ネウルメタ蜘蛛騒動2
とんでもなく遅くなりました。申し訳ございません。また、いざ書いてみて分かりましたが、かなり戦闘シーンが苦手です。ご容赦ください。
私の目の前には、大量の、馬鹿な鬼蜘蛛と、それを相手取って戦う三人の人間の姿があった。
「やはり、耐え抜いていたか。それにしても、あの蜘蛛どもも馬鹿な物だ。左右を見ればいくらでも移動できる空間が開いていると言うものを」
いや、よく考えれば、おかしい。流石にその程度の知能はあるはずだ。
よく目を凝らしてみてみれば、三人のうちの一人、魔法使いと思しき女が何やら魔法を使っていた。
どうやら、風を操作して、蜘蛛どもの動きを制限しているらしい。しかし、風を操る魔力が薄れてきている。そろそろ効果が切れそうだな。
「【風操】!」
丁度切れる、そんなタイミングで魔法使いが何やら叫んだ。
どうやら、魔法を使ったらしい。まあ、魔法使いが魔力を溜めているのは気付いていたが。
しかし、何故叫んだのだろう?
「【ウィンドボム】!」
また魔法使いが叫んだ。そして今回も魔法が発動する。
魔法を使うときに叫ぶのか? と言う事は叫んでいたのは、魔法の名前だろうか。
……なぜだろう。相手にどのような魔法を使うのか想像させてしまう愚行なのにもかかわらず、すごく惹かれる。
あ、いや、一概に愚行とは言い切れないか。場合によっては仲間に対して何の魔法をしようとしているのか教えることが出来る。それによって、連携や退避行動などが速やか実行できるから。まあ、私は、仲間はカース様しかいないから、あまり意味は無いのだが。何せ、カース様に私の魔法と言うか糸が効くとは思えない。それでも、カース様に誤爆するなどと言う真似はしたくないしな、私も魔法としての糸を使うときは真似してみるのも面白そうだ。普通に糸を使うときは、特に何か言わなくとも、カース様に当たる様な使い方はしないしな。
そう、あくまでも、カース様に迷惑を掛けないようにするためなのだ。
魔法使いの魔法に合わせて、三人組が少し後退する。
ふむ。どうも、魔法だけではなく三人も蜘蛛どもの行動を制限するように動いているらしい。魔法と、陣形。この二つによってこの戦線は維持されているようだ。
予想通り、あの人間たちは実力者だな。冒険者らしいが、ランクはA……いや、場合によってはSでもおかしくは無いか。
やはり一度、手合わせ願いたいものだ。
全体的に戦線がネウルメタ側、つまり私の方に近づいてきた。
ちなみに、私はこの戦闘が見え始めた段階で歩みを緩め、足元がそれなりにしっかりした土にならない、あまり近すぎないところで見学をしていた。腕は人の形態に戻してある。
その時、三人組の内一番前で、全体を維持していた大剣の男が私に気が付いた。
「なっ! おいあんた、そんなところで何をやっているんだ! ここが危険な事ぐらい見れば分かるだろうが! さっさと逃げろ!」
私に対して、何事かを叫んでいる。
その叫び声に反応し、残りの二人と、蜘蛛どもが私に気が付いた。人間はともかくとして、蜘蛛どもは今の今まで気付かないのは気が緩みすぎだ。今の族長は何をやっているのだか。勝手に辞めた私のいえた義理ではないが。
「あなた! この蜘蛛の山が見えないの?! 早く逃げなさい!」
「そうだ! 早く逃げ……なっ! つ、角っ! あの子、角が生えてる。ただの人じゃないぞ!」
どうやら、私に角がある事に気が付いたらしい。
「ここいらの上位の魔物で角アリは何かいたか?」
「すぐ後ろに居るじゃない!」
「くそっ! そうなると、こいつらの仲間か?」
どうやら、アイツラの仲間だと思われているらしい。まあ、角のある種族は魔物くらいだし、このあたりの人化できるほどの魔物は確かに鬼蜘蛛くらいだが、一緒にしないでもらいたいな。
ちなみに、魔物以外で角のある種族は、人間や魔族、森人族などを含め例外なく存在しない。そうでなければ私も角を隠そうとはしないが。
声を張り上げなくとも聞こえそうな位置に、三人組が来たので声を掛ける。
「期待を裏切るようで悪いが、私はお前等を助けにきた」
「何だと?」
私に近づき過ぎずに、蜘蛛どもと私を警戒していたリーダーに見える男が困惑気味に返事をした。
「お前のような知り合いは俺たちの中にはいない。この状況で、自身の身を顧みず助けに来るような酔狂にも見えん。いったい誰の指示だ? そして、お前の見た目。お前は何者だ?」
助けに来たと伝えたはずなのに三人組の間に漂っている、どこか諦めたような沈んだ空気を感じる。
口調だけは明るく見せようと頑張っているが。……全く辛気臭いやつらだ。
「私はアイリーン。お前らの予想したように、蜘蛛どもの味方ではないが鬼蜘蛛だ。指示を受けた、と言う訳ではないが、カース様の配下として、そしてアイツラの元族長として、必要だと判断し行動したまでだ」
「アイリーン? その、カース様、とやらはいったい何者なんだ?」
カース様の存在は未だ広がっていないから知らずとも仕方ないか。
「カース様は竜。最近新たに誕生されたのだ。そして私はその配下だ」
そう私が宣言すると、三人が混乱しながら相談し始めた。ふむ。周囲への警戒は怠っていないところを見ると、先に会った女よりも経験があるみたいだ。……そういえばあの女の名前を知らないな。まあ、知らなくても困ることなど何もないから問題は無いか。
「分かった。今の所、信じる理由もないが、『竜』と言う言葉を口にしたお前を疑う理由も無い。俺たちは今から、お前に従おう」
取りあえず、それでいいか。正直、お前呼ばわりも、カース様に対しての態度も気に入らないが、いつまでもグダグダやって、これ以上カース様を待たせるわけにもいかない。
「それで、この状況からどうやって逃げるんだ?」
そう聞きたくなるのも分からないでもない。
現状は、悠長に話していたこともあり、完全に鬼蜘蛛に追いつかれてしまっている。会話中でも、魔法使いの女が、切らさず魔法を使っていたおかげで、囲まれていない、と言ったような状況なのだ。まあ、実際の所は、私の威圧の効果なのだが。
さて、質問の答えだが、そんなもの決まっている。
「殲滅して堂々と帰ればいいだろう?」
軽く答えた私の言葉に、それを警戒しながらも聞いていた三人が固まった。何というか、こいつはいったい何を言っている? 、と言ったような表情なのが納得いかない。
「お前、正気か?この数を俺たち四人だけでどうやって捌く気だよ?」
代表してか、今まで会話していた例のリーダーっぽい男が質問してくる。
しかし、間違っているぞ?
「何を言っている。アイツラの相手をするのは私だけだぞ? お前らは後方で待機だ。まあ、そのままネウルメタまで帰ってもらっても構わないが」
「おいおいおいおい! お前それ本気で言ってんのか!?」
「しつこいな、本気だよ。なんだったら、そこの魔法使いの負担を減らしてやろうか?」
私も、一度、魔法としての『糸』を使っておきたいしな。
「……ほ、本当にそんなことが可能なのか?」
今まで漂っていた辛気臭い空気が和らいでいた。
やっと私の事を信用する気にでもなったのか?
「出来ないようなことは、口にはしないさ」
「……正直まだ、お前の実力は疑っている。しかし、余裕な態度を取っていても、今の俺たちは限界が近い、いや、もう限界を迎えている。頼む、俺達を、助けてくれ」
やっと正直になったな。まあ、なろうがなるまいが、勝手に助ける気ではいたが。
手ごたえのありそうな奴もいなさそうだし、さっさと帰りたいのだ。
「よし。分かった。取りあえずお前らは下がれ。巻き込まれたくなければな」
さて、どんなものを使おうかな。まずは奴らの動きを止めるために『巣』でも張ってみようか。それとも一発デカいのをぶっ放そうか。
うーん。私自身はまだ、攻撃に糸を使った事が無いし、それで撃ち漏らして下がった連中に危害を加えられても厄介だし、此処は『巣』を使うか?
「あっ!」
私が軽く思考を始めた隙をついて威圧を抜けだした者が居たらしい。後ろに下がった三人組が、追いかけようと動き出した蜘蛛どもを見て、声を上げた。
しかも、今までとは違い結構な速度で飛び出してきたな。多分、私の威圧から抜け出した時に力みすぎたんだろう。
ちょうどいいし、一度、練習って事で試しに使ってみるか。
……おっと、名前はどうしようか。記念すべき一発目だしな。
しかし、蜘蛛どもの動きを見る限り、悠長に考えている時間はなさそうだ。
私も、咄嗟に考えた名前を唱えながら、手を軽く突き出すようにして魔法を放つ。
「はっ! 【世界を捕える化け蜘蛛の巣】!」
……世界はちょっと大きく出過ぎたか?
まあ、カース様の配下としてはいずれその位にならなければならないし、問題は無いか。
私の言葉と共に、まるで手から巣が広がっていくように、地面とは垂直に網目状に糸が張り巡らされて行く。実際は、ほぼ瞬間的に蜘蛛の巣が出現したように見えるのだろうが。
その巣は、蜘蛛の行方を阻み、三人組を守れる程度まで広がり、何もない中空で固定されるように止まった。
そこに、飛び出して来ていた蜘蛛たちが面白いように引っかかっていく。
ふむ、初めての魔法行使にしては上出来だな。強度も申し分ない。粘着性もしっかりしている。
「何っつー魔法だよ……規模が違いすぎる……」
「固有魔法……? でも、あの子は魔物だったはず……」
「これなら確かに一人で相手が出来るな……」
背後で三人組が何か言っているな。ふん、魔物が魔法を使って何が悪い。
まあいい。次の行動に移ろう。
本当はさっくり全滅させて帰りたいのだが、流石に問答無用で全滅と言うのも良くないか?
軽く威圧しつつ告げる。
「本来居るべき場所に帰れ。さもなくば、殺す」
……どうやら、効果はあったようだ。群がっていた蜘蛛どものおよそ半分が森へ帰って行くのだ。
帰って行かないものは、恐らく私の声が聞こえなかったものと、今の族長と近しい立ち位置に居た者だろう。まあ、大半が聞こえなかったものだろうが。その聞こえなかったものも、何かを察したのか、逃げる物から聞いたのか、引き返し始める者もいた。
残ったのはだいたい二~三十か。
「これだけ減ればすぐに帰れるか。族長次第ではあるが」
これだけの規模だ。絶対に族長が絡んでいる。
と、丁度空気を読んだかのように、森のある方向から、何者かが走ってくるのが分かった。
そして、逃げる蜘蛛の中で、群れが穴が開くように移動する。
そこに、そいつは現れた。
「おい、お前ら! 何を勝手に帰っている!」
他の蜘蛛とは確実に違う、蜘蛛ではない、人の姿。私の知るこいつらはどこかぎこちない喋りとは違う、はっきりとした言葉遣い。
あいつが今の族長か。
……ふふっ。
おかしいな。自然とにやけてしまう。
早く帰ろうとしていた筈なのに、やはり、どうしたって期待してしまう。
あいつはどのくらい強いのだろうか、と。
族長の命令により、引き返すのは止まったが、私に手を出そうと言う輩は居ない。
もう離れても良いだろう。いや、違うな。もう、族長の下に行っても良いだろう。
たとえどれだけ期待していようとも、早く帰らねばならないことに変わりはない。
だから、早く戦いを始めよう。
軽く地面を蹴りあげる。
目標は、群れの中で唯一、人間に擬態した蜘蛛。
蜘蛛の上を飛び越え、まるで小さな闘技場のように開けた群れの中に着地する。
「……ははは。そっちからお出ましか。コレは手間が省けたよ。先ほどのはただの糸じゃないね。固有魔法かい?」
すると、まるで初めから私が目的であったかのようにそいつが笑った。
「何だ? 私に用があったのか?」
「おや、俺の質問には答えてくれないのか……。ああ。そうだ。俺はお前に会いたくて、お前の捨てた地位に立ち、こんな、碌に役に立たないやつらを率いて森から出てきたんだ」
「そうか。私としては基本、迷惑でしかなかったんだが、私が楽しめるのならば、お前の用事に付き合ってやるぞ?」
私に会いたい鬼蜘蛛、と言うのだから過去、私とかかわりがあったのだろう。言動からしても、私が鬼蜘蛛であったことを知っているようだ。しかし、思い出そうとしても、蜘蛛の姿でもないその姿に見覚えはなく、それ以前に当時の蜘蛛の見た目でさえ見分けがつかなかったのだから、誰かは分からなかった。もしかすれば族長と言う立場になり、その姿を変えているかもしれないが。
そんな私の考えを読んだのか、そいつが言った。
「覚えていないだろうな、お前は。あの時から、自分以外を低能な連中と見限り、見分けようとすらしなかった。俺も、そいつも、そこにいるあいつだって、あの時のお前からすればその他大勢だったんだろう?」
ほう。あの時の私をよく見ているな。
「そうだな。その認識は今もあまり変わっていないよ。弱ければその他大勢。ろくな会話が出来なければ、必要のない者。私の欲したものを満たせなかったんだ。ただの空腹すら満たせない者などその他大勢で十分だ。まあ、あのときの私は既にいろいろなことを知りすぎていた、と言うのもあったんだろうが……そんなものだろう?」
はっきりと私の考えを言い放つ。
その言葉にそいつは、何が可笑しかったのか、漏れ出すように笑い声をこぼした。
「く、くくく、くはははっ。そうか、そうだな。やはり今も昔も変わらない。いや、昔などと呼べるほど時間は経っていなかったな。……そんなお前に俺は会いたかったんだ。お前に、復讐してやりたかったんだ!」
「復讐?」
はて、その他大勢から恨みを買うようなことなどあっただろうか。
「ああ、そうだ。一番初めにお前を見掛けたのは、あの森の、どのあたりだったかな……。初めは、今みたいにはあまり喋らなかったな。まるで、俺の事を仲間なのに違う生き物を見る様な目で見ていた」
「何の話だ?」
「お前との邂逅の話さ。……それでもお前を一目見た時に、力強い、それでいて不思議と惹きつけられる魔力を感じたんだ。だから、あの時の俺は、お前の、いや族長の近くに立ちたかった。そのためにも、何度も何度も、話しかけ、情報を提供し、何体もの仲間を紹介し、気に入られようと努力した。しかし、そんなある時、お前は言ったんだ。『誰だお前は? 私の周りをうろつくな』と。驚いたね、まさか覚えられてすらいなかったのか、と。でも、まあ、それなら、まだ何とかなる。ただ、そのあとに言われたのが、決め手だった。『お前らでは足りない。碌な考えも持てないやつらが、私と同族などと騙るな』。そう言いきって、お前は森の外に去って行ったんだ。あの時は人の街に向かったのだろう? 傷ついたよ。大いに傷ついた。まさか仲間とすら、いや、同じ種族だとすら思われていなかった。それどころか人間とつるむのか、と。否定された気分だったよ。今までの、今現在の、そしてこの先の俺自身をお前は否定したんだ。あの時、俺のプライドは、傷つけられた。だから、あの時、俺を否定したお前に復讐してやると誓ったんだ! そして、今、あのお方のお力をお借りして、ようやく叶おうとしているんだ」
ふむ。そういう理由か。全く覚えがないな。
……いや、そう言えば私の周りを必要にうろちょろしていた輩がいたような――ま、いいか。それよりも族長がそんな理由で行動しているとは思わなかった。そんな、くだらない理由で。
プライドなんて、他人に如何こう言われて揺らぐ様な物ならば捨ててしまったほうが良い。プライドは、自分を支える一本の柱だ。それは、他人が決める物じゃなく、自分が決め、貫くものだ。自分の行動で揺らぐことはあっても、他者の行動で揺らぐことなどない。よって、いつまでも執着するものではないのだ。あくまで、補助なのだから。
どうせなら、新たな族長として、元族長の私と闘いたいとかのほうが、納得できるのだがな。
「よもやプライドなどと言う犬でも食えぬものにいつまでも執着していようとは……。もっと、視野を広くして世界を俯瞰してみたらどうだ? きっと、プライドよりも素晴らしい刺激を与えてくれるものが五万と見つかるだろう。まあ、私が言えた義理ではないのだがな」
しかし、プライド如何こうは置いておいても、実際に目の前にして分かるが、こいつからは確かな力を感じる。あの三人組であれば苦戦する程度の力。もしかすれば、私を傷つけることが出来るやもしれぬ力。傷つける止まりではあるが。
「お前が私と相対するにふさわしい存在となったことだけは認めよう。以前のお前からは感じられなかったものを今、確かに感じているのだからな」
「何の事だ? ふさわしいだと? お前はいつまで俺を見下すんだ!!」
そんなこと分かりきっている。
「いつまでもさ、私よりもお前が強くなるまではな。やはり、執着は邪魔だが、はっきりと知性を感じる。素晴らしいな。あの時は居なかった同族の知性ある者との戦い、いやもう、持つ者同士の戦いは戦いではないな。殺し合いだ! ふふふ、ぞくぞくするよ」
「……そうか。俺はお前を勘違いしていたよ。俺はお前を、人間に迎合する日和見した魔物だと思っていた。だが、実際は、何かに狂った魔物だったんだな」
ほう、人間に迎合、か。面白い事を考えていたのだな。しかもその様子だと、族長になる前か。
……すべてをはじめから切り捨てるのも、考え物だな。
「ああ、確かに違うな。私は人間は好きだが変に肩入れをするつもりなど毛頭ない。私が尽力を尽くすのはカース様ただお一人だ。まあ、その方からの指示さえあれば、守るくらいの事はやってのけるがな。何か、何に狂っているのかと言えば、初めは強さとその刺激と言ったところか。そして今は、カース様に、だな。正直な話、今はあまり当初の目的に重要性を導き出せないから。趣味やおまけと言ったところだな」
私が一人だったころ、私が気に掛けることが出来たのは私自身だけだった。だからこそ、得体のしれなかった感情に固執し、楽しみを与えてくれる刺激を欲した。
でも、それはあくまで、私しかいなかったから。
カース様に会った時に、私は、私の中の優先順位は変動した。自身よりも守りたいと思う存在に合ってしまったのだ。
「ふふっ、俺はおまけか。良いだろう。俺に対する認識、この殺し合いにて思い直させてやる!」
「良いだろう。やはり、資格有るものと相対すると気分が高揚する。おまけであろうとやめられないなこれは。いや趣味だからやめられない、と言うべきか。いずれにせよ、火竜には感謝せねばなるまいよ!」
その声を皮切りに、族長が走り出した。
「まずはあいさつ代わりだ!」
ただ無造作にその腕を振るってくる。
「ふむ。ちょっと挨拶にはならないのではないか?」
私はそれを、なんでもないかのように手で払った。流石に弱すぎる。恐らく、族長もそこまで力は入れていないはずだ。
腕を払われた族長は、走ってきた勢いに、払われた力を加えながら利用して、私の後ろへ回った。
「ははは、流石に加減し過ぎたか。すぐに終わってはつまらないと思ったんだがな」
「舐めてもらっては困るな」
「固有魔法が使えるんだ。そのくらいは当たり前か」
おや、先ほどの質問には答えていなかったはず。鎌をかけたか、勝手に確信したかのどちらかだな。
実際に固有魔法は使えるが別に答えてやる義理もないし、そもそも、戦っている相手に教える意味も分からないので無表情を取り繕っておく。
「……今更答えなくてもいいがな。どう考えたってさっきの蜘蛛の巣は俺たちの種族としての糸ではありえない生成速度だった」
だろうな。違う種族ならともかく、一応同じ種族なのだ。それが分からないならば、鬼蜘蛛を止めた方が良い。
「そんな事よりも、お前は蜘蛛の姿には戻らないのか? その姿では、私の相手をするにはいささか力不足ではないか?」
「別に使える力は変わらないぞ?」
「糸を満足に使えないではないか」
「いらないよ。そんな物なくとも勝てる」
「ははは、無理だな。使えるすべてをもってしてやっと対等だ」
はっきりと断言してやる。先ほど感じた力は、あくまでも、蜘蛛として出せるすべての力だ。
その力で、やっと私に傷をつけられるかどうか。でなければ、私は無傷でコイツを倒せるだろう。
「……いいだろう。後悔するなよ?」
私の助言に従う事にしたらしく、人型が光に包まれて行く。
見た事が無かったが、どうやら、姿を変える際も私とは違うようだ。
そして、光がおさまったそこには、他の蜘蛛とは一回りほど大きい、持った気配は、一回りでは済まないほど大きい鬼蜘蛛がいた。
「ほう。それが、お前の蜘蛛の姿か。やはり思い出せんな」
「今更期待なんざしていないさ」
口を動かさずに喋る蜘蛛。改めてみると、なかなか不思議な光景だな。
また族長が口を開く。
「さて。さっそく後悔させてやる」
すると、砂を掻く、ざっ、という音をさせたかと思うと、先ほどとは比べ物にならない速度で、突っ込みながらその前肢を後ろに引いた。
「はっ!」
そのまま、刺すように突き出してくる。
これを払おうとすると、恐らく勢いに負けるだろう。それでも掠る程度まで逸らせるだろうが、私の体制が崩れる。そして、下手に躱せば、残りの脚で攻撃されるだろう。
なので、ここでの正解は。
「なっ!」
受け止める。
「良い攻撃だな。思い切りも勢いも良い。だが、受け止められるようではまだまだだ」
「く、くそ! 簡単につかみやがって。やはりとんでもないやつだな」
「そうだろう? まあ、取りあえず。――出直してこい!」
私に捕まり、身体が宙に浮いた状態になっていた族長を、斜め下方向に、地面に叩き付けるように投げた。
「ぐうぅっ!」
ドゴン、と言う衝撃音の後、族長が地面を何度か跳ねながら吹き飛ばされて行く。
ある程度行ったところで何とか体勢を立て直した族長は、脚を地面に突き立て、さらに途中にあった岩に足をひっかけてようやく勢いを殺し静止した。
そのまま、砂煙に姿が隠されてしまう。
これだと、気配は分かるが、まだ戦える状態なのかが分からないな。
「まだ生きているだろ?」
そう声を掛けると、小さくうなり声が聞こえる。
ふむ、あのくらいで死なれたら興ざめだからな。もう少し頑張ってくれ。さっきの一撃はなかなか良かったしな。
「があぁっ!」
砂煙が僅かに晴れだした時、何やら叫び声の様な物が聞こえた。
そして、煙の幕を突き破るように白い糸が、かなりの速さで伸びて来る。
いつになったら、再開するかを考えていた私は、咄嗟に防御して右腕にその糸を受けてしまった。
「おっと」
これは油断していたな。まあ、このくらいならどうにでもなるから、何をしてくるかを愉しもうじゃないか。さあ、何処からくる?
すると、薄くなった砂煙の中から、族長が垂直に飛び出した。
しかし、糸は未だ先ほどまで族長が居た地面に伸びている。これは……?
上空から、再び蜘蛛糸が放たれた。今回はよく見えているので流石にかわす。
だが、狙いはあてる事ではなく、私の周辺に糸を付ける事だったようだ。その糸は、表層のわずかな砂を貫通して地面にしっかりと固定される。
族長にしっかりと繋がっている糸が引かれる。族長はその脚を振りかぶり、まるで投げられた槍のごとく、跳んできた。
私が攻撃を受けるため、身構えようとしたとき、ぐん、と言う感触と共に右腕が何かに引かれる。どうやら、何らかの方法で糸を引っ張ったようだ。しかし、この程度では右腕を僅かにずらせる程度だぞ。
しかし、狙いはまさにそれだったようだ。私が気を引かれた一瞬。族長の身体が、下方向にぶれる。
どうやら、真下に追加で一本、糸を放ったようだ。それを巧みに操り、僅かに高度を変え迫ってくる。
「はっ!」
鋭く突き出される脚を、軽く体を下げる事でかわす。
ざさっ、と私の足と足の間の砂地に脚が突き刺さった。と思ったと同時にその脚が跳ねるように股間を斬りつけようとする。
「ちっ」
流石に、余裕綽々での回避は難しいか。なら、しっかりと避けるまで。
足に力を込め、後ろへ飛ぶ。
鼻先を、脚の先端が掠めながらも空を掻いた。
最初の立ち位置と同じ程度の距離を取る。
「やっと、焦ったな。だが、まだ俺は強くなるぞ?」
「この程度で調子に乗るなよ。まだ私は、まともに手を出してすらいないぞ? ああ、お前を投げたのを攻撃とは思わないでくれ。あの程度ではな」
少々、調子づいているようだ。そろそろ、まともに相手をした方が良いかも知れないな。
……やはり、魔法の練習相手にでもなってもらおうか。
「そろそろ、私も、魔法を使おうかと思うのだが、何分使い慣れていなくてな。元の糸と同じ感覚でも使えない事は無いのだが、いささか攻撃には向かない。だから、少しばかり加減が効かないのだ」
族長が眉をひそめる。
「……何が言いたい」
「つまりは、だ。……死んでくれるなよ?」
「やってみろ!」
私は、言い終ると同時に、魔法を発動した。かねてから考えていたもので、発動は容易だ。……名前は即興だが。
「【白亜の鉄槌】!」
目の前に、糸の塊が現れ、徐々に柱の様な形になっていく。僅かばかりの時間を消費して出来上がったのは、高さ三メートルはあろうかと言うほどの、太さも大人が二人いても抱えることが出来ないほどの真っ白な円柱。
「はあ!」
それは魔法で出来た代物だ。当然、私の手に合わせて自在に動く。
思いっ切り腕を振り下ろした。ズズン、と言う音がしたかと思うと、純白の柱が族長の居た場所に突き刺さる。
「ふう」
二回目の魔法発動としては、上出来だな。発動速度も、威力と言うか強度も申し分ない。
役割を終えた魔法は、発動者の指示なしに消えていく。私の作り出した柱も例外なく、解けるようにして空へと溶けて行った。
「……流石に避けたか」
大きく陥没したそこに、つぶれた族長の姿は無く、ただ砂煙が舞っていた。
「……はは、とんでもない規模と、破壊力だ。化け物め」
「今更気付いたのか?」
「いや、初めから気づいていたよ。ただ、改めて思い知っただけだ」
「そうか。まあ、いい。まだ始まったばかりだ。せめてあと二回は耐えてくれよ?」
あと二つほど、あらかじめ考えていたものがあるからな。
先ほどの【白亜の鉄槌】と、もう一つは、魔法が使えるなど露程も知らなかった頃に糸を直接、攻撃に使うために考えていたもの。もう一つは、カース様に魔法が使えると知らされてから考えたもの。
どちらも、一度は使っておきたかったのだ。
「さあ、行くぞ! 【白露の短槍――」
私が、軽く手を掲げ、名を唱え魔法を発動する。これは鉄槌とは違い、糸で槍を作り相手を貫くためのものだ。
目の前の上空にに一本の短槍が形作られる。大きさ一メートルほどの細い菱形の様な物だ。
ただ、何というか、思ってたのと違うな。迫力に欠けると言うか、しょぼい。
……そういえば、あくまでこれは魔法が使えない時に考えたものだ。だからこそ、労力や生成速度を考え、一本しか作らなかった。しかし、今は魔法がある。
もっと増やしてみようか。
「――の雨】!」
言うや否や、上空に同じ形のもの、百以上もの数が生成されて行く。
おお、これだ。この迫力を求めていたんだ。圧巻な光景。周りの全て、目の前の族長すらも息を呑むのが分かる。
ただ、いつまでも呆けていられる時間は無いぞ?
「さあ、避けきって見せろ!」
私は目の前の光景につい気分が高揚し、思いっ切り、それこそ先ほどの鉄槌とは比べ物にならないほどの勢いで手を振り下ろす。
族長が私の行動に気付き叫んだ。
「なっ! ぐぅ、くそったれぇぇええ!」
今回、主人公が出せませんでした。申し訳ありません。
次回は、出ます(多分)。
あと、作中の【世界を捕える~】は変えるかもしれません。ネーミングセンスが乏しいためしっくりくる名前を思いつきませんでした。




