと言うべきか。まあ、いい。始めようか」


 なんだ? 何か言いたかったことがあったのだろうか?

 どちらにせよ、関係のない話か。向こうも始めようと言っていることだし、さっさと済ませてしまおう。

 ああ、さっさとではいけないな。最後に使おうと考えている魔法を考えると、急ぎながらも、きっちりと失礼の無い様に(・・・・・・・)終わらせよう。


「そうか、なら始めようか。最後の私の魔法、きっちりと受け止めてくれ」

「ははっ、俺だって、無抵抗でやられてやるほど優しくは無いぜ?」

「はははっ、そうか。……ならば、全力であがいてみろ!」


 お互いの宣言を合図に、示し合わせたかのように同時に飛び退く。

 しかし、お互いに様子見で静止と言うような事は無い。私は考えてあった魔法を想像する。族長はすぐさま、行動を開始する。

 糸を二本、私の横の位置に飛ばしてくる。すれすれと言う訳ではない。それなりに余裕を持たせてだ。まるで、私に充てる気が無いような、そんな攻撃――違う、行動だ。先ほども見た行動。

 二度目にもかかわらず一泊遅れて、コレが一体何なのか理解したが、流石に少し遅すぎたらしい。


「はぁッ!」


 ぞぶ、と言う砂の音。びゅう、と言う族長の脚が風を切る音と、気合を入れるように叫ぶ声。

 そう、この糸は、族長の失った二本の脚の代わり、いや、脚そのもの。

 早い。先ほどとは比べ物にならないほどだ。これは油断していた。魔法の構築を取りやめ、すぐさま目前に迫る脚の対処に移る。

 振り下ろされる脚に手を添える。そのまま、勢いを殺さずに受け流し、迫る本体に足をあてに行く。蹴るためではない、弾くためだ。

 実際に私の狙い通りに族長は跳ね上げられ、また先ほどのようにお互いに距離を置く形となった。族長の実力ならば、攻撃するわけではなかった私の蹴りを、躱すのは無理だとしても防ぐ、あるいは弾く程度ならできたはずだ。しかしそれをしなかったのは、私の次の一手を警戒してであろう。だが、悪いな。この行動は私が気合を入れ直すために必要だったからなんだ。


 おそらく、族長の狙いは私に魔法を使わせない事。お互いに距離を取ったはずなのにこうして突っ込んできたのがその証拠だ。これは、私が距離を取りすぐさま魔法を使う事を読んだ上での行動。族長が距離を取ったのは、この補助用の糸を活かすためと、魔法を使うために油断した私のスキを突くためだろう。

 ふふふ、こいつは、まだ私に一矢報いようと、あわよくば勝とうとしている。そして、私もその族長の思惑に飲まれそうになった。これはもう、油断などできはしないな。最後の一瞬なんだ、きっちりと決めさせてもらおう。


 しっかりと意識を戦場・・へと向ける。


 さあ、本番だ。


「すまないな。殺し合いだと、敵だと宣言したはずなのに、まだ心のどこかでお前を侮ってたようだ。魔法のためしうちの相手、とな。だが先ほどの一瞬で理解したよ。お前は私の喉元に噛みつかんとする、飢えた狼だ。だからこちらも、魔法のためしうちの相手ではなく、戦場で出会った一匹の魔物としてきっちり相手をさせてもらおう」

「それは、光栄だ!」


 言い切ると同時に、先ほどとは違い、糸なしの跳躍。

 先ほどよりは遅い、が、右足二本と言う偏った失い方をした脚によって空中での軌道がぶれて攻撃が読みずらい。

 出遅れたために攻撃を受ける体制を取る。避ける事も受ける事も、受け流すことも弾くこともできるようしっかりと砂地を踏みしめ、軽く腰を落とす。

 族長の攻撃は、重さの違いに従って、上方に移動した左足四本による全力の一振りだった。

 これは受け流せない。躱すのも、範囲が広いため少しばかり厳しい。少しばかり力を込めて踏み込めば避けられるかもしれないが、その後がバランスを崩しかねないため、不安が残るのだ。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」

「くっ、はあぁっ!」


 お互いの気合・・がぶつかる。

 受け流せない、躱せない、避けたくない、ならば、選択肢は一つだけだ。きっちりと受けきり(・・・・)弾くまで。

 流石に、重い。決して余裕が無いわけではない。しかし、その脚に掛かっていた力は、想定していたものをはるかに上回るものだった。

 糸の補助も恐らくは魔法をつかえないはずの、何も無い、気合だけの状態で、此処までの威力とは……。

 ふふふ、やるじゃないか。


「はっ!」


 この気合のぶつかり合い(・・・・・・・・・)は、私の勝ちだ。そして、この勝負も私の勝ちだ。

 私に攻撃を受けきられた族長が大きく弾かれる。それだけではない。僅かに回転を加えて弾いてやった。これによって、体調が万全ならばともかく、右脚を二本失った状態では、すぐに体勢を立て直すことはかなり厳しいだろう。


 そのまま、族長の様子を確認することもなく、魔法の行使に入る。

 想像するのは、出会ったあの時の御方、優雅に空を舞う御方、その美しくも姿を掴ませない鈍色の鱗。その凛々しい御尊顔、その中で燃えてしまいそうなほど爛々と輝く紅の瞳。どれもこれも、色だけが似通った、ドラゴフェイクなどとは比べ物にならないほどの迫力と威厳を伴ったお姿。

 そう、私が使おうとしている魔法は。


「【絶対ぜったいにして敬愛けいあいなる御方おんかたささぐ】」


 魔法としての名前などでは決して無い。ただの宣言の様な物を言い切った瞬間。私のほぼ真後ろから、周囲を大きく囲う蜘蛛たちすれすれの位置の間、そこに糸が何かを編上あみあげていく。

 いや、何かではない。それは私が初めて会った時から、今に至るまでのすべての、竜としてのカース様を想像して創り上げた、カース様を模った糸の像。それを編上げる速度は、初めの蜘蛛の巣とは比べものにならないほどに遅い(・・)。しかし、周囲の者達は、その空気に飲まれ、身動ぎ一つ出来できずにいた。

 そして、そこには糸によって編まれた、真っ白なカース様の像があった。紅の瞳や、鈍色の鱗の面影は無い。流石に色は付けられない。もしかすれば付けられるのかもしれないが、付け方が分からないのだ。それに像なのだから、色は無くても問題は無い。

 大きさは、本物のカース様には僅かに及ばない。しかし、その大きさは周囲を威圧するには十分なものだった。

 その中でも、いち早く復帰したのは族長だった。


「それは、一体……」


 どうやら、魔法であることをあまり理解できていないようだ。もしかすれば、この像のモチーフを聞いて来ているのかもしれない。


「魔法で創り上げたカース様の像だ。よくできているだろう?」

「は、ははは。どんな大規模な魔法を使うのかと思えば、それでは、初めに使った白い柱と同じ、いや、その大きさや、柱とは違い浮いていない事を考えれば、むしろ弱くすらなっているじゃないか!」


 ほう。どうやら、この魔法の力を疑っているようだ。しかし、流石に【白亜はくあ鉄槌てっつい】よりも弱いと言うのは笑い話にもならないな。


「そう思うのならば、また仕掛けてくればいいだろう? もう体勢も整ったようだしな。それに、私はこの魔法を使っている間は、この場から動けない。まあ、正しくは動けないほど真面目に操作しなければ私が許容できない、と言うだけだが」


 カース様の像だ。不真面目に操作していれば、カース様に失礼だし、私自身もそのようなこと認められない。


「はっ 、良いだろう。喰らえ!」


 威勢よく族長が飛び掛かってくる。

 ほう、本当に無策で真正面からくるとは。馬鹿正直と言うべきか、愚かと言うべきか……。まあいいか。取りあえずこの魔法の力を見せなければな。


 見えている者がどれほどいるのか分からないが、私のそれぞれの指先から像へと伸びる十本の糸に魔力を込める。

 よし、あの時実験しておいて正解だったな。あの時女が居て、都合よく糸での操作ができてよかった。こうして今、確信をもって操作できるのだから。なんせあの程度の球でも、一本で有り余るほどの操作が出来たわけだし。


 族長は、なにやら気合を入れながら目前に迫っていた。

 力を示すからには一発で殺してはいけないな。これは別に侮っているわけではない。ここまでくればほぼ価値が確定しているのだ。族長は詰んでいる、それを教えてやるだけだ。族長の方が優位だったのは、私がこの魔法を行使し終えるまで。今は違う。


「ほっ」


 目の前を白い何かが通過する。その速さは、先ほどの族長や、私の戦いのときの速さの比ではない。それに族長は吹き飛ばされたようだ。

 よし。調整に意識を割くあまり、つい声が出てしまったが、調整の甲斐あって、族長は一発では死ななかったらしい。


「さて、どうだ? この魔法の力、分かってくれたか?」

「ぐっ、かはっ」


 何やら、震えながらも立ち上がり、口元から体液を吐き出した。死にはしなかったが、致命傷と言ったところか?


「はっ、はは。とんでもないな。その大きさで、阿保みたいに早く動きやがる。流石に規格外すぎるぞ」


 どうやら、この魔法の強さを理解してくれたらしい。


「素晴らしい力だろう、私の創り上げたカース様の強さは」

「そうだな。だが、別にそのカースの姿の像じゃなくても良かったんじゃないのか?」

「いや、それは違うぞ。このお姿だったからこそ、私が真面目に操作できたんだ。後、呼び捨てにするな」


 確かに操るだけならば何の形でもいいのだが、そこはやはりやる気の問題であり、その比重はとても大きいのだ。


「さて、お前が詰んでいると言う事は理解してもらえたか?」

「……そうだな。あーあ、始めのお前に魔法を使わせないようにって言う考えは合ってたって訳か。あそこで体勢を崩されたのは痛かったなぁ。まあ、あの時のお前からは本気の気配を感じたし、それは満足してるが」

「そうだな。あの時のお前は確かに私を上回っていたよ。それは素直に認めよう。後は基本性能の差だな」

「もう少し、時間をかけるべきだったかー」


 もう少し時間があれば、か。確かに、どうなっていたか分からないかもな。


「かも知れないな。……そろそろけりをつけよう」


 そろそろ、終わらせよう。時間をかけすぎた。


「そうか……。そうだな。やれ。俺はもう動けそうにないからな」


 だろうな。先ほど立ち上がってからまったく動いていない。強いて言うなら、足が震えている。

 さて、最後の言葉くらい聞いてやるか? ここまで、なかなか楽しい思いをさせてもらった。初めは、それなりに期待していただけだったが、途中の魔法に対しての回避は予想していなかった足二本と言う結果に終わった。最後に至っては、一時的に、油断していたからとはいえ、完全に上を行っていたと私は思う。

 確かに一発も私に対して、傷を負わせるような攻撃は無かったかもしれない。しかし、一歩間違えれば、私に届いていた攻撃がいくつかあった。そんなことは、今の今まで一度たりともなかったことだ。柄にもなく気分が高揚していた。

 だから、最後位、言い残す言葉位は聞いてやってもいいような気がする。


「言い残したことは無いか?」

「……」


 私の問いかけに族長は、沈黙で返した。言い残すことは、もう無かったのか。それとも、言いたくても、口が動かなかったのか。


「……そうか。それじゃあな。なかなか、楽しかったぞ」


 私が、カース様の像の腕を振り上げるように動かす。先ほどとは違い、大した速度ではない。むしろ、遅いくらいだ。

 そして、それが、族長の、彼の上に振り下ろされるその一瞬の間。


「……君と、初めて会った時、何故だか、すごく君に惹きつけられた。初めは……資格を持つもの、だからかと、思ったけれど………時間が経つにつれて、君が居なくなってからの時間で気付かされた。最後、君に見てもらえたと思った時、嬉しかったんだ。怒りだと、嫉妬だと、復讐するんだと、思い込みたかったんだろうな。でも僕はきっと、君が――」


 ぐしゃ。


 普通の鬼蜘蛛なら聞こえなかっただろう。そこら辺に居る魔物ならば、気付かなかっただろう。しかし、私には聞こえてしまった。絞り出すような言葉。誰に話しているわけでもない、独白。しかも、それは最後まで言葉として形作られることの無かった、形作られる事なく終わった、一匹の鬼蜘蛛の感情。


 糞が……っ!


 最後はなんと言おうとしたのだろうか。いや、そんなことは分かりきっている。別にそれを認めるのは構わない。別にそれによって私の感情が変わるわけではない。

 ああ……楽しかった気分が台無しだ。


 胸糞悪い。


 それを言ったのが、私と同じ鬼蜘蛛だからだろうか。それを言ったのが、元とはいえ、同じ立場に居た者の言葉だからだろうか。その言葉は、彼の言えなかった言葉は、私の心にとげが刺さったように、うずいた。すっきりしない、もやがかかったように。気持ち悪い。私の立場と彼の立場、カース様の立場と私の立場。そっくりなせいだろうか。まるで、その思いは叶わないとでも言われたかのように感じて。


 違う。


 これは、同情だろうか。――そんなはずはない。彼に、同情することなど、何一つない。


 私は、彼とは――お前とは違う。


 私はお前とは違うんだ。お前のようには終わらない。

 お前のように、ただ戦い、ボロボロになりながら認められ、しかしそれ以外には何もないまま死ぬ、そんな風には終わらない。終わらせない。私はカース様に着いてきた。この先も、ずっと着いていく。そしていつか、成し遂げてやる。

 私は、あの方を、カース様を好いている。いや――愛している。


 あ゛あ゛、糞がっ!


 消えかけの一匹の鬼蜘蛛に、もう一度目をやった。

 鬼蜘蛛の表情など、鬼蜘蛛である私ですらわからないのだ。だと言うのに、最後のこいつの表情は――満足しているように見えた。


 ――不愉快だ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!! 糞がぁあ゛あ゛ぁッ!!」


 力一杯に、地面を蹴ったぐった。

 途轍もないほどの、爆発音に似た音が、バランスを崩してしまうほどの揺れと共に鳴り響いた。

 それがまるで、私の破裂した感情の様で、余計、不快になった。



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